20 / 43
20 海の見えるカウンター
そして翌日、あんころもちを三個食べて、温かい麦茶を二杯飲んだ一真君は、笑いながら去っていった。
誰を恨むこともなく、ただニコニコ微笑んで消えていったんだ。
結局、彼に残された言葉はみつからなかったので、三沢さんと古村さんにお願いして、一真君への言葉は僕が渡した。
「一真君、僕は君に会えて本当に良かった。どうぞ成仏してください」
僕が贈ったそんなシンプルな言葉を、一真君は頷いて嬉しそうに受け入れてくれた。
無辜に戻った一真君の魂は、美しい光の残像を僕らの瞳に焼き付けて海の彼方へと消えた。
さようなら、君に会えてよかったというのは、僕の本心だよ。
次は平和な国に生まれておいでね。
それから数日、古村さんが工務店の人を連れてきた。
以前から準備を始めていたようで、僕はパースという出来上がり予想図みたいなものを見せてもらった。
「凄いですね、全面ガラス張り? 夏は暑くないかな」
「林の中だから大丈夫だろ? それに空調設備も完璧だもの」
「カウンター席がメインなんですね。あと四人テーブルは三つか……一人じゃ厳しくないですか?」
「大丈夫だ。それほど人は来ない予定だから」
後ろから三沢さんが覗き込む。
「ああ、いいねぇ。林の隙間から海が見えるのか」
海側の一面全てがガラス張りになっていて、海を眺めながらカウンターでコーヒーを楽しめるように工夫されたデザインだ。
「作業動線は完璧ですよ。後は慣れです」
簡単に言ってくれるよね。
「とにかく静かにゆっくりできる店にしたいんだ。本当ならBGMも潮騒にしたいくらいさ」
そういう古村さんに三沢さんが言う。
「最近はそういうのあるでしょ? ヒーリングサウンドだっけ?」
工務店さんがポンと手を打った。
「背中から包まれるような音の流れを作りましょう。スピーカーの設置位置は専門業者を呼びますよ」
なんだかものすごく贅沢な店になりそうだ。
まあ、そこら中にお札予備軍が散っているから問題ないか。
「いつまでにできる?」
古村さんも三沢さんもせっかちだね。
でも、僕もとても楽しみなんだ。
「では来月半ばには保健所に入ってもらうってことで進めましょう。そちらは任せてください。当社は多くの実績を持っていますので、問題なく通過しますよ」
そう言って工務店さんは帰っていった。
工事と同時進行で『食品衛生責任者』の講習を受けて『飲食店営業許可』を申請する必要があるみたい。
収容人数は三十名を越えないので『防火管理者』はいらないし、お酒も出さないから『酒類販売業』の申請も不要だそうだ。
まあ、魂は人数カウントしないって条件だけどね。
「どうじゃ? 進んでいるかの?」
久々に神ジイの登場だ。
今日はアメリカンギャングみたいなスーツ姿だけれど、その白いボルサリーノハットはどう見ても似合っていない。
「ああ、かなり進んでますよ。それより例の件、ここは本当に大丈夫なんですよね?」
「ああ、大丈夫じゃよ。まあ、またあの丘に人が集まるかもしれんが、あの丘はそういう役割の場所じゃからのう」
神ジイによると、数年のうちに巨大な隕石がこの星に落ちてきて、とんでもない津波が各国の沿岸部に押し寄せるらしく、この国も例外ではないそうだ。
そういえば、ここに留まるよう僕を説得したのも、その時に爆発的増加を見せるであろう彷徨う魂の救済があるからだって狐さんたちが言っていたことを思い出す。
なぜ未然に防げないのかと聞く僕に、神ジイは笑いながら言った。
「それが定めじゃからのう」
防げないまでも、早めに注意喚起をすることで、被害を抑えることもできるのではないかという僕の問いに、神ジイはこう答えたんだ。
「聞く気が無い者たちに、どう分からせるのじゃ?」
そうだよね、僕は嫌というほどそれを知っていたはずだ。
