愛すべきマリア

志波 連

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 彼らの作戦はこうだ。

 まずはカーチスが動く。
 レイラに辟易したと、ラランジェに泣きついてシラーズへ避難したいと懇願するのだ。
 その名目をラランジェ王女を送り届けるためとして、アラバス側近のアレンも同行する。
 滞在期間は約一週間とし、その間にシラーズ第一王女に接触して、バッディの王太子との再婚約を提案するのだ。 
 それと並行して、シラーズの情報をバッディに流していたタタン達を手土産にしたレイラ・ラングレー公爵令嬢を、側妃として迎えるよう王太子に打診する。
 その見返りは、王位簒奪の手助けだ。
 色よい返事がもらえれば、アラバスがすぐに動き密約を交わす。

「では、各々準備始めてくれ」

 アラバスとアレンはテキパキと文官たちに指示を出し、必要な資料を揃えていく。
 一方カーチスは、第一ステップとしてラランジェに接触するべく、訪問の先触れを出した。

「こういう時の手土産って何にするのが妥当なんだ?」

 カーチスが頭をひねっていた時、計画がひっくり返る一報が飛び込んできた。

「大変です! クランプ公爵令嬢がシラーズ第二王女殿下を剣で切りつけました!」

「なんだと!」

 アラバスとアレン、そしてカーチスが現場に駆け付けると、王宮医に囲まれたラランジェと、その横で護衛騎士に押さえつけられているレイラの姿が飛び込んできた。

「どういうことだ?」

 ふと見ると、少し離れた場所に妙に足の大きな侍女が血まみれで倒れている。

「誰か状況を説明せよ」

 アラバスの命で、ラランジェに張り付いていた騎士が進み出た。

「詳細は後ほど。現状だけを報告します。第二王子殿下を探していたラランジェ殿下に、レイラ嬢が接近して、今では日常茶飯事となっていた口論が始まりました」

「いつもの口喧嘩か」

 そう呟いたのはアラバスだ。

「護衛達も侍女たちも見慣れた光景だと考えたのでしょう、少し離れて収まるのを待っていたのですが、そちらの侍女がレイラ嬢に何やら耳打ちをした途端、レイラ嬢が激高してラランジェ殿下に掴みかかりました」

 三人は転がっている侍女をチラッと見た。

「慌てて止めようと割って入ったはシラーズ王国の護衛騎士です。その者が腰に佩いていた短剣をラランジェ王女が抜き、レイラ嬢に切りかかったのです。しかし、あっさりその剣を奪われて……」

「反対にやられたってことか……容態は?」

「刺されたというより、切り付けられたという感じです。まず額を切られ、逃げようと背中を向けた時に、右肩から背中にかけて傷を負っています」

 額を布で覆われているため表情は伺えないが、濃紺のドレスが泥と血でぐしゃぐしゃになっている。
 
「カーチス、一応声をかけておけ。作戦は中止だが怪我人には優しく接するべきだろう」

「わかった。しかしこれは……国際問題になるんじゃない?」

「それこそお前の腕ひとつだろ? 任せたぞ」

 ラランジェのケアを丸投げしたアラバスが声を張る。

「ここにいるものは全員取調室へ連れていけ。ひとりずつ事情聴取をする。ラランジェ王女は治療を優先、レイラ罪人として拘束し連行せよ。そこの侍女は生きているのか?」

 近くに立っていた騎士がゆっくりと首を横に振った。

「そうか……では医局に運んで死因を調べろ」

 アラバスは数人の騎士に現場の保全を命じ、ラランジェ王女に一声かけてから執務室へと向かった。
 ドカッと椅子に体を投げ出したアラバスに、アレンが話しかける。

「先に凶器を持ったのが狸だとすると、狐の正当防衛が成立しないか?」

「流れで言うとそうだが、明らかな過剰防衛だろ。一太刀ならまだしも、逃げる背中に切り付けているんだ。明らかな殺意と言われても仕方がない」

「そりゃそうか。この状況でシラーズに付け入る隙を与えるのは痛いな」

「ああ、最悪のタイミングだよ。さすが狐と言うしかない」

 全員を取調室に移したと報告が上がってきた。
 アラバスがアレンに向き直る。

「忙しいところ悪いが、お前がひとりずつ聞き取りをしてくれ」

「ああ、わかった。狐と狸の時は同席するか?」

「そうだな、呼んでくれ」

 頷いたアレンが部屋を出ると、アラバスは国王と王妃への報告のために立ち上がった。

「作戦の練り直しだな……面倒なことだ」

 国王の執務室に行くと、宰相であるラングレー公爵がいた。
 丁度よかったと同席を求め、王妃を呼ぶように指示をしたアラバス。

「何やら小競り合いがあったらしいな」

「ええ、化かし合いがエスカレートしたようです。例の侍女が絡んでいるようで、今アレンが個別に聞き取りをしてくれています」

 王妃が慌てて入ってきた。

「状況説明を!」

 王妃のその一言で室内の空気が張り詰めた。
 現状を説明するアラバスの声だけが響き、事の重要さがヒシヒシと身に迫る。

「なるほどね。その侍女って、あの侍女?」

「まだ確認はしていませんが、おそらくはそうでしょう」

「早急に確定なさい。もしあの侍女なら話は早いわ。タタンはクランプの子飼いでしょ? 私怨による刃傷沙汰にできる。絶対に国際問題にしてはダメよ。宰相、すぐにクランプを呼び出して頂戴。責任を取ってもらいましょう」

 ラングレー宰相が部屋を出た。
 王妃が改めてアラバスを見る。

「言い方はアレだけれど、狸も狐も自滅してくれたわね。カーチスはまだ動いていなかったのでしょう?」

「ええ、危ないところでしたよ。洋服を迷い、手土産の菓子を迷い、時間ばかりが過ぎていくという状況での第一報でしたからね。あと三十分早ければ巻き込まれていたと思います」

「あの子の優柔不断さを神に感謝しなくてはね。あなたはただ婚約者と結婚しただけ、カーチスは留学してきた王女と同級の誼で話をしただけ。そうでしょう?」

「ええ、そうですね」

「後は任せたわ。カーチスにはきちんと説明してあげなさいね。あの子はあなたと違って、まだお腹の中は白いから」

「承知しました」

「その他の計画は変更なしね。支障が出るようなら、構わないから消してしまいなさい」

「仰せの通りに」

 国王の執務室を出たアラバスは、久々に見た冷徹な王妃の姿に身震いした。
 通りかかった使用人に、医局へ行ってカーチスを連れて来るように言うと、急いで自室へと急ぐ。
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