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第4章
160話 記憶の欠片
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あの幼かった時、侯爵の話の通り、追っ手に追われて必死に逃げていた際に。
崖から転落し、馬車の中で瀕死の状態で横たわっていた母アナトリアを救ってくれた侯爵が、追っ手を狩りに離れた後。
息も絶え絶えだった母は、腕の中の自分の子供達を強く抱きしめ、命が尽き掛けていた子らに、与えられた魔力もろとも自身の魔力を全て与えて力尽きた。
そこへやってきたのが、ゼルヴィルツという大魔術師で。
彼は僕らの様な銀髪とはまた違った、灰色の髪とエメラルドの様な青緑色の瞳をした、すらりとした青年だった。
僕がその者の姿を視認した途端、強い光に包まれて、自分達以外は何も見えなくなって。
ただ真っ白い空間の中に浮かんでいた。
「強い魔力を感じたから来てみたら……子供?」
「……貴方は?」
「私はゼルヴィルツ=ラザワイズ。古い魔術師とでも思ってくれ。」
「魔術師……?なら、この子を救えますか?救って下さるなら、何でもします!だから、この子を……助けて下さい!僕のたった一人の妹なんだ!!」
そう言って、瀕死のシルヴィアを腕に抱えていた僕は、例の大魔術師に救いを求めた。
だが、一度は断られて。
何故なら。
「すまないが……それは無理だ。微かにでも息があればともかく、死んでしまった者を蘇らせる事は、私にも出来ない。」
「そんなっ!必要なら、僕の命を差し出しますから!」
「それでも、無理なものは無理なんだ。それに、そんな事をしても、その妹は喜べないんじゃないか?」
大魔術師の割に、殊の外冷淡ではなく、優しく諭す様に僕に話してくれたが、まだ幼かった僕には、全てを受け入れる事が出来なかった。
「でも、この子は僕の妹なんだ……こんな事でしか、僕、この子にしてあげられる事が無い。この子はね、将来王子様のお嫁さんになって、お妃様になるんだよ。それを僕が支えてあげてね。ってお父様とお母様に言われたのに、僕、まだ何にも出来てないんだ……っ」
僕はお兄ちゃんなのに。
いつもいつも、利発なシルヴィアの影に隠れて、彼女がヒラヒラしたドレスを着たまま走り回るのを、その辺で裾を引っ掛けてコケやしないか、いつもハラハラしながら追いかけて。
心配してるのに、邪魔しないでって、怒られるし。
……そんな他愛もない事を縋りつく思いで、つらつらと話していた。
それを嫌な顔もせず、ゼルヴィルツはただ聞いてくれる。
嗚咽を上げて泣き出す僕に、ゼルヴィルツは溜息をついたが頭を撫でてくれて。
「……分かった。本当に何でもするんだな?」
「うん。」
幼いながらも、自分の覚悟を問われているのを、その時は理解していたつもりだった。
真剣な僕の顔を見て、ゼルヴィルツはようやく頷いてくれた。
「そうか、じゃあ……その覚悟に免じて、私に出来る限りの事をしよう。ただし、本当なら無茶な…理(ことわり)を無理矢理捻じ曲げる事になる。だから、もう……お前はこの子と一緒の世界では過ごせない。」
「……それは、どういう事?」
「この子はもう、この世界での命は尽きた。だから、別の世界で生きられる様にしてやろう。……その前にもう少し、この世界での“夢”を見させてあげるよ。転生するまでの間、もう少しくらい、この世界での思い出を作ってからでも…いいだろう。でも、それは幸せな事ばかりではないかもしれない。それに、お前は一緒には居られない。それでも?」
「それでもいい。どうか、この子を助けて。」
魔術師なりに、子供にも分かり易く伝えたつもりなのだろう。
しかし、何を言っているのかよく分からなかった僕は、最後の方しかきっと理解していなかった。
その様子に、魔術師はちょっと困った顔をしたが。
「ちょうど、色々実験をしたいと思っていた所なんだ。そのサンプルになってもらおうか。でも、私はあくまでもお前達の生活を邪魔はしないから、力を貸すのはこれきりだと思ってくれ。」
「うん、分かったよ。」
「それと、記憶を少々いじる事になるが、了承してもらおうかな。」
「うん。」
「此処に…記憶の欠片を置いていくな。此処に戻らず人生を全う出来るのが、一番望ましいのだろうが……。」
