27 / 100
27
しおりを挟む
和やかに庭園を去って行く一行を、少し離れた木々の間からじっと見ている者たちがいた。
「本当に結婚されたのね……アラバス様ったら、私に第二妃なれとでも仰るのかしら」
ハンカチを嚙みながら悔しそうな表情をする主に、控えていた侍女が言う。
「きっとこれは国内向けのパフォーマンスですわ。仕方なく婚約者を娶ったけれど、王女様への思いが断ち切れず、離縁してお迎えになるための儀式のようなものではないでしょうか。一国の第一王子、ましてや次期国王となる方の披露宴とは思えないほど質素ですもの」
半泣きだったラランジェ王女が、キラキラとした目を取り戻す。
「そういうことなの? まあ、その方がドラマチックよね。私への愛の深さをより一層示すことができるということだわ」
「左様でございますとも」
「ふふふ……そういうことなら今日はこのまま静かにしておこうかしら。そう言えば、お父様からのお手紙には何て書いてあったの?」
後ろで控えていた侍従が一歩前へ出た。
「全て用意したとのことでございました。タタン家という子爵家を作り、フラワー・タタンという娘が王宮に出仕していたことになさったのでしょう」
ラランジェ王女が頷いた。
「あの時は本当に焦ったわよ。でもお父様がそうしてくださったのなら、たとえ本当に調べたとしても、私が噓つきになることはないわよね?」
「もちろんでございます」
満足した王女が湖畔に停めていた馬車に乗り込む。
「離宮に戻ってちょうだい。そうそう、明日提出の宿題はできたの?」
「全て終わらせております」
「ご苦労様。学期末試験の準備は?」
「別室でお受けになる旨を伝え、すでに了承を得ております」
「そう? 予定通りという事ね? 新しいドレスは?」
正面に座っていた侍女が頷いた。
「水色のタフタドレスに、濃紺のリボンをあしらったオフショルダーデザインでございます」
「宝飾は?」
「全て濃紺で揃えました。今回はシラーズ王国より持参しておりますサファイアで作ったネックレスとイヤリングを予定しております」
満足した王女は、遠ざかっていく王城を眺めている。
「それにしても、私より先に王子妃の部屋を使うなんて、万死に値するわね。まさか偽装とはいえ初夜など……」
「あり得ませんわ!」
ラランジェ王女の言葉を侍女が否定する。
その言葉ににっこりと微笑んだ王女が続けた。
「私の部屋になったら、内装も家具も全て取り替えましょう。アラバス様は逞しいお体をなさっているから、夫婦のベッドも大きくて頑丈なものにかえなくてはね」
アラバスにどれだけ相手にされずとも、ただ照れているだけだとしか思っていないラランジェ・シラーズ第二王女なのだった。
一方王城に戻ったアラバスとマリアは、歓迎せざる者の出迎えを受けていた。
「なぜあなた達がここにいるのだ?」
大きな花束を抱えて、第一王子宮の玄関で待っていたのは、クランプ公爵父娘だった。
「なぜと仰いますか。わが国の第一王子殿下の婚姻式だというのに、誰も招待をなさらないなど、側近たちの失態というほかございません。まあ、今日のところは予行演習のようなものなのでしょうが、せめて私共は呼んでいただきたいものですなぁ」
「なぜ呼ばねばならん?」
一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたクランプ公爵だったが、気を取り直してニヤついた顔を向ける。
「我がクランプ公爵家は、ワンダリア王国随一の忠臣でございますよ? それなのにラングレー家だけだとは、些か問題があるのでは?」
アラバスはチラッとマリアの顔を見た。
「言っている意味が全くわからん。それよりも、我が愛しの花嫁は疲れているのだ。今日のところはこのまま帰ってくれ。それと、ラングレー家を招待したのは、夫人がマリアの家庭教師をしているからだ。公爵が邪推するような話ではない」
「左様でございましたか。納得致しました」
ラングレー公爵が引き下がるのと入れ違うように、大きな花束を抱えたレイラ公爵令嬢が一歩前に出た。
「仮初とはいえ、花嫁になられたマリア嬢にお祝いを」
その物言いに眉を顰めたアラバスが、とげとげしい程の声で言う。
「それはそれは。レイラ嬢にも早く良いご縁が見つかるといいな。おい、そこの君、これを受け取っておいてくれ」
玄関脇に控えていた侍従に声を掛ける。
「直接マリア嬢にお渡ししたいのですわ」
マリアがアラバスの顔を見上げる。
「マリアは疲れていると言ったはずだが? それに、王子妃がいちいち対応する必要はない」
