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1:日常と再会と初めまして
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アラームが鳴っている。
朝ご飯出さなきゃ。
あと、洗濯とイツの連絡帳書いて、それで......。
「おかあさーん、スマホなってるよ。朝ですよ、起きてくださいー」
「はーい。いつも、起こしてくれてありがとうね」
可愛い可愛い俺の娘。
誰との子かは分からない。
最低だけど、妊娠が分かる前は沢山のαと関係を持っていた。
妊娠が分かってすぐ、養ってくれてたαからお金を持ち逃げしてなんとか産み、両親の手伝いもあって今は伊月と2人暮らしをしている。
情けないことに妊娠が分かってすぐ、縁を切った同然の両親に頼ってしまった。
当たり前にものすごく怒られたけど、俺の決意を分かってくれてサポートしてくれている。
本当にいい両親を持ったと思う。
子供を持った今なら分かる。
「ママ、今日はおだんごが良い。これ付けて」
「はぁい。いつものじゃなくて良いの?」
いつものとは、ハーフツインのことで街中でやっているお姉さんを見て、あの髪が良い!ってお願いされてからずっとしている髪型だ。
「だって、暑いんだもん」
「そっかぁ。首にくっついちゃうもんね」
昨日の夜に作っておいた朝ご飯を机に並べ、イツが食べてる間に髪を結ぶ。
ふわふわの髪を高く括り、おだんごを作ってシュシュを付ける。
俺は直毛なので、これは父親似のはずなんだけど、天パの人と関係を持った記憶はない。
まあ、可愛いからなんでもいいや。
「ご飯食べ終わったらー?」
「はみがきと、かおあらう!」
「ひとりでできるー?」
「できます!」
「よし!じゃあママ、連絡帳書いてくるね」
「うん!」
年中さんになってから、なんでも自分でやりたがるようになって、今では簡単なことはほとんど1人で出来てしまう。
成長って本当に早い。
朝ご飯を食べる前に測った体温と昨日の様子を書いた。
さっと着替えて、イツのいる洗面所に行く。
「ママ、後ろにねぐせついてるよ」
「え!ほんとだ......水で濡らせば直るかなぁ。教えてくれてありがとうね、イツ」
「どういたしまして!」
「おだんごのいつも可愛いねぇ。明日はおだんご2個にしない?きっと似合うよ」
「する!早く明日にならないかなー!」
気が早すぎて可愛いなぁ。
大きくなったと思うけど、ちゃんと子供らしいところもある。
「じゃあ、かばんとってくる!」
「はーい」
「机の上に連絡帳置いてあるから、いれてねー」
「うん!」
髪を整え、リビングへ行く。
「忘れ物がないかチェックします」
「はーい!」
「連絡帳!」
「いれました!」
「水筒!」
「いれました!」
「スモック!」
「いれました!」
「ハンカチとティッシュは?」
「ぽっけに、はいってます!」
「よーし!完璧だね。それじゃあ、出発します!」
「はーい!」
ハンカチとティッシュなんて昔は持たなかったけど、イツが生まれてからはしっかりと持つようになった。
ウェットティッシュだってちゃんと持っている。
「ママ、今日はなんの絵かいてほしい?」
「うーん。暑いから、スイカかいてほしいなぁ」
チャイルドシートにイツを乗せ、車に乗り込む。
「すいかね!イツ、すいかすき!」
「ママも好き!甘くてさっぱりしてて美味しいよね」
「うん!あと赤いからすき!」
「イツは赤が好きだもんね」
ランドセルも赤かな。
来年、年長さんになるからまだ気が早いかな。
「マイカちゃんは黄色が好きなんだって!れもんもすきなのかな?」
「黄色も素敵だね。今日保育園でレモン好きか聞いてみよう?」
子供特有の少しずれた感性が可愛い。
「イツ、れもんはあまくしてないと食べれない」
「お砂糖につけてあるやつかな。また今度ばぁばにレモン貰ってこようか」
「うん!おさとうにつけてあるのすき!」
「そろそろ着きますよー」
「うん!」
保育園の駐車場に車を停める。
「到着しました!」
保育園は駐車場から少し歩いた所にある。
車から降りてイツのシートベルトを外す。
「よし!行こっか!」
「......イツ、ちょっとママといたいかも」
「寂しくなっちゃった?」
「ママ、一緒にいこ?イツと遊んで」
「ごめんね。ママは一緒にはいけないよ。だっこする?」
「だっこして。そのままイツも一緒におしごと行く」
稀に保育園に行きたくないとグズグズしてしまう。
多分、保育園は好きなんだけど、俺と一緒にいたいのだろう。
俺だって仕事にイツを連れていきたいよぉ。
なんなら、保育園でイツと遊んでいたい。
でも、お金を稼がなくてはいけないので心を鬼にする。
「イツー?ママにスイカの絵書いてくれるんでしょ?後、マリカちゃんにもお話ししたいことあるんじゃないの?」
「...ママがいい」
ママもイツがいい......。
「じゃあ今日はいつもより早くお迎えにこようかな?ママも本当はイツとずっと一緒にいたいよ。今日保育園頑張ったら
張れたら、明日は一緒に水族館行こうか」
「あしたずっとママといれる?」
「うん!今日も早くお迎えに来るよ!」
「じゃあ、せんせいのとこまでだっこして」
「はーい。せっかく髪もいつもと違うし、先生にも見せよう?」
「......うん」
まだご機嫌斜めだけど、あとは先生に任せよう。
あまり我儘は言わない子だから、言われると甘やかしたくなってしまう。
3ヶ月に1回、発情期がくる時も寂しい思いをさせているし、何もない時は一緒にいてあげたい。
「おはようございます~。荷物預かりますよ。」
「先生おはようございます。......寂しくなってしまったみたいで、あとはよろしくお願いします」
「珍しいですね。伊月ちゃん~、今日はお団子なんだね」
「......ママがしてくれたの」
「うん!とっても可愛いよ。マリカちゃんもう来てるから可愛いお団子見せに行こう?」
「......うん。ママ、ばいばい」
「今日は早くお迎えに来るからね。またね」
だっこから離れ、先生に手を引かれて保育園の中に入っていく、イツを見送り、仕事に向かう。
早く仕事を終わらせて迎えにこよう。
本当に、イツが生まれてから変わった。
若い頃の人間性を疑いたくなるくらいに。
イツのおかげで、何をしても満たされなかったあの時が無かったかのように幸せだ。
昔の俺は最低だったけども、唯一感謝してることは、イツを産んでくれたことだ。
イツを養うために仕事も始めた。
今は広告代理店の事務作業をしている。
車を運転出来るから、急ぎの時に運転手になったり、代理で依頼内容を聞いたり、依頼者と作成者の仲介や会議の書記をやったりしている。
業務をこなせば、家に居てもいいし、出勤時間も自由だ。
今日は、会議が入ってるから出勤だけど会議と依頼を聞くだけだから、お迎えもいつもより早く行ける。
おやつはスイカを買って帰ろう。
晩ご飯はイツの食べたいものにしよう。
「おはようございます~」
社員証を首にかけ、自分のデスクへ向かう。
自由出勤なので人はまばらだ。
「おはよう。八英さんも今日出勤なんだね」
「おはよう~。今日は会議があるんだ。宗馬くんは打ち合わせ?」
「はい。今日はあの会社との打ち合わせなんです......。胃が痛くなりそうです」
