そして愛は突然に

志波 連

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「初めまして、キース王子殿下」

 カーテシーをするシェリーにキースが慌てて言った。

「今日の私は旧友のオースティンを訪ねてきた隣国辺境伯の次男です」

「畏まりました」

 それからすぐにサミュエルとレモンもやってきてワインパーティーが始まった。
 取り留めのないような話をしつつ、それぞれにワインと料理を楽しんでいたが、サミュエルの一言で唐突に雰囲気が変わった。

「アルバートはいつまで姿を隠しているつもりなんだ?」

 アルバートが肩を竦めた。

「父の認識ではそろそろ薬漬けになって傀儡には丁度良い状態。キースがローズに成りすまして共に城に帰るというのも良いかと思っています」

「キースがローズ?」

 シェリーが驚いたように声を出した。

「キースとローズはよく似ているだろう? 二人は従弟なんだ」

 シュラインが言葉を足した。

「キース殿の母はローズの母の長姉、そして側妃だった私の母親は次姉だよ。だから私とも従弟ということだね」
 シェリーが溜息のように言う。

「絵に描いてもらってもよくわからないほど複雑ね……要するに、ミスティ侯爵夫人の堕ち番上のお姉さまが、ゴールディ国王の昔の恋人で、現グリーナ国王の側妃。二番目のお姉様がゴールディ国王の側妃で宰相閣下の生母よね? そして末の娘がミスティ侯爵夫人でローズ嬢の生母……なんだかこの三姉妹ってすごくない? 生家はどちらなの?」

 シュラインが答える。

「ヌベール辺境伯さ。分かり易く言うとバローナ王国との国境を守っている家だね。そしてシェリーもよく知っているイーサン・シルバーが行った戦地はヌベール辺境伯の管轄地だ」

 シェリーが息を吞む。

「今は? ご当主はどなたが?」

「三姉妹の弟さ。あそこは三女二男なんだよ。ご当主は苛烈な性格をしておられるが、辺境伯として勇猛果敢な方だ。王都には一切出てこないから君が知らないのも無理はない」

「そうなの……知らないことが多いわ」

 肩を竦めるシェリーにアルバートがワインを注いだ。

「そして、ミスティ家の養子に入ったロナードは、辺境伯の次男だ。どう? 繋がってきた?」

「もう一度整理する必要があるけれど、三国が因縁浅からぬ関係というのは理解できて来たわ」

 サミュエルがおつまみのチーズをドライフルーツと一緒に嚙み砕いた後、口を開いた。

「ヌベール辺境伯は、三代前の王家から分家した家柄なんだよ。その末の妹が現王妃だ。アルバートの母親だね」

「なんだかくちゃくちゃに縺れた刺繡糸のようだわ……」

 アルバートがクツクツと笑った。

「理解すれば単純なんだ。辺境伯家から正妻を迎えた皇太子が、その姪に恋をして側妃にしようと目論んだ。ここまでは良い?」

「ええ、あながち無い話では無いわね」

「しかし、正妻はそれに我慢が出来なかった。幼馴染だった隣国の皇太子に愚痴を言ったんだ。幼いころから好きだった女の悲しみを知った隣国の皇太子は、彼女のためにその姪を引き離す計画を立てた。そして思惑通りになった」

 理解が追い付いているかを探るようにアルバートがシェリーを見た。
 頷くシェリー。

「しかし、引き取ったは良いがその女はすでに妊娠していたのさ。もともと好きでも無いのに引き取った女だ。離宮に住まわせ会うことも無かった」

 そこでキースが口を開く。

「離宮で大人しくしていれば良かったんですよ。でも母は野心の強い女でした。私の養育は乳母に任せきりにして、着飾って養父の気を引こうとしたんです。あの手この手で離宮に呼び寄せ、媚薬まで盛って関係を持った。我が母ながらなかなか強烈だ」

「それは……なんと言うか……」

「どうぞお気になさらず。母親らしいことなど何もしてもらっていないせいか、私には愛も情もありません。養父であるグリーナ王はそんな母を心から軽蔑していました。軽蔑していたのにその体に溺れた。そして国政を蔑ろにし始め、王妃の逆鱗に触れたのです。母は王妃に渡された毒杯で命を落とし、国王は毒を盛られ傀儡になり果てました。今グリーナ国の実験を握っているのは王妃ですよ」

「知りませんでした」

 アルバートがニコッと笑う。

「そりゃそうさ。国を跨ったスキャンダルだからね。トップシークレットだよ」

 サミュエルが続ける。

「義姉上は自分の愚痴から姪の命を奪ったことで心を壊した。兄はそんな義姉上に心を砕くことも無いままだ。もともと政略結婚だし、愛など無い関係だからね。それにしても妻なんだ。もっとやりようはあるだろうにとは思う」

 全員が黙った。
 わざと明るい声でシュラインが声を出す。

「愛していたのに奪われた女の代わりに迎えたのが僕の母だよ。自分の姉の名を呼ばれながら抱かれるなんて屈辱だっただろうね。そして母は復讐することを思いついたんだ。そしてアルバートの婚約者であるローズがグリーナ国に嫁ぐことになった。我が母ながらバカだよね。ローズは自分の姪なのにさ。結局同じことをしているだけだ」

 ずっと黙っていたレモンが口を開く。

「だとしてもよくローズ嬢が言いなりになりましたね。皇太子妃殿下の前で申し訳無いとは思いますが、皇太子殿下とローズ嬢は愛し合っていたのでしょう?」

 シェリーはノーリアクションでアルバートの顔を見た。

「全てをさらけ出す場だから、敢えて誤解を恐れずに言うね。うん、愛していたよ。もちろん体の関係は無かったし、許していたのはキスだけだけど、それは節度というものだろ? 父とは違うと示したかったのもあるけどね。でもローズはだんだん壊れていったんだ。気付かなかったけれどそれはオピュウムを摂取させられていたからだったんだね。そして摂取させていたのは彼女の叔父にあたるロナードだ」
 
 アルバートが悔しそうに目を伏せる。
 シュラインがアルバートのグラスにワインを注ぎながら言葉を続けた。
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