ルナール古書店の秘密

志波 連

文字の大きさ
24 / 43

24 朝の風景

しおりを挟む
 そして翌朝、いつもより早めに店前の掃除をした。
 いつもはやらない海岸までの石段を全部掃き清めたけれど、掃いた端から葉っぱが降って来る。
 今は冬だから、秋のうちに散り積もった葉が風に煽られ斜面から落ちてくるのだろう。

「キリがないな」

 ひとりごちた僕に階段の上から古村さんが声をかけてきた。

「全部札だと思えば楽しいだろ?」

 まあ、あなた達にとってはそうかも?

「朝のコーヒーにしましょうか」

「ああ頼むよ。この頃じゃあ聡志のコーヒーじゃないと目が覚めない」

 店に入りヤカンを火にかける。
 カウンターには三沢さんがすでに座って待っていた。

「おはようございます。今日は特別早いですね」

「おはよう。なんだか緊張してね。いつもより寝が浅かったよ」

「今朝は何にします?」

 少し考えてから三沢さんが口角を上げた。

「ルナールブレンド」

 何度も試行錯誤を繰り返して作った『ルナールブレンド』は、店の一番人気になる予定だ。

「俺もそれ」

「畏まりました」

 僕はリハーサルとばかりに、二人の前に磨き上げたチェイサーグラスを置く。

「やはりレモン水にして正解だな。水は白州のにしたの?」

 その水を一口含んで三沢さんがそう言った。
 僕は声に出さずに頷いた。

「今日のデザートは何?」

 知ってるくせに聞くんだもんなぁ。

「チョコレートフィナンシェと生チョコで作ったガトーショコラです」

「両方ちょうだい。味見してやろう」

 ルナールブレンドはペーパーフィルターで淹れる。
 一度に入れるのは二人分までにしようと言いだしたのは古村さんだ。
 丁度淹れやすい量なので僕としても大賛成なんだよね。

「ああ、良い香りだ。焙煎度合いがいいね」

「二人とも深煎りが好きですもんね」

 今日から出すコーヒーは四日前に焙煎したものだ。
 二人は四日目のものが一番旨いと言う。
 人によっては一週間とか十日とか言うらしいけれど、そこは好みの問題だろう。
 大き目のデザート皿に二種のスイーツを盛り付けて二人の前にそれぞれ出した。
 生クリームは添えず、ココアパウダーを飾りとして振りかける。

「合うよ。完璧だ」

 あなた達にそう言ってもらえると、頑張った甲斐があるね。
 丁度その時、店の扉が開く音がした。

「ああ、いらっしゃい」

 僕より先に古村さんが声を掛けたその客は神ジイだった。

「なんじゃ? 身内だけか」

「だってまだ開店前だもん」

「一番客になってやろうと思ってきたのに、先をこされてしもうたか」

「いや、俺たちは客じゃないから。金を払う人がお客様だよ」

 神ジイは満足そうに頷いて三沢さんの隣に座った。

「居心地の良い店になったのう」

「ありがとうございます」

「焙じ茶とコーヒーを頼もうか」

「畏まりました」

 僕はまず本人持ち込みのブルーマウンテンを挽き、香りを楽しみたい神ジイのためにサイフォンをセットした。

「さすが分かっとるのう。味ならペーパーフィルターじゃが、香りなら断然こっちじゃな。淹れる工程も美しい」

 どうやら正解みたいだ。
 三人は黙ったままカップを口に運んでいる。
 その視線はガラス越しの海に投げられ、まるで時間が止まっているような静謐。

「ごちそうさん。旨かったぞ」

「ありがとうございます」

 神ジイが一万円札をカウンターに置いた。

「祝儀じゃ。釣りはお前の小遣いにせよ。葉っぱじゃないから安心して良いぞ」

 ニヤッと笑って後ろ手に手を振って出ていった。

「ありがとうございました」

 古村さんが呆れたような顔で言う。

「何が葉っぱじゃないだ。おい、聡志。その札は早く使った方がいいぞ。葉っぱより消失時間が短い」

 僕は驚いて古村さんを見た。

「え? 元は何なの?」

「貝殻」

「まじか……」

 二人はプッと吹き出した。
 僕はまた揶揄われているのだろうね、きっと。

「さあ、ぼちぼち開けますか」

 三沢さんが立ち上がった。

「ああ、新しい一日の始まりだ」

 古村さんも立ち上がる。

「うん、頑張りましょうね」

 二人は僕の顔を見て頷いてくれた。
 さあ、本当に新しい一日の始まりだ。
 ワクワクが止まらない!
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……

buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。 みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

処理中です...