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幕間 キャミィの記憶
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「痛いニャー」
そう呟きながらキャミィは胸をさする。
月明りが照らす中、絶妙なバランス感覚でキャミィは樹のてっぺんに座っていた。
それは天空樹と呼ばれる全長三百メートルを超える巨木。
周りにはそれ以上に背の高い樹は見当たらない。
キャミィが休憩をする時は、その時、その場所で一番高いところだ。
パーティーを組まないキャミィは、ほんのわずかな時間の休憩にも細心の注意をする必要があった。
鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。
今夜は雲一つない。月明りが眼下に広がる森の木々を美しく照らしている。
こんな寒い夜は古傷が痛む。
キャミィの胸には一見するとわからないが、毛が生えておらず肌が露出している部分がある。
そこにはハッキリと、一つの傷跡が見える。もっとも普段は周りの毛が覆っている為に、誰かに見られる事は無いのだが。
キャミィは古傷の原因を作った男の事を思い出していた。
あれは今夜みたいに雲一つない夜だった。確か七年前にペクトロ村に潜入した時の事だ……。
◆
「わははははっ!どうしたコソ泥よ!もう終いか?」
「ニャニャッ」
キャミィは焦っていた。
こんな田舎の村に、こんな化物がいるとは聞いていなかった。
村にある宝物蔵から、古ぼけた石を一つ盗み出すだけの簡単な仕事……のはずだった。
宝物蔵には南京錠が一つだけかけられていた。
見張りもいなければ罠も無い。あまりの防犯意識の低さに拍子抜けしていた。
だが、キャミィが宝物蔵のカギを開けようと、ピッキングツールを口に咥え、かぎ穴に差し込んだ瞬間、この男に声をかけられたのだ。
「わはははは。お客様、お会計の済んでいない商品があるようですよっ!」
この男はきっと村に入った瞬間から気づいていたのだろう。
まだなんにも盗っていないニャー。
と内心思いながらも、男の接近に全く気付く事が出来なかった事に動揺する。
キャミィはネコ型の獣人である。その発達した五感は通常の冒険者のそれを遥かに上回る。
その中においても、聴覚と嗅覚には絶対の自信をキャミィは持っていたのだ。
しかし目の前の男からは、気配も、音も、匂いさえも感じる事が出来なかった。
男はケンタウロス族だろうか。
右手には長い槍を携え、左手は肘から先が無く剣が取り付けられている。
まるで剣が腕から生えてきているかの様だ。
仕方ないニャ!
キャミィは腕のホルダーから短剣を口で抜き、そのまま咥えると男の首筋目がけて、飛び掛かっていった。
◆
何でだニャー!?
キャミィは先程から攻撃を繰り出すも、全くもって当たらない。
口に咥えた短剣には【麻痺】と【猛毒】の魔法がかけてある。が、当たらなければ意味が無い。
しかも背後を取ったつもりでも、気づけば男は必ず正面を向いているのだ。
下半身が馬とは思えない。驚愕の機動力、旋回力だ。
そう言えば、男の背中をまだ一度も見ていないニャ……。
それに気づいた瞬間、背中がゾクリとした。
「ふむ。スピードは大したものだ。だがいつまで避けられるかな?」
キャミィもまた同様に、男の攻撃を躱し続けていた。
が、男は明らかに手加減をしている。
右手に持つ、禍々しいオーラを放つ槍での攻撃は一切無い。攻撃しないのであれば、槍はその巨大さゆえに邪魔なだけだろう。男の繰り出す攻撃は左手の剣のみに徹しており、そして何よりも殺気が無い。
更に攻撃の前には、
「行くぞっ!疾風十二連突きーーーーッ!!」
と、わざわざ技の特徴を名乗ってくれるのだからありがたい。
遊びのつもりなのかもしれない。
男が繰り出す全ての突きを紙一重で躱す。
キャミィは必死だった。どの攻撃も余裕をもって躱せた事などない。
なにより今の突きは十二では無く、十三連突きであった。
「わはは。すまん、一発多かったな」
「……大ウソツキだにゃー」
「んん?それはいいな。大嘘突きと言う名前にするか」
勘弁してほしいニャー。
何とか逃げる機会は無いか。キャミィは男のスキを窺う。
このまま戦っていても百%勝てない。
「じゃ次、居合斬りっぽいの行くぞ」
男が右腰に左手を持っていく。ただ、右手には槍を持ち、且つ下半身が馬なのでキャミィが想像している居合斬りのイメージとは程遠い。
だが避けられなければ死ぬ、と本能がそう告げていた。
「いざっ!流星居合斬りっ!!」
男の声に全身が反応した。全身の毛が逆立つ。
気づけば、既に剣の切っ先がキャミィの胸元まで迫っていた。
それをバックステップしてかろうじて躱す。
動きが全く見えなかった。
猫背が幸いしてか、皮一枚のところを、わずか数ミリでギリギリ回避する事が出来た。
見て避けたのではない。経験と本能で避けたのだ。
男の無駄な掛け声が無ければ、間違いなく身体が真っ二つに斬られていただろう。
次の攻撃に備えるキャミィ。避けたつもりでいた。
そこにワンテンポ遅れてやってくる激痛。見ると胸が真っ赤に染まっている。
あれ……確かに避けたはずニャ!?
