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崖の上から
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孝一は、一人旅の途中で、あることを聞いた。この町の近くに、自殺の名所と呼ばれる場所がある、と、言うこと。そういう話は、珍しいものではないだろう。一種の、地元の怪談のようなものなのかも知れない。
しかし、孝一は、そういう話に関心が無い訳ではない。むしろ、関心のある方である。孝一の旅は、観光名所を回るものではなく、そういった、その土地の普通の場所を巡ることが目的でもある。孝一は、そこに行ってみることにした。
町を少し離れるので、歩いて行くと、二時間くらいはかかるかも知れないと言われた。しかし、急がなければならない予定がある訳ではないので、孝一は、歩いて行くことにした。
町の住宅地を離れ、北に向かって歩いた。周囲は、山で、いかにも、自殺をする場所に持ってこいと言ったところか。しかし、地元の人の話によれば、自殺の名所は、山の中ではなく、海を望む高い崖だと言った。この山の中の道を抜けると、海の見える崖があるということなのだろう。
さすがに、二時間も歩き続けると、疲れるものである。しかも、山の中の道は、登ったり、下ったりで、体力的に、かなりきつい。
背中に負ったリュックの中から、ペットボトルの水を取りだして、時折、飲んだ。これは、旅をする時には、いつも、入れているものである。
地元の人の話の通り、二時間ほど歩くと、急に、目の前の視界が開け、海が見えた。話の通り、崖が、東西に広がっている。強い風が、海の方から吹いて来る。今の季節は秋。しかし、風は、それほど、冷たいものではない。
確かに、自殺の名所と呼ばれるのに、相応しい場所のように思った。しかし、実際に、ここから自殺をする人が多いのか、それとも、このような風景から、地元の人が想像をしたものかは、孝一には分からない。
孝一には、霊感というものは、全く、無いので、このような場所に来ても、何も感じない。むしろ、雄大な景色に、感心をするばかりである。
しばらく、孝一は、崖の上に立ち、海の方を眺めた。強い風に煽られた、強い波の打ち付ける音が聞こえる。
大自然の中に、たった一人。と、孝一は思って、感慨に浸っていたのだが、いつの間にか、自分の近くに、人が立っていることに気がついた。孝一が、その人の方に目をやると、その人が、孝一の方に近づいて来る。若い女性だった。
まさか、自殺をしに来た訳ではないだろうと、孝一は、思う。しかし、それは、逆だった。相手の方が、孝一が自殺をしに来たと思ったらしい。
「そこは、危ないですよ。もう少し、後ろに下がった方が良いです」
と、女性が、孝一に言った。
「どうも、すみません」
と、孝一は、何となく謝り、少し、後ろに下がる。
「もし、ここに自殺をしに来たのなら、少し、お話をしませんか」
と、女性は、孝一の隣に立った。
彼女は、ここに自殺をするために来た人を、自殺を思いとどまるように説得をするボランティアでもしているのだろうかと思う。だとすれば、やはり、この場所は、多くの人が自殺をするために訪れる、自殺の名所ということになるのだろう。
「僕は、ここに自殺をしに来た訳ではありません。何だか、良い景色だなと思っただけで」
「そうですか。ならば、安心しました」
女性は、そう言って、崖の縁の方に歩いた。やはり、孝一の想像通りだったのだろうと思う。
「この場所は、自殺の名所だと聞きましたが、本当に、そうなのですか」
「そうですね。ここから自殺をする人は、多いようです。だから、私のような人が居る訳でして」
「自殺の名所ということですが、どれくらいの人が、ここで、自殺をしているのですか」
「そうですね。毎年、十人以上は、ここで自殺をしていると思います」
「多いですね。そもそも、なぜ、自殺など、するのでしょう」
「さあ、理由は、人によって、それぞれですから」
「そして、なぜ、この場所を、自殺をする場所に選ぶのでしょう。やはり、自殺の名所という噂が、自殺顔貌を持つ人を引きつけるのでしょうか」
「多分、そうだと思いますけど」
女性は、崖の縁に立ち、下の方をのぞき込む。その女性の姿を、危ないと思いつつ、孝一も、興味を持って、その隣で、同じように、崖の上から、下の波打ち際をのぞいて見た。
海の波が、岸壁に打ちつけている。確かに、ここから飛び降りれば、命は、完全に助からない。孝一は、少し、恐怖を感じ、後ろに下がろうとしたところ、隣に居た女性が、突然、強く、孝一の身体を押した。孝一は、バランスを崩し、崖から、下に、落下をした。
生命の危機を感じた時、時間が、スローモーションのように過ぎるというのは事実のようである。孝一は、崖から落下をしながら、自分の状況を理解した。
「あの女に、殺された」
と、孝一は、理解をする。あの女性は、自殺志願者を助けるふりをして、自分を殺すために、接近をして来たのだ。
何のために、そのようなことをしたのか。孝一は、自分が、崖から落ちる直前に、その女性が、自分に笑顔を見せたのに気がついた。
「快楽殺人」
孝一が、女性の行動に感じたのは、それである。もしかすると、これまで、多くの人が、あの女性に、崖から落とされて、死んだのかも知れない。自殺ではなく、他殺である。
他に目撃者は居ない。そして、彼女が、
「自殺を止めようとしたが、間に合わなかった」
と、証言をするか、そもそも、何も言わなければ、彼女が、殺人をしたことは、誰にも分からない。
