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10 修行
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そうやって子供たちの話を聞いたり、遊んだりしているうちに、あっという間に二年の年月が流れていた。
僕の見た目は僕自身が決めているそうで、二十歳くらいの見た目になろうと思えばなれるらしいのだけれど、なったこともないのに大人になった自分の姿なんて想像もできないし、どうせ生きている人には見えないのだからと、十四歳くらいの姿のままでいた。
「なあ聡志、そろそろ修業を始めようか」
そんな言葉を唐突に吐いたのは、古書店の店主をしている三沢さんだった。
「修行ですか? 何の修行?」
「うん、君としては今の姿のままでいいのかもしれないけれど、現身になれた方がいろいろと便利だろ?」
「でも僕は狐じゃないから無理なんでしょ?」
「無理ってわけじゃないさ。狐だった私たちは修行をしなくても化けることができたってだけだよ。人間だった君も、修行すればできるようになるらしい」
「らしいって……誰かがそう言ったの?」
ひょいと古村さんが顔を出した。
「あのじいさんだよ。聡志も何度か会ったことがあるだろ? 気まぐれに来て居座るじじい」
「じじいなんて言っちゃ悪いですよ。だってあの人神様なんでしょ? 自分で言ってました」
「眉唾モンだろ。でも確かにあのじじいの魂格は凄いんだよなぁ。だからそのじじいが言うならさ、やってみる価値はあると思うぜ」
「はあ。まあ、修行するのは吝かじゃないですが、いったい何をするんですかね。山に登ったり、滝に打たれたりするのかな」
「よくわからん。まあ、頑張れ」
そう言うと古村さんはまた出掛けて行った。
夏は海の家の店長だが、春と秋はたこ焼き屋で、冬は焼き芋屋をやっている古村さんは、一年中アロハシャツを着ている不思議な人だ。
元が狐だから、暑さとか寒さはほとんど感じないのだけれど、人が変な目で見るので冬はジャンパーを羽織ることにしているって言ってた。
「やる気になったかの?」
振り返ると、仙人のようなおじいさんが立っていた。
「おはようございます。今日は背が高いのですね」
「うん、今日はそんな気分での。それより修行はいつから始めるかの? まあどこかに行くわけではないし、日々の行動が変わるわけじゃないのだから、すぐにでも始められるぞ」
僕はその言葉に戸惑ってしまった。
「修行って何をするのですか?」
おじいさんがのっそりと髭に手をやった。
「魂の修行じゃよ。魂を磨くとでも言うかの」
ますますわからない。
「考えるより始めた方がわかりやすい。ワシの目を見なさい」
僕は頷いておじいさんの目を覗き込んだ。
「え? 何これ……」
「しゃべるな。じっと見るのじゃ。怯えるな。目を逸らすな。あるがままを受け入れろ」
僕はおじいさんの目の中に吸い込まれていくような錯覚に陥った。
遠くで誰かが呼んでいる……誰だ?
「聡志? 聡志でしょ? ママよ」
その女性は真っ白い着物を着てこちらに手を振っていた。
「誰ですか?」
「聡志? ママよ。わからないの?」
「あなたは確かに僕の母親と同じ顔をしていますが、別人よね? いったい誰ですか?」
僕がそう言うと、その女性はニヤッと笑って煙になった。
「おう! やはり第一関門など簡単にクリアしたか。なぜわかった?」
立った僕の膝より背が低い姿になった仙人のおじいさんがそう聞いた。
「母は自分のことをママと言ったことなんてありませんし、僕もそう呼んだことはありませんから。それに、母はもっと……なんていうか……強そう?」
「ほっほっほ! 強そうな母親とは、これはまた素晴らしい誉め言葉じゃなぁ」
そう言うとそのおじいさんも煙になってどこかへ消えた。
「なんなんだ?」
誰もいない真っ白な空間に取り残された僕は、自分の存在を確認するかのように、じっと掌を見つめた。
僕の見た目は僕自身が決めているそうで、二十歳くらいの見た目になろうと思えばなれるらしいのだけれど、なったこともないのに大人になった自分の姿なんて想像もできないし、どうせ生きている人には見えないのだからと、十四歳くらいの姿のままでいた。
「なあ聡志、そろそろ修業を始めようか」
そんな言葉を唐突に吐いたのは、古書店の店主をしている三沢さんだった。
「修行ですか? 何の修行?」
「うん、君としては今の姿のままでいいのかもしれないけれど、現身になれた方がいろいろと便利だろ?」
「でも僕は狐じゃないから無理なんでしょ?」
「無理ってわけじゃないさ。狐だった私たちは修行をしなくても化けることができたってだけだよ。人間だった君も、修行すればできるようになるらしい」
「らしいって……誰かがそう言ったの?」
ひょいと古村さんが顔を出した。
「あのじいさんだよ。聡志も何度か会ったことがあるだろ? 気まぐれに来て居座るじじい」
「じじいなんて言っちゃ悪いですよ。だってあの人神様なんでしょ? 自分で言ってました」
「眉唾モンだろ。でも確かにあのじじいの魂格は凄いんだよなぁ。だからそのじじいが言うならさ、やってみる価値はあると思うぜ」
「はあ。まあ、修行するのは吝かじゃないですが、いったい何をするんですかね。山に登ったり、滝に打たれたりするのかな」
「よくわからん。まあ、頑張れ」
そう言うと古村さんはまた出掛けて行った。
夏は海の家の店長だが、春と秋はたこ焼き屋で、冬は焼き芋屋をやっている古村さんは、一年中アロハシャツを着ている不思議な人だ。
元が狐だから、暑さとか寒さはほとんど感じないのだけれど、人が変な目で見るので冬はジャンパーを羽織ることにしているって言ってた。
「やる気になったかの?」
振り返ると、仙人のようなおじいさんが立っていた。
「おはようございます。今日は背が高いのですね」
「うん、今日はそんな気分での。それより修行はいつから始めるかの? まあどこかに行くわけではないし、日々の行動が変わるわけじゃないのだから、すぐにでも始められるぞ」
僕はその言葉に戸惑ってしまった。
「修行って何をするのですか?」
おじいさんがのっそりと髭に手をやった。
「魂の修行じゃよ。魂を磨くとでも言うかの」
ますますわからない。
「考えるより始めた方がわかりやすい。ワシの目を見なさい」
僕は頷いておじいさんの目を覗き込んだ。
「え? 何これ……」
「しゃべるな。じっと見るのじゃ。怯えるな。目を逸らすな。あるがままを受け入れろ」
僕はおじいさんの目の中に吸い込まれていくような錯覚に陥った。
遠くで誰かが呼んでいる……誰だ?
「聡志? 聡志でしょ? ママよ」
その女性は真っ白い着物を着てこちらに手を振っていた。
「誰ですか?」
「聡志? ママよ。わからないの?」
「あなたは確かに僕の母親と同じ顔をしていますが、別人よね? いったい誰ですか?」
僕がそう言うと、その女性はニヤッと笑って煙になった。
「おう! やはり第一関門など簡単にクリアしたか。なぜわかった?」
立った僕の膝より背が低い姿になった仙人のおじいさんがそう聞いた。
「母は自分のことをママと言ったことなんてありませんし、僕もそう呼んだことはありませんから。それに、母はもっと……なんていうか……強そう?」
「ほっほっほ! 強そうな母親とは、これはまた素晴らしい誉め言葉じゃなぁ」
そう言うとそのおじいさんも煙になってどこかへ消えた。
「なんなんだ?」
誰もいない真っ白な空間に取り残された僕は、自分の存在を確認するかのように、じっと掌を見つめた。
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