「こらこらダリィ。それは初見殺しの技だから使っちゃ駄目だろう」
「あ~ダリィ」
男は左腕と会話をしていた。
よく見ると左手の剣は生物の様に伸び縮みしている。
あれのせいニャ……あれのせいで間合いが変わったのニャ……。
胸の傷は思ったよりも深い様だ。
いやこの程度で済んだ事を、まだ生きている事を感謝すべきか。
「じゃ次は流星千本居合斬り、行くか」
キャミィはその言葉に青ざめる。さっきのふざけた居合斬りが千本……。いや千と一本かも知れない……。
これは……百%勝てない、じゃ無いニャ。
百%死ぬニャ……。
とその時、ふと声が聞こえてきた。
「村長ー。何やってるだっぺよー!総会の時間だでよー!!」
「おお。しまった!すまない。すぐに行く。」
男がほんの一瞬だけ、遠くの村人に目をやり、返事をする。
「じゃ終わりにしようか」
と、男が戻した視線の先には、もうキャミィの姿は無かった。
「ふふ。早いな」と男がニヤリと笑う。
たったったっと村人が走りながら男に近寄ってきた。
「どうしたっぺー? みんな待ってるっぺよー!」
村人が男に話しかける。
「すまんすまん。村にネズミが……いやネコが迷い込んでいたもんでな……」
さぁ行こうか、と男は村人と共に総会場へ向けてパカリと歩き出した。
「さて、今夜の総会の議題は何だったかな?」男が村人に尋ねる。
「村の観光事業についてだべ」村人は答える。
それを聞いた男はうーむ、とうなりながら数歩歩きながら考える。
そして、何かを閃いたのか、手をポンと叩くと嬉しそうに村人に告げた。
「おお、そうだ。村の入り口に、防犯も兼ねて案内人形でも置いてみるか」
◆
鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。
こんなに寒い日は古傷が痛むのだ。
キャミィはぶるっと身震いをすると古傷をぺろぺろと舐めた。
そう呟きながらキャミィは胸をさする。
月明りが照らす中、絶妙なバランス感覚でキャミィは樹のてっぺんに座っていた。
それは天空樹と呼ばれる全長三百メートルを超える巨木。
周りにはそれ以上に背の高い樹は見当たらない。
キャミィが休憩をする時は、その時、その場所で一番高いところだ。
パーティーを組まないキャミィは、ほんのわずかな時間の休憩にも細心の注意をする必要があった。
鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。
今夜は雲一つない。月明りが眼下に広がる森の木々を美しく照らしている。
こんな寒い夜は古傷が痛む。
キャミィの胸には一見するとわからないが、毛が生えておらず肌が露出している部分がある。
そこにはハッキリと、一つの傷跡が見える。もっとも普段は周りの毛が覆っている為に、誰かに見られる事は無いのだが。
キャミィは古傷の原因を作った男の事を思い出していた。
あれは今夜みたいに雲一つない夜だった。確か七年前にペクトロ村に潜入した時の事だ……。
◆
「わははははっ!どうしたコソ泥よ!もう終いか?」
「ニャニャッ」
キャミィは焦っていた。
こんな田舎の村に、こんな化物がいるとは聞いていなかった。
村にある宝物蔵から、古ぼけた石を一つ盗み出すだけの簡単な仕事……のはずだった。
宝物蔵には南京錠が一つだけかけられていた。
見張りもいなければ罠も無い。あまりの防犯意識の低さに拍子抜けしていた。
だが、キャミィが宝物蔵のカギを開けようと、ピッキングツールを口に咥え、かぎ穴に差し込んだ瞬間、この男に声をかけられたのだ。
「わはははは。お客様、お会計の済んでいない商品があるようですよっ!」
この男はきっと村に入った瞬間から気づいていたのだろう。
まだなんにも盗っていないニャー。
と内心思いながらも、男の接近に全く気付く事が出来なかった事に動揺する。
キャミィはネコ型の獣人である。その発達した五感は通常の冒険者のそれを遥かに上回る。
その中においても、聴覚と嗅覚には絶対の自信をキャミィは持っていたのだ。
しかし目の前の男からは、気配も、音も、匂いさえも感じる事が出来なかった。
男はケンタウロス族だろうか。
右手には長い槍を携え、左手は肘から先が無く剣が取り付けられている。
まるで剣が腕から生えてきているかの様だ。
仕方ないニャ!
