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1章 大学〜最悪な第一印象〜
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あの飲み会の日以来、会えば嫌味ばかりの関係が続いていた。それは六花の本心ではないが、相手に嫌われているなら仕方ない。とりあえずサークルの時だけと自分に言い聞かせていた。
四年になり卒業も近付いてきた冬の日。卒業論文を書き上げて教授への提出を終えた午後、構内を歩いていた六花は空き教室の中に宗吾がいるのを見つけた。電気もつけず、ぼんやりと窓の外を見ている。
何を見ているんだろうーー気になりつつも、また嫌味を言われるくらいなら関わらないほうがいいと思い、すぐにその場を離れようとした。
だがふと足が止まる。再び後退り、ドアのガラス窓から中を覗き込んだ。椅子を窓辺に寄せ、窓ガラスに力なく寄りかかり、グレーのパーカーは左肩がダラっとずり落ちている。
いつもやる気はなさそうだったが、珍しく元気もなさそうに見えた。
放っておけばいいじゃない。散々嫌な思いだってしてきたのよ。私には関係ないんだから。
そう思うのに、心と体は全く正反対の反応を示す。そのままドアを勢いよく開けて中に入ると、腕を組んで仁王立ちになった。
突然大きな音が響いたため、宗吾は勢いよく振り返る。そして六花を見て顔を顰めた。
「お前……なんでここに……!」
張り合いなく言った宗吾の目元は赤く腫れており、六花は驚いたように目を見開く。そのことに気付いた宗吾は慌てて顔を背けた。
「……用がないならとっとと出て行けよ」
いつもならここで嫌味のやり合いをするのだが、彼のあんな様子を見てしまっては六花は応戦する気にはなれなかった。
ため息をつくと後ろ手に扉を閉め、宗吾から少し距離を置いた席に腰を下ろす。持っていた茶色の皮のショルダーバッグを机にどさっと置き、彼と同じように窓の方を向く。
窓からは青空が見えるだけで何も変わり映えはしないことから、宗吾が空を眺めていたとは思えなかった。
「話くらい聞いてあげてもいいけど」
何かあったに違いない……そう思うと何故か放っておけなかった。
「はっ? 別に何もねーよ」
「……本当にあんたって素直じゃないよね。話せばスッキリすると思うのに、いつも心の中に溜め込んでばっかりじゃない」
六花の呟きを聞くと、宗吾は椅子の背もたれに全体重を預けるように倒れ込んだ。
「お前のその名前……どうにかなんない?」
「何その理不尽な言い分。親からもらった大切な名前に文句があるわけ?」
六花は眉間に皺を寄せて不愉快そうに漏らす。しかしその姿を見た宗吾は思わず吹き出し、大きな声をあげて笑い出す。
「そうだよな……何言ってんだ、俺」
「……あら、あんたもそうやって笑えたんだ。びっくり」
「お前はストレートに言い過ぎ。もう少しオブラートに包めよ」
「仕方ないでしょ。自分の気持ちには正直に生きてきたのよ。まぁ確かに時々失敗したなって思う時もあるけど」
宗吾は立ち上がると、椅子を持って六花の隣に移動する。
「じゃあさ、その髪型と服装は?」
「……変えろって言ってるの? 嫌よ、これは譲れない。好きなものを変えるなんて絶対嫌ーーというか、あんたが気に食わなかったのってこれなの?」
「……だけじゃないけど」
「私みたいな子、世間じゃゴロゴロしてるはずだけど。なんで私だけ……」
言いかけて、六花はようやく理解したような気がした。彼の心を惑わす誰かがいるんだろう。
黒髪ロングのストレート、フェミニン系の、きっと私と同じ名前の女性に、彼は恋をしていたのだろう。少なくともこの二年間、その女性に心を燃やしてきたのね……。
その人の前では素直になれているのだろうか。いや、それはないだろう。だって素直になれていたらきっと想いを伝えていたはずだから。
六花が宗吾の顔を見ると、泣き腫らした目元がしっかりと見えた。その顔に手を伸ばしてそっと触れると、宗吾は小さく震えた。それから彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「泣けばいいじゃない。我慢しなくていいのよ」
すると嗚咽を押し殺すように、宗吾は口元を押さえながら泣き始めた。そんな彼を慰めるかのように六花は優しく頭を撫でる。
「……なんで……そんなことが出来るんだよ……」
「慰めてること? 別に理由はないんじゃない? 泣いてる人が目の前にいたら、誰だってこうすると思うけど」
「でも……!」
「まぁあんたから受けた仕打ちを考えれば、普通は躊躇うわよねぇ。でもなんて言うのかな……なんか初めて失恋した中学生みたいで放っておけない感じ? 母性本能ってやつ?」
「母性本能って……俺、お前と同い年なんだけど」
「私に対してあんな態度しか取れないんだから、お子ちゃまと同じでしょ? それにほら、蟹座の女は人一倍母性が強いのよ。知らない?」
「あはは! なんだよ、それ。初めて聞いた」
子どもみたいに笑う宗吾に、六花は初めて人として好意を持った。
