28 / 43
28 サウダージ
しおりを挟む
「早かったかの?」
「いらっしゃいませ。何度も言ってますけどうちは十時開店です」
「今は?」
「八時ですね」
「ふぅん。まあよかろう」
言っても無駄だった。
「あの別嬪さんはどこかの?」
「今は古村さんと一緒に階段の掃除をしてくれています」
「また金集めか。あの狐も懲りん奴じゃの」
僕は神ジイお気に入りのブルーマウンテンを取り出した。
フラスコに湯を入れてアルコールランプに火をつける。
下から湧き上がる泡が徐々に大きくなっていく。
「お前から見て彼女はどうかの?」
「素敵な人ですよ。優しさがにじみ出てるって感じかなぁ。魂もすごくきれいな色をしてました。でもね、心が傷みすぎちゃってて見てるだけでも辛くなるんです」
「心か……のう、ずっと前にワシが出した宿題の答えは出たかの?」
「神とは何かですよね。みんな知っているけれど、それを確かめた人はいない……難しいですよ。思いつくことはたくさんあったのですが、それのどれが正解なのかがわかりません」
「ほほほっ、ワシは答えはひとつなどとは言うてはおらんぞ? でも最後は一つに帰結するのじゃがな」
「それが神ってこと?」
神ジイがふっと顔を上げた。
「なんじゃ、お前もあながちバカではないのじゃなぁ」
ケーキをサービスしようかなって思っていたけれど、やめた。
「そんなケツの穴の小さいことを言うな。全部出せ」
いい加減に思考を読むのはやめてほしい。
漏斗が勢いよく湯を吸い上げ、コーヒーの良い香りが僕たちを包んだ。
「美しい。実に美しいわい」
僕は今日のデザート三種を皿に盛って神ジイの前に出した。
カップは本人が持ち込んできた有田焼だ。
どうせその辺で拾った貝殻で買ったんだろうけれどね。
「おう! もう来てたの? 年寄りは朝が早くていけないねぇ」
古村さんが帰ってきたみたいだ。
後ろから裕子さんが顔を出してぺこんと頭を下げている。
神ジイの横に無遠慮に座った古村さんにもコーヒーを出した。
「裕子さんは何にする?」
「私は焙じ茶が良いなぁ。本当に美味しかったもの」
お安い御用だ。
「なるほどのう。うん、なかなか良いのう」
神ジイが裕子さんを見てニタニタと笑った。
「あんた、苦労しなさったのう。でもまだ頑張るのかの?」
裕子さんが頷く。
「子供の助けになるのであれば」
「ほうほう……なるほどの」
神ジイの足元に座っていた狐がむっくりと起き上がった。
「こちらに来なさい」
狐の発した言葉に憑りつかれたように裕子さんがふわっと浮いた。
誰も何も言わない。
狐と裕子さんは、そのままガラス窓をすり抜けて林の中へと消えていった。
「早そうだと思ったのだけれど?」
古村さんが神ジイに聞いた。
「ああ、すぐじゃろう。耐えられればな」
三沢さんが入ってきた。
「おはよう。良い香りで目が覚めたよ。私も同じのを貰おうかな」
頷いた僕はフラスコに湯を注いだ。
コーヒーは不思議だ。
同じ豆でも淹れるたびに香りが違うのだから。
今日の香りはいつもより甘く感じる。
僕の心が穏やかだからだろうか。
「行きました?」
「ああ、すぐに戻るじゃろう」
「耐えられますかね」
「どうじゃろうのう。魂はキレイなままじゃが心がひび割れとるでのう」
三人は黙ったままガラス越しの海を見ている。
もうすぐ春が来るのだろう。
目の前の枝先に小さな新芽が見える。
「ではワシは戻るかの」
神ジイが立ち上がる。
「旨いものでも作ってやれ。あの子は塩サバが好きじゃ。大根おろしをたっぷり添えてやってくれ。味噌汁には薩摩芋を入れてやれば喜ぶぞ」
頷いた古村さんがぽわんと消えた。
今日はどこまで行くのだろう。
塩サバと言えば焼津かなぁ……薩摩芋ってやっぱり鹿児島?
