愛すべきマリア

志波 連

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「娘のレイラは貴族牢で大人しくしていますよ。親の方は陛下のご指示通り屋敷から一歩も出ていません」

 そう言ったアラバスのあとを引き継いだのはラングレー宰相だ。

「公爵家の中で動きがあったのは、庭師のタタンだけです。息子が死んだことを伝えてやると、えらく取り乱しましてね。その日のうちに屋敷を抜け出そうとしたので、ひっとらえて地下牢に繋いでいます」

「抜け出してどこに行こうとしたのだ?」

「本人は隣国で苗木の購入をするために出たのだと言い張っています」

 国王がアラバスに言った。

「時間が惜しい、ここで全員ご対面といこうか」

 頷いたアラバスが側近たちに言う。

「タタンを連れてきてくれ。それとクランプ公爵とレイラもだ」

「三十分で準備する」

 アランとトーマスが席を外すと、アラバスが侍従に合図をした。

「三十分ほど休憩を致しましょう。ここにお茶を運ばせます」

 お茶の準備が整うまでの間、三人の王と二人の王子が雑談を始める。

「それにしてもアラバス殿下の側近は優秀ですね。羨ましい限りですよ」

 バッディ王の言葉にシラーズ王も頷いた。

「本当に。それに第二王子殿下も素晴らしい才覚をお持ちだ。同じ王族として考えさせられました。前シラーズ王は好色で、私の他にも数人の王子がいますが、頼りになるものはいませんよ。まあ、王妃の子は私だけでしたから、揉めることも無かったのですが。カーチス殿下も王妃陛下のお子でしょう? 継承権争いなどは無かったのですか?」

 ワンダリア王とアラバスが同時にカーチスを見た。
 慌てて顔の前でぶんぶんと手を振るカーチス。

「とんでもありませんよ。考えたことも無いですね。私は幼いころからスペアだという自覚をもって生きてきましたし、それに何の不満もありません。なにせ兄の苦労をずっと見ていましたからね。少しでも役立ちたいとは思っても、替わりたいと思ったことは無いです。あの側近二人は兄の幼馴染ですが、私にとっても幼馴染なのです。というか、私には兄が三人いるようなもので、楽しくも厳しく遊んでもらっていました」

「なるほど。よい関係を築いておられるようだ。しかも王子妃がまた素晴らしい」

 シラーズ王の言葉にバッディ王が頷いた。

「本当に素晴らしいご意見でした。心から感服しましたよ。身分に関係なく最低限の教育は平等に……実はわが国でも良い考えを持っているのに、身分が低いために参政する権利をもたない若者も多くいます。残念に思っていましたが、ヒントをいただいたような気がします」

 侍女長が運んできたお茶が粛々と配られていく。
 それを見るともなく見ながら、アラバスが父王に言った。

「全てをお話しした方が良いのではないでしょうか」

 ワンダリア王が少し考えてから口を開いた。

「もうお前の世代が国を動かしていくのだ。お前に任せる。話すのであれば忖度なく、事実を事実としてお伝えしなさい」

 アラバスは立ち上がり父王に深く頭を下げた。
 そのままの姿勢でアラバスがシラーズとバッディの王に向き直った。
 カーチスが気を利かせて全ての使用人たちを退出させる。

「実は……」

 アラバスはラランジェが企んでいたこと、タタンがやったことやレイラが何をしたか、そして草たちがそれにどう嚙んでいたのかなどを順番に話していく。

「なんと! 我が妹は王子妃殿下を陥れようと……誠に申し訳ない……なんとお詫びすれば良いのか」

 シラーズ王の言葉にアラバスが答える。

「ラランジェ王女が指示したことなど、社交界ではよくあることですし、それに嵌るほどマリアも甘い女ではありません。しかし、相手が侍女に化けた男だったために防ぐことができなかったのでしょう。それを言うなら、わが国の公爵令嬢に怪我を負わされたラランジェ王女に対する賠償の方が問題です」

「私は、こちらに来てまだラランジェには会っていません。怪我をしたというのは聞いていましたが、どうしても会う気になれなかったのですよ。あれはなんと言うか、幼いころから素直過ぎるというか、自分の頭で考えようとはしない子だったのです。右を向けと言われたら、日が暮れるまでずっと右を向いているような子でした。そこに疑問を抱かないのです。母親のせいでしょうね。あの人はラランジェを捨てたのですから」

 バッディ王が聞く。

「母親? ラランジェ王女は側妃のお子ですか?」

「ええ、側妃の子です。まあ、子を成したので側妃になったという方が正しいでしょう。あの子の母親は旅の踊り子です。字を書くことも読むこともできませんでしたし、教養もマナーも何もなく、それを恥じてもいなかった。自分の美しさにしか興味が無いような女でした」

「今は離宮に?」

「いえ、いつの間にかいなくなっていました。死んだことになっていますが、どこで何をしているのやら。カード前宰相の話ではかなりの宝飾類が消えていたらしいので、子を置いて新しい男と逃げたのでしょう」

「自分の子を置いてですか? 悲しい話ですね」

「ええ、バカな娘ですが私としては不憫で仕方が無かった。彼女が王女として暮らせるよう心を配ったつもりでしたが、彼女には届いてなかったようです。アラバス殿下、そしてカーチス殿下。お二方には多大なご迷惑をおかけしてしまいました」

「実害などありませんでしたよ。素直さを利用されただけで、彼女も被害者のようなものだと僕は思います」

 頭を下げるシラーズ王にカーチスがそう答えた。
 バッディ王が言葉を続ける。

「それを言うなら我が妹の方が罪深いでしょう? あれは理解したうえで行動したのですからね。言えば確信犯だ。寛大なご処置を賜ったばかりか、あれほど優秀なトーマス・アスター侯爵に娶っていただけるのです。感謝しかありませんよ。それにしてもアスター侯爵家というのは、ご本人の言う通り貧乏なのですか?」

 冗談めかして聞くバッディ王に、ワンダリア王が答えた。

「筋金入りの貧乏ですよ。父親がきれいさっぱり食いつぶしてしまいました。あの二人を産んだのはバッディにいる『お祖父様』の娘なのですが、親の言うことに背いて嫁いだ娘への援助は一切なさらなかったのです。マリアを教育したのは前々アスター侯爵夫妻なのです。その前々侯爵夫人というのが、私の母である前王妃の侍女でしてね。幼いマリアに鬼のような教育を施したと聞いています。アラバスの妃試験で最年少のマリアを最高得点で合格させたほどですよ」

 それぞれがお茶を飲み終わったそのタイミングで、アレンとトーマスが戻ってきた。

「準備が整いました」

「全員を入れろ」

 そう言ったのはワンダリア国王だった。
 罪人として捕えている者達もいるので、王たちの回りを近衛騎士が囲んだ。
 ものものしい雰囲気の中、一番最初に入ってきたのはトーマスに連れられたクランプ公爵だった。
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