そして、遺体が見つかれば、自殺者として、処分をされることになるだろう。自分もまた、自殺者の一人としてカウントされてしまうのかと考えながら、孝一は、海に落ち、命を落としたのだった。
しかし、孝一は、そういう話に関心が無い訳ではない。むしろ、関心のある方である。孝一の旅は、観光名所を回るものではなく、そういった、その土地の普通の場所を巡ることが目的でもある。孝一は、そこに行ってみることにした。
町を少し離れるので、歩いて行くと、二時間くらいはかかるかも知れないと言われた。しかし、急がなければならない予定がある訳ではないので、孝一は、歩いて行くことにした。
町の住宅地を離れ、北に向かって歩いた。周囲は、山で、いかにも、自殺をする場所に持ってこいと言ったところか。しかし、地元の人の話によれば、自殺の名所は、山の中ではなく、海を望む高い崖だと言った。この山の中の道を抜けると、海の見える崖があるということなのだろう。
さすがに、二時間も歩き続けると、疲れるものである。しかも、山の中の道は、登ったり、下ったりで、体力的に、かなりきつい。
背中に負ったリュックの中から、ペットボトルの水を取りだして、時折、飲んだ。これは、旅をする時には、いつも、入れているものである。
地元の人の話の通り、二時間ほど歩くと、急に、目の前の視界が開け、海が見えた。話の通り、崖が、東西に広がっている。強い風が、海の方から吹いて来る。今の季節は秋。しかし、風は、それほど、冷たいものではない。
確かに、自殺の名所と呼ばれるのに、相応しい場所のように思った。しかし、実際に、ここから自殺をする人が多いのか、それとも、このような風景から、地元の人が想像をしたものかは、孝一には分からない。
孝一には、霊感というものは、全く、無いので、このような場所に来ても、何も感じない。むしろ、雄大な景色に、感心をするばかりである。
しばらく、孝一は、崖の上に立ち、海の方を眺めた。強い風に煽られた、強い波の打ち付ける音が聞こえる。
大自然の中に、たった一人。と、孝一は思って、感慨に浸っていたのだが、いつの間にか、自分の近くに、人が立っていることに気がついた。孝一が、その人の方に目をやると、その人が、孝一の方に近づいて来る。若い女性だった。
まさか、自殺をしに来た訳ではないだろうと、孝一は、思う。しかし、それは、逆だった。相手の方が、孝一が自殺をしに来たと思ったらしい。
「そこは、危ないですよ。もう少し、後ろに下がった方が良いです」
と、女性が、孝一に言った。
「どうも、すみません」
と、孝一は、何となく謝り、少し、後ろに下がる。
「もし、ここに自殺をしに来たのなら、少し、お話をしませんか」
と、女性は、孝一の隣に立った。
彼女は、ここに自殺をするために来た人を、自殺を思いとどまるように説得をするボランティアでもしているのだろうかと思う。だとすれば、やはり、この場所は、多くの人が自殺をするために訪れる、自殺の名所ということになるのだろう。
「僕は、ここに自殺をしに来た訳ではありません。何だか、良い景色だなと思っただけで」
「そうですか。ならば、安心しました」
女性は、そう言って、崖の縁の方に歩いた。やはり、孝一の想像通りだったのだろうと思う。
「この場所は、自殺の名所だと聞きましたが、本当に、そうなのですか」
「そうですね。ここから自殺をする人は、多いようです。だから、私のような人が居る訳でして」
「自殺の名所ということですが、どれくらいの人が、ここで、自殺をしているのですか」
「そうですね。毎年、十人以上は、ここで自殺をしていると思います」
「多いですね。そもそも、なぜ、自殺など、するのでしょう」
「さあ、理由は、人によって、それぞれですから」
「そして、なぜ、この場所を、自殺をする場所に選ぶのでしょう。やはり、自殺の名所という噂が、自殺顔貌を持つ人を引きつけるのでしょうか」
「多分、そうだと思いますけど」
女性は、崖の縁に立ち、下の方をのぞき込む。その女性の姿を、危ないと思いつつ、孝一も、興味を持って、その隣で、同じように、崖の上から、下の波打ち際をのぞいて見た。
海の波が、岸壁に打ちつけている。確かに、ここから飛び降りれば、命は、完全に助からない。孝一は、少し、恐怖を感じ、後ろに下がろうとしたところ、隣に居た女性が、突然、強く、孝一の身体を押した。孝一は、バランスを崩し、崖から、下に、落下をした。
生命の危機を感じた時、時間が、スローモーションのように過ぎるというのは事実のようである。孝一は、崖から落下をしながら、自分の状況を理解した。
「あの女に、殺された」
と、孝一は、理解をする。あの女性は、自殺志願者を助けるふりをして、自分を殺すために、接近をして来たのだ。
何のために、そのようなことをしたのか。孝一は、自分が、崖から落ちる直前に、その女性が、自分に笑顔を見せたのに気がついた。
「快楽殺人」
孝一が、女性の行動に感じたのは、それである。もしかすると、これまで、多くの人が、あの女性に、崖から落とされて、死んだのかも知れない。自殺ではなく、他殺である。
他に目撃者は居ない。そして、彼女が、
「自殺を止めようとしたが、間に合わなかった」
と、証言をするか、そもそも、何も言わなければ、彼女が、殺人をしたことは、誰にも分からない。
そして、遺体が見つかれば、自殺者として、処分をされることになるだろう。自分もまた、自殺者の一人としてカウントされてしまうのかと考えながら、孝一は、海に落ち、命を落としたのだった。
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