そう言うとアラバスは、自分の腕に寄りかかっているマリアに優しい声を出した。
「マリアはいろいろと準備があるのだろう? ラングレー公爵夫人と一緒に先に戻っていなさい。すぐに行くから待っていてくれ」
声を出さずに頷いたマリアが笑顔を浮かべた。
アラバスに手を振ろうと伸ばした腕をシュッと掴んだラングレー公爵夫人が口を開く。
「さあ、マリア王子妃殿下。本日は大切な初夜でございますからね。アラバス殿下がどれほど楽しみにしておられたか。さあ、すぐに準備を始めましょうね」
半分も理解していないであろうマリアだったが、手を引かれるままに歩き出す。
それを悔しそうな顔で見ていたレイラから、花束を受け取った侍従が顔を顰めた。
「どうした?」
「いいえ、何でもございません」
アラバスは何かを察知したようだが、それをおくびにも出さずにクランプ父娘に向き直る。
「確かに受け取った。今夜はいろいろ忙しいのでな。ここまでにしてくれ」
返事も聞かず玄関へと消えるアラバス。
苦々しい顔で見送るクランプ父娘を置き去りに、一行は王子宮へと入っていった。
残されたクランプ公爵父娘は啞然とした顔をしている。
「お父様! 私とっても悔しいですわ!」
クランプ公爵が娘の背中に手を添えて歩き出した。
「大丈夫だよ、可愛いレイラ。婚約破棄などはスキャンダルでしかないだろう? 一旦は娶って義務を果たし、それでもレイラが忘れられずに離婚というストーリーにするつもりなのだろう。その方がドラマチックだし、国民も納得できる。わかるかい?」
「そうなの? では私はアラバス様を信じて待っていれば良いの?」
「ああ、その通りだ。後はこの父が上手くやろう」
「お父様、大好き!」
待たせていた馬車に乗り込むのを見届けた護衛騎士が、二人の会話を報告するために王子宮へと向かった。
「本当に結婚されたのね……アラバス様ったら、私に第二妃なれとでも仰るのかしら」
ハンカチを嚙みながら悔しそうな表情をする主に、控えていた侍女が言う。
「きっとこれは国内向けのパフォーマンスですわ。仕方なく婚約者を娶ったけれど、王女様への思いが断ち切れず、離縁してお迎えになるための儀式のようなものではないでしょうか。一国の第一王子、ましてや次期国王となる方の披露宴とは思えないほど質素ですもの」
半泣きだったラランジェ王女が、キラキラとした目を取り戻す。
「そういうことなの? まあ、その方がドラマチックよね。私への愛の深さをより一層示すことができるということだわ」
「左様でございますとも」
「ふふふ……そういうことなら今日はこのまま静かにしておこうかしら。そう言えば、お父様からのお手紙には何て書いてあったの?」
後ろで控えていた侍従が一歩前へ出た。
「全て用意したとのことでございました。タタン家という子爵家を作り、フラワー・タタンという娘が王宮に出仕していたことになさったのでしょう」
ラランジェ王女が頷いた。
「あの時は本当に焦ったわよ。でもお父様がそうしてくださったのなら、たとえ本当に調べたとしても、私が噓つきになることはないわよね?」
「もちろんでございます」
満足した王女が湖畔に停めていた馬車に乗り込む。
「離宮に戻ってちょうだい。そうそう、明日提出の宿題はできたの?」
「全て終わらせております」
「ご苦労様。学期末試験の準備は?」
「別室でお受けになる旨を伝え、すでに了承を得ております」
「そう? 予定通りという事ね? 新しいドレスは?」
正面に座っていた侍女が頷いた。
「水色のタフタドレスに、濃紺のリボンをあしらったオフショルダーデザインでございます」
「宝飾は?」
「全て濃紺で揃えました。今回はシラーズ王国より持参しておりますサファイアで作ったネックレスとイヤリングを予定しております」
満足した王女は、遠ざかっていく王城を眺めている。
「それにしても、私より先に王子妃の部屋を使うなんて、万死に値するわね。まさか偽装とはいえ初夜など……」
「あり得ませんわ!」
ラランジェ王女の言葉を侍女が否定する。
その言葉ににっこりと微笑んだ王女が続けた。
「私の部屋になったら、内装も家具も全て取り替えましょう。アラバス様は逞しいお体をなさっているから、夫婦のベッドも大きくて頑丈なものにかえなくてはね」
アラバスにどれだけ相手にされずとも、ただ照れているだけだとしか思っていないラランジェ・シラーズ第二王女なのだった。
一方王城に戻ったアラバスとマリアは、歓迎せざる者の出迎えを受けていた。
「なぜあなた達がここにいるのだ?」
