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68 たたら場へ
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「春乃! 無事でおったか」
流星から飛び降りるようにして春乃に駆け寄る伊十郎。
「小松様! あれあれ、埃塗れではないかね。それほど急がれるということは、まさか佐次郎さまに何かあったのかね?」
屋敷から右京が出てきた。
「伊十郎ではないか。何事か?」
「おう、右京。体調はどうじゃ?」
「俺の体調のことなどどうでもよい。それほど急いで何かあったのか?」
伊十郎が使用人に流星の手綱を任せながらいう。
「とりあえず水をくれ。流星が休まんけぇ俺も休めなんだのじゃ」
勝手知ったる道庭家だ。
庭から座敷に回り、縁側にドカリと座った。
春乃が大きな船徳利で水を運んでくる。
「おう、すまんのぉ。流星にも頼む」
「流星なら水と干し草を持って行っとりますけぇ。それより佐次郎さまはご無事なんか?」
喉を鳴らして徳利から直接水を飲んだ伊十郎が、袖口で口を拭いながら声を出した。
「無事とは言えんが生きてはおる。そこでじゃ、春乃。お前に来てほしいのじゃがどうか?」
「もちろん行きますけぇ! すぐにでも出ましょう!」
今にも駆けだそうとする春乃を伊十郎と右京が押しとどめた。
「それほど焦るほどの事ではない。ずっと駆けてきた流星を少し休ませんと無理じゃ。それに貞光殿にも話しをせんといけん」
春乃は自分の失態を恥じるように頬を染めて俯いた。
慰めるように右京が言う。
「春乃、佐次郎が心配なんは分かるが焦っても結果は同じじゃ。それよりきちんと状況を把握して、万全の準備をしてから出た方が良い」
「うん、分かりました」
頷く春乃を見てから右京が伊十郎に顔を向ける。
「詳しく話してくれ」
伊十郎はたたら場に向かってからのことを、包み隠さず話していく。
じっと聞き入っている右京と春乃の顔色はどんどん悪くなっていった。
「なんと曾我衆だったか。毛利の奴らはいつの間に奥出雲まで忍んできていたのかのぅ。これはご当主様にお知らせせねばなるまいて」
右京の言葉に伊十郎が頷く。
「国久様にはお知らせした。おそらくすでに進軍なされているだろうと思う。ご当主様には国久様から伝えてもらった方が話が早い」
「確かにそうじゃな。それで春乃が行くというのは? たたら場は戦場になるのだろう?」
眉間に皺を寄せて伊十郎が言う。
「ああ、おそらく戦場になる。しかしその娘が言うには、春乃が来んと佐次郎が危ないらしいのじゃ。しかし春乃を危ない目に合わせるわけにもいかんじゃろう?」
それを相談するために伊十郎は国久の元へは行かず、こちらに駆けて来たのだと右京は納得した。
「すまんのぉ伊十郎。本当ならお前が新宮党へ行くべきじゃったのに」
「何を言うか。俺は政久様の側近じゃった男じゃぞ? 今更出世などどうでもよいわ。それより佐次郎の事じゃ。どうすればええかのぉ、右京」
右京は腕組みをして眉間に皺を寄せた。
弟のことを思えば、すぐにでも春乃を向かわせたい。
しかし、当の佐次郎が自分の命より大事だと思っている春乃を戦場に向かわせることに、果たして頷くだろうか。
「私は行きますよ。地獄だろうが戦場だろうが、佐次郎さまの元へならどこにでも行きますけぇ」
春乃が胸の前で拳を握って大きな声を出した。
「春乃……」
決断しかねている男たちをじれったそうに見る春乃。
その時、玄関で馬の嘶きが聞こえ、道庭家の当主である貞光が帰ってきた。
「お帰りなさいませ、父上」
右京がそう言うと、貞光は伊十郎がまだ抱えていた船徳利を奪って、ごくごくと水を飲んだ。
「ああ、伊十郎が来ておったのか。ということはもう聞いたか?」
「何をでございますか?」
驚いた顔の右京に顔を顰めた貞光が言う。
「奥出雲のたたら場を奪還せよとのお達しが出たのじゃ。すでに国久様はご出立になったとのことじゃ。我が家からも出さねば申し訳がたたぬが、佐次郎がおらん今となってはわしが出ねばなるまいと思うて急ぎ戻ったところじゃ」
「なるほど、そういうことですか。しかし、佐次郎がいない今となっては無理に出ることもありますまい?」
「いや、そうはいかん。先祖代々お仕えしてきた尼子家の出兵じゃ」
伊十郎は暫し考えた。
右京を出すというなら体を張ってでも止めねばならないが、当主本人が老骨に鞭を打つというのだから、説得するにしてもなかなか言葉が難しい。
「ああ、そうじゃ。実はその戦場に佐次郎がおりましてなぁ。ちいと怪我をしたので看病させるために春乃を迎えに来たのですよ。ですから道庭家からはすでに一人出兵しているということになります」
貞光が驚いた顔で伊十郎と春乃を見た。
後ろに控えていた右京が、先程伊十郎から聞いた話しを貞光に伝える。
「なんと……そんなことになっておったか」
呆然とする貞光の横を走り抜けて、春乃はさっさと出立の準備を始めた。
伊十郎から祝いで貰った反物や、裁縫道具、そして父親が愛用していた短刀を風呂敷きに包んでいく。
