ほかほか

ねこ侍

文字の大きさ
33 / 53

幕間 キャミィの記憶

しおりを挟む
「痛いニャー」

 そう呟きながらキャミィは胸をさする。
 
 月明りが照らす中、絶妙なバランス感覚でキャミィは樹のてっぺんに座っていた。
 それは天空樹と呼ばれる全長三百メートルを超える巨木。

 周りにはそれ以上に背の高い樹は見当たらない。
 キャミィが休憩をする時は、その時、その場所で一番高いところだ。
 パーティーを組まないキャミィは、ほんのわずかな時間の休憩にも細心の注意をする必要があった。
 
 鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。
 今夜は雲一つない。月明りが眼下に広がる森の木々を美しく照らしている。

 こんな寒い夜は古傷が痛む。

 キャミィの胸には一見するとわからないが、毛が生えておらず肌が露出している部分がある。
 そこにはハッキリと、一つの傷跡が見える。もっとも普段は周りの毛が覆っている為に、誰かに見られる事は無いのだが。

 キャミィは古傷の原因を作った男の事を思い出していた。
 あれは今夜みたいに雲一つない夜だった。確か七年前にペクトロ村に潜入した時の事だ……。



「わははははっ!どうしたコソ泥よ!もう終いか?」

「ニャニャッ」

 キャミィは焦っていた。
 こんな田舎の村に、こんな化物がいるとは聞いていなかった。
 
 村にある宝物蔵から、古ぼけた石を一つ盗み出すだけの簡単な仕事……のはずだった。

 宝物蔵には南京錠が一つだけかけられていた。
 見張りもいなければ罠も無い。あまりの防犯意識の低さに拍子抜けしていた。
 だが、キャミィが宝物蔵のカギを開けようと、ピッキングツールを口に咥え、かぎ穴に差し込んだ瞬間、この男に声をかけられたのだ。

「わはははは。お客様、お会計の済んでいない商品があるようですよっ!」

 この男はきっと村に入った瞬間から気づいていたのだろう。

 まだなんにも盗っていないニャー。
 
 と内心思いながらも、男の接近に全く気付く事が出来なかった事に動揺する。
 
 キャミィはネコ型の獣人である。その発達した五感は通常の冒険者のそれを遥かに上回る。
 その中においても、聴覚と嗅覚には絶対の自信をキャミィは持っていたのだ。
 しかし目の前の男からは、気配も、音も、匂いさえも感じる事が出来なかった。
 
 男はケンタウロス族だろうか。
 右手には長い槍を携え、左手は肘から先が無く剣が取り付けられている。
 まるで剣が腕から生えてきているかの様だ。

 仕方ないニャ!

 キャミィは腕のホルダーから短剣を口で抜き、そのまま咥えると男の首筋目がけて、飛び掛かっていった。 
 



 何でだニャー!?

 キャミィは先程から攻撃を繰り出すも、全くもって当たらない。
 口に咥えた短剣には【麻痺】と【猛毒】の魔法がかけてある。が、当たらなければ意味が無い。

 しかも背後を取ったつもりでも、気づけば男は必ず正面を向いているのだ。
 下半身が馬とは思えない。驚愕の機動力、旋回力だ。

 そう言えば、男の背中をまだ一度も見ていないニャ……。

 それに気づいた瞬間、背中がゾクリとした。

「ふむ。スピードは大したものだ。だがいつまで避けられるかな?」

 キャミィもまた同様に、男の攻撃を躱し続けていた。

 が、男は明らかに手加減をしている。
 右手に持つ、禍々しいオーラを放つ槍での攻撃は一切無い。攻撃しないのであれば、槍はその巨大さゆえに邪魔なだけだろう。男の繰り出す攻撃は左手の剣のみに徹しており、そして何よりも殺気が無い。

 更に攻撃の前には、

「行くぞっ!疾風十二連突きーーーーッ!!」

 と、わざわざ技の特徴を名乗ってくれるのだからありがたい。
 遊びのつもりなのかもしれない。

 男が繰り出す全ての突きを紙一重で躱す。
 キャミィは必死だった。どの攻撃も余裕をもって躱せた事などない。
 なにより今の突きは十二では無く、十三連突きであった。

「わはは。すまん、一発多かったな」

「……大ウソツキだにゃー」

「んん?それはいいな。大嘘突きと言う名前にするか」

 勘弁してほしいニャー。

 何とか逃げる機会は無いか。キャミィは男のスキを窺う。
 このまま戦っていても百%勝てない。
 
 「じゃ次、居合斬りっぽいの行くぞ」

 男が右腰に左手を持っていく。ただ、右手には槍を持ち、且つ下半身が馬なのでキャミィが想像している居合斬りのイメージとは程遠い。
 だが避けられなければ死ぬ、と本能がそう告げていた。

「いざっ!流星居合斬りっ!!」

 男の声に全身が反応した。全身の毛が逆立つ。

 気づけば、既に剣の切っ先がキャミィの胸元まで迫っていた。
 それをバックステップしてかろうじて躱す。

 動きが全く見えなかった。
 猫背が幸いしてか、皮一枚のところを、わずか数ミリでギリギリ回避する事が出来た。
 見て避けたのではない。経験と本能で避けたのだ。
 男の無駄な掛け声が無ければ、間違いなく身体が真っ二つに斬られていただろう。

 次の攻撃に備えるキャミィ。避けたつもりでいた。

 そこにワンテンポ遅れてやってくる激痛。見ると胸が真っ赤に染まっている。

 あれ……確かに避けたはずニャ!?

