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雨の日に
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僕は文芸部に入っている。
文芸部では月一回、小説発表会がありお題にあった短めの小説を皆んなで読み合うのだ。
文芸部は6人いて、3人は読む専だ。
僕は読むのも書くのも好きだが、今回のお題には頭を悩ませていた。
「好きな人への告白」
好きな人は出来たことあるけど、告白なんて考えもしなかった。所詮、自分なんてと最初から諦めていた。
恋愛への解像度が低すぎて全く進まない。
先輩へアドバイスをもらうおう。
「白川先輩、集中しているところすみません」
「どうしたの?多紀、珍しいね」
「実は、月末なのに今月の小説が進まなくて」
「多紀は恋愛系書くの苦手だもんね」
「白川先輩のように経験豊富じゃないんで」
白川先輩はとにかくモテる。
かっこいいのだ。部長はよく白川先輩に向かって
「顔面、強!」
と言っている。
正直、文芸部にはいなさそうなタイプだ。
「多紀は付き合いたい相手とか、今、いないの?」
「いないから聞きに来たんです!このままじゃ、部長の100話以上ある自伝をまた読まないといけなくなりそうなんです」
「そっか。多紀は前も恋愛系のお題書けなかったから」
月末にある発表会で発表出来なかった場合、ペナルティとして部長の自伝を読まなくてはいけないのだ。
僕は前に「両片思い」というお題が書けずに部長の黒歴史を読むことになった。
「白川先輩、かっこいいしモテるんですから、僕にヒントをください」
「うーん。夏目漱石の月が綺麗ですねとかは?部長も好きそうだし」
部長が気にいると図書券500円分がもらえる。金欠の僕にはありがたいけど
「それだとお題が被りそうで」
お題の内容が被った場合、より良い方を選び、人気がなかった方は来月のお題が増やされる。被らないように話し合うのも禁止だ。
「他にも違う言い回しがあるから調べて、気に入ったのを書けばいいじゃない?」
「確かに!先輩、ありがとうございます!」
「そういえば、亀田鶴姫の新作読んだ?」
「最近、金欠でまだなんです」
「よかったら、貸そうか?」
「いいんですか?」
「うん。全然いいよ」
「ありがとうございます」
亀田先生はミステリー作家で、僕の推し作家さんだ。
白川先輩も亀田先生の本が好きで、新作が出るたびに語りあっている。
「じゃあ、今日の帰り渡すね。小説、頑張ってね」
そうだった。発表会の小説を進めないといけない。今回は文字数が決まってなくてよかった。
タブレットに電源を入れ、小説の参考になりそうな資料を集める。
月が綺麗ですねに似た言葉について調べてみた。
どれも素敵で、選ぶのが難しかったけど、僕は自分が一番共感出来そうなものを選ぶことにした。
『夕日がきれいですね』
『月は綺麗だけれど、遠いよ』
この二つだ。僕は両思いになったことも付き合ったこともないから、他のは難しかった。溺れるほどの恋もしたことがない。
一応、まとまってはいるけど、面白みも切なさも、ときめきみたいなものも何もないような薄っぺらいものになってしまった。
経験してないことを書くのはやっぱり難しい。
中身がない割には時間がかかってしまった。
外は、もう夕暮れ時で部活の時間は終わりに近づいている。
部室には僕と白川先輩しかいない。
白川先輩は時間も忘れてキーボードを打っている。
カタカタとキーボードを叩く音だけが部室に響き、静かが余計に際立つ。
声をかけることが、なかなか出来ずに5時になる。
「おーい!もう、終わりだぞー!」
静かだった部室に部長が大声で入ってきた。
流石に白川先輩も気付き、パソコンを閉じて帰ろうとしている。
僕も大急ぎで荷物を鞄にしまう。
「忘れ物ない?鍵閉めちゃうぞー」
「たぶん、大丈夫です」
「俺も」
白川先輩とは小説の貸し借りをするときに一緒に帰る。
いつのまにか、そうするようになった。
「部長、お疲れ様です」
「おー、おつかれー」
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
さっきより少し暗くなり、空がピンクと紫のグラデーションになっていて、とても綺麗だ。
「多紀、小説はどうなったの?終わった?」
「面白くもなくて、ただ綺麗事で終わってしまいました。経験ってやっぱり、大事ですね」
「自分が体験したことの方が鮮明に分かるもんね」
「ですね。やっぱり、亀田先生は凄すぎます」
「ミステリーってどうやって体験するんだろうね?」
「自分が体験出来ないようなことを書くのって本当に難しいのに、尊敬が止まらないです」
「本当にすごいよね」
いつものように、亀田先生について語ってると雨が降り出した。
空は雲一つ見当たらなくて、幻想的だった。
そう思うのも束の間、雨を無視できないくらいには降り出した。
走って雨宿りできそうな軒下に入る。
手で水滴を拭っていると、横からハンカチが出てきた。
「結構、濡れちゃったね。よかったら、どうぞ」
「ありがとうございます」
先輩は濡れているのにかっこよくて、さらにハンカチまで渡すなんて、どうりでモテるわけだ。
「俺、雨、結構好きなんだよね」
「僕も好きです。土砂降りだとテンション上がります」
「分かるかも、傘も差さないで走り回りたくなる」
「でも、小降りだと逆に傘を差したくなりませんか?
