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1 いつもと少し違う朝
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「おはようございます。朝食はできていますよ」
いつものように住込みで家を管理してくれている家令の山下さんが起こしに来た。
僕の家は代々続く由緒ある家系なのだそうだ。
今は田舎の家に世捨て人のように暮らしているお祖父様がつけてくれた山下さん夫妻が僕の家族のようなものだ。
父は僕がまだ小学生の頃に家を出て愛人と一緒に暮らし始めた。
今の愛人が何人目なのかは知らないが、ここに帰ってこないことには変わりない。
母はそんな父にさっさと見切りをつけて、こちらも恋人を次々に作って楽しんでいる。
父の居所は知っているけれど、母の居場所はわからない。
今はどこの旅の空で恋人と睦あっているのだろうか。
まあ僕にはあまり関係ないが。
「おはようございます、山下さん。支度をしたらすぐに行きます」
「ええ、今日はトオルさんの好きな大根のみそ汁ですよ」
「楽しみです」
僕は身支度を整えてダイニングルームに向かった。
「おはようございます」
とても温かな微笑みで山下さんの奥様である明美さんが声を掛けてきた。
「おはようございます、明美さん。今日は大根の味噌汁ですって?」
「ええそうですよ。トオルさんお好きですものね。今日から新学期ですから景気づけに油揚げも入れました」
「最高です!」
僕は心のこもった朝食を堪能して学校に向かった。
僕の通っている学校は中高一貫校の私学で、進学校としても全国的に有名だ。
そして僕は今日から最高学年である高校三年生となる。
といっても特に何が変わるわけでもないが、なぜか静かな高揚感を感じている。
僕という人間を表現する場合、ほとんどの人がこう言うだろう。
『物静かで穏やかな人』
でも心の中ではこう思っていることも知っている。
『無口で存在感が無い奴』
特にそれを目指しているわけではないが、僕の中にずっとくすぶっている喪失感がそうさせているのだと思う。
これが両親のせいなのか、持って生まれた性格なのかはわからないが、物心ついたころからなぜかとても大切なものを失った気分を抱えている。
夏休みに帰省した時、一度だけお祖父様に相談したことがある。
「ねえお祖父様、僕は小さい頃に何かとても大切なものを無くした経験があるの?」
「わしが知っている限りでは無いと思うが。もしかしたら得体のしれない焦燥感とか深い悲しみのような感情を拭いきれないという感じかな?」
「そうそう、そうなんだ」
「そうか。それならわかるよ。わしもずっとそうだったから」
「お祖父様も?」
「ああ、子供のころからずっとそうだ。お前が生まれるまではずっとそうだったさ」
「ふぅ~ん。辛いよね」
「ああ、そうだったな。辛かった」
「じゃあ僕は当分このままってことかぁ」
「大丈夫だ。慣れるよ」
「お父様もそうだったの?」
「相談されたことは無いが、おそらく違うと思う。お前が生まれるまではわしの中にあったから、きっと息子ではなくお前に移ったのだろう」
「遺伝?」
「いや遺伝ではないな…なんと言うかな…うん。遺伝ではないと思う」
「ふぅ~ん」
良く分からなくなって手に持っていたスイカに齧り付いた僕の頭を、お祖父様は笑いながら優しく撫でてくれた。
遺伝ではないなら何だろう…
今でもふと考えることがあるが、理由がわかったから消えるというものでもないと思ってからは、慣れることにした。
僕は徒歩で通学している。
バスを使っても良い程度には遠いが、バス停で四つ程度なので運動がてら徒歩を選択した。
というのも僕は自分でも笑えるくらい運動が苦手だ。
走るのも遅いし、高くも飛べないし、泳げない。
性格も明るい方でもないし、人付き合いも苦手だ。
クラスメイトとは普通に話すが、親友と呼べるような存在は未だかつていたことがない。
そしてそれを悲観したこともない。
新しい教室に入ると席順が黒板に張り出されていた。
廊下側の前から二番目の席に落ちつた僕は、隣の席が空いていることに気づいた。
『転校生?珍しいな』
そんな事を考えながら、いつものようにボーッとしていたらクラス担任が入ってきた。
「起立!」
出席番号一番の相川が覇気のない声で号令をかけた。
「おはよう諸君。今日から最終学年となった君たちの担任となった松本だ。担当は数学。よろしく頼む。早速だが転校生を紹介する」
松本先生の横に並んで笑顔を浮かべた少年に、一斉に視線が集まる。
「サーフェス・オオクニ君だ。金髪碧眼と見た目は日本人らしさは無いが、日系二世で日本語での会話には問題はないそうだ。まあ仲よくやってくれ。それでは左の前から順番に自己紹介をするように」
先生の視線を受けて入口側の一番前に座っていた中井が立ち上がった。
転校生は静かに僕の横の席に座り、こちらを向いて小さく会釈をしてきた。
サラサラの金髪が会釈のせいでハラッと額にかかった。
僕はそんなサーフェス・オオクニを見て美しいと心から思ってしまった。
「次は八幡だ」
呆然とサーフェスを見ていた僕に、松本先生は少し苛ついたような声を掛けた。
「あ、すみません。八幡トオルです。選択科目は文系です。運動は苦手です。よろしくお願いします」
超絶簡単な自己紹介をして席に戻った。
そんな僕をサーフェス・オオクニはずっと見ていた。
「八幡君って言うんだね。今日からよろしくお願いするよ」
「ああ、こちらこそよろしく」
ぎこちない小声での会話。