彼は私を嫌っていたわけじゃないのね。自分の中のどうしようもない気持ちと葛藤していたんだ。それを知れただけでも、一人の人間を心から嫌いにならずに済んだ。
あの飲み会の日以来、会えば嫌味ばかりの関係が続いていた。それは六花の本心ではないが、相手に嫌われているなら仕方ない。とりあえずサークルの時だけと自分に言い聞かせていた。
四年になり卒業も近付いてきた冬の日。卒業論文を書き上げて教授への提出を終えた午後、構内を歩いていた六花は空き教室の中に宗吾がいるのを見つけた。電気もつけず、ぼんやりと窓の外を見ている。
何を見ているんだろうーー気になりつつも、また嫌味を言われるくらいなら関わらないほうがいいと思い、すぐにその場を離れようとした。
だがふと足が止まる。再び後退り、ドアのガラス窓から中を覗き込んだ。椅子を窓辺に寄せ、窓ガラスに力なく寄りかかり、グレーのパーカーは左肩がダラっとずり落ちている。
いつもやる気はなさそうだったが、珍しく元気もなさそうに見えた。
放っておけばいいじゃない。散々嫌な思いだってしてきたのよ。私には関係ないんだから。
そう思うのに、心と体は全く正反対の反応を示す。そのままドアを勢いよく開けて中に入ると、腕を組んで仁王立ちになった。
突然大きな音が響いたため、宗吾は勢いよく振り返る。そして六花を見て顔を顰めた。
「お前……なんでここに……!」
張り合いなく言った宗吾の目元は赤く腫れており、六花は驚いたように目を見開く。そのことに気付いた宗吾は慌てて顔を背けた。
「……用がないならとっとと出て行けよ」
いつもならここで嫌味のやり合いをするのだが、彼のあんな様子を見てしまっては六花は応戦する気にはなれなかった。
ため息をつくと後ろ手に扉を閉め、宗吾から少し距離を置いた席に腰を下ろす。持っていた茶色の皮のショルダーバッグを机にどさっと置き、彼と同じように窓の方を向く。
窓からは青空が見えるだけで何も変わり映えはしないことから、宗吾が空を眺めていたとは思えなかった。
「話くらい聞いてあげてもいいけど」
何かあったに違いない……そう思うと何故か放っておけなかった。
「はっ? 別に何もねーよ」
「……本当にあんたって素直じゃないよね。話せばスッキリすると思うのに、いつも心の中に溜め込んでばっかりじゃない」
六花の呟きを聞くと、宗吾は椅子の背もたれに全体重を預けるように倒れ込んだ。
「お前のその名前……どうにかなんない?」
「何その理不尽な言い分。親からもらった大切な名前に文句があるわけ?」
六花は眉間に皺を寄せて不愉快そうに漏らす。しかしその姿を見た宗吾は思わず吹き出し、大きな声をあげて笑い出す。
「そうだよな……何言ってんだ、俺」
「……あら、あんたもそうやって笑えたんだ。びっくり」
「お前はストレートに言い過ぎ。もう少しオブラートに包めよ」
「仕方ないでしょ。自分の気持ちには正直に生きてきたのよ。まぁ確かに時々失敗したなって思う時もあるけど」
宗吾は立ち上がると、椅子を持って六花の隣に移動する。
「じゃあさ、その髪型と服装は?」
「……変えろって言ってるの? 嫌よ、これは譲れない。好きなものを変えるなんて絶対嫌ーーというか、あんたが気に食わなかったのってこれなの?」
「……だけじゃないけど」
「私みたいな子、世間じゃゴロゴロしてるはずだけど。なんで私だけ……」
言いかけて、六花はようやく理解したような気がした。彼の心を惑わす誰かがいるんだろう。
黒髪ロングのストレート、フェミニン系の、きっと私と同じ名前の女性に、彼は恋をしていたのだろう。少なくともこの二年間、その女性に心を燃やしてきたのね……。
その人の前では素直になれているのだろうか。いや、それはないだろう。だって素直になれていたらきっと想いを伝えていたはずだから。
六花が宗吾の顔を見ると、泣き腫らした目元がしっかりと見えた。その顔に手を伸ばしてそっと触れると、宗吾は小さく震えた。それから彼の瞳から一筋の涙がこぼれ落ちる。
「泣けばいいじゃない。我慢しなくていいのよ」
すると嗚咽を押し殺すように、宗吾は口元を押さえながら泣き始めた。そんな彼を慰めるかのように六花は優しく頭を撫でる。
「……なんで……そんなことが出来るんだよ……」
「慰めてること? 別に理由はないんじゃない? 泣いてる人が目の前にいたら、誰だってこうすると思うけど」
「でも……!」
「まぁあんたから受けた仕打ちを考えれば、普通は躊躇うわよねぇ。でもなんて言うのかな……なんか初めて失恋した中学生みたいで放っておけない感じ? 母性本能ってやつ?」
「母性本能って……俺、お前と同い年なんだけど」
「私に対してあんな態度しか取れないんだから、お子ちゃまと同じでしょ? それにほら、蟹座の女は人一倍母性が強いのよ。知らない?」
「あはは! なんだよ、それ。初めて聞いた」
子どもみたいに笑う宗吾に、六花は初めて人として好意を持った。
彼は私を嫌っていたわけじゃないのね。自分の中のどうしようもない気持ちと葛藤していたんだ。それを知れただけでも、一人の人間を心から嫌いにならずに済んだ。
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