消された過去と消えた宝石

志波 連

文字の大きさ
42 / 66

42 古くからの言い伝え

しおりを挟む
 その頃バリ島の高級ホテルで寛いでいた小夜子の横で、美奈が愚痴をこぼしていた。

「暑いというより蒸しますね」

 美奈が使う団扇がパタパタと音を立てる。

「そうよね、それほ古いホテルではないのにエアコンの効きが悪いのよね」

「前もこのホテルだったのですか?」

「私はバリ島は初めてよ。前はシンガポールだったもの」

「気温ってかなり違います?」

「どうだったかしら。同じようなかんじかも。でも夜はあちらの方が涼しかったかな」

 聞いた割にはどうでも良い情報だったのだろう、美奈はフッと息を吐いて汗をかいているソーダ水のグラスに手を伸ばした。

「おじさん、遅いですね」

「そうね、山本先生が例によって我儘を言っているんじゃない?」

「それにしても散骨式に参加するって、何の酔狂でしょうね」

「まあ、それが今回のメインらしいから。それに私にとっては血縁者なのよ。会ったことは無いけれど」

「え? そうなのですか?」

「ええ、母の姉に当たる方らしいから、叔母さん? でも若くして亡くなったんだけどね」

「そうですか。そういうことならしょうがないですね。でも山本先生にも関係が?」

「先生は斉藤の友人だから代理のつもりかもしれないわ。叔母は斉藤の最初の奥さんよ。戸籍上だけだけどね」

「はい? ご主人様の奥さん? え? 意味がわからないんですけど」

「まあ、そういうことなのよ」

 小夜子が温くなったソーダ水を口に含んで顔を顰めた。

「温くなり難いグラスを考案したら売れるわね」

 美奈はこれ以上触れない方が良いのだと判断し、叔父である山中の帰りを望むように部屋のドアを見た。
 海に近いこのホテルは、独立戦争の英雄と言われた人物に深い関りがあると言われている由緒あるホテルだ。

「もっと良いホテルはあるけれど、必ずここを使うんだよ」

 バリ島に向かう飛行機の中で言った山本医師の言葉が甦る。

「小夜子ちゃんは行かなくてはいけないんだ。斉藤も同じことを言うと思うよ」

 山本はそういったが、斉藤はまったく逆のことを小夜子に言っていた。

「小夜子はなるべく近寄らないほうが良い。できれば忘れてしまいなさいと言いたいところだが、きっと呼び寄せられてしまうだろう。もし行くようなことがあっても、斉藤小夜子だという意識をしっかり持って、流されてはいけないよ」

 あの宝石に触れて以降、胸に巣食っているこの痛みが、このホテルについてから和らいでいた。
 故郷に戻ったことを喜んでいるのか、それとも全てが終わることを予感しているのか。
 いずれにしても自分がやることは唯一つだけだと、小夜子は胸に下がるペンダントに指先でふれた。

 ノックの音が響き、自分でドアを開けた山中が入ってきた。

「遅くなりました。明日の午前九時にホテルを出ます。タクシーは二台用意しました」

「ありがとう、ご苦労様でした」

 ソファーにドカッと座った山中の前に美奈が新しいソーダ水を置いた。

「先生がお嬢様に緑色の服を準備していたので、揉めていたんです。何を考えているのやら」

「あらあら、先生は私を生贄にでもするつもりかしら」

「まさかとは思いますが、全力で拒否してきましたよ。お嬢様も気を付けてくださいね。本人はそんな伝説は知らなかったと言い張っていましたが、知らないわけないじゃないですか。むしろ私より詳しいはずだ!」

 美奈が口を挟む。

「緑色って? 何か意味があるの?」

 山中がグイっとソーダ水を飲み干してから言葉を発した。

「この辺りじゃ緑色の服を着て海に近寄ってはいけないと言われているんだよ。海の女神に引き寄せられるってね。山本先生が不穏なことを考えているとは思わないが、そういう言い伝えみたいなものは、あまりバカにしない方がいい」

「怖いわね……そういえばそういう言い伝えがある部屋もあるのでしょ? このホテルって」

「ああ、ヴィラだけどね。行きたいなら一人で行けよ? 俺はごめん被る」

 美奈が目をキラキラさせて小夜子を見たが、真顔で拒否されてしまった。
 口を蛸のように尖らせていると、部屋の電話がけたたましい音で静寂を破る。
 山中が現地の言葉で対応した。

「お客様がいらしたそうです。ロビーに行きますか? こちらに案内しましょうか?」

「こちらに来ていただいてもらいましょう。美奈さん、飲み物を注文してちょうだい」

 山中が部屋を出て、美奈が受話器をとった。
 現地の言葉がわからない観光客のために、ルームサービス専用番号に電話をして、メニューに記載されている番号を伝えるだけで注文できるシステムだ。

「着替えるわ」

 小夜子が立ち上がると、注文を終えた美奈が後に続いた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?

すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。 お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」 その母は・・迎えにくることは無かった。 代わりに迎えに来た『父』と『兄』。 私の引き取り先は『本当の家』だった。 お父さん「鈴の家だよ?」 鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」 新しい家で始まる生活。 でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。 鈴「うぁ・・・・。」 兄「鈴!?」 倒れることが多くなっていく日々・・・。 そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。 『もう・・妹にみれない・・・。』 『お兄ちゃん・・・。』 「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」 「ーーーーっ!」 ※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。 ※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 ※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。 ※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)

裏切りの代償

中岡 始
キャラ文芸
かつて夫と共に立ち上げたベンチャー企業「ネクサスラボ」。奏は結婚を機に経営の第一線を退き、専業主婦として家庭を支えてきた。しかし、平穏だった生活は夫・尚紀の裏切りによって一変する。彼の部下であり不倫相手の優美が、会社を混乱に陥れつつあったのだ。 尚紀の冷たい態度と優美の挑発に苦しむ中、奏は再び経営者としての力を取り戻す決意をする。裏切りの証拠を集め、かつての仲間や信頼できる協力者たちと連携しながら、会社を立て直すための計画を進める奏。だが、それは尚紀と優美の野望を徹底的に打ち砕く覚悟でもあった。 取締役会での対決、揺れる社内外の信頼、そして壊れた夫婦の絆の果てに待つのは――。 自分の誇りと未来を取り戻すため、すべてを賭けて挑む奏の闘い。復讐の果てに見える新たな希望と、繊細な人間ドラマが交錯する物語がここに。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜

美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?

処理中です...