泣き鬼の花嫁

志波 連

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21 最後の足搔き

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 それから数刻。
 磨石山城の門前には桜井に与した全員が並ばされていた。
 桜井宗的本人はもちろん、家臣やその家族、褒章欲しさに集まっていた農民兵に至るまで例外は一切ない。

「死んでいる者も並べておけよ。もうすぐご当主様が御到着じゃ」

 国久の声に尼子兵たちが駆け去っていく。
 磨石山城のある山頂付近はそれほど広くはない。
 この城が難攻と言われる所以はまさにそこだった。
 人馬が通れる道筋は三つしかなく、そのどれもが急こう配で険しい。
 木々の枝が道を覆うように茂り、ゆっくりと進まねばならないのだ。

「しかしようもこれだけ広げたものよなぁ」

 国久が辺りを見回して言った。

「政久様のご指示でしたのでのぉ。今回の兵には杣人がようけ(たくさん)参加しておりましたで、なかなか手際のよいことでござりましたわい」

 そう説明したのは戦勘定奉行に任じられていた安藤九衛門だ。
 そのほかの領主たちは国久の後ろに控えて膝をついている。
 だが、その中に小松伊十郎と木村助右ヱ門の姿はない。

「間におうたかのぉ」

 独り言のようにそう言った国久に応えたのは小松の近習として仕えていた木村喜平だ。
 喜平は兄である助右ヱ門の代わりとしてここに立っている。
 城攻めの時、左翼を担ったのは小松伊十郎で、対翼として右側の先頭に立ったのが木村助右ヱ門だった。

「お前の兄者も助かれば良いが」

「ありがたきお言葉でございます」

 助右ヱ門は左腿に毒矢を受けて後退していた。
 その毒は佐次郎のものと同じ蛾毒矢で、酷い痛みと爛れで苦しんでいるはずだ。
 喜平は治療のために陣幕へ下がった兄を思って振り返った。

「あれは……ご当主様の御到着でしょうか」

 木村喜平の言葉に全員が視線を向けた。

「父上が騎馬とは……こりゃ相当なお怒りじゃぞ」

 政久に従い戦場に来ていた領主たちが歯を食いしばる。
 最早我が命も風前の灯だと全員覚悟を決めた時、黒鹿毛の巨馬が駆け寄ってきた。

「お? あれは兄上の流星ではないか。何か乗せておるのぉ」

 国久の前でたたらを踏んで止まった流星の背中にはハリボテが脱げてしまった素の権左が乗っていた。

「何者か!」

 国久の声に権左はビクッと体を震わせた。
 巨馬である流星から降りようと藻搔いているが、いかんせん手も足も短すぎてどうしようもない。

「お前は……ああ、道庭佐次郎の家来か。名は確か権左というたのぅ」

 何度か小松と共に佐次郎に会っている木村が声を出した。

「佐次郎? ああ、あの鬼のような男か。あやつの家来が何事ぞ?」

 滑り落ちるように下馬した権左が、無様に地面に叩ききつけられた。
 それを気遣うように鼻を摺り寄せる流星。

「佐次郎様より伝言でございまする」

「申してみよ」

 国久の代わりに答えたのは安藤九衛門だ。

「へぇ、なんでもご当主様に直接お渡しせねばならんものがあるので、御到着になったら教えてほしいと言うとりました」

「ご当主さまへ? 父上に直接だと? 何を考えておるのじゃ、あの鬼は」

 国久がヘラリと笑った。
 その間にも砂塵を舞わせながら馬群が近寄ってくる。
 全員がそちらに顔を向けた刹那、左腕を失った大山忠勝が走り寄った。
 上半身は縄でぐるぐる巻きになっていたが、ここに連れて来るために足の戒めは解かれていたようだ。
 一瞬の隙をついた忠勝の口には、自分の首から口内を貫いた小松の小刀が咥えられている。
 柄を喉の奥まで咥えこみ、刃の根元を歯で嚙んで固定している。

「あれぇ! 危ない!」

 気づいた権左が国久を押した。
 全体重で顔ごと突っ込んできた忠勝が、国久を押しのけた権左と共にもんどりをうつ。
 ゴロンゴロンと音をたてながら一塊になって転がり、控えていた領主たちの前で止まった。

「取り押さえよ!」

 領主たちが飛び掛かるようにして忠勝をねじ伏せる。
 取り残された権左に駆け寄った国久が、その小さな体を抱き起こした。

「なんということじゃ! 俺としたことが年寄りの雑兵に助けられてしもうたぞ」

 忠勝の刃をまともに受けたのだろう。
 権左の首から血が吹き出している。
 駆け付けた木村が国久から権左の体を受け取ろうと手を伸ばした。

「国久さま、これは我らで。ご当主様のご到着です」

 そう言うなり、ぴくぴくと痙攣を繰り返す権左を横抱きにして下がった。
 敬老の心を持つ国久にとっては相当な衝撃だったようで、まだ呆然とその場に立っている。

「国久」

 まるで天からの声のように荘厳な響きを持った声が降ってきた。

「父上……ご無事で」

「うむ。して、どこまで片付いた?」

「はい、我らが到着したときには、ほぼ片はついておりましたよ。ここに控える領主たちが総攻めをしている最中でしてなぁ。難なく城内に入り、全員を捕縛しました」

「そうか」

 側近が数名駆け寄り、尼子経久の馬を囲む。
 その一人に手綱を渡した経久が、じっとこちらを見ている流星に目を合わせた。

「流星……お前の主は?」

 流星がスッと首を引き、天を仰いだ。

「そうか」

 経久が国久に顔を向けた。

「全員殺せ。又四郎(政久の幼名)を射た者と命じたものは連れてこい」

 国久が片膝をついて畏まる。

「御意。こ奴らはいかがいたしましょうや?」

 領主たちをスッと見る経久。

「本城へ。全員揃えて連れてまいれ。殺すなよ」

「畏まりました」

 領主たちの先頭で畏まっている初老の男に顔を向けた経久が、静かな声を出す。

「牛尾孝信殿。此度の参戦に感謝する」

 牛尾が深く首を垂れた。

「この皺腹では償い切れぬ失態を……」

「いや、又四郎が好んでやったことであろう? あれはそういう優しいところのある男じゃったでのぉ。止めることもできなんだことは分かる。分かるが……分かるのじゃが……」

 経久が言葉を詰まらせ空を見上げた。
 その場にいる全員が深く頭を下げて咽び泣く。

「いや、もう言うまいぞ。又四郎の体は連れて戻る。ここが片付いたら本城で会おう。孫四郎(国久の幼名)よ、又四郎は何処ぞ?」

「はい、陣幕に」

「参る」

 立ち上がった国久が、離れた場所で数人の兵に介抱されている権左をチラッと見た。
 すでに血は流れてはいなかったが、その周りには血だまりができている。
 止まったというより出る血が無くなったのかもしれない。

「木村」

「はっ」

「あの者の遺体を陣幕へ」

 言葉を発せず頭を下げた木村が権左の方へ下がっていった。
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