泣き鬼の花嫁

志波 連

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51 気配

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 佐次郎が聞く。

「その勘助とかいう腐れ外道は弓を使うんか?」

「はい、山で野兎やら瓜坊を狩ってきては焼いて食うとりましたわい。食うならまだ良いが、殺すだけということもありましたよ。母鹿の前で小鹿の首を射抜いたこともあります。それもわざと急所を外して血が吹き出すのを嗤って見るんじゃ……命をなんじゃと思うとるのか」

 佐次郎がギュッと拳を握った。
 中年の杣人が静かな声で聞く。

「その勘助とやらの右腕には銀杏の葉のような痣があったか?」

 たたら場衆が驚いた顔で杣人を見た。

「へい、確かに銀杏の葉のような刺青がありますわい」

 佐次郎が唸るように言った。

「銀杏の葉の刺青をした弓使い……曾我の者か」

 杣人が頷いた。

「おそらく曾我のものでしょうな。ちと厄介ですのぉ」

 たたら場衆の一人が聞いた。

「その曾我の者というのはいったい何者ですか?」

 村長が声を出した。

「弓の名手を育てるだけの集団ですじゃ。その昔は増えすぎて畑を荒らすようになった獣の駆除を生業としておった者たちですわい。最近ではその弓の腕を買われて戦に出ると聞いておりますよ」

 別の男があとを引き取る。

「あいつらはワシらと同じように夜目も利くし、弓矢も上手い。噂では甲賀の流れを汲む者たちらしいですわい」

 静まり返った屋敷の外で人の気配がした。
 たたら場衆は気づいていないが、佐次郎と共に戦場を駆け抜けている男たちに緊張が走る。
 佐次郎が目線で窓の近くにいた若い杣人に指示を出した。
 小さく頷いた男が側にあった大きな藁束を抱える。
 男が二人じりじりと玄関戸に近づいた。
 バンッと音をたてて勢いよく戸が開く。
 それと同時に藁束を抱えていた男が戸口に立った。
 
「……」

「おりませんね。獣じゃったのじゃろうか」

 杣人の声に佐次郎が大きな声を出した。

「女たちは!」

 男たちが顔色を変えて一斉に駆け出した。
 たたら場衆は何が起こっているのかわからず、体を寄せ合って怯えている。

「御新造さんは?」

 村長の声に佐次郎が答えた。

「流星がおるけえ心配いらん」

 本当ならすぐにでも駆け出して春乃の無事を確かめたい。
 しかしここから自分を出すのが狙いなのは分かりきっている。
 佐次郎は村長の刀を手に土間の真ん中で仁王立ちになった。
 様子を見に走った男たちがバラバラと戻ってくる。
 中には大きな腹を抱えた女房を伴って来た者もいた。

「みな無事でした」

「奴らはもうおらんですね。あの男は射抜かれとったです」

 その声に全員の顔が曇った。

「佐次郎さま、流星が心配じゃ」

 春乃が村長の女房と一緒に奥座敷の方から出てきた。
 走り寄った春乃を佐次郎が抱きしめたのは言うまでもない。

「あれは賢いけぇ何かあったら知らせるじゃろう」

 春乃が抗議するような目を佐次郎に向けた。

「賢いけぇ心配なんよ。あの子は私らに迷惑をかけたらいけんと思うような優しい子じゃ。私がちょっと行ってみてくるけぇ」

 佐次郎が慌てて春乃の手を引いた。

「お前はここにおってくれ。俺が行ってくるけぇ。なんならここに連れてくるけぇ」

 佐次郎が春乃を杣人たちに預けて外へ出た。
 数人の杣人がその後を追う。

「心配ないけぇね。ここのもんはみんな大そう強いんじゃ。熊だって追い返すくらいじゃものなぁ」

「うん……でも心配じゃもん」
 
 胸の前で手を合わせている春乃の頭を長の女房が撫でる。

「大丈夫よね。それより御新造さん、今朝獲れのうぶ竹でバラ寿司(ちらし寿司)を作ろうかねぇ。手伝ってくれんさいや」

「バラ寿司? そりゃええねぇ。佐次郎さまはバラ寿司が大好きじゃけぇ」

 うまく春乃の気を逸らすことができたと女房達は喜んだ。
 一人の女がパンと手を叩く。

「そうじゃ、今日は佐次郎さまと春乃さまが夫婦になられためでたい日じゃけぇね。バラ寿司も干し肉の汁もたくさん作りましょうなぁ」

 その横で違う女が頷いた。

「うちのが狩って来た野兎がちょうどいい具合に練れとる(熟成している)けぇ、それも焼こうねぇ」

 それぞれが持ち寄る食材の話が始まった。
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