愛すべきマリア

志波 連

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「アシュ~ おかえりなさ~い」

 マリアが駆けてきてアラバスに抱きついた。

「マリア……ああマリア……お前が生きていてくれるだけで、俺がどれほど幸せかわかるか?」

「わかんなぁ~い。お兄ちゃまも抱っこぉ~」

 感傷的になっているアラバスの腕をするっと抜けて、マリアがトーマスに抱きついた。
 マリアを失ったアラバスの手が、虚しく彷徨う。

「お前……兄妹ハグは三秒までだ」

 アラバスの声などまるで聞こえないように、トーマスがニヤついた顔を向ける。

「聞こえんな。さあ、マリア。いい子にしていたかい?」

「うん、ねえねえお兄ちゃま。マリアのおへそがきれいになったの見る?」

 アラバスが搔っ攫うようにマリアを抱き寄せる。

「ダメだ! 絶対に見せてはダメだ! それを見るのは俺の特権だ! なあマリア、おへそを誰かに見せたのか?」

「えっとねぇ~じじょちょとママとお医者さん。後はお着替えを手伝ってくれるお姉ちゃんたち」

「他は?」

「見せてないよぉ」

「しかし……結構いるな……まあ仕方がないのか」

「アシュは今夜見るでしょ?」

「あ……ああ、見たい。ぜひ見たい。見せてくれ」

「うん、いいよぉ」

 今度はアラバスが勝ち誇ったような顔をトーマスに向ける。

 アラバスとトーマスが無意味なにらみ合いをしていると、カーチスが駆け寄ってきた。

「手紙は渡しておいたよ。呼び出しは今夜だ。それと、アレンから先触れが来た。あと二時間ほどで戻って来る」

「よしっ! 一気にいくぞ」

 アラバスがマリアを抱きしめながら声を出す。
 そんなアラバスを見たカーチスが啞然とした顔で言った。

「ねえ、兄さん。どうしちゃったの? 僕の知っているアラバス王子殿下はどこに行っちゃったの?」

 アラバスがニヤッと笑う。

「奴はもういない。俺は生まれ変わったんだ。フフフ……フフフフファハハハハ!」

 おかしな笑い方をするアラバスを無表情で見たカーチスがトーマスに向き直った。

「ねえ、トーマス。前の兄さんと今の兄さん、どっちがいい?」

 トーマスがポンとカーチスの肩を叩いた。

「断然今だな。今の方が余程人間らしくて魅力的さ」

 カーチスがニコッと笑う。

「そうだね、僕も同じだよ。前の兄さんも尊敬してたけれど、今の兄さんは、なんと言うか……羨ましいって気持ちかな」

 二人はマリアと手を繋いで歩き出したアラバスの背中を見て肩を竦めた。

「さあ行こう、国王陛下がお待ちだ」

 振り向いたアラバスが、脂下がった顔のままで二人にそう言った。

「なるほどな……ラングレー宰相、近隣諸国に鷹を飛ばせ。西の国を潰すぞ」

「早急に手配いたします」

 宰相が国王の執務室を出た。

「もうすぐアレンが戻ります。ダイアナを呼び出すのは今夜です」

「首尾は? 成功したとだけ連絡がありましたが、詳細は本人から聞きましょう」

「そうか、シラーズもバッディも国王が交代したか。さあ、次は我が国だな」

 アラバスは嫌な顔をして横を向いた。
 王妃が口を開く。

「ねえアラバス、ダイアナとラランジェはどうするつもりなの? それにレイラの件もそのままでしょう? 相変わらずのろまなボクちゃんね」

「す……すみません」

「マリアに笑われるわよ? 嫌われちゃったらどうするの?」

 アラバスが真面目な顔で答える。

「嫌われ……そんなの生きていけませんよ」

 プッと吹き出したのは誰なのか。

「では気を引き締めてかかりなさい」

「畏まりました」

 そんな恥ずかしい会話をするような親子ではなかったのにとカーチスが呟いた。
 マリアを王妃に奪い取られたアラバスの顔が引き締まる。

「戦争を終わらせる。豊穣祭までにはカタをつけるぞ」

「はっ!」

 一瞬で以前のアラバスに戻った。
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