「こらこらダリィ。それは初見殺しの技だから使っちゃ駄目だろう」
「あ~ダリィ」

 男は左腕と会話をしていた。
 よく見ると左手の剣は生物の様に伸び縮みしている。
 あれのせいニャ……あれのせいで間合いが変わったのニャ……。

 胸の傷は思ったよりも深い様だ。
 いやこの程度で済んだ事を、まだ生きている事を感謝すべきか。

「じゃ次は流星千本居合斬り、行くか」
 
 キャミィはその言葉に青ざめる。さっきのふざけた居合斬りが千本……。いや千と一本かも知れない……。
 これは……百%勝てない、じゃ無いニャ。
 
 百%死ぬニャ……。

 とその時、ふと声が聞こえてきた。

「村長ー。何やってるだっぺよー!総会の時間だでよー!!」

「おお。しまった!すまない。すぐに行く。」

 男がほんの一瞬だけ、遠くの村人に目をやり、返事をする。
 
「じゃ終わりにしようか」

 と、男が戻した視線の先には、もうキャミィの姿は無かった。

「ふふ。早いな」と男がニヤリと笑う。

 たったったっと村人が走りながら男に近寄ってきた。

「どうしたっぺー? みんな待ってるっぺよー!」

 村人が男に話しかける。

「すまんすまん。村にネズミが……いやネコが迷い込んでいたもんでな……」

 さぁ行こうか、と男は村人と共に総会場へ向けてパカリと歩き出した。 

「さて、今夜の総会の議題は何だったかな?」男が村人に尋ねる。

「村の観光事業についてだべ」村人は答える。

 それを聞いた男はうーむ、とうなりながら数歩歩きながら考える。
 そして、何かを閃いたのか、手をポンと叩くと嬉しそうに村人に告げた。

「おお、そうだ。村の入り口に、防犯も兼ねて案内人形でも置いてみるか」




鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。

こんなに寒い日は古傷が痛むのだ。

キャミィはぶるっと身震いをすると古傷をぺろぺろと舐めた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

クラス転移したら種族が変化してたけどとりあえず生きる

アルカス
ファンタジー
16歳になったばかりの高校2年の主人公。 でも、主人公は昔から体が弱くなかなか学校に通えなかった。 でも学校には、行っても俺に声をかけてくれる親友はいた。 その日も体の調子が良くなり、親友と久しぶりの学校に行きHRが終わり先生が出ていったとき、クラスが眩しい光に包まれた。 そして僕は一人、違う場所に飛ばされいた。

出来損ない貴族の三男は、謎スキル【サブスク】で世界最強へと成り上がる〜今日も僕は、無能を演じながら能力を徴収する〜

シマセイ
ファンタジー
実力至上主義の貴族家に転生したものの、何の才能も持たない三男のルキウスは、「出来損ない」として優秀な兄たちから虐げられる日々を送っていた。 起死回生を願った五歳の「スキルの儀」で彼が授かったのは、【サブスクリプション】という誰も聞いたことのない謎のスキル。 その結果、彼の立場はさらに悪化。完全な「クズ」の烙印を押され、家族から存在しない者として扱われるようになってしまう。 絶望の淵で彼に寄り添うのは、心優しき専属メイドただ一人。 役立たずと蔑まれたこの謎のスキルが、やがて少年の運命を、そして世界を静かに揺るがしていくことを、まだ誰も知らない。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

真祖竜に転生したけど、怠け者の世界最強種とか性に合わないんで、人間のふりして旅に出ます

難波一
ファンタジー
"『第18回ファンタジー小説大賞【奨励賞】受賞!』" ブラック企業勤めのサラリーマン、橘隆也(たちばな・りゅうや)、28歳。 社畜生活に疲れ果て、ある日ついに階段から足を滑らせてあっさりゲームオーバー…… ……と思いきや、目覚めたらなんと、伝説の存在・“真祖竜”として異世界に転生していた!? ところがその竜社会、価値観がヤバすぎた。 「努力は未熟の証、夢は竜の尊厳を損なう」 「強者たるもの怠惰であれ」がスローガンの“七大怠惰戒律”を掲げる、まさかのぐうたら最強種族! 「何それ意味わかんない。強く生まれたからこそ、努力してもっと強くなるのが楽しいんじゃん。」 かくして、生まれながらにして世界最強クラスのポテンシャルを持つ幼竜・アルドラクスは、 竜社会の常識をぶっちぎりで踏み倒し、独学で魔法と技術を学び、人間の姿へと変身。 「世界を見たい。自分の力がどこまで通じるか、試してみたい——」 人間のふりをして旅に出た彼は、貴族の令嬢や竜の少女、巨大な犬といった仲間たちと出会い、 やがて“魔王”と呼ばれる世界級の脅威や、世界の秘密に巻き込まれていくことになる。 ——これは、“怠惰が美徳”な最強種族に生まれてしまった元社畜が、 「自分らしく、全力で生きる」ことを選んだ物語。 世界を知り、仲間と出会い、規格外の強さで冒険と成長を繰り広げる、 最強幼竜の“成り上がり×異端×ほのぼの冒険ファンタジー”開幕! ※小説家になろう様にも掲載しています。

迷宮遊戯

ヘロー天気
ファンタジー
ダンジョンマスターに選ばれた魂が生前の渇望を満たすべく、迷宮構築のシステムを使って街づくりに没頭する。 「別に地下迷宮である必要はないのでは?」

異世界転移物語

月夜
ファンタジー
このところ、日本各地で謎の地震が頻発していた。そんなある日、都内の大学に通う僕(田所健太)は、地震が起こったときのために、部屋で非常持出袋を整理していた。すると、突然、めまいに襲われ、次に気づいたときは、深い森の中に迷い込んでいたのだ……

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

処理中です...