キャミィは腕のホルダーから短剣を口で抜き、そのまま咥えると男の首筋目がけて、飛び掛かっていった。
◆
何でだニャー!?
キャミィは先程から攻撃を繰り出すも、全くもって当たらない。
口に咥えた短剣には【麻痺】と【猛毒】の魔法がかけてある。が、当たらなければ意味が無い。
しかも背後を取ったつもりでも、気づけば男は必ず正面を向いているのだ。
下半身が馬とは思えない。驚愕の機動力、旋回力だ。
そう言えば、男の背中をまだ一度も見ていないニャ……。
それに気づいた瞬間、背中がゾクリとした。
「ふむ。スピードは大したものだ。だがいつまで避けられるかな?」
キャミィもまた同様に、男の攻撃を躱し続けていた。
が、男は明らかに手加減をしている。
右手に持つ、禍々しいオーラを放つ槍での攻撃は一切無い。攻撃しないのであれば、槍はその巨大さゆえに邪魔なだけだろう。男の繰り出す攻撃は左手の剣のみに徹しており、そして何よりも殺気が無い。
更に攻撃の前には、
「行くぞっ!疾風十二連突きーーーーッ!!」
と、わざわざ技の特徴を名乗ってくれるのだからありがたい。
遊びのつもりなのかもしれない。
男が繰り出す全ての突きを紙一重で躱す。
キャミィは必死だった。どの攻撃も余裕をもって躱せた事などない。
なにより今の突きは十二では無く、十三連突きであった。
「わはは。すまん、一発多かったな」
「……大ウソツキだにゃー」
「んん?それはいいな。大嘘突きと言う名前にするか」
勘弁してほしいニャー。
何とか逃げる機会は無いか。キャミィは男のスキを窺う。
このまま戦っていても百%勝てない。
「じゃ次、居合斬りっぽいの行くぞ」
男が右腰に左手を持っていく。ただ、右手には槍を持ち、且つ下半身が馬なのでキャミィが想像している居合斬りのイメージとは程遠い。
だが避けられなければ死ぬ、と本能がそう告げていた。
「いざっ!流星居合斬りっ!!」
男の声に全身が反応した。全身の毛が逆立つ。
気づけば、既に剣の切っ先がキャミィの胸元まで迫っていた。
それをバックステップしてかろうじて躱す。
動きが全く見えなかった。
猫背が幸いしてか、皮一枚のところを、わずか数ミリでギリギリ回避する事が出来た。
見て避けたのではない。経験と本能で避けたのだ。
男の無駄な掛け声が無ければ、間違いなく身体が真っ二つに斬られていただろう。
次の攻撃に備えるキャミィ。避けたつもりでいた。
そこにワンテンポ遅れてやってくる激痛。見ると胸が真っ赤に染まっている。
あれ……確かに避けたはずニャ!?
「こらこらダリィ。それは初見殺しの技だから使っちゃ駄目だろう」
「あ~ダリィ」
男は左腕と会話をしていた。
よく見ると左手の剣は生物の様に伸び縮みしている。
あれのせいニャ……あれのせいで間合いが変わったのニャ……。
胸の傷は思ったよりも深い様だ。
いやこの程度で済んだ事を、まだ生きている事を感謝すべきか。
「じゃ次は流星千本居合斬り、行くか」
キャミィはその言葉に青ざめる。さっきのふざけた居合斬りが千本……。いや千と一本かも知れない……。
これは……百%勝てない、じゃ無いニャ。
百%死ぬニャ……。
とその時、ふと声が聞こえてきた。
「村長ー。何やってるだっぺよー!総会の時間だでよー!!」
「おお。しまった!すまない。すぐに行く。」
男がほんの一瞬だけ、遠くの村人に目をやり、返事をする。
「じゃ終わりにしようか」
と、男が戻した視線の先には、もうキャミィの姿は無かった。
「ふふ。早いな」と男がニヤリと笑う。
たったったっと村人が走りながら男に近寄ってきた。
「どうしたっぺー? みんな待ってるっぺよー!」
村人が男に話しかける。
「すまんすまん。村にネズミが……いやネコが迷い込んでいたもんでな……」
さぁ行こうか、と男は村人と共に総会場へ向けてパカリと歩き出した。
「さて、今夜の総会の議題は何だったかな?」男が村人に尋ねる。
「村の観光事業についてだべ」村人は答える。
それを聞いた男はうーむ、とうなりながら数歩歩きながら考える。
そして、何かを閃いたのか、手をポンと叩くと嬉しそうに村人に告げた。
「おお、そうだ。村の入り口に、防犯も兼ねて案内人形でも置いてみるか」
◆
鳥とも獣ともつかない鳴き声がどこからか聞こえてくる。
こんなに寒い日は古傷が痛むのだ。
キャミィはぶるっと身震いをすると古傷をぺろぺろと舐めた。
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