隣のデスクの宗馬くん。
同じΩで、いきなり[[rb:発情期 > ヒート]]になった時など勤務を交代したりしてもらっている。
先に俺が入社したから、年下だと思っていたけど、ついこないだ年上だというのを知った。
今更、敬語を使うのも呼び方を変えるのもなんだか気まずくて、今まで通りに話している。
「あぁ。俺と変わる?俺あそこの人と何回か打ち合わせしてるし」
「え!いいんですか?でも大変じゃ......」
「俺、会議だと眠くなっちゃうから代わってくれると嬉しいかも?」
「じゃあ、お願いします...。本当、優しすぎませんか。八英さんって絶対モテますよね。営業先のパーティーでも名刺沢山貰ってたし」
「あはは、訳あり物件なのにねぇ。見る目ないよ。」
カモフラージュで指輪を着けていても、チョーカーを着けているせいで番無しのΩだと思われ、αに声をかけられてしまう。
パートナーがいると言っても、しつこい人が殆どなのだ。
「八英さん、美人ですし、フェロモンもΩでさえ分かる強さですよ?訳があったって番になりたいですよ」
「性格もどんなことしてきたかも知らないのにね」
知ったら、逃げていくだろう。
αだけじゃなく、宗馬くんも軽蔑して話してくれなくなってしまうだろうな。
「もしかして、捨てたんですか?αを」
「え?あ、うーん。簡単に言うとそう。妊娠が分かってから、捨てられるのが怖くて先に逃げちゃった。お互い若かったし、相手の将来を潰したくなくて」
思ったより、切り込んできたな。
この嘘も大分、板についてきた。
こういうことを聞いてくる人もいるので、嘘を用意してある。
だって、誰の子か分からない子を妊娠してお金を持ち逃げしただなんて言えない。
相手を思って、シングルになったと言えば誰も責めてこない。
最低だ。結局、本質は変わってないな。
「やっぱり、八英さんって優しいですね。僕なら子供が出来たから、番えって脅します。そしたらこんな不便な生活から脱却出来る」
「俺もそうすれば、娘に寂しい思いさせなかったのかな」
今からでも、父親代わりの人を探した方がいいだろうか。
イツは一度だけ、パパはなんでいないの?と聞いてきたことがある。
なんて答えたらいいのか分からなくて、会いたい?って聞いたら、ママがいればいいと言ってくれた。
本当は会いたいのだと思う。
ただ俺の最低な行動のせいで父親は分からない。
「八英さんもまだ若いんですから、探せばいくらでもいますよ」
「そうかなぁ」
「じゃあ、僕、会議なので先行きますね」
「はーい。頑張ってね」
会議の方が長引くだろうし、打ち合わせに代わってよかった。
何回か仕事したことある取引先だし、スムーズに進むだろう。
10時からだから、そろそろ準備するかぁ。
貰った資料にさらっと目を通して、パソコンを持って応接室で待つ。
コンコンコン_____。
時間通りだ。
「どうぞ。ご依頼いただきありがとうございます。本日もよろしくお願いします」
「あ、神田さんじゃないですか!こちらこそよろしくお願いします」
「お久しぶりですね。小山さん」
少し前に打ち合わせをしたことがあり、そこで仲良くなった小山さん。
「今日は、新人の子もいるんです。神田さんでよかった」
「そうなんですね。こちらへどうぞお掛けください」
新人の子もいるのか。
こんな時期に珍しいな。
てか身長高。
俺が低いのか?
「神田八英です。よろしくお願いします」
見上げて目を合わせる。
人間、本当に驚くと声が出ない。
「八英さん!?」
こいつだけは忘れてはいけない。
関係を持ったαの中で一番の金持ち。
櫻田川グループの御曹司。
そして、イツを産むための資金源の9割を負担してくれた男。
さすがの俺と言えど、お金を盗んだ相手に鉢合わせたらどうしていいか分からない。
「えっと...?申し訳ございません。私達どこかでお会いしたことが......?」
......自分でも分かる。
流石に無理がありすぎる。
いや、でも5年前だ。
ギリ忘れたで通せるはず。
「へぇ、忘れたんだ。......じゃあ、改めて、|櫻田川《さくらだがわ三佳巳です。今度は忘れないでくださいね。」
あれ、昔とキャラが違う。
もっと純粋そうだったのに。
しかも、御曹司がなんで一般社員として過ごしてるんだよ。
「よろしくお願いします」
「二人知り合いだったの!?」
『いえ、違います』
「息ぴったりじゃないか。じゃあ、練習ってことで櫻田川くんやってみよう!」
小山さんだけがやけに明るく、二人の空気は重い。
お金を盗んだんだ。
警察に通報されて、刑務所に入れられてたかもしれないのに。
ぐるぐると罪悪感を巡らせながら打ち合わせは進み、大体がまとまった。
「今日はありがとうございました。神田さんのおかげでスムーズにまとまりました。神田さん、次もまた頼んでいいですか?」
「ぜひ!またのご依頼お待ちしていますね」
「では、また!」
どうしよう。
捕まったら、イツはどうなるんだろう。
あぁ、全部自業自得だ。
でも、イツのためにも捕まる訳にはいかない。
「あの、ミカ......櫻田川くん。.....えっと、あの......」
声をかけたはいいけど何を話すのか考えていなかった。
「......先輩、この後直帰でいいんですよね?」
「うん!今日はもう仕事はないから帰っていいよ~」
「八英さん、仕事終わるのいつ?」
「あ、えっと、三十分後くらい」
「じゃあ、会社の前で待ってる」
「え?分かった。」
どんどんと会話が進んだけど、俺は大丈夫なのか......?
そのまま警察に突き出されたりしないだろうか。
混乱する俺を背に颯爽と応接室から出て行ってしまった。
オフィスに戻り、企画部に打ち合わせで決まった事についての資料を送って帰る準備をする。
思ったより、早く終わって、まだ十五分しか経ってないけどエントランスに向かう。
外に出ると煙草を吸ってる人影があった。
「おまたせ」
「早いね。時間ある?」
「あんまり、お迎えがあって」
「お迎えって?子供?番もいないのに?」
「今日は、早く帰るって約束したから」
「信じる訳ないでしょ」
「えっと、ごめん......」
「ちゃんと話すまで帰さないから」
「でも......」
頭が真っ白で何も思いつかない。
「そこまで言うなら、見せてよ。子供」
「......分かった。そのかわり、まだ通報しないで」
「通報?なんで?......あぁ、しないよ」
じゃあ、話ってなに?
「とりあえず、お迎え?行こうか」
何も言えないまま、車の鍵を開け、エンジンをかける。
「ミカ......、あの、ごめんなさい」
助手席に乗るミカに謝る。
「いきなり、いなくなったのは、なんで?」
「妊娠して、でも、誰の子か分からなくて」
「......本当?それだけ?」
ぐちゃぐちゃの頭で、イツにスイカを買わないといけない事を思い出す。
「本当だよ。今は信じれないと思うけど......。一旦スーパー寄っても良い?」
「......うん。」
この雰囲気の中、よくスーパーに寄れるなと自分でも思う。
でも、今日は珍しく、イツが我儘を言ったから甘やかしてあげたい。
ウィンカーを出し、スーパーへ曲がる。
お互い無言のまま駐車場に車を停めた。
「えっと、行ってくるね。エンジンつけとくから」
「僕も行くよ」
なんで......?
こんなに気まずいのに?