雨の景色が好きで小降りの日はゆっくり歩きたいです」
「梅雨の時期だと、紫陽花が咲くからゆっくり散歩したくなるなぁ」
「そういえば、前に紫陽花ってお題ありましたよね?」
「あ~。多紀、紫陽花ってお題でミステリー書いてたよね。他の紫陽花と一つだけ違う色があるみたいな」
「紫陽花が生えてる土がアルカリ性か酸性かで色が変わるってこと思い出して、確か死体を埋めると酸性になるっていうのを使いたくて」
「面白かったよ。他は恋愛だったからね」
「でも、ミステリーじゃなくてホラーになっちゃったんで、もっと頑張りたいです」
雨が止み始め、次第に落ちかけた太陽の光が反射する。
「白川先輩、そろそろ行けそうですよ」
「雨、止みませんね」
真っ赤になった先輩を今でも時々思い出す。
「楓先輩、月が綺麗ですね」
「いきなりどうしたの?」
あれから、先輩が頑張って付き合うことになった。
今では同棲もしている。
「ただ、思い出して言ってみただけです。
それで返事は?」
「分かってるでしょ」
「言ってくれないの?」
しょうがないなぁと笑う先輩を見ながら、返事を待つ。
「死んでもいいよ」
文芸部では月一回、小説発表会がありお題にあった短めの小説を皆んなで読み合うのだ。
文芸部は6人いて、3人は読む専だ。
僕は読むのも書くのも好きだが、今回のお題には頭を悩ませていた。
「好きな人への告白」
好きな人は出来たことあるけど、告白なんて考えもしなかった。所詮、自分なんてと最初から諦めていた。
恋愛への解像度が低すぎて全く進まない。
先輩へアドバイスをもらうおう。
「白川先輩、集中しているところすみません」
「どうしたの?多紀、珍しいね」
「実は、月末なのに今月の小説が進まなくて」
「多紀は恋愛系書くの苦手だもんね」
「白川先輩のように経験豊富じゃないんで」
白川先輩はとにかくモテる。
かっこいいのだ。部長はよく白川先輩に向かって
「顔面、強!」
と言っている。
正直、文芸部にはいなさそうなタイプだ。
「多紀は付き合いたい相手とか、今、いないの?」
「いないから聞きに来たんです!このままじゃ、部長の100話以上ある自伝をまた読まないといけなくなりそうなんです」
「そっか。多紀は前も恋愛系のお題書けなかったから」
月末にある発表会で発表出来なかった場合、ペナルティとして部長の自伝を読まなくてはいけないのだ。
僕は前に「両片思い」というお題が書けずに部長の黒歴史を読むことになった。
「白川先輩、かっこいいしモテるんですから、僕にヒントをください」
「うーん。夏目漱石の月が綺麗ですねとかは?部長も好きそうだし」
部長が気にいると図書券500円分がもらえる。金欠の僕にはありがたいけど
「それだとお題が被りそうで」
お題の内容が被った場合、より良い方を選び、人気がなかった方は来月のお題が増やされる。被らないように話し合うのも禁止だ。
「他にも違う言い回しがあるから調べて、気に入ったのを書けばいいじゃない?」
「確かに!先輩、ありがとうございます!」
「そういえば、亀田鶴姫の新作読んだ?」
「最近、金欠でまだなんです」
「よかったら、貸そうか?」
「いいんですか?」
「うん。全然いいよ」
「ありがとうございます」
亀田先生はミステリー作家で、僕の推し作家さんだ。
白川先輩も亀田先生の本が好きで、新作が出るたびに語りあっている。
「じゃあ、今日の帰り渡すね。小説、頑張ってね」
そうだった。発表会の小説を進めないといけない。今回は文字数が決まってなくてよかった。
タブレットに電源を入れ、小説の参考になりそうな資料を集める。
月が綺麗ですねに似た言葉について調べてみた。
どれも素敵で、選ぶのが難しかったけど、僕は自分が一番共感出来そうなものを選ぶことにした。
『夕日がきれいですね』
