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1 海の家
「おい、誰かここに居る?」
意地の悪い先輩が僕を押しのけてそう言った。
ここは海の家の裏にある作業場だ。
炭を熾したり、お湯を沸かしたりするための作業スペースは、テントがあるので炎天下ではないけれど、とにかく暑い。
僕は小さな溜息を吐いてから、先輩の相手はせず自分の仕事に没頭した。
「いないっすよ。気持ち悪いこと言わないでくださいよ。それでなくても、もうすぐお盆でしょ?」
「なんだ? お前ってそう言うの弱いタイプ?」
「弱いって言うか、普通に不気味じゃないですか」
「不気味っていえば階段の踊り場のところにある本屋って不気味じゃね?」
「そうすか? まあ客が入ってるの見たことないっすよね」
「あの店主って大きな耳があるって噂だぜ?」
「止めて下さいよ。オレ今日遅番なんすから」
「遅番かぁ。もうあまり客もいないのに遅番シフトって面倒だよな。ほぼ掃除だけだもんな」
僕はバイトの先輩たちに声を掛けた。
「遅番代わりましょうか?」
ほぼ同時に僕の顔を見た先輩たちが不思議そうな顔をする。
もう一度言おうと口を開けた僕の後ろから、この海の家の店長さんが声をかけた。
「遅番ならシフト代わるって奴がいるから問題ないよ。暇だし、お前らはもう帰って良いぜ」
先輩たちは店長さんの言葉に喜んで頷いている。
パラソルを片づけに行った先輩達の背中を見ながら、店長さんが僕に話しかけた。
「お前が残ってくれるんだろ? 今日は暇だからそれほど仕事は無いし、遅番は時給が高いからおいしいのになぁ。金を稼ぎにきてんのにバカだろ、あいつら」
「なんか暗くなってから帰るのが怖いみたいですよ?」
「何が怖いんだか。幽霊よりよっぽど生きてる人間の方が怖いのにな」
僕はフッと笑い声を漏らしてしまった。
そんな僕に困ったような笑顔を浮かべた店長さんが続けて言う。
「お前も行かないの? あの本屋」
「本屋って階段のとこのですか? まだ行ったことは無いですね」
「ふうん。あそこは心の声を預かってくれるらしいぜ? 伝えられなかった言葉を受け取るべき人が訪ねてきたら渡してくれるんだとさ」
不思議そうな顔をする僕を見て、店長さんは笑いながら去って行った。
「伝えられなかった言葉? 心の声?」
店長さんの言葉が、なぜか僕の心に引っかかっている。
両親を事故で亡くした僕は、ひとりきりでこの町にあるばあちゃんの家に来た。
ばあちゃんは僕をとても不憫がって優しくしてくれたけれど、最近は入退院を繰り返している。
僕がばあちゃんと暮らすようになって、もうすぐ五年が経とうとしていた。
僕は両親が死んだその事故で、顔に大きな傷を負ってしまった。
それが理由なのかどうかは知らないが、この町に来てからずっと友達はいない。
勇気を出して話しかけても、見事なほどに無視されてしまう。
それも仕方がないと思えるほど酷い傷なのはわかるけれど、やっぱり心は痛む。
左の眉の上から右の耳まで亀裂のような傷痕。
鼻は曲がっていて右耳は半分しか残っていない。
自分で見ても気持ち悪いって思うくらいだから、他人が見たらどう思うかなんて考えるだけ無駄ってものだ。
それでもばあちゃんは優しくしてくれる。
この傷を撫でながら、僕のことを愛おしいと言ってくれる。
お前がいてくれるだけで幸せだと言ってくれるんだ。
だから僕は負けるわけにはいかない。
本音を言うと、学校にも行きたくないし誰にも会いたくはない。
でも今年の夏は今までの夏とは違う。
そんな気がするんだ。
意地の悪い先輩が僕を押しのけてそう言った。
ここは海の家の裏にある作業場だ。
炭を熾したり、お湯を沸かしたりするための作業スペースは、テントがあるので炎天下ではないけれど、とにかく暑い。
僕は小さな溜息を吐いてから、先輩の相手はせず自分の仕事に没頭した。
「いないっすよ。気持ち悪いこと言わないでくださいよ。それでなくても、もうすぐお盆でしょ?」
「なんだ? お前ってそう言うの弱いタイプ?」
「弱いって言うか、普通に不気味じゃないですか」
「不気味っていえば階段の踊り場のところにある本屋って不気味じゃね?」
「そうすか? まあ客が入ってるの見たことないっすよね」
「あの店主って大きな耳があるって噂だぜ?」
「止めて下さいよ。オレ今日遅番なんすから」
「遅番かぁ。もうあまり客もいないのに遅番シフトって面倒だよな。ほぼ掃除だけだもんな」
僕はバイトの先輩たちに声を掛けた。
「遅番代わりましょうか?」
ほぼ同時に僕の顔を見た先輩たちが不思議そうな顔をする。
もう一度言おうと口を開けた僕の後ろから、この海の家の店長さんが声をかけた。
「遅番ならシフト代わるって奴がいるから問題ないよ。暇だし、お前らはもう帰って良いぜ」
先輩たちは店長さんの言葉に喜んで頷いている。
パラソルを片づけに行った先輩達の背中を見ながら、店長さんが僕に話しかけた。
「お前が残ってくれるんだろ? 今日は暇だからそれほど仕事は無いし、遅番は時給が高いからおいしいのになぁ。金を稼ぎにきてんのにバカだろ、あいつら」
「なんか暗くなってから帰るのが怖いみたいですよ?」
「何が怖いんだか。幽霊よりよっぽど生きてる人間の方が怖いのにな」
僕はフッと笑い声を漏らしてしまった。
そんな僕に困ったような笑顔を浮かべた店長さんが続けて言う。
「お前も行かないの? あの本屋」
「本屋って階段のとこのですか? まだ行ったことは無いですね」
「ふうん。あそこは心の声を預かってくれるらしいぜ? 伝えられなかった言葉を受け取るべき人が訪ねてきたら渡してくれるんだとさ」
不思議そうな顔をする僕を見て、店長さんは笑いながら去って行った。
「伝えられなかった言葉? 心の声?」
店長さんの言葉が、なぜか僕の心に引っかかっている。
両親を事故で亡くした僕は、ひとりきりでこの町にあるばあちゃんの家に来た。
ばあちゃんは僕をとても不憫がって優しくしてくれたけれど、最近は入退院を繰り返している。
僕がばあちゃんと暮らすようになって、もうすぐ五年が経とうとしていた。
僕は両親が死んだその事故で、顔に大きな傷を負ってしまった。
それが理由なのかどうかは知らないが、この町に来てからずっと友達はいない。
勇気を出して話しかけても、見事なほどに無視されてしまう。
それも仕方がないと思えるほど酷い傷なのはわかるけれど、やっぱり心は痛む。
左の眉の上から右の耳まで亀裂のような傷痕。
鼻は曲がっていて右耳は半分しか残っていない。
自分で見ても気持ち悪いって思うくらいだから、他人が見たらどう思うかなんて考えるだけ無駄ってものだ。
それでもばあちゃんは優しくしてくれる。
この傷を撫でながら、僕のことを愛おしいと言ってくれる。
お前がいてくれるだけで幸せだと言ってくれるんだ。
だから僕は負けるわけにはいかない。
本音を言うと、学校にも行きたくないし誰にも会いたくはない。
でも今年の夏は今までの夏とは違う。
そんな気がするんだ。
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