体が強張って、自分がいつもしているように動けない。
カートの引き方も忘れた気分だ。
野菜コーナーでスイカを買う。
「スイカ、好きなの?」
「え、えっと、イツが......。じゃなくて子供が好きで」
「そうなんだ」
続かない話が居心地悪くて、買い物に集中する。
そうだ。イツの好きなお菓子も買っていこう。
「それ、前はこっちが好きって言ってなかった?」
「あ、うん。でも、子供はこっちが好きだから」
「へぇ」
まだ、嘘だと思われてるのかな。
よく覚えているなぁ。
ていうか、イツが怖がらないか心配だ。
でかいし、怒ったような雰囲気だし。
買い物を一通り終え、レジに並ぶ。
「お支払いはどうなさいますか?」..」
「カードで。」
「え?なんで......。」
「先に袋に詰めてて。」
何も言えずに袋に買ったものを詰める。
「ありがとう。えっと、後で返すね」
「いいよ。全部返さなくて。こっちの方が軽いから交換して」
そう言ったのに、結局、軽い方も俺には渡さず、
両方持って行ってくれた。
まるで、彼氏のようだ。
急いで車の鍵を開け、トランクを開く。
軽々と持った荷物を乗せる腕は前より、男らしく太くなった気がした。
「ありがとう。」
お礼を言ったが、無言で助手席の方へ行ってしまった。
怒っていなければ、多分もっと優しいんだけど、イツが怖がらないか心配だ。
車に乗り込み、駐車場から出て、保育園に向かう。
「あの、イツ怖がりだから優しくしてあげて欲しい。まだ年中さんなんだ」
「本当にいるの?」
「うん。伊月って言うの」
「誰との子?」
「本当に分からない。けど可愛くてしょうがないんだ。まだ、年中さんなのに俺のせいで沢山気を遣わせちゃってるから、出来るだけ一緒にいる時は甘やかしてあげたい」
「大切にしてるんだね......。なんで何も言わないでいなくなったの?」
「誰の子かわからない子だったからだよ」
「嘘つけばよかったのに。俺の子だって言ってくれたら信じたのに」
「何、言ってるの。あの時、ミカは二十歳になったばっかで学生だったんだし、それに俺が色んな人と関係持ってたの知ってるでしょ?」
「それでも......信じたよ」
今更、そんなことを言われてもどうしたらいいのか分からない。
ミカって、俺のこと結構好きだったんだな。
「そろそろ、保育園着くよ」
ミカは窓の外を眺めて何も言わなかった。
駐車場に車を停める。
いつもより、大分早く迎えに来れた。
早く、会いたい。
けど、ミカに会ったら、どうなるか分からない。
せっかく、早くお迎えに来れたのに。
「行かないの?」
「あ、うん......。あの、お願いがあって、俺が言える立場じゃないんだけど、優しくしてあげて欲しい。俺には怒ってても、何しても良いからイツには優しくしてください」
「.....考えておく」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
ミカの考えておくは多分優しくしてくれるはず。
いつも、考えておくって言う時は承諾してくれた。
きっと大丈夫だ。
「こんにちは」
「おかえりなさい。伊月ちゃんー!ママきたよ~」
「ママ!!まってて、マリカちゃんバイバイ!」
「バイバイー!」
「ママー!」
小走りでこっちに向かってくる。
可愛い。俺が産んだだけのことがある。
「イツ!」
「ママ!早くかえろ!!」
「うん!あ、そうだ。車にね、お客さん来てるの」
「え!?ママとふたりきりがよかった......」
ママもイツと二人きりが良かった。
「ごめんね。今日のご飯はイツが食べたいものにしよう。おやつもスイカだし、許してくれる?」
「ゆるす......。ママ、あしたはふたりきりだよ」
「もちろん。ママ、車までイツのことだっこしていきたいな。いい?」
「うん!!やったぁ」
イツをだっこして、駐車場に向かう。
緊張するなぁ。
「そうだ!!ママ、すいかの絵かいたよ!おうちにかえったらみてね!」
「楽しみ~!イツ、お絵描き上手だもん」
「うん!たのしみにしてて!」
車が見えるとミカが外に出ていた。
「イツ、あの人がお客さんだよ」
「......おっきいね」
「ミカ、この子が伊月だよ」
「伊月ちゃん、櫻田川 三佳巳 です。君のパパだよ」
「は!?何言ってるの......?」
そんなこと言うだなんて聞いていない。
そもそも父親が誰か分からないのに。
どういうつもり?
「ぱぱ?ほんとうに?」
「えっと、イツ、この人は......」
「本当だよ。まだ信じれないかもしれないけど、これからよろしくね」
「でも、イツ、ママとられたくない。パパいらない」
「伊月ちゃんからママを奪ったりなんてしないよ」
「イツ、この人きらい。今までいなかったのに。なんでくるの!」
「イツ、ごめんね。それは、ママのせいなの。だから三佳巳さんは悪くないの」
「ママは悪くないもん!みかみが悪い。きらい!パパいらない!」
「イツ......」
本当に俺が悪いのに。
無責任な昔の俺のせいだ。
それをイツに言ったら傷つけてしまう。
どうしよう。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
全部、俺のせいだ。
昔したことが今、返ってきてるんだ。
なんだか泣きそうだ。
俺が泣くのが一番ダメだろ。
それなのに、涙が出てくる。
「ママ?なかないで。イツが、みかみからまもってあげるから」
「八英?ごめん。泣かないで。ごめん」
出会った時から変わらない。
俺が泣くと慌てて、すぐ謝ってくるところが変わってない。
「もっと、ママにあやまって!もっと」
「ごめん、八英」
イツにもミカにも、涙を拭われる。
「.....大丈夫。いきなり泣いてごめんね」
「ママ、あたまなでなでしてあげる」
「ありがとう。イツ。もうイツのおかげで涙止まっちゃった」
「いっぱいするよ。だからなかないで。イツ、ママがなくのみたくないよ」
「ごめん。八英。いきなりあんなこと言って」
「......立ち話もなんだし、家に行こうか」
荷物を置いて、イツをチャイルドシートに乗せる。
本当、イツの前で泣くなんて最悪だ。
あんなことで泣くだなんて疲れてるのだろうか。
ミカはさっきと同じように助手席に座った。
「じゃあ、出発するね」
「みかみ!ママ、なかせたらゆるさないから!ちゃんとみはってるからね!」
「うん。もう、二度と泣かせないよ」
「しんじない!」
「伊月ちゃんはママが大好きなんだね」
「あたりまえでしょ!ママはやさしくて、ごはんもおいしくてすごいんだから!」
「僕もママのこと大好きだよ」
「ミカ、やめてよ。イツ今日は何食べたい?」
「イツ、オムライスがいい!」
「はーい。オムライスね」
「オムライスなんて作れるんだ」
「ママのオムライスおいしいんだよ!」
......一緒に暮らしてた時は、一切料理しなかったけど。
オムライスぐらい作れるわ。
「へぇ。僕も食べたいな」
「そう言えば、ミカはいつ帰るの?」
「早く帰って欲しい?」
