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42 古くからの言い伝え
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その頃バリ島の高級ホテルで寛いでいた小夜子の横で、美奈が愚痴をこぼしていた。
「暑いというより蒸しますね」
美奈が使う団扇がパタパタと音を立てる。
「そうよね、それほ古いホテルではないのにエアコンの効きが悪いのよね」
「前もこのホテルだったのですか?」
「私はバリ島は初めてよ。前はシンガポールだったもの」
「気温ってかなり違います?」
「どうだったかしら。同じようなかんじかも。でも夜はあちらの方が涼しかったかな」
聞いた割にはどうでも良い情報だったのだろう、美奈はフッと息を吐いて汗をかいているソーダ水のグラスに手を伸ばした。
「おじさん、遅いですね」
「そうね、山本先生が例によって我儘を言っているんじゃない?」
「それにしても散骨式に参加するって、何の酔狂でしょうね」
「まあ、それが今回のメインらしいから。それに私にとっては血縁者なのよ。会ったことは無いけれど」
「え? そうなのですか?」
「ええ、母の姉に当たる方らしいから、叔母さん? でも若くして亡くなったんだけどね」
「そうですか。そういうことならしょうがないですね。でも山本先生にも関係が?」
「先生は斉藤の友人だから代理のつもりかもしれないわ。叔母は斉藤の最初の奥さんよ。戸籍上だけだけどね」
「はい? ご主人様の奥さん? え? 意味がわからないんですけど」
「まあ、そういうことなのよ」
小夜子が温くなったソーダ水を口に含んで顔を顰めた。
「温くなり難いグラスを考案したら売れるわね」
美奈はこれ以上触れない方が良いのだと判断し、叔父である山中の帰りを望むように部屋のドアを見た。
海に近いこのホテルは、独立戦争の英雄と言われた人物に深い関りがあると言われている由緒あるホテルだ。
「もっと良いホテルはあるけれど、必ずここを使うんだよ」
バリ島に向かう飛行機の中で言った山本医師の言葉が甦る。
「小夜子ちゃんは行かなくてはいけないんだ。斉藤も同じことを言うと思うよ」
山本はそういったが、斉藤はまったく逆のことを小夜子に言っていた。
「小夜子はなるべく近寄らないほうが良い。できれば忘れてしまいなさいと言いたいところだが、きっと呼び寄せられてしまうだろう。もし行くようなことがあっても、斉藤小夜子だという意識をしっかり持って、流されてはいけないよ」
あの宝石に触れて以降、胸に巣食っているこの痛みが、このホテルについてから和らいでいた。
故郷に戻ったことを喜んでいるのか、それとも全てが終わることを予感しているのか。
いずれにしても自分がやることは唯一つだけだと、小夜子は胸に下がるペンダントに指先でふれた。
ノックの音が響き、自分でドアを開けた山中が入ってきた。
「遅くなりました。明日の午前九時にホテルを出ます。タクシーは二台用意しました」
「ありがとう、ご苦労様でした」
ソファーにドカッと座った山中の前に美奈が新しいソーダ水を置いた。
「先生がお嬢様に緑色の服を準備していたので、揉めていたんです。何を考えているのやら」
「あらあら、先生は私を生贄にでもするつもりかしら」
「まさかとは思いますが、全力で拒否してきましたよ。お嬢様も気を付けてくださいね。本人はそんな伝説は知らなかったと言い張っていましたが、知らないわけないじゃないですか。むしろ私より詳しいはずだ!」
美奈が口を挟む。
「緑色って? 何か意味があるの?」
山中がグイっとソーダ水を飲み干してから言葉を発した。
「この辺りじゃ緑色の服を着て海に近寄ってはいけないと言われているんだよ。海の女神に引き寄せられるってね。山本先生が不穏なことを考えているとは思わないが、そういう言い伝えみたいなものは、あまりバカにしない方がいい」
「怖いわね……そういえばそういう言い伝えがある部屋もあるのでしょ? このホテルって」
「ああ、ヴィラだけどね。行きたいなら一人で行けよ? 俺はごめん被る」
美奈が目をキラキラさせて小夜子を見たが、真顔で拒否されてしまった。
口を蛸のように尖らせていると、部屋の電話がけたたましい音で静寂を破る。
山中が現地の言葉で対応した。
「お客様がいらしたそうです。ロビーに行きますか? こちらに案内しましょうか?」
「こちらに来ていただいてもらいましょう。美奈さん、飲み物を注文してちょうだい」
山中が部屋を出て、美奈が受話器をとった。
現地の言葉がわからない観光客のために、ルームサービス専用番号に電話をして、メニューに記載されている番号を伝えるだけで注文できるシステムだ。
