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包帯が痛々しいラランジェだが、本人は気にもしていない様子でシラーズ王のそばに行く。
「お兄様確認とは何でしょう? 私はそこにいる宰相に『王太子の正妃になる』と言われてこの国に参りました。そのお話はお兄様もご存じだったのでしょう?」
シラーズ王がワンダリア王とバッディ王に目線で挨拶をしてから、窓際のティーテーブルへ移動した。
「その話を私は知らなかったのだよ。ルルーシュも知らないはずだ。宰相からララが留学することになったって聞いて、なぜ急に勉強する気になったのだろうって不思議に思っていたくらいなんだ」
ラランジェが驚いた顔をする。
「まあ! そうでしたの? 私はお父様とお兄様のご意向だと聞いて、それで何が何でも頑張らねばと思いましたのよ? ねえカード、どうなっているの?」
カード元宰相は何も言わずに俯いた。
シラーズ王がラランジェに言う。
「あの男はもう宰相ではないんだ。あいつはね、いろいろ噓を吐いていたんだよ。だからもうシラーズに戻ることは無いんだ」
ラランジェが不思議そうな顔でカードを見た。
「でも不思議ね、お兄様。カードはいつも何かから私を守っていたのですわ。息子もずっと私を守るような行動をしていましたの。だから私はてっきり……」
「ん? てっきりどうした?」
「どうあっても私がワンダリアに嫁がねばいけないのだろうと思っておりました。もしかしたらお父様や側妃様達の散財で、財政が危ういのかもって考えましたの。お兄様やお姉様は質素倹約をなさっておられましたでしょう? ですから私もそのようにしていたのですが、遂に破綻したのかと……」
「ははは! そうか、ララがあれほど好きだったドレスを作らなくなったのはそういうことか。我慢していたんだね」
ラランジェが恥ずかしそうに俯いた。
その姿を見たカーチスは、ラランジェが箱罠に入ってしまった理由を知り、少しだけ可哀そうだと思ってしまった。
「我が国の財政が破綻することはないよ。じつはね、お父様には引退してもらったんだ。つい先日だけれど、私が国王になったのだよ」
ラランジェは目を丸くしてシラーズ王を見ていたが、いきなり立ち上がりゆっくりと頭を下げた。
「第十三代国王陛下、ご即位おめでとうございます」
勉強はできないが、王女としての所作とマナーは叩き込まれてきたのだろう。
とてもあのラランジェとは思えないほど美しい礼を披露した。
「ああ、ありがとう。それでねララ、私は王として為すべきことをなさねばならないんだ。わかるね?」
「勿論でございます」
「正直に答えてくれ。ララはアラバス王子殿下の正妻であるマリア妃に毒物を盛ったのか?」
「毒物……もしかして下剤のことでしょうか」
「うん、それかな」
ラランジェが悲しそうな顔をした。
「はい、私が承認致しました」
「君が主導ではないのか?」
「言いだしたのは侍女ですが、最終的に了承したのは私でございます。お兄様……いえ、国王陛下、どうぞ私を罰してくださいませ」
そう言うと父王と共にラランジェたちを見ていたアラバスに頭を下げた。
「アラバス第一王子殿下、私の犯した罪は到底許されるものではございません。マリア妃殿下にはご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございませんでした」
ラランジェの目に涙が浮かんでいる。
アラバスは何も言わない。
室内に暫しの沈黙が流れた。
「お待ちください! 確かにラランジェ王女殿下は使ってはならない手段を用いました。しかしそれはレザードが主となって進めたことでございます」
そう叫んだのはトランプの息子であるドナルドだった。
「お黙りなさい、ドナルド。不敬ですよ」
ラランジェはそう言うなり。兄の前に両膝をついた。
「私はきちんと調べもせずに、軽はずみな行動をとったようです。お兄様の王政に毛筋ほどの影も落としたくはございません。どうぞご存分に罰してくださいませ。責は私ございます」
