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ねこ侍

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H-1 カサンドラ地区予選 第二回戦

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 城塞都市「カサンドラ」

 元々は北方に居城を構える魔王からの進行を阻止する為に、建設された砦であった。
 
 魔王を倒すために兵士が集まり、

 兵が集まれば物資も集まり、

 物資が集まれば人も集まる。

 やがて小さな砦はどんどんと巨大化し、ハイムでも有数の大都市となったのである。

 そして魔王との不可侵条約が締結された現在では、大勢の商人や旅人達が行き交い、住む者達も爆発的に増え、都市としてかつてない繁栄を誇っていた。

 そんなカサンドラの中心に建設された大型闘技場「コロッセウム」
 古くはカサンドラを護る兵士達の為の訓練場であった。

 それが現在では格闘技大会「H-1」の地区予選会場となっていた。

 「H-1」とは、三年に一度開かれる格闘技大会であり、ハイム全土をあげての大イベントだ。
 
 予選は15の地区に分かれてトーナメント形式で行われ、地区予選を優勝した者だけが本戦へと出場できる。地区予選だけでも相当な数の出場者がおり、本戦に出場するだけでも大変な名誉とされる。
 
 「H-1」カサンドラ地区、予選第二回戦。
 コロッセウムは凄まじいまでの熱気に包まれていた。

 まだ地区予選だというのに観客席は超満員であり、立ち見客で通路さえも溢れている。
 特にカサンドラ市民には、その歴史的な背景もあり熱狂的な格闘技ファンも多い。

 その超満員の観客が見守る先、円形の闘技場の中心にジャイはいた。


 ◆


 ジャイは今回が「H-1」初出場である。
 カサンドラ地区は、数ある予選地区の中でも最高ランクの激戦区だ。
 今回はシード扱いとなっているが、前回の優勝者「拳聖」もカサンドラ地区から予選を突破してきた。

 当然、強豪も出場する可能性が高い事は知っていた。
 いや、知っていたからこそわざわざカサンドラ地区を選んだのだ。

 雑魚とやっても仕方ねぇからな。

 しかし……。
 こいつは予想外中の予想外だ。

 二回戦でこんな奴と当たるとは…………俺は運がいい。

 対戦相手は女だ。
 確か、コクトー・バターロールだっけ?
 なんか聞いた事あるんだよな。

 少しカールのかかった金色の髪を肩で切り揃え、ピッタリと身体に密着した服を着ている。
 おへそ周りだけ布が無く、一見すると水着の様だ。

 おそらく機能性の追求もあるが、異性相手に油断を誘う意味合いも含んでいるのだろう。

 それを証拠に、試合開始直後から、男性の声援や指笛が観客席から鳴りやまない。
 ちらと、観客席を見ると「コクトーLOVE」と書かれた旗を持っている団体が見える。

 おいおい。
 ファンクラブまであるのかよ。

 だがお生憎様。
 俺は色欲とは無縁なんだ。
 目のやり場に困ったり、ましてや女だからと遠慮する事は無い。

 まぁ、そもそもそんな余裕は無いけどなっ!

 ヒュンッ!

 低い体勢から放たれたコクトーのアッパーを、右手でかろうじてガードする。

 ジャイもそうだが、コクトーも無手だ。
 腰を低く構え、腕をだらりと下げた独特の姿勢を取っている。
 
 あんまし見た事が無い構えなんだよな。

 いや、少し似た構えをしてた奴がいたな。
 確かあいつは暗殺者だったか……。

 「フゥッ!」

 短い呼気と共に、コクトーの右腕が鞭の様にしなり、ジャイの肩口目がけて手刀が飛んでくる。
 
 が、ジャイは動きを読んでいる。
 そのカウンターを狙い、コクトーの右腕を弾き飛ばすと同時に、突きを繰り出すジャイ。

 コクトーは左腕で攻撃を受け流すと、くるりと反転しながら地面を薙ぎ払う様に蹴りを出した。

 足払いかっ!?

 ほんの少しだけ後方に跳躍して躱すジャイ。
 恐らく高さは10センチも飛んでいないだろう。
 が、そのほんのわずかな、ジャイが空中にいる瞬間を狙って、コクトーが追撃を仕掛ける。

「はぁっ!!」

 コクトーがジャイに向かって勢いよく駆け出し、ジャンプをする。
 そのまま身体ごと前方に回転し、弧を描くように踵がジャイの頭部目がけて迫る。

 胴回し回転蹴り!?
 そんな大技当たるかよ!

 ジャイは両腕を頭上でクロスさせその攻撃を防ぐ。

 両腕がミシリと軋む。
 脳天から足先まで一本の鉄棒が突き刺さった様な衝撃。
 
 もらってたら危なかったな。

 観客席からひときわ大きく歓声が上がる。

 しかし暗殺者の動きじゃないな……。
 なんかこいつの戦い方違和感あるんだよな。
 動きは大振りだし、大技ばかりだし焦ってんのか?

 額から流れ落ち、眼に入りそうな汗を無造作に払うジャイ。
 その一瞬、コクトーの姿がかき消える。

 どこへ――――

 すっと後ろからコクトーの両手が伸びてきて、ジャイのへその前でクラッチする。

 ゲッ!! いつの間にっ!?