「いや、別に.....。もう、イツだって見たし。だから、いつ帰るのかなぁって」
「オムライス食べたらにしようかな?」
なんだか、図々しくなったなこいつ。
居候してた俺の方が図々しいんだけども。
もう、帰って欲しい。
「ママのオムライスはおいしいからね。たのしみにしたほうがいいよ!」
「楽しみだなぁ。ねぇ、ママは優しい?」
「やさしいよ!ずっといっしょにいたい!」
可愛い。
俺もずっといたいよ。
俺からこんな子が生まれたとか信じられないくらい天使だ。
「へぇ羨ましいなぁ」
「家着くよー」
「こんなところに住んでるの?」
「こんなところとは失礼だな。普通だよ」
見ためはちょっと古いけど、中は広いし、ベランダだってある。
家賃の割には良いところなのに。
「防犯的な面で大丈夫なの?」
「......たぶん?」
「多分って何?」
「いやぁ......。あはは」
濁しながら、車から降り、後部座席のドアを開ける。
「イツ、おやつのスイカ冷えるまで待てるー?」
「うん!」
イツをチャイルドシートから、降ろして、買い物した荷物を持つ。
「僕が持ってくよ」
「いいの?ありがとう。じゃあ、イツ、手繋ごっか」
「はーい!」
3人で2階の部屋のまで行き、鍵を開けた。
「ただいまー!」
「はーい。おかえり。ミカも入って」
ドアの前でぼーっとするミカに声をかけた。
どうしたんだろう。
「こうやって簡単にαのこと部屋に入れるんだ」
「ミカでもダメなの?ミカはそんなことしないでしょ。」
「......お邪魔します」
「イツ、おてて洗いに行こっか。ミカもだよ」
「うん!」
「はーい」
三人で洗面所に入って、イツが先に手を洗った。
流石に三人は狭いな。
「あらいおわった!」
「よーし。じゃあ、連絡帳出したら遊んでていいよ」
「はーい!」
手を洗いながら、イツに声をかけた。
石鹸を出したその時。
「うわぁっ!」
指がうなじに触れた。
咄嗟に泡がついたままの手で首を覆う。
「なに、すんの......?やめてよ」
「番いないんだ」
「当たり前でしょ!?匂いで分かるくせに!いきなり、触るとか最低。泡付いたし」
Ωのうなじをいきなり、触るだなんて。
こいつは人の心がないのか。
いくら俺が酷いことをしたからってこんな嫌がらせをすることないじゃないか。
「チョーカー泡まみれだよ」
「うるさい。手洗ってから流すからいいの。誰のせいだと思って......」
「ごめん」
「......もう、やらないでね」
怒りながら、手を流し、濡れたタオルで首を拭う
あんな顔で言われたら、それ以上言えない
怒られた犬みたいにしょんぼりした顔
好みの顔の男にそんな顔されたら、怒る気も無くす。
台所に行って、買ってきた物を冷蔵庫に入れる。
スイカは切ってから冷そう。
スイカを切り、ラップをかけてから冷蔵庫に入れた。
作ってあった麦茶をコップに淹れ、テーブルに置く。
「イツー。お茶ここに置いてあるから飲んでね」
夕方にやるアニメに夢中になっているイツに声をかけた。
「うん」
終わるまで、多分何言っても、うん、しか返ってこないだろう。
イツの背中を眺めながら、冷たい麦茶を喉に流し込む。
夏はやっぱり麦茶だな。
洗面所からミカが出てきた。
「ミカ、座って。ここにお茶もあるから。もう少ししたら、スイカも出すね」
「八英は本当に変わったね。大人っぽくなった。伊月ちゃんのおかげかな」
「イツが生まれてから、本当、自分でも変わったと思うよ。さっき、聞きそびれたんだけど......なんで、パパって言ったの?」
「父親だったら良かったって思ったら、口からもう出てた」
「それって......」
まだ俺のこと好きってこと?
5年も経つのに?
お金だって盗んだのに?
「ママー!あにめ終わったよ!すいかまだー?」
「あ、うん。持ってくるね」
冷蔵庫からスイカを出す。
好きじゃなかったら、とっくに警察に行ってるか。
そんな最低な考えが頭をよぎる。
大体、俺のことが大好きでお金持ちな奴を選んだんだから。
ここまで、引きずられるとは思わなかったけど。
「どうぞ。お皿はこっちに置いてあるからね」
「やったぁー!すいかだぁ!」
「はい。ミカのお皿。お茶もいる?」
「うん。ありがとう」
イツは珍しく、俺の隣に座っていて向かいの席にはミカがいてなんだか不思議だった。
「塩ここに置いておくからね」
三人でスイカを食べてると実家を思い出す。
そりゃあ、父親がいた方が寂しい思いもさせないし、色々出来ることも増えるけど、ミカに父親になってもらうのはダメだ。
だって、あんなに利用したのに、また利用するなんて。
昔の俺なら出来たかもしれないけど、今の俺には無理だ。
「みかみ、ママのことすきなの?」
「ちょ、イツ、いきなり何言うの」
「好きだよ。六年前からずっと。今も」
「ろく......イツがうまれるまえ......。イツもママだいすき「だから、みかみがママのことすきなのわかるよ」
完全に二人の世界だ。
多分、今何言っても返事は返ってこない。
「ママのことまもれる?」
「当たり前だよ。伊月ちゃんのことだって守るよ」
「あのね、ママくるしい日があるの。そのときね、イツ、ママのそばにいれないの。いつもはイツがまもれるけどそのときはイツはまもれないの。おうち、あけようとするひとがくるの」
「は?どういうこと?説明して、八英」
やっと、俺のターンになったけど、これどうしよう。
確かに、アパートの扉をガチャガチャしてる奴はいる。
でもこっちはそれどころじゃない。
[[rb:発情期 > ヒート]]中は意識が朦朧としてるから、親から聞いた程度しか、外の状況は知らない。
「えっと、発情期 中に家の玄関を開けようとする人がいるんだよね。多分、俺のフェロモンに当てられた人だと思うんだけど」
「なんで引っ越さないの?危ないでしょ。もっとセキュリティがちゃんとしてる所紹介するよ」
「いや、保育園だって遠くなるし、セキュリティちゃんとしてる所は家賃も高いから」
「はぁ......。伊月ちゃんだってママのこと心配だよね?」
「うん。ママがかなしい思いするのいやだよ
「そう言われても......」
「俺と番になればいいのに」
「イツ、みかみきらいだけど、みかみもママのことだいすきなのいっしょだから。みかみもイツもママのことだいじなの」
「そうだよ。僕たちがこんなに言ってるんだから、もう少し安全なところに住もう?」
何か案が出てくればいいのに。
こういう時に限っていい案が思いつかない。
「......みかみがおうちにいればあんぜん?」
「えっ......。えっと、それはどうかな。それにイツ、ミカと一緒に暮らせる?」
「ママがあんぜんなら、イツはだいじょぶ」
「......えっと、まあ。その話は置いといて!そろそろ、ご飯作るね」
「ご飯食べ終わったら、どうするか決めてね。八英さん」
「あはは。そのうちね」
一旦誤魔化して、キッチンに行く。
オムライスの材料を冷蔵庫から出さなきゃ。
......どうするの、これ。
ミカと住む?