これがサーフェスと僕が交わした初めての会話だった。
いつものように住込みで家を管理してくれている家令の山下さんが起こしに来た。
僕の家は代々続く由緒ある家系なのだそうだ。
今は田舎の家に世捨て人のように暮らしているお祖父様がつけてくれた山下さん夫妻が僕の家族のようなものだ。
父は僕がまだ小学生の頃に家を出て愛人と一緒に暮らし始めた。
今の愛人が何人目なのかは知らないが、ここに帰ってこないことには変わりない。
母はそんな父にさっさと見切りをつけて、こちらも恋人を次々に作って楽しんでいる。
父の居所は知っているけれど、母の居場所はわからない。
今はどこの旅の空で恋人と睦あっているのだろうか。
まあ僕にはあまり関係ないが。
「おはようございます、山下さん。支度をしたらすぐに行きます」
「ええ、今日はトオルさんの好きな大根のみそ汁ですよ」
「楽しみです」
僕は身支度を整えてダイニングルームに向かった。
「おはようございます」
とても温かな微笑みで山下さんの奥様である明美さんが声を掛けてきた。
「おはようございます、明美さん。今日は大根の味噌汁ですって?」
「ええそうですよ。トオルさんお好きですものね。今日から新学期ですから景気づけに油揚げも入れました」
「最高です!」
僕は心のこもった朝食を堪能して学校に向かった。
僕の通っている学校は中高一貫校の私学で、進学校としても全国的に有名だ。
そして僕は今日から最高学年である高校三年生となる。
といっても特に何が変わるわけでもないが、なぜか静かな高揚感を感じている。
僕という人間を表現する場合、ほとんどの人がこう言うだろう。
『物静かで穏やかな人』
でも心の中ではこう思っていることも知っている。
『無口で存在感が無い奴』
特にそれを目指しているわけではないが、僕の中にずっとくすぶっている喪失感がそうさせているのだと思う。
これが両親のせいなのか、持って生まれた性格なのかはわからないが、物心ついたころからなぜかとても大切なものを失った気分を抱えている。
夏休みに帰省した時、一度だけお祖父様に相談したことがある。
「ねえお祖父様、僕は小さい頃に何かとても大切なものを無くした経験があるの?」
「わしが知っている限りでは無いと思うが。もしかしたら得体のしれない焦燥感とか深い悲しみのような感情を拭いきれないという感じかな?」
「そうそう、そうなんだ」
「そうか。それならわかるよ。わしもずっとそうだったから」
「お祖父様も?」
「ああ、子供のころからずっとそうだ。お前が生まれるまではずっとそうだったさ」
「ふぅ~ん。辛いよね」
「ああ、そうだったな。辛かった」
「じゃあ僕は当分このままってことかぁ」
「大丈夫だ。慣れるよ」
「お父様もそうだったの?」
「相談されたことは無いが、おそらく違うと思う。お前が生まれるまではわしの中にあったから、きっと息子ではなくお前に移ったのだろう」
「遺伝?」
「いや遺伝ではないな…なんと言うかな…うん。遺伝ではないと思う」
「ふぅ~ん」
良く分からなくなって手に持っていたスイカに齧り付いた僕の頭を、お祖父様は笑いながら優しく撫でてくれた。
遺伝ではないなら何だろう…
今でもふと考えることがあるが、理由がわかったから消えるというものでもないと思ってからは、慣れることにした。
僕は徒歩で通学している。
バスを使っても良い程度には遠いが、バス停で四つ程度なので運動がてら徒歩を選択した。
というのも僕は自分でも笑えるくらい運動が苦手だ。
走るのも遅いし、高くも飛べないし、泳げない。
性格も明るい方でもないし、人付き合いも苦手だ。
クラスメイトとは普通に話すが、親友と呼べるような存在は未だかつていたことがない。
そしてそれを悲観したこともない。
新しい教室に入ると席順が黒板に張り出されていた。
廊下側の前から二番目の席に落ちつた僕は、隣の席が空いていることに気づいた。
『転校生?珍しいな』
そんな事を考えながら、いつものようにボーッとしていたらクラス担任が入ってきた。
「起立!」
出席番号一番の相川が覇気のない声で号令をかけた。
「おはよう諸君。今日から最終学年となった君たちの担任となった松本だ。担当は数学。よろしく頼む。早速だが転校生を紹介する」
松本先生の横に並んで笑顔を浮かべた少年に、一斉に視線が集まる。
「サーフェス・オオクニ君だ。金髪碧眼と見た目は日本人らしさは無いが、日系二世で日本語での会話には問題はないそうだ。まあ仲よくやってくれ。それでは左の前から順番に自己紹介をするように」
先生の視線を受けて入口側の一番前に座っていた中井が立ち上がった。
転校生は静かに僕の横の席に座り、こちらを向いて小さく会釈をしてきた。
サラサラの金髪が会釈のせいでハラッと額にかかった。
僕はそんなサーフェス・オオクニを見て美しいと心から思ってしまった。
「次は八幡だ」
呆然とサーフェスを見ていた僕に、松本先生は少し苛ついたような声を掛けた。
「あ、すみません。八幡トオルです。選択科目は文系です。運動は苦手です。よろしくお願いします」
超絶簡単な自己紹介をして席に戻った。
そんな僕をサーフェス・オオクニはずっと見ていた。
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「ああ、こちらこそよろしく」
ぎこちない小声での会話。
これがサーフェスと僕が交わした初めての会話だった。
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