大きな花束を抱えて、第一王子宮の玄関で待っていたのは、クランプ公爵父娘だった。
「なぜと仰いますか。わが国の第一王子殿下の婚姻式だというのに、誰も招待をなさらないなど、側近たちの失態というほかございません。まあ、今日のところは予行演習のようなものなのでしょうが、せめて私共は呼んでいただきたいものですなぁ」
「なぜ呼ばねばならん?」
一瞬だけ驚愕の表情を浮かべたクランプ公爵だったが、気を取り直してニヤついた顔を向ける。
「我がクランプ公爵家は、ワンダリア王国随一の忠臣でございますよ? それなのにラングレー家だけだとは、些か問題があるのでは?」
アラバスはチラッとマリアの顔を見た。
「言っている意味が全くわからん。それよりも、我が愛しの花嫁は疲れているのだ。今日のところはこのまま帰ってくれ。それと、ラングレー家を招待したのは、夫人がマリアの家庭教師をしているからだ。公爵が邪推するような話ではない」
「左様でございましたか。納得致しました」
ラングレー公爵が引き下がるのと入れ違うように、大きな花束を抱えたレイラ公爵令嬢が一歩前に出た。
「仮初とはいえ、花嫁になられたマリア嬢にお祝いを」
その物言いに眉を顰めたアラバスが、とげとげしい程の声で言う。
「それはそれは。レイラ嬢にも早く良いご縁が見つかるといいな。おい、そこの君、これを受け取っておいてくれ」
玄関脇に控えていた侍従に声を掛ける。
「直接マリア嬢にお渡ししたいのですわ」
マリアがアラバスの顔を見上げる。
「マリアは疲れていると言ったはずだが? それに、王子妃がいちいち対応する必要はない」
そう言うとアラバスは、自分の腕に寄りかかっているマリアに優しい声を出した。
「マリアはいろいろと準備があるのだろう? ラングレー公爵夫人と一緒に先に戻っていなさい。すぐに行くから待っていてくれ」
声を出さずに頷いたマリアが笑顔を浮かべた。
アラバスに手を振ろうと伸ばした腕をシュッと掴んだラングレー公爵夫人が口を開く。
「さあ、マリア王子妃殿下。本日は大切な初夜でございますからね。アラバス殿下がどれほど楽しみにしておられたか。さあ、すぐに準備を始めましょうね」
半分も理解していないであろうマリアだったが、手を引かれるままに歩き出す。
それを悔しそうな顔で見ていたレイラから、花束を受け取った侍従が顔を顰めた。
「どうした?」
「いいえ、何でもございません」
アラバスは何かを察知したようだが、それをおくびにも出さずにクランプ父娘に向き直る。
「確かに受け取った。今夜はいろいろ忙しいのでな。ここまでにしてくれ」
返事も聞かず玄関へと消えるアラバス。
苦々しい顔で見送るクランプ父娘を置き去りに、一行は王子宮へと入っていった。
残されたクランプ公爵父娘は啞然とした顔をしている。
「お父様! 私とっても悔しいですわ!」
クランプ公爵が娘の背中に手を添えて歩き出した。
「大丈夫だよ、可愛いレイラ。婚約破棄などはスキャンダルでしかないだろう? 一旦は娶って義務を果たし、それでもレイラが忘れられずに離婚というストーリーにするつもりなのだろう。その方がドラマチックだし、国民も納得できる。わかるかい?」
「そうなの? では私はアラバス様を信じて待っていれば良いの?」
「ああ、その通りだ。後はこの父が上手くやろう」
「お父様、大好き!」
待たせていた馬車に乗り込むのを見届けた護衛騎士が、二人の会話を報告するために王子宮へと向かった。
1,091
あなたにおすすめの小説
【改稿版・完結】その瞳に魅入られて
おもち。
恋愛
「——君を愛してる」
そう悲鳴にも似た心からの叫びは、婚約者である私に向けたものではない。私の従姉妹へ向けられたものだった——
幼い頃に交わした婚約だったけれど私は彼を愛してたし、彼に愛されていると思っていた。
あの日、二人の胸を引き裂くような思いを聞くまでは……
『最初から愛されていなかった』
その事実に心が悲鳴を上げ、目の前が真っ白になった。
私は愛し合っている二人を引き裂く『邪魔者』でしかないのだと、その光景を見ながらひたすら現実を受け入れるしかなかった。
『このまま婚姻を結んでも、私は一生愛されない』
『私も一度でいいから、あんな風に愛されたい』
でも貴族令嬢である立場が、父が、それを許してはくれない。
必死で気持ちに蓋をして、淡々と日々を過ごしていたある日。偶然見つけた一冊の本によって、私の運命は大きく変わっていくのだった。
私も、貴方達のように自分の幸せを求めても許されますか……?