いや、ミカだってそれは出来ないだろうし大丈夫だ。
安全なのは実家とかかなぁ。
でも、発情期 を実家で過ごしたくない。
それにイツを見てくれてる母さん達に更に迷惑だしなぁ。
適当に引っ越すって言っておけばなんとかなるか。
ミカって、本当にいい奴だとつくづく思う。
気持ちを弄んだ上に、お金まで盗んだ俺を心配するだなんて。
俺がそんなことされたら、二度と話したくもないし会いたくもない。
きっと、今はシングルマザーっていうことに同情しているんだろう。
後、自分が父親かもしれないという気持ちがあるだけだ。
好きとかそういうのじゃない。
もう期待とかしたくないんだ。
具材を炒めながら、たどり着いた答えに納得してそれ以上は考えないようにした。
朝ご飯出さなきゃ。
あと、洗濯とイツの連絡帳書いて、それで......。
「おかあさーん、スマホなってるよ。朝ですよ、起きてくださいー」
「はーい。いつも、起こしてくれてありがとうね」
可愛い可愛い俺の娘。
誰との子かは分からない。
最低だけど、妊娠が分かる前は沢山のαと関係を持っていた。
妊娠が分かってすぐ、養ってくれてたαからお金を持ち逃げしてなんとか産み、両親の手伝いもあって今は伊月と2人暮らしをしている。
情けないことに妊娠が分かってすぐ、縁を切った同然の両親に頼ってしまった。
当たり前にものすごく怒られたけど、俺の決意を分かってくれてサポートしてくれている。
本当にいい両親を持ったと思う。
子供を持った今なら分かる。
「ママ、今日はおだんごが良い。これ付けて」
「はぁい。いつものじゃなくて良いの?」
いつものとは、ハーフツインのことで街中でやっているお姉さんを見て、あの髪が良い!ってお願いされてからずっとしている髪型だ。
「だって、暑いんだもん」
「そっかぁ。首にくっついちゃうもんね」
昨日の夜に作っておいた朝ご飯を机に並べ、イツが食べてる間に髪を結ぶ。
ふわふわの髪を高く括り、おだんごを作ってシュシュを付ける。
俺は直毛なので、これは父親似のはずなんだけど、天パの人と関係を持った記憶はない。
まあ、可愛いからなんでもいいや。
「ご飯食べ終わったらー?」
「はみがきと、かおあらう!」
「ひとりでできるー?」
「できます!」
「よし!じゃあママ、連絡帳書いてくるね」
「うん!」
年中さんになってから、なんでも自分でやりたがるようになって、今では簡単なことはほとんど1人で出来てしまう。
成長って本当に早い。
朝ご飯を食べる前に測った体温と昨日の様子を書いた。
さっと着替えて、イツのいる洗面所に行く。
「ママ、後ろにねぐせついてるよ」
「え!ほんとだ......水で濡らせば直るかなぁ。教えてくれてありがとうね、イツ」
「どういたしまして!」
「おだんごのいつも可愛いねぇ。明日はおだんご2個にしない?きっと似合うよ」
「する!早く明日にならないかなー!」
気が早すぎて可愛いなぁ。
大きくなったと思うけど、ちゃんと子供らしいところもある。
「じゃあ、かばんとってくる!」
「はーい」
「机の上に連絡帳置いてあるから、いれてねー」
「うん!」
髪を整え、リビングへ行く。
「忘れ物がないかチェックします」
「はーい!」
「連絡帳!」
「いれました!」
「水筒!」
「いれました!」
「スモック!」
「いれました!」
「ハンカチとティッシュは?」
「ぽっけに、はいってます!」
「よーし!完璧だね。それじゃあ、出発します!」
「はーい!」
ハンカチとティッシュなんて昔は持たなかったけど、イツが生まれてからはしっかりと持つようになった。
ウェットティッシュだってちゃんと持っている。
「ママ、今日はなんの絵かいてほしい?」
「うーん。暑いから、スイカかいてほしいなぁ」
チャイルドシートにイツを乗せ、車に乗り込む。
「すいかね!イツ、すいかすき!」
「ママも好き!甘くてさっぱりしてて美味しいよね」
「うん!あと赤いからすき!」
「イツは赤が好きだもんね」
ランドセルも赤かな。
来年、年長さんになるからまだ気が早いかな。
「マイカちゃんは黄色が好きなんだって!れもんもすきなのかな?」
「黄色も素敵だね。今日保育園でレモン好きか聞いてみよう?」
子供特有の少しずれた感性が可愛い。
「イツ、れもんはあまくしてないと食べれない」
「お砂糖につけてあるやつかな。また今度ばぁばにレモン貰ってこようか」
「うん!おさとうにつけてあるのすき!」
「そろそろ着きますよー」
「うん!」
保育園の駐車場に車を停める。
「到着しました!」
保育園は駐車場から少し歩いた所にある。
車から降りてイツのシートベルトを外す。
「よし!行こっか!」
「......イツ、ちょっとママといたいかも」
「寂しくなっちゃった?」
「ママ、一緒にいこ?イツと遊んで」
「ごめんね。ママは一緒にはいけないよ。だっこする?」
「だっこして。そのままイツも一緒におしごと行く」
稀に保育園に行きたくないとグズグズしてしまう。
多分、保育園は好きなんだけど、俺と一緒にいたいのだろう。
俺だって仕事にイツを連れていきたいよぉ。
なんなら、保育園でイツと遊んでいたい。
でも、お金を稼がなくてはいけないので心を鬼にする。
「イツー?ママにスイカの絵書いてくれるんでしょ?後、マリカちゃんにもお話ししたいことあるんじゃないの?」
「...ママがいい」
ママもイツがいい......。
「じゃあ今日はいつもより早くお迎えにこようかな?ママも本当はイツとずっと一緒にいたいよ。今日保育園頑張ったら
張れたら、明日は一緒に水族館行こうか」
「あしたずっとママといれる?」
「うん!今日も早くお迎えに来るよ!」
「じゃあ、せんせいのとこまでだっこして」
「はーい。せっかく髪もいつもと違うし、先生にも見せよう?」
「......うん」
まだご機嫌斜めだけど、あとは先生に任せよう。
あまり我儘は言わない子だから、言われると甘やかしたくなってしまう。
3ヶ月に1回、発情期がくる時も寂しい思いをさせているし、何もない時は一緒にいてあげたい。
「おはようございます~。荷物預かりますよ。」
「先生おはようございます。......寂しくなってしまったみたいで、あとはよろしくお願いします」
「珍しいですね。伊月ちゃん~、今日はお団子なんだね」
「......ママがしてくれたの」
「うん!とっても可愛いよ。マリカちゃんもう来てるから可愛いお団子見せに行こう?」
「......うん。ママ、ばいばい」
「今日は早くお迎えに来るからね。またね」
だっこから離れ、先生に手を引かれて保育園の中に入っていく、イツを見送り、仕事に向かう。
早く仕事を終わらせて迎えにこよう。
本当に、イツが生まれてから変わった。
若い頃の人間性を疑いたくなるくらいに。
イツのおかげで、何をしても満たされなかったあの時が無かったかのように幸せだ。
昔の俺は最低だったけども、唯一感謝してることは、イツを産んでくれたことだ。
イツを養うために仕事も始めた。
今は広告代理店の事務作業をしている。
車を運転出来るから、急ぎの時に運転手になったり、代理で依頼内容を聞いたり、依頼者と作成者の仲介や会議の書記をやったりしている。
業務をこなせば、家に居てもいいし、出勤時間も自由だ。
今日は、会議が入ってるから出勤だけど会議と依頼を聞くだけだから、お迎えもいつもより早く行ける。
おやつはスイカを買って帰ろう。
晩ご飯はイツの食べたいものにしよう。
「おはようございます~」
社員証を首にかけ、自分のデスクへ向かう。
自由出勤なので人はまばらだ。