本当の意味で理解などしていなかった。
僕はただ、シルヴィアが助かるなら、何でも良かったから。
そうして、僕は了承すると、シルヴィアが死んで戻って来るまで、僕は此処で眠りについたのだった……。
崖から転落し、馬車の中で瀕死の状態で横たわっていた母アナトリアを救ってくれた侯爵が、追っ手を狩りに離れた後。
息も絶え絶えだった母は、腕の中の自分の子供達を強く抱きしめ、命が尽き掛けていた子らに、与えられた魔力もろとも自身の魔力を全て与えて力尽きた。
そこへやってきたのが、ゼルヴィルツという大魔術師で。
彼は僕らの様な銀髪とはまた違った、灰色の髪とエメラルドの様な青緑色の瞳をした、すらりとした青年だった。
僕がその者の姿を視認した途端、強い光に包まれて、自分達以外は何も見えなくなって。
ただ真っ白い空間の中に浮かんでいた。
「強い魔力を感じたから来てみたら……子供?」
「……貴方は?」
「私はゼルヴィルツ=ラザワイズ。古い魔術師とでも思ってくれ。」
「魔術師……?なら、この子を救えますか?救って下さるなら、何でもします!だから、この子を……助けて下さい!僕のたった一人の妹なんだ!!」
そう言って、瀕死のシルヴィアを腕に抱えていた僕は、例の大魔術師に救いを求めた。
だが、一度は断られて。
何故なら。
「すまないが……それは無理だ。微かにでも息があればともかく、死んでしまった者を蘇らせる事は、私にも出来ない。」
「そんなっ!必要なら、僕の命を差し出しますから!」
「それでも、無理なものは無理なんだ。それに、そんな事をしても、その妹は喜べないんじゃないか?」
大魔術師の割に、殊の外冷淡ではなく、優しく諭す様に僕に話してくれたが、まだ幼かった僕には、全てを受け入れる事が出来なかった。
「でも、この子は僕の妹なんだ……こんな事でしか、僕、この子にしてあげられる事が無い。この子はね、将来王子様のお嫁さんになって、お妃様になるんだよ。それを僕が支えてあげてね。ってお父様とお母様に言われたのに、僕、まだ何にも出来てないんだ……っ」
僕はお兄ちゃんなのに。
いつもいつも、利発なシルヴィアの影に隠れて、彼女がヒラヒラしたドレスを着たまま走り回るのを、その辺で裾を引っ掛けてコケやしないか、いつもハラハラしながら追いかけて。
心配してるのに、邪魔しないでって、怒られるし。
……そんな他愛もない事を縋りつく思いで、つらつらと話していた。
それを嫌な顔もせず、ゼルヴィルツはただ聞いてくれる。
嗚咽を上げて泣き出す僕に、ゼルヴィルツは溜息をついたが頭を撫でてくれて。
「……分かった。本当に何でもするんだな?」
「うん。」
幼いながらも、自分の覚悟を問われているのを、その時は理解していたつもりだった。
真剣な僕の顔を見て、ゼルヴィルツはようやく頷いてくれた。
「そうか、じゃあ……その覚悟に免じて、私に出来る限りの事をしよう。ただし、本当なら無茶な…理(ことわり)を無理矢理捻じ曲げる事になる。だから、もう……お前はこの子と一緒の世界では過ごせない。」
「……それは、どういう事?」
「この子はもう、この世界での命は尽きた。だから、別の世界で生きられる様にしてやろう。……その前にもう少し、この世界での“夢”を見させてあげるよ。転生するまでの間、もう少しくらい、この世界での思い出を作ってからでも…いいだろう。でも、それは幸せな事ばかりではないかもしれない。それに、お前は一緒には居られない。それでも?」
「それでもいい。どうか、この子を助けて。」
魔術師なりに、子供にも分かり易く伝えたつもりなのだろう。
しかし、何を言っているのかよく分からなかった僕は、最後の方しかきっと理解していなかった。
その様子に、魔術師はちょっと困った顔をしたが。
「ちょうど、色々実験をしたいと思っていた所なんだ。そのサンプルになってもらおうか。でも、私はあくまでもお前達の生活を邪魔はしないから、力を貸すのはこれきりだと思ってくれ。」
「うん、分かったよ。」
「それと、記憶を少々いじる事になるが、了承してもらおうかな。」
「うん。」
「此処に…記憶の欠片を置いていくな。此処に戻らず人生を全う出来るのが、一番望ましいのだろうが……。」
本当の意味で理解などしていなかった。
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