泣き鬼の花嫁

志波 連

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52 道庭家へ

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 一方、小屋に駆け戻った佐次郎は流星の体を調べていた。

「誰か来たか? 何もされなんだか?」

 流星が鼻をこすり付ける。

「そうか、無事なら良かった。お前も一緒に村長の家に行こうなぁ。春乃が心配しとるけぇ」

 佐次郎が流星の手綱を止め板から外していた時、外でドサッという音がした。
 ほぼそれと同時に杣人二人が小屋に駆け込んで来る。

「どうした!」

「弥助がやられました」

「なんだと!」

 外に出ようとする佐次郎を体で止める二人。

「腿を射抜かれただけですけぇ。たぶん囮にするつもりで足を狙ったのでしょう。いま出ては思うつぼじゃ」

「しかし!」

 土間のガラリから外を覗くと、腿に矢が刺さったままの弥助が、来るなと手で合図を送っている。
 苦虫を嚙みつぶしたような顔をしながら杣人が言った。

「どうやら一人です。例の二人のうちの一人だとすると、源泉池の祠には入らんかったいうことでしょうかいのぉ。じい様うまいこと誘導してくれたんじゃが、敵もなかなか用心深い」

 板の間の奥にある小窓から外の様子を伺っていたもう一人が声を出した。

「もういません。逃げやがった」

 佐次郎を抑えていた杣人が腕の力を抜いた。
 その途端に駆け出した佐次郎が、倒れている弥助を抱き起こす。

「弥助!」

「ああ……佐次郎さま。あなた様が無事でよかったです」

「何を言うか! 俺の代わりにお前が射抜かれるなどあってはならん事じゃ!」

 痛いのだろう、冷や汗をダラダラと流しながらも弥助と呼ばれた男が笑ってみせた。

「いやぁ、これで明日からの枝落とし作業は免除してもらえそうじゃ」

 手綱を解かれていた流星が、板戸を壊すほどの力で小屋から出てきた。
 佐次郎の横に立ち、弥助に鼻先をこすり付ける。

「そうか、お前が運んでくれるか。すまんのう流星」

 中年の男が佐次郎に小声で言う。

「ワシらはこのまま源泉池まで行ってみますけぇ。佐次郎さまは弥助を頼んます」

「わかった、気を付けて行けよ」

 頷いた二人は左右に分かれて森に入った。
 弥助の体を抱え上げた佐次郎が、流星に跨りくいっと手綱を引いた。

「急がんでもいいぞ」

 まるで頷くように流星が首を下げる。
 佐次郎は鋭い視線を四方に飛ばし、人の気配を伺った。

「おらんのぉ……どこから射たんじゃろうか」

 冷や汗の粒を顔中に浮かべながら弥助が言う。

「一本杉がありましょう? あの上ですよ。あいつはワシらのように木も登れるようじゃ」

「一本杉? しかしあそこまでは三十間ほどもあろうに」

「間違いないですよ。曾我のもんなら朝飯前でしょう?」

「なるほど……厄介じゃの」

 流星が流れるように駆け、あっという間に村長の家に到着した。
 男たちが走り寄り、すぐに弥助の治療が始まった。

「どうやら蛾毒ではないですのぉ。傷だけなら治りも早い」

 佐次郎がほっと胸をなでおろす。

「俺の代わりにやられたんじゃ。大事にしてやってくれ。医者も呼ぼう」

 遠慮する弥助に佐次郎が言った。

「この仇は必ず討つ」

 男が二人、医者を呼ぶために駆け出そうとしている。

「待て、俺が行こう。流星なら早い」

 流星がブルンと鼻を鳴らして前足で土を蹴る。
 春乃が駆け寄ってきた。

「どうしたん? どこか行くのかね?」

 佐次郎が春乃をひょいと抱き上げた。

「俺はせねばならんことができた。すまんがお前はしばらく道庭の家におってくれ。必ず迎えに行くけぇ」

「え? 道庭の家に?」

 佐次郎は目を丸くしている春乃を抱いたまま流星に跨った。
 近くにいた杣人に言う。

「松吉と俊太が源泉池に行っている。俺は小松様と話をしてくるけぇ、それまで村を頼む。医者は必ず連れて来る」

「わかりました」

 すっと男が手拭いを差し出した。

「御新造さんが舌を嚙まんようにお使いくだされ」

「感謝する」

 佐次郎が春乃を抱えなおして流星の腹を膝で挟んだ。
 いっきに駆け出す流星。
 その姿は漆黒の闇に流れる星のようだった。
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