伯爵令嬢は恋に生きてます!

ヴィク

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「ねえルジェ。毎日気にかけてくれるけれど、無理をさせていないかしら?ルジェは優しいから、責任を感じているのではないかと思って」


 ルジェがマーラ亭の常連客とはいえ、夜だけでなく昼の時間も合わせて毎日来店している。それがリリアを気遣ってのことだということは流石にリリアも気づいていた。

 毎日甘いお菓子の差し入れもあり、リリアの部屋には当分お菓子には困らないぐらいの蓄えがある。

 
「無理なんかしてないよ!俺が行きたくて行ってるだけだから……君の顔を見るとすごく癒されるんだ」


 顔を赤くして呟くルジェの声は小さく、よく聞き取れなかったリリアは首を傾げる。


「ルジェはマーラ亭が大好きなのね」

「……うん、そうだよ」


 ははと乾いた笑みを零すルジェは複雑な心境でいたが、すっかり納得したリリアはルジェに無理をさせていないことを知って安心していた。

 と、前方から網籠の中で揺れる花を小さな腕に抱えて元気よく駆け回る花売りの少年が二人に走り寄ってきた。


「ルジェの旦那!マーラ亭の可憐な花にプレゼントはどうだい!」


 幼い子供の見た目とは反して饒舌な語りで籠をぐいっとルジェに突きつける。

 溌剌と輝く瞳はルジェが断るとは微塵も思っていない様子で、しかも全て買わせるつもりであることが明白だった。見事な心意気にリリアはクスリと笑う。

 ルジェは躊躇わずに籠ごと花束を受け取ると、籠代を入れても十分すぎるほどの対価を少年に払う。気をよくした少年はニッカリと笑うと、元気な声で礼を告げて風のように駆け去って行った。


「まあルジェ。とても羨ましいわ。綺麗な花々ね」


 花売りの少年が抱えていた時は大きく見えた籠も、ルジェが持つとまるでままごとの道具のような可愛らしい小さな見た目へと変わる。

  ルジェは気恥ずかしそうに笑うが、籠の中にある花を一本取り出して茎を折り短くする。


「君によく似合うと思うんだ」


 躊躇いがちに告げたルジェが手にある花をリリアへと伸ばす。察したリリアは微笑みながら顔を横にずらすと片方の耳をルジェへと差し出した。

 ルジェが小さく息を呑む。ピクリと震えた手が慎重にリリアの柔らかな髪へと伸ばされ触れた瞬間、手を震わせたルジェの動揺がリリアにも伝わるが、ルジェを戸惑わせないようにリリアは気づかないふりをする。

 ルジェの長い指がリリアの指に触れると、熱くなった指の温もりを感じてリリアは驚いて微かに体を揺らしてしまう。


「ご、ごめん!」


 慌てて離れようとした手の甲にすかさず触れてルジェを制止する。大丈夫だと笑って告げれば、ルジェは躊躇しつつも再び手を伸ばした。

 慎重すぎるぐらいの手つきでリリアの耳に花が飾られた瞬間、いつのまにか息を詰めていたルジェが大きく息を吐き出した。 


「似合っているかしら?」


  落ちないようにそっと耳の花に指を触れさせれば、滑らかな花弁の感触がリリアの指を擽ぐる。

 ルジェの顔は一瞬で真っ赤になり、呆然とリリアを見つめる。熱のある視線にじっと見つめられ、ルジェの感想を大人しく待っていたリリアも流石に気恥ずかしくなり視線を伏せてしまう。

 二人の間に奇妙な沈黙が流れ、リリアはなんと声を掛けようか考えていると、意外にもその沈黙を破ったのはルジェの方だった。


「綺麗だよリリア。すごく、綺麗だ」


 この世のものとは思えないほど眩しい物を見つめるような瞳をルジェは真っ直ぐにリリアに向ける。

 ルジェの透き通るような翠の瞳に、暫しリリアも目を奪われる。

 すると、ルジェの瞳が一瞬遠くを見つめるような形容しがたい色を浮かべると、どこか寂しさを滲ませた穏やかな笑みを浮かべたルジェにリリアは咄嗟に訊ねた。


「ねえルジェ、その籠のお花を私にもう一本いただけないかしら?」

「ああ、もちろんいいよ。君の望む数だけ取ってくれ」


 差し出された籠の中身は色の違う同じ種類の花束があり、リリアは耳飾りと同じ色の花を一本手に取ってルジェと同じように茎を折って短くする。

 そのままルジェに屈むようにお願いすれば、ルジェはすぐに背を屈めてリリアを見上げるような形になる。

 先端が少し尖っている整った耳に花を持つ手を伸ばすと、驚いたルジェが固まる。リリアは自らと同じように花でルジェの耳を飾り付ける。


「これでお揃いねルジェ」

「ーーっ!」


 よろめくように後ずさったルジェは勢いよく立ち上がると、叫び出し出しそうになった口を手で塞いだ。顔は真っ赤に染まり、動揺に揺れる瞳は視線を定められていない。

 リリアはルジェのことを大切な友人だと思っている。さきほどのルジェの瞳が何を思ったがゆえの心境なのかリリアが察することはできないが、この胸の気持ちが少しでも伝われば良いと思った。

 それから市場に到着し、市場を見回りながらリンゴとバケットを購入し、売店の串肉をルジェにご馳走してもらいお腹を満たしながら市場を満喫した。

 日も暮れ始め、市場を抜けた先にある噴水のある広場のベンチで二人は並んで座っていた。

 広場には石畳の歩道にチョークで大きな長方形を描きマス目に別けて遊ぶ子供たちや他の遊びで賑わっている子供の声が元気よく響いており、リリアは穏やかな眼差しで見つめる。

 永遠と流れていくような穏やかな時間の心地よさに安らいでいたリリアだが、ベンチに座ったまま無言でいるルジェが、この時間の終わりを優しく告げていた。


 「いつ知ったの?」


 自らの出自がルジェに発覚したことをリリアが知ったのは勘のようなものだった。一緒に歩いている中でルジェが密かに遠くを見るような瞳をリリアに向けていることや、盗み見たそのルジェの表情が寂し気だったことにリリアは気づいていた。

 リリアの事情を説明した時からルジェには通じた感覚が薄かったことや、多忙な身である筈の騎士団長が友人の様子を見にくるにしても頻度の高さもあり、それが政治的な理由もあるのだとすればとそこまで考えればもうリリアの素性がルジェに発覚したと考えるのが妥当だった。

 先に切り出したリリアに、同じく察していたのだろうルジェは驚かずに答える。リリアの勘は正しかったのだ。


「昨日だよ。君の家で君の不在は極一部の者しか知らされておらず箝口令が敷かれ、内密の捜索が行われていると王都にいる部下から報告が上がっている。……殿下もご存知だ。君の捜索の指揮を裏で取っているのは王太子殿下だ」


 予想はしていたが、やはり両親はリリアを故人にしてはいなかったことを知り、リリアの胸は痛んだ。

 置いてきた愛しい人々の姿が脳裏を過ぎり、リリアは目を伏せる。


「まだ家族や殿下には報せないでいてくれているのね」


 緩やかに吹く風がリリアの髪を揺らし、耳飾りの花弁がリリアの肌を微かに撫でる。

 口には出さないが、ルジェはリリアが家を出た理由も既に知っているだろう。一部の者しか知らない情報を手に入れているルジェが、リリアがここにいる理由を書いた大切な人たちに残した手紙の内容を調査してないわけがない。

 
「ねえルジェ。今日は本当に楽しかったわ。ありがとう」

「俺も楽しかったよ」


 ルジェが立ち上がる。遠くから聞こえていた車輪の音が近づいて来ていた。

 すぐに一台の豪奢な馬車が二人の目の前に停車する。馬車にはリリアが見間違う筈のない紋章が刻まれており、リリアの鼓動が跳ねる。

 恋い焦がれ、だが叶うことはないと諦めていた瞬間が目の前にある。全身が熱くなるような思いが込み上げ、瞳を潤ませる。


「リリア、君は……」


 一心に馬車を見つめるリリアの横顔を見つめルジェは目を見開かせ、だが全てを察して悲し気に眉を寄せたことにリリアは気づかない。

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