シラーズ王が頷いた。
「そうだね、たまたまマリア妃の口には入らなかったとはいえ、ララがやろうとしたことは卑怯で姑息な手段だ。王族にあるまじき行為だよ」
「はい」
「ララ、私はお前が憎いわけではない。しかし、ここで温情を掛けることはお前のためにはならないのだ」
「はい、国王陛下」
シラーズ王が大きく息を吸った。
カーチスが動こうとした時、アレンがグッと腕を引いた。
「アレン?」
「同情では何も救えない」
ぐっと掌を握りしめて小さく頷くカーチス。
シラーズ王が声を出した。
「お前は修道院に行きなさい。そこでもう一度自分を見つめ直してごらん。言いなりではダメなんだよ? 自分で調べ、自分で判断しなくてはいけないのだ。素直と無知は似て非なるものだということを、もう一度考えなさい」
「ありがとうございます」
ラランジェがスッと立ち上がった。
「甘い罰だと承知しております。これでお許しいただけませんか」
シラーズがワンダリア王とアラバスの元に行き、頭を下げた。
「十分ですよ。むしろ厳しいと思います」
シラーズ王がワンダリア王の顔を見た。
「あのレイラという女性のことはお任せいただけるということでしたね? もしよろしければ、ラランジェと同じ修道院へ送りたいと思いますが、いかがでしょうか」
ワンダリア王が頷いてアラバスを見た。
アラバスが静かな声で聞く。
「ラランジェ王女は無期限ではありませんよね?」
「物事の本質を見極める力を持つことができれば、戻してやりたいと思います。すみません、甘い兄ですよね。お恥ずかしい」
カーチスが一歩進み出た。
「手紙を書きますよ。頑張って修行してください。あたなにはいろいろと迷惑をかけてしまった。申し訳なく思っています」
アレンがレイラに声を掛ける。
「ラランジェ王女とゆっくり話をなさい。そして自分の行動を省みながら、心ゆくまで修行の日々を送りなさい。頑張れよ」
二人の処罰が決まった。
シラーズとワンダリアの国境近くにある由緒正しいが、厳しい事でも有名な修道院へと二人が送られたのは、それから数日後のことだった。
「お兄様確認とは何でしょう? 私はそこにいる宰相に『王太子の正妃になる』と言われてこの国に参りました。そのお話はお兄様もご存じだったのでしょう?」
シラーズ王がワンダリア王とバッディ王に目線で挨拶をしてから、窓際のティーテーブルへ移動した。
「その話を私は知らなかったのだよ。ルルーシュも知らないはずだ。宰相からララが留学することになったって聞いて、なぜ急に勉強する気になったのだろうって不思議に思っていたくらいなんだ」
ラランジェが驚いた顔をする。
「まあ! そうでしたの? 私はお父様とお兄様のご意向だと聞いて、それで何が何でも頑張らねばと思いましたのよ? ねえカード、どうなっているの?」
カード元宰相は何も言わずに俯いた。
シラーズ王がラランジェに言う。
「あの男はもう宰相ではないんだ。あいつはね、いろいろ噓を吐いていたんだよ。だからもうシラーズに戻ることは無いんだ」
ラランジェが不思議そうな顔でカードを見た。
「でも不思議ね、お兄様。カードはいつも何かから私を守っていたのですわ。息子もずっと私を守るような行動をしていましたの。だから私はてっきり……」
「ん? てっきりどうした?」
「どうあっても私がワンダリアに嫁がねばいけないのだろうと思っておりました。もしかしたらお父様や側妃様達の散財で、財政が危ういのかもって考えましたの。お兄様やお姉様は質素倹約をなさっておられましたでしょう? ですから私もそのようにしていたのですが、遂に破綻したのかと……」
「ははは! そうか、ララがあれほど好きだったドレスを作らなくなったのはそういうことか。我慢していたんだね」
ラランジェが恥ずかしそうに俯いた。
その姿を見たカーチスは、ラランジェが箱罠に入ってしまった理由を知り、少しだけ可哀そうだと思ってしまった。
「我が国の財政が破綻することはないよ。じつはね、お父様には引退してもらったんだ。つい先日だけれど、私が国王になったのだよ」