『月は綺麗だけれど、遠いよ』
この二つだ。僕は両思いになったことも付き合ったこともないから、他のは難しかった。溺れるほどの恋もしたことがない。
一応、まとまってはいるけど、面白みも切なさも、ときめきみたいなものも何もないような薄っぺらいものになってしまった。
経験してないことを書くのはやっぱり難しい。
中身がない割には時間がかかってしまった。
外は、もう夕暮れ時で部活の時間は終わりに近づいている。
部室には僕と白川先輩しかいない。
白川先輩は時間も忘れてキーボードを打っている。
カタカタとキーボードを叩く音だけが部室に響き、静かが余計に際立つ。
声をかけることが、なかなか出来ずに5時になる。
「おーい!もう、終わりだぞー!」
静かだった部室に部長が大声で入ってきた。
流石に白川先輩も気付き、パソコンを閉じて帰ろうとしている。
僕も大急ぎで荷物を鞄にしまう。
「忘れ物ない?鍵閉めちゃうぞー」
「たぶん、大丈夫です」
「俺も」
白川先輩とは小説の貸し借りをするときに一緒に帰る。
いつのまにか、そうするようになった。
「部長、お疲れ様です」
「おー、おつかれー」
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」
さっきより少し暗くなり、空がピンクと紫のグラデーションになっていて、とても綺麗だ。
「多紀、小説はどうなったの?終わった?」
「面白くもなくて、ただ綺麗事で終わってしまいました。経験ってやっぱり、大事ですね」
「自分が体験したことの方が鮮明に分かるもんね」
「ですね。やっぱり、亀田先生は凄すぎます」
「ミステリーってどうやって体験するんだろうね?」
「自分が体験出来ないようなことを書くのって本当に難しいのに、尊敬が止まらないです」
「本当にすごいよね」
いつものように、亀田先生について語ってると雨が降り出した。
空は雲一つ見当たらなくて、幻想的だった。
そう思うのも束の間、雨を無視できないくらいには降り出した。
走って雨宿りできそうな軒下に入る。
手で水滴を拭っていると、横からハンカチが出てきた。
「結構、濡れちゃったね。よかったら、どうぞ」
「ありがとうございます」
先輩は濡れているのにかっこよくて、さらにハンカチまで渡すなんて、どうりでモテるわけだ。
「俺、雨、結構好きなんだよね」
「僕も好きです。土砂降りだとテンション上がります」
「分かるかも、傘も差さないで走り回りたくなる」
「でも、小降りだと逆に傘を差したくなりませんか?
雨の景色が好きで小降りの日はゆっくり歩きたいです」
「梅雨の時期だと、紫陽花が咲くからゆっくり散歩したくなるなぁ」
「そういえば、前に紫陽花ってお題ありましたよね?」
「あ~。多紀、紫陽花ってお題でミステリー書いてたよね。他の紫陽花と一つだけ違う色があるみたいな」
「紫陽花が生えてる土がアルカリ性か酸性かで色が変わるってこと思い出して、確か死体を埋めると酸性になるっていうのを使いたくて」
「面白かったよ。他は恋愛だったからね」
「でも、ミステリーじゃなくてホラーになっちゃったんで、もっと頑張りたいです」
雨が止み始め、次第に落ちかけた太陽の光が反射する。
「白川先輩、そろそろ行けそうですよ」
「雨、止みませんね」
真っ赤になった先輩を今でも時々思い出す。
「楓先輩、月が綺麗ですね」
「いきなりどうしたの?」
あれから、先輩が頑張って付き合うことになった。
今では同棲もしている。
「ただ、思い出して言ってみただけです。
それで返事は?」
「分かってるでしょ」
「言ってくれないの?」
しょうがないなぁと笑う先輩を見ながら、返事を待つ。
「死んでもいいよ」
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