「おはよう。八英さんも今日出勤なんだね」
「おはよう~。今日は会議があるんだ。宗馬くんは打ち合わせ?」
「はい。今日はあの会社との打ち合わせなんです......。胃が痛くなりそうです」
隣のデスクの宗馬くん。
同じΩで、いきなり[[rb:発情期 > ヒート]]になった時など勤務を交代したりしてもらっている。
先に俺が入社したから、年下だと思っていたけど、ついこないだ年上だというのを知った。
今更、敬語を使うのも呼び方を変えるのもなんだか気まずくて、今まで通りに話している。
「あぁ。俺と変わる?俺あそこの人と何回か打ち合わせしてるし」
「え!いいんですか?でも大変じゃ......」
「俺、会議だと眠くなっちゃうから代わってくれると嬉しいかも?」
「じゃあ、お願いします...。本当、優しすぎませんか。八英さんって絶対モテますよね。営業先のパーティーでも名刺沢山貰ってたし」
「あはは、訳あり物件なのにねぇ。見る目ないよ。」
カモフラージュで指輪を着けていても、チョーカーを着けているせいで番無しのΩだと思われ、αに声をかけられてしまう。
パートナーがいると言っても、しつこい人が殆どなのだ。
「八英さん、美人ですし、フェロモンもΩでさえ分かる強さですよ?訳があったって番になりたいですよ」
「性格もどんなことしてきたかも知らないのにね」
知ったら、逃げていくだろう。
αだけじゃなく、宗馬くんも軽蔑して話してくれなくなってしまうだろうな。
「もしかして、捨てたんですか?αを」
「え?あ、うーん。簡単に言うとそう。妊娠が分かってから、捨てられるのが怖くて先に逃げちゃった。お互い若かったし、相手の将来を潰したくなくて」
思ったより、切り込んできたな。
この嘘も大分、板についてきた。
こういうことを聞いてくる人もいるので、嘘を用意してある。
だって、誰の子か分からない子を妊娠してお金を持ち逃げしただなんて言えない。
相手を思って、シングルになったと言えば誰も責めてこない。
最低だ。結局、本質は変わってないな。
「やっぱり、八英さんって優しいですね。僕なら子供が出来たから、番えって脅します。そしたらこんな不便な生活から脱却出来る」
「俺もそうすれば、娘に寂しい思いさせなかったのかな」
今からでも、父親代わりの人を探した方がいいだろうか。
イツは一度だけ、パパはなんでいないの?と聞いてきたことがある。
なんて答えたらいいのか分からなくて、会いたい?って聞いたら、ママがいればいいと言ってくれた。
本当は会いたいのだと思う。
ただ俺の最低な行動のせいで父親は分からない。
「八英さんもまだ若いんですから、探せばいくらでもいますよ」
「そうかなぁ」
「じゃあ、僕、会議なので先行きますね」
「はーい。頑張ってね」
会議の方が長引くだろうし、打ち合わせに代わってよかった。
何回か仕事したことある取引先だし、スムーズに進むだろう。
10時からだから、そろそろ準備するかぁ。
貰った資料にさらっと目を通して、パソコンを持って応接室で待つ。
コンコンコン_____。
時間通りだ。
「どうぞ。ご依頼いただきありがとうございます。本日もよろしくお願いします」
「あ、神田さんじゃないですか!こちらこそよろしくお願いします」
「お久しぶりですね。小山さん」
少し前に打ち合わせをしたことがあり、そこで仲良くなった小山さん。
「今日は、新人の子もいるんです。神田さんでよかった」
「そうなんですね。こちらへどうぞお掛けください」
新人の子もいるのか。
こんな時期に珍しいな。
てか身長高。
俺が低いのか?
「神田八英です。よろしくお願いします」
見上げて目を合わせる。
人間、本当に驚くと声が出ない。
「八英さん!?」
こいつだけは忘れてはいけない。
関係を持ったαの中で一番の金持ち。
櫻田川グループの御曹司。
そして、イツを産むための資金源の9割を負担してくれた男。
さすがの俺と言えど、お金を盗んだ相手に鉢合わせたらどうしていいか分からない。
「えっと...?申し訳ございません。私達どこかでお会いしたことが......?」
......自分でも分かる。
流石に無理がありすぎる。
いや、でも5年前だ。
ギリ忘れたで通せるはず。
「へぇ、忘れたんだ。......じゃあ、改めて、|櫻田川《さくらだがわ三佳巳です。今度は忘れないでくださいね。」
あれ、昔とキャラが違う。
もっと純粋そうだったのに。
しかも、御曹司がなんで一般社員として過ごしてるんだよ。
「よろしくお願いします」
「二人知り合いだったの!?」
『いえ、違います』
「息ぴったりじゃないか。じゃあ、練習ってことで櫻田川くんやってみよう!」
小山さんだけがやけに明るく、二人の空気は重い。
お金を盗んだんだ。
警察に通報されて、刑務所に入れられてたかもしれないのに。
ぐるぐると罪悪感を巡らせながら打ち合わせは進み、大体がまとまった。
「今日はありがとうございました。神田さんのおかげでスムーズにまとまりました。神田さん、次もまた頼んでいいですか?」
「ぜひ!またのご依頼お待ちしていますね」
「では、また!」
どうしよう。
捕まったら、イツはどうなるんだろう。
あぁ、全部自業自得だ。
でも、イツのためにも捕まる訳にはいかない。
「あの、ミカ......櫻田川くん。.....えっと、あの......」
声をかけたはいいけど何を話すのか考えていなかった。
「......先輩、この後直帰でいいんですよね?」
「うん!今日はもう仕事はないから帰っていいよ~」
「八英さん、仕事終わるのいつ?」
「あ、えっと、三十分後くらい」
「じゃあ、会社の前で待ってる」
「え?分かった。」
どんどんと会話が進んだけど、俺は大丈夫なのか......?
そのまま警察に突き出されたりしないだろうか。
混乱する俺を背に颯爽と応接室から出て行ってしまった。
オフィスに戻り、企画部に打ち合わせで決まった事についての資料を送って帰る準備をする。
思ったより、早く終わって、まだ十五分しか経ってないけどエントランスに向かう。
外に出ると煙草を吸ってる人影があった。
「おまたせ」
「早いね。時間ある?」
「あんまり、お迎えがあって」
「お迎えって?子供?番もいないのに?」
「今日は、早く帰るって約束したから」
「信じる訳ないでしょ」
「えっと、ごめん......」
「ちゃんと話すまで帰さないから」
「でも......」
頭が真っ白で何も思いつかない。
「そこまで言うなら、見せてよ。子供」
「......分かった。そのかわり、まだ通報しないで」
「通報?なんで?......あぁ、しないよ」
じゃあ、話ってなに?
「とりあえず、お迎え?行こうか」
何も言えないまま、車の鍵を開け、エンジンをかける。
「ミカ......、あの、ごめんなさい」
助手席に乗るミカに謝る。
「いきなり、いなくなったのは、なんで?」
「妊娠して、でも、誰の子か分からなくて」
「......本当?それだけ?」
ぐちゃぐちゃの頭で、イツにスイカを買わないといけない事を思い出す。
「本当だよ。今は信じれないと思うけど......。一旦スーパー寄っても良い?」
「......うん。」
この雰囲気の中、よくスーパーに寄れるなと自分でも思う。
でも、今日は珍しく、イツが我儘を言ったから甘やかしてあげたい。
ウィンカーを出し、スーパーへ曲がる。
お互い無言のまま駐車場に車を停めた。
「えっと、行ってくるね。エンジンつけとくから」
「僕も行くよ」
なんで......?
こんなに気まずいのに?
