泣き鬼の花嫁

志波 連

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53 預けられた春乃

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 道庭家に駆けこんだ佐次郎。
 食事をしていた貞光と右京は茶碗を取り落とすほど驚いた。

「佐次郎!」

 二人は同時に立ち上がり、佐次郎に駆け寄った。

「ご無沙汰いたしております。ゆっくりしたいはやまやまなれど、ちと急いでおりますので用件だけ申し上げます」

 二人は顔を見合わせた。

「俺の目が覚めたのはほんの三日前です。そして昨日、やっと春乃と夫婦になれました」

「そ……そうか。それはめでたい」

「はい、ありがとうございます。しかしちと厄介なことが杣人の村で起きましてなぁ。それが片付くまで春乃を預かっていただきたいのです」

 貞光は驚き過ぎたのか、あんぐりと口をあけたまま声を出せず、ぐったりとしている春乃と佐次郎を交互に見ている。
 座敷から飛び降りた右京が流星の手綱を握って頷いた。

「あいわかった。必ず迎えに来い。それまではこちらで預かろう」

「かたじけない。兄上、どうぞよろしくお頼み申す」

 春乃を降ろした佐次郎に右京が低い声を出した。

「急いでいるのは理解したが、一切の説明もないのでは納得できんぞ」

「そりゃそうですよね。実は昨日……」

 佐次郎が搔い摘んで襲撃の話をした。

「なんと! そういうことなればご当主様か国久様にお伝えすべきじゃろう」

 右京の言うことはもっともだ。
 しかし佐次郎は頷かなかった。

「それではたたら場衆の村が壊滅しましょう? それだけは避けねばなりません。あ奴らも被害者なのですよ、兄上」

「それはそうだが……」

「先日小松様が来られましてなぁ。報奨金を預かっておるといって下さいました。それをこちらに運んでもらいますけぇ、春乃の食い扶持の足しにして下さい」

「そんなものは必要ない。お前こそ金が要るのではないか?」

「いやいや、山におれば銭など要りませんよ。それに兄上、毎年必ずお山の銀杏は届けますけぇ。それが届いとるうちは俺は生きていると思って下され」

「佐次郎……お前……死ぬ気か?」

「とんでもないですよ。春乃をおいて死にはしませんて。安心してください」

 右京がほっと息を吐いた。

「そうか、それなら良い。春乃を悲しませたら権左が化けて出てくるぞ」

 佐次郎がふと遠い目をした。
 春乃たち父娘が寝起きしていた小屋に視線を投げる。
 小屋の入り口の側に植えられた槿の新芽が目に染みるようだ。

「化けて出てくれたら嬉しいですよ。権左は俺の身代わりになったんじゃから」

 右京が目を伏せたまま声を出した。

「そしてお前は伊十郎の代わりに矢を受けた。すまんのぅ佐次郎。不甲斐ない兄で本当に申し訳ない」

「何を言いなさるか。俺は兄上を頼りにしております。だからこそ春乃を預けるのですから」

 佐次郎の目を見ながら右京が言う。

「安心して任せてくれ」

「はい、よろしくお願いします」

 右京が流星の手綱から手を離した。
 春乃は手拭いを咥えたまま、ぽろぽろと涙を流している。
 そんな愛妻の頭をポンポンと優しくなでた佐次郎が小さな声で言った。

「必ず迎えに来る。ええ子で待っておれよ。俺はたたら場に様子を見に行く。お前をあそこに一人で残すわけにはいかんのじゃ。聞き分けてくれろ」

 春乃は何も言わず、佐次郎の袖を握りしめた。

「春乃、俺は必ず迎えに来る。信じて待て」

 ようやく頷いた春乃の顔を目に焼き付けて、佐次郎は流星に跨った。

「では兄上、父上と春乃をよろしくお頼み申す」

 流星が巻き上げる砂塵をよけようともせず、三人はだんだん小さくなる佐次郎の背中をただ見送った。
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