それでもまだ人という生物に期待してしまう僕は、たぶんただのバカなのだろう。
「そうですよね……」
「本当に大切なものほど、失くさねば気づかぬ。虚しいのう」
神という存在は、どうやら人を救うためのものではないようだ。
僕の思考を読み取った神ジイがボソッと言う。
「神とは『ただそこに存在している』だけなのじゃ。具体的に救うという行為はできんのじゃよ」
「やらないのではなく、できない?」
「そうじゃ、できないのじゃ。神とはただそこにいるだけで、人々の希望となり戒めとなる存在でなくてはならん。まあ正直に言うと物理的に無理ということじゃな」
「それなら神って何なの?」
「……なんじゃろうな」
そう言って神ジイは水平線へと視線を投げた。
神は神として誕生するのだろうか。
それともあの二人がよく口にする『魂格』の最上位が就任するのだろうか。
本当に神って何なのだろう。
「神が存在しているという意識は、人々にとっては必要なことなのじゃよ。ほれ、信心など爪の先ほども持たない者が、困った時だけ『神様!』と言うじゃろ? 神頼みとも言うな。まさに人知を超えた存在に縋る行為、それが救いなのじゃよ」
「救い?」
「ああ、そうじゃ。上手くいったら『日頃の行いが良かった』と考え、ダメだと『神も仏もいない』と言う。それが人なのじゃよ。日本人はその傾向が特に顕著じゃな。子供のころから信仰心を育む習慣のある国は、そうは考えんからのう」
「どう考えるの?」
神ジイが僕の顔を見てニコッと笑った。
「信仰心を持った者たちは、良くても悪くても『全ては神の思し召し』と考えるのう。まあ、ワシから言わせるなら『全ては因果応報』なのじゃが」
確かに『神』という存在は不思議だ。
全ての人間が『神』という存在を知っているのに、誰一人として見たことはないのだから。
この存在をどう理解すればいいのだろうか。
「ほほほっ! なかなか悩んでおるの? 良き事じゃ。ワシはお前を贔屓しておるからの、少しヒントをやろうかのう」
「ヒント?」
「そうじゃ、ヒントじゃ。さっきお前が考えたじゃろ? すべての人間が知っているが、その手で触れたり話したりできないもの。その正体をしっかり考えてみなさい。ワシは疲れたからもう帰る。おおそうじゃ、今日はこれを伝えに来たのじゃった」
「何ですか?」
「ワシは焙じ茶なら八代の深蒸し、コーヒーならジャマイカ産のブルーマウンテンが好みじゃよ。ではまたな。ほっほっほっ」
ポヨンと音がして神ジイが消えた。
一応『神ジイの好み』を古村さんに伝えたが、持ち込み歓迎だと伝えるように言われてしまった。
誰を恨むこともなく、ただニコニコ微笑んで消えていったんだ。
結局、彼に残された言葉はみつからなかったので、三沢さんと古村さんにお願いして、一真君への言葉は僕が渡した。
「一真君、僕は君に会えて本当に良かった。どうぞ成仏してください」
僕が贈ったそんなシンプルな言葉を、一真君は頷いて嬉しそうに受け入れてくれた。
無辜に戻った一真君の魂は、美しい光の残像を僕らの瞳に焼き付けて海の彼方へと消えた。
さようなら、君に会えてよかったというのは、僕の本心だよ。
次は平和な国に生まれておいでね。
それから数日、古村さんが工務店の人を連れてきた。
以前から準備を始めていたようで、僕はパースという出来上がり予想図みたいなものを見せてもらった。
「凄いですね、全面ガラス張り? 夏は暑くないかな」
「林の中だから大丈夫だろ? それに空調設備も完璧だもの」
「カウンター席がメインなんですね。あと四人テーブルは三つか……一人じゃ厳しくないですか?」
「大丈夫だ。それほど人は来ない予定だから」
後ろから三沢さんが覗き込む。
「ああ、いいねぇ。林の隙間から海が見えるのか」
海側の一面全てがガラス張りになっていて、海を眺めながらカウンターでコーヒーを楽しめるように工夫されたデザインだ。