体が強張って、自分がいつもしているように動けない。
カートの引き方も忘れた気分だ。
野菜コーナーでスイカを買う。
「スイカ、好きなの?」
「え、えっと、イツが......。じゃなくて子供が好きで」
「そうなんだ」
続かない話が居心地悪くて、買い物に集中する。
そうだ。イツの好きなお菓子も買っていこう。
「それ、前はこっちが好きって言ってなかった?」
「あ、うん。でも、子供はこっちが好きだから」
「へぇ」
まだ、嘘だと思われてるのかな。
よく覚えているなぁ。
ていうか、イツが怖がらないか心配だ。
でかいし、怒ったような雰囲気だし。
買い物を一通り終え、レジに並ぶ。
「お支払いはどうなさいますか?」..」
「カードで。」
「え?なんで......。」
「先に袋に詰めてて。」
何も言えずに袋に買ったものを詰める。
「ありがとう。えっと、後で返すね」
「いいよ。全部返さなくて。こっちの方が軽いから交換して」
そう言ったのに、結局、軽い方も俺には渡さず、
両方持って行ってくれた。
まるで、彼氏のようだ。
急いで車の鍵を開け、トランクを開く。
軽々と持った荷物を乗せる腕は前より、男らしく太くなった気がした。
「ありがとう。」
お礼を言ったが、無言で助手席の方へ行ってしまった。
怒っていなければ、多分もっと優しいんだけど、イツが怖がらないか心配だ。
車に乗り込み、駐車場から出て、保育園に向かう。
「あの、イツ怖がりだから優しくしてあげて欲しい。まだ年中さんなんだ」
「本当にいるの?」
「うん。伊月って言うの」
「誰との子?」
「本当に分からない。けど可愛くてしょうがないんだ。まだ、年中さんなのに俺のせいで沢山気を遣わせちゃってるから、出来るだけ一緒にいる時は甘やかしてあげたい」
「大切にしてるんだね......。なんで何も言わないでいなくなったの?」
「誰の子かわからない子だったからだよ」
「嘘つけばよかったのに。俺の子だって言ってくれたら信じたのに」
「何、言ってるの。あの時、ミカは二十歳になったばっかで学生だったんだし、それに俺が色んな人と関係持ってたの知ってるでしょ?」
「それでも......信じたよ」
今更、そんなことを言われてもどうしたらいいのか分からない。
ミカって、俺のこと結構好きだったんだな。
「そろそろ、保育園着くよ」
ミカは窓の外を眺めて何も言わなかった。
駐車場に車を停める。
いつもより、大分早く迎えに来れた。
早く、会いたい。
けど、ミカに会ったら、どうなるか分からない。
せっかく、早くお迎えに来れたのに。
「行かないの?」
「あ、うん......。あの、お願いがあって、俺が言える立場じゃないんだけど、優しくしてあげて欲しい。俺には怒ってても、何しても良いからイツには優しくしてください」
「.....考えておく」
「ありがとう。じゃあ、行ってくるね」
ミカの考えておくは多分優しくしてくれるはず。
いつも、考えておくって言う時は承諾してくれた。
きっと大丈夫だ。
「こんにちは」
「おかえりなさい。伊月ちゃんー!ママきたよ~」
「ママ!!まってて、マリカちゃんバイバイ!」
「バイバイー!」
「ママー!」
小走りでこっちに向かってくる。
可愛い。俺が産んだだけのことがある。
「イツ!」
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「うん!あ、そうだ。車にね、お客さん来てるの」
「え!?ママとふたりきりがよかった......」
ママもイツと二人きりが良かった。
「ごめんね。今日のご飯はイツが食べたいものにしよう。おやつもスイカだし、許してくれる?」
「ゆるす......。ママ、あしたはふたりきりだよ」
「もちろん。ママ、車までイツのことだっこしていきたいな。いい?」
「うん!!やったぁ」
イツをだっこして、駐車場に向かう。
緊張するなぁ。
「そうだ!!ママ、すいかの絵かいたよ!おうちにかえったらみてね!」
「楽しみ~!イツ、お絵描き上手だもん」
「うん!たのしみにしてて!」
車が見えるとミカが外に出ていた。
「イツ、あの人がお客さんだよ」
「......おっきいね」
「ミカ、この子が伊月だよ」
「伊月ちゃん、櫻田川 三佳巳 です。君のパパだよ」
「は!?何言ってるの......?」
そんなこと言うだなんて聞いていない。
そもそも父親が誰か分からないのに。
どういうつもり?
「ぱぱ?ほんとうに?」
「えっと、イツ、この人は......」
「本当だよ。まだ信じれないかもしれないけど、これからよろしくね」
「でも、イツ、ママとられたくない。パパいらない」
「伊月ちゃんからママを奪ったりなんてしないよ」
「イツ、この人きらい。今までいなかったのに。なんでくるの!」
「イツ、ごめんね。それは、ママのせいなの。だから三佳巳さんは悪くないの」
「ママは悪くないもん!みかみが悪い。きらい!パパいらない!」
「イツ......」
本当に俺が悪いのに。
無責任な昔の俺のせいだ。
それをイツに言ったら傷つけてしまう。
どうしよう。
なんでこんなことになっちゃったんだろう。
全部、俺のせいだ。
昔したことが今、返ってきてるんだ。
なんだか泣きそうだ。
俺が泣くのが一番ダメだろ。
それなのに、涙が出てくる。
「ママ?なかないで。イツが、みかみからまもってあげるから」
「八英?ごめん。泣かないで。ごめん」
出会った時から変わらない。
俺が泣くと慌てて、すぐ謝ってくるところが変わってない。
「もっと、ママにあやまって!もっと」
「ごめん、八英」
イツにもミカにも、涙を拭われる。
「.....大丈夫。いきなり泣いてごめんね」
「ママ、あたまなでなでしてあげる」
「ありがとう。イツ。もうイツのおかげで涙止まっちゃった」
「いっぱいするよ。だからなかないで。イツ、ママがなくのみたくないよ」
「ごめん。八英。いきなりあんなこと言って」
「......立ち話もなんだし、家に行こうか」
荷物を置いて、イツをチャイルドシートに乗せる。
本当、イツの前で泣くなんて最悪だ。
あんなことで泣くだなんて疲れてるのだろうか。
ミカはさっきと同じように助手席に座った。
「じゃあ、出発するね」
「みかみ!ママ、なかせたらゆるさないから!ちゃんとみはってるからね!」
「うん。もう、二度と泣かせないよ」
「しんじない!」
「伊月ちゃんはママが大好きなんだね」
「あたりまえでしょ!ママはやさしくて、ごはんもおいしくてすごいんだから!」
「僕もママのこと大好きだよ」
「ミカ、やめてよ。イツ今日は何食べたい?」
「イツ、オムライスがいい!」
「はーい。オムライスね」
「オムライスなんて作れるんだ」
「ママのオムライスおいしいんだよ!」
......一緒に暮らしてた時は、一切料理しなかったけど。
オムライスぐらい作れるわ。
「へぇ。僕も食べたいな」
「そう言えば、ミカはいつ帰るの?」
「早く帰って欲しい?」
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「オムライス食べたらにしようかな?」
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居候してた俺の方が図々しいんだけども。
もう、帰って欲しい。
「ママのオムライスはおいしいからね。たのしみにしたほうがいいよ!」
「楽しみだなぁ。ねぇ、ママは優しい?」
「やさしいよ!ずっといっしょにいたい!」
可愛い。
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「へぇ羨ましいなぁ」
「家着くよー」
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見ためはちょっと古いけど、中は広いし、ベランダだってある。
家賃の割には良いところなのに。
「防犯的な面で大丈夫なの?」
「......たぶん?」
「多分って何?」
「いやぁ......。あはは」
濁しながら、車から降り、後部座席のドアを開ける。
「イツ、おやつのスイカ冷えるまで待てるー?」
「うん!」
イツをチャイルドシートから、降ろして、買い物した荷物を持つ。
「僕が持ってくよ」
「いいの?ありがとう。じゃあ、イツ、手繋ごっか」
「はーい!」
3人で2階の部屋のまで行き、鍵を開けた。
「ただいまー!」
「はーい。おかえり。ミカも入って」
ドアの前でぼーっとするミカに声をかけた。
どうしたんだろう。
「こうやって簡単にαのこと部屋に入れるんだ」
「ミカでもダメなの?ミカはそんなことしないでしょ。」
「......お邪魔します」
「イツ、おてて洗いに行こっか。ミカもだよ」
「うん!」
「はーい」
三人で洗面所に入って、イツが先に手を洗った。
流石に三人は狭いな。