「準備はできましたけぇ」
春乃の声に男たち三人が顔を向けた。
流星から飛び降りるようにして春乃に駆け寄る伊十郎。
「小松様! あれあれ、埃塗れではないかね。それほど急がれるということは、まさか佐次郎さまに何かあったのかね?」
屋敷から右京が出てきた。
「伊十郎ではないか。何事か?」
「おう、右京。体調はどうじゃ?」
「俺の体調のことなどどうでもよい。それほど急いで何かあったのか?」
伊十郎が使用人に流星の手綱を任せながらいう。
「とりあえず水をくれ。流星が休まんけぇ俺も休めなんだのじゃ」
勝手知ったる道庭家だ。
庭から座敷に回り、縁側にドカリと座った。
春乃が大きな船徳利で水を運んでくる。
「おう、すまんのぉ。流星にも頼む」
「流星なら水と干し草を持って行っとりますけぇ。それより佐次郎さまはご無事なんか?」
喉を鳴らして徳利から直接水を飲んだ伊十郎が、袖口で口を拭いながら声を出した。
「無事とは言えんが生きてはおる。そこでじゃ、春乃。お前に来てほしいのじゃがどうか?」
「もちろん行きますけぇ! すぐにでも出ましょう!」
今にも駆けだそうとする春乃を伊十郎と右京が押しとどめた。
「それほど焦るほどの事ではない。ずっと駆けてきた流星を少し休ませんと無理じゃ。それに貞光殿にも話しをせんといけん」
春乃は自分の失態を恥じるように頬を染めて俯いた。
慰めるように右京が言う。
「春乃、佐次郎が心配なんは分かるが焦っても結果は同じじゃ。それよりきちんと状況を把握して、万全の準備をしてから出た方が良い」
「うん、分かりました」
頷く春乃を見てから右京が伊十郎に顔を向ける。
「詳しく話してくれ」
伊十郎はたたら場に向かってからのことを、包み隠さず話していく。
じっと聞き入っている右京と春乃の顔色はどんどん悪くなっていった。
「なんと曾我衆だったか。毛利の奴らはいつの間に奥出雲まで忍んできていたのかのぅ。これはご当主様にお知らせせねばなるまいて」
右京の言葉に伊十郎が頷く。
「国久様にはお知らせした。おそらくすでに進軍なされているだろうと思う。ご当主様には国久様から伝えてもらった方が話が早い」
「確かにそうじゃな。それで春乃が行くというのは? たたら場は戦場になるのだろう?」
眉間に皺を寄せて伊十郎が言う。
「ああ、おそらく戦場になる。しかしその娘が言うには、春乃が来んと佐次郎が危ないらしいのじゃ。しかし春乃を危ない目に合わせるわけにもいかんじゃろう?」
それを相談するために伊十郎は国久の元へは行かず、こちらに駆けて来たのだと右京は納得した。
「すまんのぉ伊十郎。本当ならお前が新宮党へ行くべきじゃったのに」
「何を言うか。俺は政久様の側近じゃった男じゃぞ? 今更出世などどうでもよいわ。それより佐次郎の事じゃ。どうすればええかのぉ、右京」
右京は腕組みをして眉間に皺を寄せた。
弟のことを思えば、すぐにでも春乃を向かわせたい。
しかし、当の佐次郎が自分の命より大事だと思っている春乃を戦場に向かわせることに、果たして頷くだろうか。
「私は行きますよ。地獄だろうが戦場だろうが、佐次郎さまの元へならどこにでも行きますけぇ」
春乃が胸の前で拳を握って大きな声を出した。
「春乃……」
決断しかねている男たちをじれったそうに見る春乃。
その時、玄関で馬の嘶きが聞こえ、道庭家の当主である貞光が帰ってきた。
「お帰りなさいませ、父上」
右京がそう言うと、貞光は伊十郎がまだ抱えていた船徳利を奪って、ごくごくと水を飲んだ。
「ああ、伊十郎が来ておったのか。ということはもう聞いたか?」
「何をでございますか?」
驚いた顔の右京に顔を顰めた貞光が言う。
「奥出雲のたたら場を奪還せよとのお達しが出たのじゃ。すでに国久様はご出立になったとのことじゃ。我が家からも出さねば申し訳がたたぬが、佐次郎がおらん今となってはわしが出ねばなるまいと思うて急ぎ戻ったところじゃ」
「なるほど、そういうことですか。しかし、佐次郎がいない今となっては無理に出ることもありますまい?」
「いや、そうはいかん。先祖代々お仕えしてきた尼子家の出兵じゃ」
伊十郎は暫し考えた。
右京を出すというなら体を張ってでも止めねばならないが、当主本人が老骨に鞭を打つというのだから、説得するにしてもなかなか言葉が難しい。
「ああ、そうじゃ。実はその戦場に佐次郎がおりましてなぁ。ちいと怪我をしたので看病させるために春乃を迎えに来たのですよ。ですから道庭家からはすでに一人出兵しているということになります」
貞光が驚いた顔で伊十郎と春乃を見た。
後ろに控えていた右京が、先程伊十郎から聞いた話しを貞光に伝える。
「なんと……そんなことになっておったか」
呆然とする貞光の横を走り抜けて、春乃はさっさと出立の準備を始めた。
伊十郎から祝いで貰った反物や、裁縫道具、そして父親が愛用していた短刀を風呂敷きに包んでいく。
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