「着替えるわ」
小夜子が立ち上がると、注文を終えた美奈が後に続いた。
「暑いというより蒸しますね」
美奈が使う団扇がパタパタと音を立てる。
「そうよね、それほ古いホテルではないのにエアコンの効きが悪いのよね」
「前もこのホテルだったのですか?」
「私はバリ島は初めてよ。前はシンガポールだったもの」
「気温ってかなり違います?」
「どうだったかしら。同じようなかんじかも。でも夜はあちらの方が涼しかったかな」
聞いた割にはどうでも良い情報だったのだろう、美奈はフッと息を吐いて汗をかいているソーダ水のグラスに手を伸ばした。
「おじさん、遅いですね」
「そうね、山本先生が例によって我儘を言っているんじゃない?」
「それにしても散骨式に参加するって、何の酔狂でしょうね」
「まあ、それが今回のメインらしいから。それに私にとっては血縁者なのよ。会ったことは無いけれど」
「え? そうなのですか?」
「ええ、母の姉に当たる方らしいから、叔母さん? でも若くして亡くなったんだけどね」
「そうですか。そういうことならしょうがないですね。でも山本先生にも関係が?」
「先生は斉藤の友人だから代理のつもりかもしれないわ。叔母は斉藤の最初の奥さんよ。戸籍上だけだけどね」
「はい? ご主人様の奥さん? え? 意味がわからないんですけど」
「まあ、そういうことなのよ」
小夜子が温くなったソーダ水を口に含んで顔を顰めた。
「温くなり難いグラスを考案したら売れるわね」
美奈はこれ以上触れない方が良いのだと判断し、叔父である山中の帰りを望むように部屋のドアを見た。
海に近いこのホテルは、独立戦争の英雄と言われた人物に深い関りがあると言われている由緒あるホテルだ。
「もっと良いホテルはあるけれど、必ずここを使うんだよ」
バリ島に向かう飛行機の中で言った山本医師の言葉が甦る。
「小夜子ちゃんは行かなくてはいけないんだ。斉藤も同じことを言うと思うよ」
山本はそういったが、斉藤はまったく逆のことを小夜子に言っていた。
「小夜子はなるべく近寄らないほうが良い。できれば忘れてしまいなさいと言いたいところだが、きっと呼び寄せられてしまうだろう。もし行くようなことがあっても、斉藤小夜子だという意識をしっかり持って、流されてはいけないよ」
あの宝石に触れて以降、胸に巣食っているこの痛みが、このホテルについてから和らいでいた。
故郷に戻ったことを喜んでいるのか、それとも全てが終わることを予感しているのか。
いずれにしても自分がやることは唯一つだけだと、小夜子は胸に下がるペンダントに指先でふれた。
ノックの音が響き、自分でドアを開けた山中が入ってきた。
「遅くなりました。明日の午前九時にホテルを出ます。タクシーは二台用意しました」
「ありがとう、ご苦労様でした」
ソファーにドカッと座った山中の前に美奈が新しいソーダ水を置いた。
「先生がお嬢様に緑色の服を準備していたので、揉めていたんです。何を考えているのやら」
「あらあら、先生は私を生贄にでもするつもりかしら」
「まさかとは思いますが、全力で拒否してきましたよ。お嬢様も気を付けてくださいね。本人はそんな伝説は知らなかったと言い張っていましたが、知らないわけないじゃないですか。むしろ私より詳しいはずだ!」
美奈が口を挟む。
「緑色って? 何か意味があるの?」
山中がグイっとソーダ水を飲み干してから言葉を発した。
「この辺りじゃ緑色の服を着て海に近寄ってはいけないと言われているんだよ。海の女神に引き寄せられるってね。山本先生が不穏なことを考えているとは思わないが、そういう言い伝えみたいなものは、あまりバカにしない方がいい」
「怖いわね……そういえばそういう言い伝えがある部屋もあるのでしょ? このホテルって」
「ああ、ヴィラだけどね。行きたいなら一人で行けよ? 俺はごめん被る」
美奈が目をキラキラさせて小夜子を見たが、真顔で拒否されてしまった。
口を蛸のように尖らせていると、部屋の電話がけたたましい音で静寂を破る。
山中が現地の言葉で対応した。
「お客様がいらしたそうです。ロビーに行きますか? こちらに案内しましょうか?」
「こちらに来ていただいてもらいましょう。美奈さん、飲み物を注文してちょうだい」
山中が部屋を出て、美奈が受話器をとった。
現地の言葉がわからない観光客のために、ルームサービス専用番号に電話をして、メニューに記載されている番号を伝えるだけで注文できるシステムだ。
「着替えるわ」
小夜子が立ち上がると、注文を終えた美奈が後に続いた。
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