「あらいおわった!」
「よーし。じゃあ、連絡帳出したら遊んでていいよ」
「はーい!」
手を洗いながら、イツに声をかけた。
石鹸を出したその時。
「うわぁっ!」
指がうなじに触れた。
咄嗟に泡がついたままの手で首を覆う。
「なに、すんの......?やめてよ」
「番いないんだ」
「当たり前でしょ!?匂いで分かるくせに!いきなり、触るとか最低。泡付いたし」
Ωのうなじをいきなり、触るだなんて。
こいつは人の心がないのか。
いくら俺が酷いことをしたからってこんな嫌がらせをすることないじゃないか。
「チョーカー泡まみれだよ」
「うるさい。手洗ってから流すからいいの。誰のせいだと思って......」
「ごめん」
「......もう、やらないでね」
怒りながら、手を流し、濡れたタオルで首を拭う
あんな顔で言われたら、それ以上言えない
怒られた犬みたいにしょんぼりした顔
好みの顔の男にそんな顔されたら、怒る気も無くす。
台所に行って、買ってきた物を冷蔵庫に入れる。
スイカは切ってから冷そう。
スイカを切り、ラップをかけてから冷蔵庫に入れた。
作ってあった麦茶をコップに淹れ、テーブルに置く。
「イツー。お茶ここに置いてあるから飲んでね」
夕方にやるアニメに夢中になっているイツに声をかけた。
「うん」
終わるまで、多分何言っても、うん、しか返ってこないだろう。
イツの背中を眺めながら、冷たい麦茶を喉に流し込む。
夏はやっぱり麦茶だな。
洗面所からミカが出てきた。
「ミカ、座って。ここにお茶もあるから。もう少ししたら、スイカも出すね」
「八英は本当に変わったね。大人っぽくなった。伊月ちゃんのおかげかな」
「イツが生まれてから、本当、自分でも変わったと思うよ。さっき、聞きそびれたんだけど......なんで、パパって言ったの?」
「父親だったら良かったって思ったら、口からもう出てた」
「それって......」
まだ俺のこと好きってこと?
5年も経つのに?
お金だって盗んだのに?
「ママー!あにめ終わったよ!すいかまだー?」
「あ、うん。持ってくるね」
冷蔵庫からスイカを出す。
好きじゃなかったら、とっくに警察に行ってるか。
そんな最低な考えが頭をよぎる。
大体、俺のことが大好きでお金持ちな奴を選んだんだから。
ここまで、引きずられるとは思わなかったけど。
「どうぞ。お皿はこっちに置いてあるからね」
「やったぁー!すいかだぁ!」
「はい。ミカのお皿。お茶もいる?」
「うん。ありがとう」
イツは珍しく、俺の隣に座っていて向かいの席にはミカがいてなんだか不思議だった。
「塩ここに置いておくからね」
三人でスイカを食べてると実家を思い出す。
そりゃあ、父親がいた方が寂しい思いもさせないし、色々出来ることも増えるけど、ミカに父親になってもらうのはダメだ。
だって、あんなに利用したのに、また利用するなんて。
昔の俺なら出来たかもしれないけど、今の俺には無理だ。
「みかみ、ママのことすきなの?」
「ちょ、イツ、いきなり何言うの」
「好きだよ。六年前からずっと。今も」
「ろく......イツがうまれるまえ......。イツもママだいすき「だから、みかみがママのことすきなのわかるよ」
完全に二人の世界だ。
多分、今何言っても返事は返ってこない。
「ママのことまもれる?」
「当たり前だよ。伊月ちゃんのことだって守るよ」
「あのね、ママくるしい日があるの。そのときね、イツ、ママのそばにいれないの。いつもはイツがまもれるけどそのときはイツはまもれないの。おうち、あけようとするひとがくるの」
「は?どういうこと?説明して、八英」
やっと、俺のターンになったけど、これどうしよう。
確かに、アパートの扉をガチャガチャしてる奴はいる。
でもこっちはそれどころじゃない。
[[rb:発情期 > ヒート]]中は意識が朦朧としてるから、親から聞いた程度しか、外の状況は知らない。
「えっと、発情期 中に家の玄関を開けようとする人がいるんだよね。多分、俺のフェロモンに当てられた人だと思うんだけど」
「なんで引っ越さないの?危ないでしょ。もっとセキュリティがちゃんとしてる所紹介するよ」
「いや、保育園だって遠くなるし、セキュリティちゃんとしてる所は家賃も高いから」
「はぁ......。伊月ちゃんだってママのこと心配だよね?」
「うん。ママがかなしい思いするのいやだよ
「そう言われても......」
「俺と番になればいいのに」
「イツ、みかみきらいだけど、みかみもママのことだいすきなのいっしょだから。みかみもイツもママのことだいじなの」
「そうだよ。僕たちがこんなに言ってるんだから、もう少し安全なところに住もう?」
何か案が出てくればいいのに。
こういう時に限っていい案が思いつかない。
「......みかみがおうちにいればあんぜん?」
「えっ......。えっと、それはどうかな。それにイツ、ミカと一緒に暮らせる?」
「ママがあんぜんなら、イツはだいじょぶ」
「......えっと、まあ。その話は置いといて!そろそろ、ご飯作るね」
「ご飯食べ終わったら、どうするか決めてね。八英さん」
「あはは。そのうちね」
一旦誤魔化して、キッチンに行く。
オムライスの材料を冷蔵庫から出さなきゃ。
......どうするの、これ。
ミカと住む?
いや、ミカだってそれは出来ないだろうし大丈夫だ。
安全なのは実家とかかなぁ。
でも、発情期 を実家で過ごしたくない。
それにイツを見てくれてる母さん達に更に迷惑だしなぁ。
適当に引っ越すって言っておけばなんとかなるか。
ミカって、本当にいい奴だとつくづく思う。
気持ちを弄んだ上に、お金まで盗んだ俺を心配するだなんて。
俺がそんなことされたら、二度と話したくもないし会いたくもない。
きっと、今はシングルマザーっていうことに同情しているんだろう。
後、自分が父親かもしれないという気持ちがあるだけだ。
好きとかそういうのじゃない。
もう期待とかしたくないんだ。
具材を炒めながら、たどり着いた答えに納得してそれ以上は考えないようにした。
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あらすじ
「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」
貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。
冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。
彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。
「旦那様は俺に無関心」
そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。
バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!?
「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」
怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。
えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの?
実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった!
「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」
「過保護すぎて冒険になりません!!」
Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。
すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
流れる星、どうかお願い
ハル
BL
羽水 結弦(うすい ゆずる)
オメガで高校中退の彼は国内の財閥の一つ、羽水本家の次男、羽水要と番になって約8年
高層マンションに住み、気兼ねなくスーパーで買い物をして好きな料理を食べられる。同じ性の人からすれば恵まれた生活をしている彼
そんな彼が夜、空を眺めて流れ星に祈る願いはただ一つ
”要が幸せになりますように”
オメガバースの世界を舞台にしたアルファ×オメガ
王道な関係の二人が織りなすラブストーリーをお楽しみに!
一応、更新していきますが、修正が入ることは多いので
ちょっと読みづらくなったら申し訳ないですが
お付き合いください!
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