そして愛は突然に

志波 連

文字の大きさ
93 / 97

93

しおりを挟む
 それから数日、車椅子に乗ったアルバートが、シェリーの病室を訪ねてきた。
 椅子を押しているのはシュラインだ。

「まあ! アルバート!」

「シェリー! 会いたかったよ。もっと早く来たかったのだけれど、兄上が許可しないんだ。きっとヤキモチを焼いていたんだと思う。酷いよね」

「ヤキモチ? あらあら、それはそれは。でも誰に対してヤキモチを焼きますの?」

「僕たち二人の仲の良さにさ」

 そう言ってアルバートはシュラインの顔を見た。
 フッと溜息を洩らしたシュラインが言う。

「焼いてない。焼く必要もない。うちの夫婦はとても上手くいっている」

 アルバートが揶揄うように言う。

「忙しすぎてずっと家に帰れていないんだってさ。毎日夜食が届くらしいよ? でもそれがもとで兄上は太ってしまったらしくてさ。ふふふふ……ははは!」

「笑うな! 残してはいけないと思って食べていたのに……久しぶりに顔を見た途端に言われたんだよ『あなた……随分ふくよかになられましたのね』だってさ。酷いと思わない? シェリー」

「久々にお会いになって照れたのではないですか? そういわれるほどでは……無いと……思いましてよ? フフフ……フフフフ」

 笑いがこらえきれないシェリーを見ながら、シュラインが肩を竦める。

「いや、現実はきちんと受け止めているよ。最近上着のボタンがよく飛ぶんだ。特に腹回りがね。だから夜食はもう食べない! そもそも夜食を食べなくてはいけない状況が間違っているんだ。だからそろそろ決着をつけよう」

 後ろからサミュエルがやってきた。

「廊下まで聞こえているぞ? ここで話し合うのか?」

 アルバートが慌てて言う。

「ここはシェリーの病室です。ですから僕たちの執務室で話し合いましょう。ねえ、シェリー、僕たちの執務室ができたんだよ。一緒に見に行こうと思って誘いに来たんだ」

「まあ! それは素敵です。でもこんな格好では申し訳が無いわ……」

「構うもんか。僕と君の仕事部屋だ。動きやすい楽な格好で過ごせばいいよ」

「そう? ではすぐに準備しますね」

 シェリーは寝間着のワンピースの上から厚めのガウンを羽織った。
 自分で歩くというシェリーを、無理やり車椅子の乗せたレモンがハンドルを握る。

「レモン嬢、その役目を私に譲ってくれないか?」

 サミュエルがレモンに話しかけている。
 小さく頷いたレモンが体をずらし、シェリーの車椅子のハンドルを握ったサミュエルが口を開く。

「では新生ゴールディ王国の頭脳部屋を見に行こうか」

 四人は騎士達に囲まれながらゆっくりと廊下を進んでいく。
 いままではどこか殺伐とした空気が流れていた王宮だが、今は少しだけ明るい。
 その空気感を大切にしたいとシェリーはしみじみ思った。

「さあどうぞ。国王陛下、王妃殿下」

 つい先日まで真っ白な壁に濃紺の重々しいカーテンが吊るされていたのに、今は薄いグリーンの壁紙に濃いグリーンのカーテンに変わっている。
 日当たりのよい南側の窓が大きく開け放たれ、爽やかな風がサイドボードの上に置かれた植木を葉を揺らしていた。

「まあ! 素敵です!」

「ああ、本当に良い感じだ。兄上! グッジョブです」

 シュラインが眉を上げて自慢げに言う。

「そうだろう? 頑張っただろ? もっと褒めても良いぞ」

 サミュエルがプッと吹き出す。

「あれが僕の机だね? そしてあちらがシェリーのだ」

 扉正面の窓前にひときわ大きなマホガニーと執務机が置かれている。通常より若干低い作りになっているのは、車椅子を使うアルバートのためだろう。
 その右側の壁を背にして、一回り小さな同じ意匠の執務机が置かれている。
 シェリーの執務机の後ろにはサイドボードが置かれ、上にはきれいな花が活けてあった。

「使いやすそうだわ」
 
 シェリーは嬉しそうな顔でアルバートを見た。
 アルバートの席から見ると左側になる壁は、全面本棚だ。
 その前にはシェリーの机と同じくらいの大きさの机が二つ並んでいる。
 こちらの装飾は至ってシンプルで、側近が使用するのだと一目でわかる。
 そして部屋の中央には大ぶりな円卓が陣取っていた。

「あちらの部屋は?」

 シェリーの問いにシュラインが答える。

「あれは休憩室だよ。今までのような仮眠室ではなくて、ちゃんとしたベッドを置いてあるよ。しかもアルバートのたっての希望で、大き目のサイズだ」

「大き目の?」

 シェリーが不思議そうな顔で見られたアルバートが、真っ赤な顔で言い訳を始めた。

「だってほら。ここで急に具合が悪くなったりしたら、動かさずにそのまま休むことができるだろう? それに約束したじゃないか……だから……」

 シェリーは思い当ることがあったのか、頬を染めながら頷いた。

「そうね。約束したわね」

「ん? どんな約束かな?」

 遠慮なく聞いてくるシュライン。
 アルバートが照れながら返事をする。

「もし無事に戻れたら、ずっと毎日一緒のベッドで眠ろうって約束したんですよ」

 聞いているオースティンやレモンが照れている。

「そ……そうか……それは何よりだ。夫婦はかくあるべきだ。うん、間違いない」

 慌てて咳払いをしたシュラインの声に、サミュエルがとうとう笑い出した。

「お前……羨ましいんだろ。そういえば宰相夫人はずっと一人寝だと愚痴っていたな」

 咳き込んだシュラインが言う。

「ゴホン……そろそろ始めましょうか。我々にはたっぷり時間があるけれど、早急に片づけなくては前に進めないことが山積みだ」

 全員が頷き、ソファーに座った。
 オースティンは侍従としてお茶の準備を始め、レモンは護衛としてシェリーの後ろに移動した。
 シュラインが合図を出すと、新しく国王の側近となる者たちが入ってきた。
 その全員が壁際に立つと、大臣たちが入室した。

「それでは始めましょうか」

 シュラインの声に部屋の空気が一変した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

復讐のための五つの方法

炭田おと
恋愛
 皇后として皇帝カエキリウスのもとに嫁いだイネスは、カエキリウスに愛人ルジェナがいることを知った。皇宮ではルジェナが権威を誇示していて、イネスは肩身が狭い思いをすることになる。  それでも耐えていたイネスだったが、父親に反逆の罪を着せられ、家族も、彼女自身も、処断されることが決まった。  グレゴリウス卿の手を借りて、一人生き残ったイネスは復讐を誓う。  72話で完結です。

どうぞ、おかまいなく

こだま。
恋愛
婚約者が他の女性と付き合っていたのを目撃してしまった。 婚約者が好きだった主人公の話。

10年前に戻れたら…

かのん
恋愛
10年前にあなたから大切な人を奪った

旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。

アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。 今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。 私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。 これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます

結城芙由奈@コミカライズ3巻7/30発売
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります> 政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...