ラランジェは目を丸くしてシラーズ王を見ていたが、いきなり立ち上がりゆっくりと頭を下げた。
「第十三代国王陛下、ご即位おめでとうございます」
勉強はできないが、王女としての所作とマナーは叩き込まれてきたのだろう。
とてもあのラランジェとは思えないほど美しい礼を披露した。
「ああ、ありがとう。それでねララ、私は王として為すべきことをなさねばならないんだ。わかるね?」
「勿論でございます」
「正直に答えてくれ。ララはアラバス王子殿下の正妻であるマリア妃に毒物を盛ったのか?」
「毒物……もしかして下剤のことでしょうか」
「うん、それかな」
ラランジェが悲しそうな顔をした。
「はい、私が承認致しました」
「君が主導ではないのか?」
「言いだしたのは侍女ですが、最終的に了承したのは私でございます。お兄様……いえ、国王陛下、どうぞ私を罰してくださいませ」
そう言うと父王と共にラランジェたちを見ていたアラバスに頭を下げた。
「アラバス第一王子殿下、私の犯した罪は到底許されるものではございません。マリア妃殿下にはご迷惑をおかけいたしました。申し訳ございませんでした」
ラランジェの目に涙が浮かんでいる。
アラバスは何も言わない。
室内に暫しの沈黙が流れた。
「お待ちください! 確かにラランジェ王女殿下は使ってはならない手段を用いました。しかしそれはレザードが主となって進めたことでございます」
そう叫んだのはトランプの息子であるドナルドだった。
「お黙りなさい、ドナルド。不敬ですよ」
ラランジェはそう言うなり。兄の前に両膝をついた。
「私はきちんと調べもせずに、軽はずみな行動をとったようです。お兄様の王政に毛筋ほどの影も落としたくはございません。どうぞご存分に罰してくださいませ。責は私ございます」
シラーズ王が頷いた。
「そうだね、たまたまマリア妃の口には入らなかったとはいえ、ララがやろうとしたことは卑怯で姑息な手段だ。王族にあるまじき行為だよ」
「はい」
「ララ、私はお前が憎いわけではない。しかし、ここで温情を掛けることはお前のためにはならないのだ」
「はい、国王陛下」
シラーズ王が大きく息を吸った。
カーチスが動こうとした時、アレンがグッと腕を引いた。
「アレン?」
「同情では何も救えない」
ぐっと掌を握りしめて小さく頷くカーチス。
シラーズ王が声を出した。
「お前は修道院に行きなさい。そこでもう一度自分を見つめ直してごらん。言いなりではダメなんだよ? 自分で調べ、自分で判断しなくてはいけないのだ。素直と無知は似て非なるものだということを、もう一度考えなさい」
「ありがとうございます」
ラランジェがスッと立ち上がった。
「甘い罰だと承知しております。これでお許しいただけませんか」
シラーズがワンダリア王とアラバスの元に行き、頭を下げた。
「十分ですよ。むしろ厳しいと思います」
シラーズ王がワンダリア王の顔を見た。
「あのレイラという女性のことはお任せいただけるということでしたね? もしよろしければ、ラランジェと同じ修道院へ送りたいと思いますが、いかがでしょうか」
ワンダリア王が頷いてアラバスを見た。
アラバスが静かな声で聞く。
「ラランジェ王女は無期限ではありませんよね?」
「物事の本質を見極める力を持つことができれば、戻してやりたいと思います。すみません、甘い兄ですよね。お恥ずかしい」
カーチスが一歩進み出た。
「手紙を書きますよ。頑張って修行してください。あたなにはいろいろと迷惑をかけてしまった。申し訳なく思っています」
アレンがレイラに声を掛ける。
「ラランジェ王女とゆっくり話をなさい。そして自分の行動を省みながら、心ゆくまで修行の日々を送りなさい。頑張れよ」
二人の処罰が決まった。
シラーズとワンダリアの国境近くにある由緒正しいが、厳しい事でも有名な修道院へと二人が送られたのは、それから数日後のことだった。
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