 コクトーはそのまま後ろ向きにブリッジをする様に、ジャイを地面に向かって反り投げる。

 視界が一瞬で上下逆さまになる。
 凄まじいスピードで、ほぼ垂直に地面に叩きつけられるジャイ。
 が、なんとか地面に当たる寸前に両手で頭をかばい、頭部が地面へ直撃する事を防いだ。

「あ~惜しかったわぁ」

 そういうとコクトーは両腕のクラッチを自ら切って立ち上がる。
 ジャイもすかさず立ち上がり距離を取る。

 「L・O・V・E!!コクトー!!」

 観客席から一糸乱れぬ声援が飛んでくる。

 「みんなありがとうー」

 コクトーは観客席に満面の笑みで手を振っている。

 観客席はますますヒートアップしていく。
 狂気にも似た興奮がここまで感じられる。

 てめぇっ! 余裕見せやがって!
 じゃあ、俺も大技を見せてやろうじゃねえかっっ!!

 西牙・剛神拳【八剛連撃】
 剛に重きを置いた八連撃。二回戦で出す技ではないが仕方が無い。

「っしゃぁぁぁっ!!!! いくぜっっ!!!」

 気合十分のジャイが繰り出した連撃の、初撃に併せてコクトーがすっと距離を詰めてきた。

 読まれてた!?

 いや誘われたんだ!
 余裕を見せたのは挑発の為かよ! 

 コクトーが懐に入り、拳を突き出すのを視界の隅で確認する。
 連撃の最中だった為、まだジャイの拳は前にある。

 躱すのはもう無理だな。
 勢いで前方に踏み出しそうになっている右足を無理やり地に踏みとどめる。
 そのままジャイはグッと腰を落とし、全身に闘気を巡らせる。

 もう間もなく訪れるであろう、未知数の衝撃に備える為だ。

 来やがれっ!!

 ジャイの腹部目がけて、まっすぐに放たれるコクトーの拳。
 拳に何かしらのスキルが付与されている様子は無い。

 耐えて見せる!

 と、固く握られていた拳がパッと開いた。

 掌底? いや発勁か!?
 掌から気を流し込み相手を破壊する技をジャイは知っていた。

 コクトーが更に身をかがめた。
 小柄なジャイより更に低い、極端な前傾姿勢だ。

 まさか!

 ジャイがコクトーの思惑に気付いた時には、既に両足を掴まれ後ろに倒されていた。
 恐ろしい程の低い姿勢からのタックルであった。 

 素早く起き上がろうとするも、両足をコクトーがしっかり持って立っている。

「うふふふふふふ」

 不気味に笑うと、悪魔の様な笑みを浮かべるコクトー。

「あなたいいわ~。まさか二回戦で当たりを引くとは思わなかったわ~」

「そりゃ光栄だ。で、何をするつもりだ?」

「お客さんも十分喜んでくれたし、そろそろ終わりにしましょうか」

「まだわかんねぇぜ」

「うふふ。あなたの負けよ」

 そういうとコクトーはぐるりと観客席を見渡した。

「みんな! 行くわよー!!」

 観客席に向かって大声で呼びかけるコクトー。

「はい、ぐるぐるー」

「「「「「「ぐるぐるー!!」」」」」」

 観客席の応援団が声を張り上げる。

 なんだ?
 何をする気だっ!?

 コクトーはジャイの足を持ったまま、己を起点にして回り出した。
 一回転、二回転、どんどん速度をあげて回転し続ける。
 プロレスで言うジャイアントスイングであるが、もちろんジャイはそんな技を知らない。

「はい、ぐるぐるー」

「「「「「「ぐるぐるー!!」」」」」」

 あぁ……。そういう事かよ。

 これは俺の負けだ。
 ジャイは己の負けを悟った。

 この体勢から抜け出せる技はジャイには無い。 

 【飛行】を使えば脱出は容易いが、ジャイはそんな事は微塵も考えない。
 「H-1」ルールでは、高さの制限はあるが【飛行】自体は禁じられていない。
 しかし格闘家として純粋に闘い、駆け引きに負けたのだ。 
 
 潔く諦めて、その時を待つジャイ。
 そしてそのまま斜め45度で場外へと放り投げられたのである。

「ジャイ選手場外!! コクトー・バターロール選手の勝利です!!」





 コクトーは大声援の中、控室に戻ると呟いた。

「ふぅ。あの子、大技出す前に叫ぶ癖やめた方がいいわね」

 用意されていたパイプ椅子に腰かけると、汗を長タオルで拭う。

「暇つぶしにはなったわね。お爺ちゃんにいい土産話が出来たわ」

 長い髭を蓄えた優しそうなお爺ちゃんの顔が浮かぶ。

 そうしてコクトーはドアをガチャリと開け、近くにいた係員を見つけると大きな声で呼びかけた。

「あ、三回戦、コクトー・バターロール棄権しまーす。」

 そう係員に告げると故郷のトラットリアへと帰るべく、長槍を脇に抱え、帰り支度を始めるのであった。

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