雨、止みませんね

ななな

文字の大きさ
1 / 2

雨の日に

しおりを挟む
僕は文芸部に入っている。
文芸部では月一回、小説発表会がありお題にあった短めの小説を皆んなで読み合うのだ。
文芸部は6人いて、3人は読む専だ。
僕は読むのも書くのも好きだが、今回のお題には頭を悩ませていた。

「好きな人への告白」

好きな人は出来たことあるけど、告白なんて考えもしなかった。所詮、自分なんてと最初から諦めていた。
恋愛への解像度が低すぎて全く進まない。
先輩へアドバイスをもらうおう。

「白川先輩、集中しているところすみません」
「どうしたの?多紀、珍しいね」
「実は、月末なのに今月の小説が進まなくて」
「多紀は恋愛系書くの苦手だもんね」
「白川先輩のように経験豊富じゃないんで」
白川先輩はとにかくモテる。
かっこいいのだ。部長はよく白川先輩に向かって
「顔面、強!」
と言っている。
正直、文芸部にはいなさそうなタイプだ。
「多紀は付き合いたい相手とか、今、いないの?」
「いないから聞きに来たんです!このままじゃ、部長の100話以上ある自伝をまた読まないといけなくなりそうなんです」
「そっか。多紀は前も恋愛系のお題書けなかったから」
月末にある発表会で発表出来なかった場合、ペナルティとして部長の自伝を読まなくてはいけないのだ。
僕は前に「両片思い」というお題が書けずに部長の黒歴史を読むことになった。
「白川先輩、かっこいいしモテるんですから、僕にヒントをください」
「うーん。夏目漱石の月が綺麗ですねとかは?部長も好きそうだし」
部長が気にいると図書券500円分がもらえる。金欠の僕にはありがたいけど
「それだとお題が被りそうで」
お題の内容が被った場合、より良い方を選び、人気がなかった方は来月のお題が増やされる。被らないように話し合うのも禁止だ。
「他にも違う言い回しがあるから調べて、気に入ったのを書けばいいじゃない?」
「確かに!先輩、ありがとうございます!」
「そういえば、亀田鶴姫の新作読んだ?」
「最近、金欠でまだなんです」
「よかったら、貸そうか?」
「いいんですか?」
「うん。全然いいよ」
「ありがとうございます」
亀田先生はミステリー作家で、僕の推し作家さんだ。
白川先輩も亀田先生の本が好きで、新作が出るたびに語りあっている。
「じゃあ、今日の帰り渡すね。小説、頑張ってね」
そうだった。発表会の小説を進めないといけない。今回は文字数が決まってなくてよかった。
タブレットに電源を入れ、小説の参考になりそうな資料を集める。
月が綺麗ですねに似た言葉について調べてみた。
どれも素敵で、選ぶのが難しかったけど、僕は自分が一番共感出来そうなものを選ぶことにした。

『夕日がきれいですね』

『月は綺麗だけれど、遠いよ』

この二つだ。僕は両思いになったことも付き合ったこともないから、他のは難しかった。溺れるほどの恋もしたことがない。
一応、まとまってはいるけど、面白みも切なさも、ときめきみたいなものも何もないような薄っぺらいものになってしまった。
経験してないことを書くのはやっぱり難しい。
中身がない割には時間がかかってしまった。
外は、もう夕暮れ時で部活の時間は終わりに近づいている。
部室には僕と白川先輩しかいない。
白川先輩は時間も忘れてキーボードを打っている。
カタカタとキーボードを叩く音だけが部室に響き、静かが余計に際立つ。
声をかけることが、なかなか出来ずに5時になる。

「おーい!もう、終わりだぞー!」

静かだった部室に部長が大声で入ってきた。
流石に白川先輩も気付き、パソコンを閉じて帰ろうとしている。
僕も大急ぎで荷物を鞄にしまう。
「忘れ物ない?鍵閉めちゃうぞー」
「たぶん、大丈夫です」
「俺も」

白川先輩とは小説の貸し借りをするときに一緒に帰る。
いつのまにか、そうするようになった。
「部長、お疲れ様です」
「おー、おつかれー」
「じゃあ、帰ろっか」
「はい」

さっきより少し暗くなり、空がピンクと紫のグラデーションになっていて、とても綺麗だ。
「多紀、小説はどうなったの?終わった?」
「面白くもなくて、ただ綺麗事で終わってしまいました。経験ってやっぱり、大事ですね」
「自分が体験したことの方が鮮明に分かるもんね」
「ですね。やっぱり、亀田先生は凄すぎます」
「ミステリーってどうやって体験するんだろうね?」
「自分が体験出来ないようなことを書くのって本当に難しいのに、尊敬が止まらないです」
「本当にすごいよね」

いつものように、亀田先生について語ってると雨が降り出した。
空は雲一つ見当たらなくて、幻想的だった。
そう思うのも束の間、雨を無視できないくらいには降り出した。
走って雨宿りできそうな軒下に入る。
手で水滴を拭っていると、横からハンカチが出てきた。
「結構、濡れちゃったね。よかったら、どうぞ」
「ありがとうございます」
先輩は濡れているのにかっこよくて、さらにハンカチまで渡すなんて、どうりでモテるわけだ。
「俺、雨、結構好きなんだよね」
「僕も好きです。土砂降りだとテンション上がります」
「分かるかも、傘も差さないで走り回りたくなる」
「でも、小降りだと逆に傘を差したくなりませんか?
雨の景色が好きで小降りの日はゆっくり歩きたいです」
「梅雨の時期だと、紫陽花が咲くからゆっくり散歩したくなるなぁ」
「そういえば、前に紫陽花ってお題ありましたよね?」
「あ~。多紀、紫陽花ってお題でミステリー書いてたよね。他の紫陽花と一つだけ違う色があるみたいな」
「紫陽花が生えてる土がアルカリ性か酸性かで色が変わるってこと思い出して、確か死体を埋めると酸性になるっていうのを使いたくて」
「面白かったよ。他は恋愛だったからね」
「でも、ミステリーじゃなくてホラーになっちゃったんで、もっと頑張りたいです」
雨が止み始め、次第に落ちかけた太陽の光が反射する。
「白川先輩、そろそろ行けそうですよ」

「雨、止みませんね」

真っ赤になった先輩を今でも時々思い出す。

「楓先輩、月が綺麗ですね」

「いきなりどうしたの?」
あれから、先輩が頑張って付き合うことになった。
今では同棲もしている。
「ただ、思い出して言ってみただけです。
それで返事は?」

「分かってるでしょ」

「言ってくれないの?」
しょうがないなぁと笑う先輩を見ながら、返事を待つ。


「死んでもいいよ」










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】恋した君は別の誰かが好きだから

花村 ネズリ
BL
本編は完結しました。後日、おまけ&アフターストーリー随筆予定。 青春BLカップ31位。 BETありがとうございました。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 俺が好きになった人は、別の誰かが好きだからーー。 ┈┈┈┈┈┈┈┈┈┈ 二つの視点から見た、片思い恋愛模様。 じれきゅん ギャップ攻め

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

俺の彼氏は真面目だから

西を向いたらね
BL
受けが攻めと恋人同士だと思って「俺の彼氏は真面目だからなぁ」って言ったら、攻めの様子が急におかしくなった話。

【完結】悪役令息の役目は終わりました

谷絵 ちぐり
BL
悪役令息の役目は終わりました。 断罪された令息のその後のお話。 ※全四話+後日談

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

俺の彼氏は俺の親友の事が好きらしい

15
BL
「だから、もういいよ」 俺とお前の約束。

処理中です...