「作業動線は完璧ですよ。後は慣れです」
簡単に言ってくれるよね。
「とにかく静かにゆっくりできる店にしたいんだ。本当ならBGMも潮騒にしたいくらいさ」
そういう古村さんに三沢さんが言う。
「最近はそういうのあるでしょ? ヒーリングサウンドだっけ?」
工務店さんがポンと手を打った。
「背中から包まれるような音の流れを作りましょう。スピーカーの設置位置は専門業者を呼びますよ」
なんだかものすごく贅沢な店になりそうだ。
まあ、そこら中にお札予備軍が散っているから問題ないか。
「いつまでにできる?」
古村さんも三沢さんもせっかちだね。
でも、僕もとても楽しみなんだ。
「では来月半ばには保健所に入ってもらうってことで進めましょう。そちらは任せてください。当社は多くの実績を持っていますので、問題なく通過しますよ」
そう言って工務店さんは帰っていった。
工事と同時進行で『食品衛生責任者』の講習を受けて『飲食店営業許可』を申請する必要があるみたい。
収容人数は三十名を越えないので『防火管理者』はいらないし、お酒も出さないから『酒類販売業』の申請も不要だそうだ。
まあ、魂は人数カウントしないって条件だけどね。
「どうじゃ? 進んでいるかの?」
久々に神ジイの登場だ。
今日はアメリカンギャングみたいなスーツ姿だけれど、その白いボルサリーノハットはどう見ても似合っていない。
「ああ、かなり進んでますよ。それより例の件、ここは本当に大丈夫なんですよね?」
「ああ、大丈夫じゃよ。まあ、またあの丘に人が集まるかもしれんが、あの丘はそういう役割の場所じゃからのう」
神ジイによると、数年のうちに巨大な隕石がこの星に落ちてきて、とんでもない津波が各国の沿岸部に押し寄せるらしく、この国も例外ではないそうだ。
そういえば、ここに留まるよう僕を説得したのも、その時に爆発的増加を見せるであろう彷徨う魂の救済があるからだって狐さんたちが言っていたことを思い出す。
なぜ未然に防げないのかと聞く僕に、神ジイは笑いながら言った。
「それが定めじゃからのう」
防げないまでも、早めに注意喚起をすることで、被害を抑えることもできるのではないかという僕の問いに、神ジイはこう答えたんだ。
「聞く気が無い者たちに、どう分からせるのじゃ?」
そうだよね、僕は嫌というほどそれを知っていたはずだ。
それでもまだ人という生物に期待してしまう僕は、たぶんただのバカなのだろう。
「そうですよね……」
「本当に大切なものほど、失くさねば気づかぬ。虚しいのう」
神という存在は、どうやら人を救うためのものではないようだ。
僕の思考を読み取った神ジイがボソッと言う。
「神とは『ただそこに存在している』だけなのじゃ。具体的に救うという行為はできんのじゃよ」
「やらないのではなく、できない?」
「そうじゃ、できないのじゃ。神とはただそこにいるだけで、人々の希望となり戒めとなる存在でなくてはならん。まあ正直に言うと物理的に無理ということじゃな」
「それなら神って何なの?」
「……なんじゃろうな」
そう言って神ジイは水平線へと視線を投げた。
神は神として誕生するのだろうか。
それともあの二人がよく口にする『魂格』の最上位が就任するのだろうか。
本当に神って何なのだろう。
「神が存在しているという意識は、人々にとっては必要なことなのじゃよ。ほれ、信心など爪の先ほども持たない者が、困った時だけ『神様!』と言うじゃろ? 神頼みとも言うな。まさに人知を超えた存在に縋る行為、それが救いなのじゃよ」
「救い?」
「ああ、そうじゃ。上手くいったら『日頃の行いが良かった』と考え、ダメだと『神も仏もいない』と言う。それが人なのじゃよ。日本人はその傾向が特に顕著じゃな。子供のころから信仰心を育む習慣のある国は、そうは考えんからのう」
「どう考えるの?」