静かな時間が流れる。
三沢さんがオーディオのスイッチを入れた。
波の音が僕を包み込む。
この音を聞くたびに、なぜか懐かしい気持ちになるのはなぜだろう。
何なのだ、この甘く切ないサウダージは。
「いらっしゃいませ。何度も言ってますけどうちは十時開店です」
「今は?」
「八時ですね」
「ふぅん。まあよかろう」
言っても無駄だった。
「あの別嬪さんはどこかの?」
「今は古村さんと一緒に階段の掃除をしてくれています」
「また金集めか。あの狐も懲りん奴じゃの」
僕は神ジイお気に入りのブルーマウンテンを取り出した。
フラスコに湯を入れてアルコールランプに火をつける。
下から湧き上がる泡が徐々に大きくなっていく。
「お前から見て彼女はどうかの?」
「素敵な人ですよ。優しさがにじみ出てるって感じかなぁ。魂もすごくきれいな色をしてました。でもね、心が傷みすぎちゃってて見てるだけでも辛くなるんです」
「心か……のう、ずっと前にワシが出した宿題の答えは出たかの?」
「神とは何かですよね。みんな知っているけれど、それを確かめた人はいない……難しいですよ。思いつくことはたくさんあったのですが、それのどれが正解なのかがわかりません」
「ほほほっ、ワシは答えはひとつなどとは言うてはおらんぞ? でも最後は一つに帰結するのじゃがな」
「それが神ってこと?」
神ジイがふっと顔を上げた。
「なんじゃ、お前もあながちバカではないのじゃなぁ」
ケーキをサービスしようかなって思っていたけれど、やめた。
「そんなケツの穴の小さいことを言うな。全部出せ」
いい加減に思考を読むのはやめてほしい。
漏斗が勢いよく湯を吸い上げ、コーヒーの良い香りが僕たちを包んだ。
「美しい。実に美しいわい」
僕は今日のデザート三種を皿に盛って神ジイの前に出した。
カップは本人が持ち込んできた有田焼だ。
どうせその辺で拾った貝殻で買ったんだろうけれどね。
「おう! もう来てたの? 年寄りは朝が早くていけないねぇ」
古村さんが帰ってきたみたいだ。
後ろから裕子さんが顔を出してぺこんと頭を下げている。
神ジイの横に無遠慮に座った古村さんにもコーヒーを出した。
「裕子さんは何にする?」
「私は焙じ茶が良いなぁ。本当に美味しかったもの」
お安い御用だ。
「なるほどのう。うん、なかなか良いのう」
神ジイが裕子さんを見てニタニタと笑った。
「あんた、苦労しなさったのう。でもまだ頑張るのかの?」
裕子さんが頷く。
「子供の助けになるのであれば」
「ほうほう……なるほどの」
神ジイの足元に座っていた狐がむっくりと起き上がった。
「こちらに来なさい」
狐の発した言葉に憑りつかれたように裕子さんがふわっと浮いた。
誰も何も言わない。
狐と裕子さんは、そのままガラス窓をすり抜けて林の中へと消えていった。
「早そうだと思ったのだけれど?」
古村さんが神ジイに聞いた。
「ああ、すぐじゃろう。耐えられればな」
三沢さんが入ってきた。
「おはよう。良い香りで目が覚めたよ。私も同じのを貰おうかな」
頷いた僕はフラスコに湯を注いだ。
コーヒーは不思議だ。
同じ豆でも淹れるたびに香りが違うのだから。
今日の香りはいつもより甘く感じる。
僕の心が穏やかだからだろうか。
「行きました?」
「ああ、すぐに戻るじゃろう」
「耐えられますかね」
「どうじゃろうのう。魂はキレイなままじゃが心がひび割れとるでのう」
三人は黙ったままガラス越しの海を見ている。
もうすぐ春が来るのだろう。
目の前の枝先に小さな新芽が見える。
「ではワシは戻るかの」
神ジイが立ち上がる。
「旨いものでも作ってやれ。あの子は塩サバが好きじゃ。大根おろしをたっぷり添えてやってくれ。味噌汁には薩摩芋を入れてやれば喜ぶぞ」
頷いた古村さんがぽわんと消えた。
今日はどこまで行くのだろう。
塩サバと言えば焼津かなぁ……薩摩芋ってやっぱり鹿児島?
静かな時間が流れる。
三沢さんがオーディオのスイッチを入れた。
波の音が僕を包み込む。
この音を聞くたびに、なぜか懐かしい気持ちになるのはなぜだろう。
何なのだ、この甘く切ないサウダージは。
28
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】物置小屋の魔法使いの娘~父の再婚相手と義妹に家を追い出され、婚約者には捨てられた。でも、私は……
buchi
恋愛
大公爵家の父が再婚して新しくやって来たのは、義母と義妹。当たり前のようにダーナの部屋を取り上げ、義妹のマチルダのものに。そして社交界への出入りを禁止し、館の隣の物置小屋に移動するよう命じた。ダーナは亡くなった母の血を受け継いで魔法が使えた。これまでは使う必要がなかった。だけど、汚い小屋に閉じ込められた時は、使用人がいるので自粛していた魔法力を存分に使った。魔法力のことは、母と母と同じ国から嫁いできた王妃様だけが知る秘密だった。
みすぼらしい物置小屋はパラダイスに。だけど、ある晩、王太子殿下のフィルがダーナを心配になってやって来て……
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる