ルナール古書店の秘密

志波 連

文字の大きさ
11 / 43

11 修行2

しおりを挟む
「うわっ!」

 距離感がまったくつかめない状態なのに、僕の足元が急に揺らぎはじめた。
 もう立っているだけで精一杯だ。

「地震? なんだこれ! うわぁぁぁ」

 すると僕の足元にあったはずの真っ白な床があっという間に粉々になって、体を支えるものも無く、僕は真っ逆さまに落ちていった。
 まさに奈落に落ちるという感覚だ。

「どこまで! 落ちるんだよ!」

 僕はこういう状況を作り出している張本人に向かって大声を出した。
 絶対にその辺りで見ているに違いない。

「なんじゃ? 落ち着いたガキじゃのぉ」

 おじいさんの声だけが聞こえる。
 落ち着いているわけではなく、もう僕はすでに死んでいるのだから、これ以上死ぬということは無いのだし、あれほどの事故に遭っているせいか、痛みに対して無闇に怖がるという気持ちがわからないだけなんだけど。

「自分で止められるのかな」

 考えたことを敢えて口にしたのは、沸々とこみ上げる怒りを鎮めるためだったのかもしれない。
 両手を広げて風の抵抗を最大限にしてみたり、バタバタと両手両足を動かしてみた。

「なるほどね」

 どうやら、何をやっても変わらないみたいだ。
 そこで僕は気づいた。

「要するにこれは現実じゃないわけだ。だったら、自分の行きたい方向へ意識を向ければ、方向が変わるんじゃないか?」

 自分の姿形は、自分が認識するものに変わるという三沢さんの話を思い出した僕は、そう考えて上へ戻るように意識を集中した。
 ふと落下スピードが落ちて、体が浮遊しているような感覚を覚える。

「元居た場所に戻れ!」

 僕はそう声に出して全神経を集中させた。
 その途端に視界が暗転し、古書店の二階の床に転がる。

「なんじゃ、もう第二関門もクリアか。本当に鍛えがいの無い奴じゃ」

 不機嫌そうなおじいさんの声が聞こえたが、やっぱり姿は見えなかった。
 まだ床に転がっている僕の顔を、三沢さんが心配そうに見下ろしている。

「大丈夫かい? それにしても瞬間移動をもう身につけちゃったんだって? 凄いなぁ聡志は」

 僕は起き上がりながら三沢さんに聞いた。

「瞬間移動? 今のがそうなのですか?」

「うん、行きたい場所を頭の中に描いて強く念じると、そこにいけるという力技みたいなものだよ。実体がない君だからできるんだ。人に化けることができる私たちにも可能だけれど、あちらの世界とこちらの世界を行き来することはさすがに無理さ」

「え? 今僕が連れて行かれていたのは『あちらの世界』ってこと?」

「たぶんそうだと思うけれど、私は行ったことが無いからよくわからない」

 古書店の扉が開く音がして、あのおじいさんが入ってきた。

「ほうほう! 元居た場所がこことはなぁ。お前にとって、ここはすでに自分の家なのじゃなぁ。良きかな良きかな」

 意味が分からない。

「やはりお前には素質があるのぉ。時々遊んでやるから、まあがんばれや」

 ポスッという音が聞こえておじいさんが消えた。

「なんですか? あれ」

「凡狐の私にはわからんよ。それよりごはんにしようか。疲れた顔をしているよ。さっき古村が鯛の刺身を持ってきたからさ」

 食事と言われて頷きはしたが、魂だけの存在である僕に食欲は無い。
 食べようと思えば食べられるし、そんな気にならなければ食べなくても平気だし。

「わかりました。支度しますね」

 僕はいつものようにルナール古書店の奥にある厨房へと向かった。
 海に続く石段の踊り場にあるこの古書店は、表からはわからないが、意外と奥に長い作りになっている。
 この作りになったのは一種の本能のようなもので、狐の巣穴と同じように間口は狭く奥に長くしているのだと教えてくれたのは古村さんだ。
 
「無駄に広いよね」

 大きな厨房の壁際にある流し台の前に立ち、僕はヤカンに水を入れて火にかけた。
 魂だけの存在であるはずの僕が、実在する物や人に触れることができるようになったのは最近のことではない。
 ただ見る気のある人が、見たいと思って見ないと僕の姿は見えないというだけで、普通に何でもできるのだ。

「ごはんは炊けているからね。古村が戻ったら食べようか」

「わかりました」

 厨房の窓から見えるのは、眼下に海を臨む山の斜面だ。
 海風に逆らわないように、山の頂に向かって枝を伸ばす木々は、四季折々に色を変えて僕の無聊を慰めてくれる。

「それにしても趣味が悪いよな、あのおじいさん」

 先ほど見た母に似た人の姿を思い出しながら、僕は声に出してそう言った。
 母を思い出したのは久しぶりだ。
 あの日、両親が僕に残してくれた叫びを聞いてから、僕の中に残る両親やばあちゃんへの思いは、感傷というよりただの記憶に昇華していた。
 事故のことを思い出しても、両親のことを考えても、さほど辛いという気持ちにはならないし、むしろ薄っすらと懐かしいような気持ちにさえなる。

「さあ、食べようか」

 いつの間にかテーブルについていた三沢さんと古村さんの声が、僕を現実に引き戻した。

「ええ、食べましょう」

 三人での食事はいつも静かだ。
 狐の彼らは人だった僕よりもずっときれいに箸を使う。
 きっとものすごい努力をしてきたのだろう。
 そうまでして誰かを助けたいという二人の気高さには、本当に頭が下がる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...