神ジイが僕の顔を見てニコッと笑った。
「信仰心を持った者たちは、良くても悪くても『全ては神の思し召し』と考えるのう。まあ、ワシから言わせるなら『全ては因果応報』なのじゃが」
確かに『神』という存在は不思議だ。
全ての人間が『神』という存在を知っているのに、誰一人として見たことはないのだから。
この存在をどう理解すればいいのだろうか。
「ほほほっ! なかなか悩んでおるの? 良き事じゃ。ワシはお前を贔屓しておるからの、少しヒントをやろうかのう」
「ヒント?」
「そうじゃ、ヒントじゃ。さっきお前が考えたじゃろ? すべての人間が知っているが、その手で触れたり話したりできないもの。その正体をしっかり考えてみなさい。ワシは疲れたからもう帰る。おおそうじゃ、今日はこれを伝えに来たのじゃった」
「何ですか?」
「ワシは焙じ茶なら八代の深蒸し、コーヒーならジャマイカ産のブルーマウンテンが好みじゃよ。ではまたな。ほっほっほっ」
ポヨンと音がして神ジイが消えた。
一応『神ジイの好み』を古村さんに伝えたが、持ち込み歓迎だと伝えるように言われてしまった。
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
妻に不倫され間男にクビ宣告された俺、宝くじ10億円当たって防音タワマンでバ美肉VTuberデビューしたら人生爆逆転
小林一咲
ライト文芸
不倫妻に捨てられ、会社もクビ。
人生の底に落ちたアラフォー社畜・恩塚聖士は、偶然買った宝くじで“非課税10億円”を当ててしまう。
防音タワマン、最強機材、そしてバ美肉VTuber「姫宮みこと」として新たな人生が始まる。
どん底からの逆転劇は、やがて裏切った者たちの運命も巻き込んでいく――。
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
裏切られ続けた負け犬。25年前に戻ったので人生をやり直す。当然、裏切られた礼はするけどね
魚夢ゴールド
ファンタジー
冒険者ギルドの雑用として働く隻腕義足の中年、カーターは裏切られ続ける人生を送っていた。
元々は食堂の息子という人並みの平民だったが、
王族の継承争いに巻き込まれてアドの街の毒茸流布騒動でコックの父親が毒茸の味見で死に。
代わって雇った料理人が裏切って金を持ち逃げ。
父親の親友が融資を持ち掛けるも平然と裏切って借金の返済の為に母親と妹を娼館へと売り。
カーターが冒険者として金を稼ぐも、後輩がカーターの幼馴染に横恋慕してスタンピードの最中に裏切ってカーターは片腕と片足を損失。カーターを持ち上げていたギルマスも裏切り、幼馴染も去って後輩とくっつく。
その後は負け犬人生で冒険者ギルドの雑用として細々と暮らしていたのだが。
ある日、人ならざる存在が話しかけてきた。
「この世界は滅びに進んでいる。是正しなければならない。手を貸すように」
そして気付けは25年前の15歳にカーターは戻っており、二回目の人生をやり直すのだった。
もちろん、裏切ってくれた連中への返礼と共に。
つまらなかった乙女ゲームに転生しちゃったので、サクッと終わらすことにしました
蒼羽咲
ファンタジー
つまらなかった乙女ゲームに転生⁈
絵に惚れ込み、一目惚れキャラのためにハードまで買ったが内容が超つまらなかった残念な乙女ゲームに転生してしまった。
絵は超好みだ。内容はご都合主義の聖女なお花畑主人公。攻略イケメンも顔は良いがちょろい対象ばかり。てこたぁ逆にめちゃくちゃ住み心地のいい場所になるのでは⁈と気づき、テンションが一気に上がる!!
聖女など面倒な事はする気はない!サクッと攻略終わらせてぐーたら生活をGETするぞ!
ご都合主義ならチョロい!と、野望を胸に動き出す!!
+++++
・重複投稿・土曜配信 (たま~に水曜…不定期更新)