※後半、壊れてる人が登場します。苦手な方はご注意下さい。
※このお話は私独自の設定もあります、ご了承ください。ご都合主義な場面も多々あるかと思います。
※『幸せは人それぞれ』と、いうような作品になっています。苦手な方はご注意下さい。
※こちらの作品は小説家になろう様でも掲載しています。
アルバートの屈辱
プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。
『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。
邪魔者は消えますので、どうぞお幸せに 婚約者は私の死をお望みです
ごろごろみかん。
恋愛
旧題:ゼラニウムの花束をあなたに
リリネリア・ブライシフィックは八歳のあの日に死んだ。死んだこととされたのだ。リリネリアであった彼女はあの絶望を忘れはしない。
じわじわと壊れていったリリネリアはある日、自身の元婚約者だった王太子レジナルド・リームヴと再会した。
レジナルドは少し前に隣国の王女を娶ったと聞く。だけどもうリリネリアには何も関係の無い話だ。何もかもがどうでもいい。リリネリアは何も期待していない。誰にも、何にも。
二人は知らない。
国王夫妻と公爵夫妻が、良かれと思ってしたことがリリネリアを追い詰めたことに。レジナルドを絶望させたことを、彼らは知らない。
彼らが偶然再会したのは運命のいたずらなのか、ただ単純に偶然なのか。だけどリリネリアは何一つ望んでいなかったし、レジナルドは何一つ知らなかった。ただそれだけなのである。
※タイトル変更しました
皇太子夫妻の歪んだ結婚
夕鈴
恋愛
皇太子妃リーンは夫の秘密に気付いてしまった。
その秘密はリーンにとって許せないものだった。結婚1日目にして離縁を決意したリーンの夫婦生活の始まりだった。
本編完結してます。
番外編を更新中です。
〈完結〉デイジー・ディズリーは信じてる。
ごろごろみかん。
恋愛
デイジー・ディズリーは信じてる。
婚約者の愛が自分にあることを。
だけど、彼女は知っている。
婚約者が本当は自分を愛していないことを。
これは愛に生きるデイジーが愛のために悪女になり、その愛を守るお話。
☆8000文字以内の完結を目指したい→無理そう。ほんと短編って難しい…→次こそ8000文字を目標にしますT_T
すれ違いのその先に
ごろごろみかん。
恋愛
転がり込んできた政略結婚ではあるが初恋の人と結婚することができたリーフェリアはとても幸せだった。
彼の、血を吐くような本音を聞くまでは。
ほかの女を愛しているーーーそれを聞いたリーフェリアは、彼のために身を引く決意をする。
*愛が重すぎるためそれを隠そうとする王太子と愛されていないと勘違いしてしまった王太子妃のお話
私があなたを好きだったころ
豆狸
恋愛
「……エヴァンジェリン。僕には好きな女性がいる。初恋の人なんだ。学園の三年間だけでいいから、聖花祭は彼女と過ごさせてくれ」
※1/10タグの『婚約解消』を『婚約→白紙撤回』に訂正しました。
許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました
結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください>
私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる