追放された『ただの浄化係』、実は国中の魔石を満たしていた精霊姫でした〜今さら戻れと言われても、隣国のイケメン皇帝が離してくれません〜

ハリネズミの肉球

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3 【奇跡の証明】魔物襲来と無限の泉の誕生

【砕け散る命綱】破壊された大魔石と、民の絶望

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パリンッ……!!



空を覆っていた青い光のドームが、無数のガラスの破片のように砕け散り、キラキラと残酷な輝きを放ちながら砂漠の風に溶けていく。

王都を守る絶対的な防壁――『結界』が完全に消滅した瞬間だった。



『ウォォォォォォッ!!』



結界という蓋を失った王都へ、砂埃と共に魔物の群れが雪崩れ込んでくる。

巨大なハサミを打ち鳴らす大サソリ、咆哮を上げる砂のゴーレム、空から急降下してくる魔鳥たち。

だが、彼らは逃げ惑う民衆や、武器を構える兵士たちには目もくれなかった。

魔物たちの濁った眼球が一斉に向いているのは、ただ一箇所。

王都の中央広場にそびえ立つ、巨大な石造りの塔――この国の地下水脈から貴重な水を汲み上げ、各所へ配分するための心臓部である『大魔石メインタンク』だ。



「いかん! 奴らの狙いは中央の給水塔だ! 突破させるな!」

「陣形を立て直せ! 命に代えても大魔石を死守しろォォッ!」



グレン宰相の悲痛な号令が響き渡り、傷ついた兵士たちが決死の覚悟で広場への道を塞ぐ。

しかし、水の匂いに完全に狂乱した魔物たちの突進は、もはや少数の兵士で止められるようなものではなかった。

ドンッ!という鈍い衝突音と共に、分厚い盾を構えた重装兵たちが、巨大なゴーレムの一撃で紙くずのように吹き飛ばされていく。



「ああっ……!」



私はバルコニーの手すりから身を乗り出し、悲鳴を上げる。

防衛線を突破した数体の巨大な魔物が、一直線に中央広場へと雪崩れ込む。

そして、家屋ほどもある巨大な大サソリが、その鋼鉄のハサミを高く振り上げた。

狙いは、給水塔の根元に埋め込まれた、青く光る巨大な水晶――大魔石。



(だめ、やめて……っ!)



私の祈りも虚しく、重力と遠心力を乗せた巨大なハサミが、無慈悲に大魔石へと振り下ろされる。



ガッシャァァァァァァンッッ!!!



王都中を揺るがすような、凄まじい破壊音。

私の鼓膜が破れんばかりの轟音と共に、給水塔の土台ごと、巨大な水魔石が粉々に砕け散った。



『ギシャァァァァッ!』



魔物たちが歓喜の咆哮を上げる中、砕けた魔石の破片と瓦礫の山から、内部に貯蔵されていた『水』がドバッと勢いよく噴き出す。

だが、その量は、かつて私の祖国の噴水が数秒で消費していた程度の、あまりにも少ない量だった。

限界まで切り詰め、この国の民が生き延びるためだけに貯蔵されていた、最後の、本当に最後の命綱。

それが今、無情にも灼熱の石畳と、乾ききった砂漠の土へとぶちまけられる。



ジュワァァァァァッ……!



残酷な蒸発音が響く。

数百年もの間、乾きに喘いできた砂漠の大地は、こぼれ落ちたその貴重な水を一瞬にして飲み込み、ただの湿った黒い泥へと変えてしまった。

水は、もう一滴も残っていない。



「あ……ああ……」

「嘘だろ……俺たちの、水が……」



その光景を目の当たりにした兵士たちの手から、次々と剣や槍が滑り落ちる。

カラン、カランと、乾いた金属音が虚しく響く。

戦意喪失。いや、それ以上の、絶対的な『絶望』だ。



「終わった……水がなければ、勝っても死ぬだけだ……」

「俺の娘は、明日飲む水すら……」



膝から崩れ落ち、頭を抱えて泣き崩れる屈強な兵士たち。

彼らの心は折れてしまった。

この過酷な砂漠の国で、水源を失うということは、即ち国全体の『死』を意味するのだから。

広場に響くのは、魔物たちの耳障りな鳴き声と、民衆の絶望に満ちた悲鳴だけ。



だが。

ただ一人、その絶望の底にあっても、決して剣を下ろさない者がいた。



「立てェェェッ!! 貴様ら、それでも帝国軍の誇り高き兵か!!」



広場に響き渡る、雷鳴のような怒声。

最前線から血路を切り開き、中央広場へと駆け戻ってきた覇王――レオンだ。

彼の漆黒のマントは魔物の返り血でどす黒く染まり、息は荒く切れ上がっている。

だが、その猛禽類のような黄金色の瞳の光は、決して死んではいない。



「水がないなら、俺の血を啜ってでも生き延びろ! 民を一人たりとも死なせるな! 剣を拾えェッ!!」



レオンの咆哮が、絶望に沈みかけていた兵士たちの魂を強引に引き上げる。

『う、おおおおおおっ!』

涙と砂にまみれながら、兵士たちが再び武器を拾い上げ、立ち上がる。

レオンは自ら先陣を切り、給水塔の周囲で暴れ回る魔物の群れの中心へと、単騎で突っ込んでいく。



「レオン様……!」



私は両手を口元に当て、祈るように彼の姿を見つめる。

彼の剣閃は依然として鋭く、重い。

だが、先ほどまでの圧倒的な優位は崩れ去っていた。

結界が消滅したことで魔物の数はさらに増し、四方八方からの死角のない攻撃がレオンを襲う。

ゴーレムの巨大な拳を紙一重で躱し、大サソリの尾を切り落とし、魔鳥の群れを闘気で吹き飛ばす。

息つく暇もない、極限の死闘。



その時だった。

破壊された給水塔の陰から、逃げ遅れた小さな子供がふらふらと歩み出てきたのは。



「え……」

『ギチィッ!』



子供の姿を捉えた魔鳥の一羽が、鋭い鉤爪を向けて上空から急降下していく。

子供は恐怖で腰を抜かし、その場にへたり込んでしまった。

周囲の兵士たちは魔物との交戦中で、とても間に合わない。



「っ……!!」



誰よりも早く反応したのは、レオンだった。

彼は自身の背後に迫っていたゴーレムの攻撃を完全に無視し、地面を蹴って子供のもとへ一直線に跳躍する。



(だめ、背中が……っ!)



私の悲鳴は声にならなかった。

レオンが子供を抱きかかえ、その場に伏せた直後。

背後から迫っていた巨大なゴーレムの岩の拳が、彼の背中――漆黒のマントを無慈悲に打ち据える。



ドグォォォォンッ!!!



「がっ……は……ッ!」



肉が潰れ、骨が軋むような恐ろしい音が、高台のバルコニーにいる私の耳にまで届いた気がした。

レオンの大きな身体が、子供を庇ったまま石畳の上を激しく転がる。

真っ白な土煙が上がり、彼の姿が一時的に視界から消える。



「あ……あ……」



私の喉から、ヒューッという奇妙な空気が漏れる。

視界がチカチカと明滅し、全身の血が逆流するような強烈な悪寒。

土煙が晴れた後、そこに倒れていたのは、子供をしっかりと胸に抱きとめたまま、自身の左肩からどす黒い血を大量に流しているレオンの姿だった。



「陛下ァァァァァッ!!」



グレン宰相の悲痛な絶叫が響く。

レオンはよろめきながらも、大剣を杖代わりにしてゆっくりと立ち上がる。

しかし、左腕は力なくダラリと下がり、その顔は失血によって蒼白になっている。

彼を囲むように、数え切れないほどの魔物たちがジリジリと距離を詰めていく。



(私のせいで……あの人が、死んでしまう)



私の無自覚な力のせいで。

私が、あの時水を出してしまったせいで。

「君はもう、誰の道具でもない」と言ってくれた、あの温かい声。

私のために膝を折り、涙を拭ってくれた、あの優しくて大きな手。

それが今、私の引き起こした過ちのせいで、永遠に失われようとしている。



胸の奥で、カチリ、と。

何かが決定的に切り替わる音がした。
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