ルナール古書店の秘密

志波 連

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20 海の見えるカウンター

 そして翌日、あんころもちを三個食べて、温かい麦茶を二杯飲んだ一真君は、笑いながら去っていった。
 誰を恨むこともなく、ただニコニコ微笑んで消えていったんだ。
 結局、彼に残された言葉はみつからなかったので、三沢さんと古村さんにお願いして、一真君への言葉は僕が渡した。

「一真君、僕は君に会えて本当に良かった。どうぞ成仏してください」

 僕が贈ったそんなシンプルな言葉を、一真君は頷いて嬉しそうに受け入れてくれた。
 無辜に戻った一真君の魂は、美しい光の残像を僕らの瞳に焼き付けて海の彼方へと消えた。
 さようなら、君に会えてよかったというのは、僕の本心だよ。
 次は平和な国に生まれておいでね。

 それから数日、古村さんが工務店の人を連れてきた。
 以前から準備を始めていたようで、僕はパースという出来上がり予想図みたいなものを見せてもらった。

「凄いですね、全面ガラス張り? 夏は暑くないかな」

「林の中だから大丈夫だろ? それに空調設備も完璧だもの」

「カウンター席がメインなんですね。あと四人テーブルは三つか……一人じゃ厳しくないですか?」

「大丈夫だ。それほど人は来ない予定だから」

 後ろから三沢さんが覗き込む。

「ああ、いいねぇ。林の隙間から海が見えるのか」

 海側の一面全てがガラス張りになっていて、海を眺めながらカウンターでコーヒーを楽しめるように工夫されたデザインだ。

「作業動線は完璧ですよ。後は慣れです」

 簡単に言ってくれるよね。

「とにかく静かにゆっくりできる店にしたいんだ。本当ならBGMも潮騒にしたいくらいさ」

 そういう古村さんに三沢さんが言う。

「最近はそういうのあるでしょ? ヒーリングサウンドだっけ?」

 工務店さんがポンと手を打った。

「背中から包まれるような音の流れを作りましょう。スピーカーの設置位置は専門業者を呼びますよ」

 なんだかものすごく贅沢な店になりそうだ。
 まあ、そこら中にお札予備軍が散っているから問題ないか。

「いつまでにできる?」

 古村さんも三沢さんもせっかちだね。
 でも、僕もとても楽しみなんだ。

「では来月半ばには保健所に入ってもらうってことで進めましょう。そちらは任せてください。当社は多くの実績を持っていますので、問題なく通過しますよ」

 そう言って工務店さんは帰っていった。
 工事と同時進行で『食品衛生責任者』の講習を受けて『飲食店営業許可』を申請する必要があるみたい。
 収容人数は三十名を越えないので『防火管理者』はいらないし、お酒も出さないから『酒類販売業』の申請も不要だそうだ。
 まあ、魂は人数カウントしないって条件だけどね。

「どうじゃ? 進んでいるかの?」

 久々に神ジイの登場だ。
 今日はアメリカンギャングみたいなスーツ姿だけれど、その白いボルサリーノハットはどう見ても似合っていない。

「ああ、かなり進んでますよ。それより例の件、ここは本当に大丈夫なんですよね?」

「ああ、大丈夫じゃよ。まあ、またあの丘に人が集まるかもしれんが、あの丘はそういう役割の場所じゃからのう」

 神ジイによると、数年のうちに巨大な隕石がこの星に落ちてきて、とんでもない津波が各国の沿岸部に押し寄せるらしく、この国も例外ではないそうだ。
 そういえば、ここに留まるよう僕を説得したのも、その時に爆発的増加を見せるであろう彷徨う魂の救済があるからだって狐さんたちが言っていたことを思い出す。
 なぜ未然に防げないのかと聞く僕に、神ジイは笑いながら言った。

「それが定めじゃからのう」

 防げないまでも、早めに注意喚起をすることで、被害を抑えることもできるのではないかという僕の問いに、神ジイはこう答えたんだ。

「聞く気が無い者たちに、どう分からせるのじゃ?」

 そうだよね、僕は嫌というほどそれを知っていたはずだ。
 それでもまだ人という生物に期待してしまう僕は、たぶんただのバカなのだろう。

「そうですよね……」

「本当に大切なものほど、失くさねば気づかぬ。虚しいのう」

 神という存在は、どうやら人を救うためのものではないようだ。
 僕の思考を読み取った神ジイがボソッと言う。
 
「神とは『ただそこに存在している』だけなのじゃ。具体的に救うという行為はできんのじゃよ」

「やらないのではなく、できない?」

「そうじゃ、できないのじゃ。神とはただそこにいるだけで、人々の希望となり戒めとなる存在でなくてはならん。まあ正直に言うと物理的に無理ということじゃな」

「それなら神って何なの?」

「……なんじゃろうな」

 そう言って神ジイは水平線へと視線を投げた。
 神は神として誕生するのだろうか。
 それともあの二人がよく口にする『魂格』の最上位が就任するのだろうか。
 本当に神って何なのだろう。

「神が存在しているという意識は、人々にとっては必要なことなのじゃよ。ほれ、信心など爪の先ほども持たない者が、困った時だけ『神様!』と言うじゃろ? 神頼みとも言うな。まさに人知を超えた存在に縋る行為、それが救いなのじゃよ」

「救い?」

「ああ、そうじゃ。上手くいったら『日頃の行いが良かった』と考え、ダメだと『神も仏もいない』と言う。それが人なのじゃよ。日本人はその傾向が特に顕著じゃな。子供のころから信仰心を育む習慣のある国は、そうは考えんからのう」

「どう考えるの?」

 神ジイが僕の顔を見てニコッと笑った。

「信仰心を持った者たちは、良くても悪くても『全ては神の思し召し』と考えるのう。まあ、ワシから言わせるなら『全ては因果応報』なのじゃが」

 確かに『神』という存在は不思議だ。
 全ての人間が『神』という存在を知っているのに、誰一人として見たことはないのだから。
 この存在をどう理解すればいいのだろうか。

「ほほほっ! なかなか悩んでおるの? 良き事じゃ。ワシはお前を贔屓しておるからの、少しヒントをやろうかのう」

「ヒント?」

「そうじゃ、ヒントじゃ。さっきお前が考えたじゃろ? すべての人間が知っているが、その手で触れたり話したりできないもの。その正体をしっかり考えてみなさい。ワシは疲れたからもう帰る。おおそうじゃ、今日はこれを伝えに来たのじゃった」

「何ですか?」

「ワシは焙じ茶なら八代の深蒸し、コーヒーならジャマイカ産のブルーマウンテンが好みじゃよ。ではまたな。ほっほっほっ」

 ポヨンと音がして神ジイが消えた。
 一応『神ジイの好み』を古村さんに伝えたが、持ち込み歓迎だと伝えるように言われてしまった。
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