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第37話 神という存在がいるのなら
しおりを挟む「お待ちどうさまです~」
次々と運ばれてくる料理。
一番最後に運ばれてきたのは俺が注文したチキンステーキだ。
「鉄板お熱くなっておりますので、お気を付け下さい」
ジュージューと音を立てながら俺の前に置かれるチキンステーキ。
肉の焼ける匂いと、バターの溶ける匂いが食欲を刺激する。
「いただきまーす」
早速、俺達は運ばれた料理を食べ始めた。
俺達が食事に集中すると、隣のテーブルのおそらく冒険者であろう二人の男の会話が聞こえだした。
聞く気は無くても自然と耳に入ってくる。
「北の大地でアンデッドが増えているそうだな。なんでも魔王アリスが活動を開始したんじゃないかって噂になってるぜ」
「まじかよ!? 北の大地っていえば、数年前に疫病が大流行したとこだよな。それも魔王アリスのせいだって言うじゃねぇか」
「不可侵条約はどうなってるんだ!?」
「相手は魔王だ。守るわきゃねぇだろうよ。」
男達はそういうと、グビグビとエールの入ったジョッキを飲み始めた。
「……へー。やっぱり魔王とかいるのねー」
ルナが、「人面キャロットのサラダ」をもぐもぐと食べながら呟く。
「お前、それ良く食えるな」
俺は人面キャロットを指差す。
ご丁寧に顔の部分だけ切り取って一口大にしてある。
悪趣味な……。
「あら。キャラ弁みたいで可愛いじゃない。」
ルナは平気そうに食べている。
ものすごい笑顔をした人面キャロットが、次々とルナの口に放り込まれていく。
「それより魔王よ。やっぱりあたし達って魔王退治が最終目標な訳?」
もう完全にパーティーメンバーのノリだな。
ルナの問いかけに、ランジェが日替わり定食の「人面ピーマンの肉詰め」を頬張りながら答える。
……お前ら。
「ううん。魔王達とは五十年程前から、不可侵条約が結ばれているから、退治したりちょっかいを出したりしちゃ駄目だよ。」
ランジェが人面ピーマンをフォークで突き刺し、口の前まで持ち上げながら話す。
真顔の人面ピーマンと目が合う。
こっちに顔を向けるんじゃない。
「えー。でもアンデッドやら疫病やら、まだ悪さしてるんでしょ。そこは冒険者として見過ごせないでしょ。てか魔王【達】ってなに?」
「なんか魔王って、いっぱいいるみたいだからな」
俺は「養殖コカトリスのチキンステーキ」を切り分け、口に放り込みながら返事をする。
これめっちゃ美味いなー。一噛みごとに旨みと肉汁が溢れてくる。
なんでもスピネルの森の近くに養鶏場があるらしく、スピネルの名物料理みたいだ。
「えー!? なんかあたしの思っていた異世界と違うわ……」
「だろ。転移者あるあるだな」
そう言いながら定食に付いてきた「100%井戸水ジュース」をごくごく飲む俺。
無色透明でなんの匂いも味もしない。
うむ。水だ。
「魔王アリスって何者なの?」
「うーん。僕も詳しくは知らないけど【怠惰】と【暴食】の魔王って言われているよ。」
「そりゃーいいご身分だな。つまりは食っちゃ寝してる訳だ」
「やだ。太りそう」
勝手な事を言う俺とルナ。
「でも噂だけで、直接悪い事をしているって話は聞いた事無いよ」
「アンデッドやら手下を使ってるのかもな」
「うん、許せないわね」
ルナの目に何かが灯った。
しまった。何か地雷を踏んでしまったか?
ちょっと話題を変えてみる。
「まーでも、ルナはエルフに転移できて良かったな。魔物や、草木や石に転移する事もあるって聞いたからな」
「げっ! それは勘弁だわ」
思わず顔が引きつるルナ。
「お前が食っているそれだって、ひょっとしたら転移者や転生者かも知れないぞ」
すかさず畳みかける。
「まじ!? もしそうだったらあなた達ごめんねー」
と、人面キャロットに語りかけながら、かじりつくルナ。
ああ。何の効果も無かったな。
「じゃ、みんなそれぞれの目標ってあるの?」
ルナが身を乗り出して聞いてきた。
「僕は元の世界に戻る方法を探す事かな」
そう答えたランジェの瞳からは強い意思を感じる。
そうだったな。クサリバナナ探しが終わったら、ちゃんと考えないとな。
「何かあてはあるの?」
「まだ何も……でも帰らなきゃ行けないんだ」
「ふーん。ヨースケは?」
ぎく。
俺かー。
「俺は特に目標がありません……」
正直に言いました。
そうなんだよなー。
何故俺はこの世界に転移してきたのだろうか。
そもそも転移に意味なんて無いのかも知れないが。
もしこの世に神という存在がいるのなら、きっと俺を使って実験でもしてるんじゃないだろうか。
普通のおっさんを異世界に放り込んだらどうなるか。
「じゃあさ。とりあえず魔王アリスに会いに行って説教しようよ。あたし約束破ったりとか、人を困らせたりとか、そういうの許せないんだ」
果たして説教で魔王が改心するだろうか……。
「ランジェも【英雄】のスキル持ちなんだからわかるでしょ」
「うーん。それはわかるんだけど」
あまり乗り気では無い様だ。
俺も魔王にわざわざ説教しにいくのはやだな。
「それに魔王なら元の世界に戻る方法を知ってるかもよ。ね」
ああー。
こいつは本気だな。
本気で魔王に会いに行く気だよ。
しかし一つ大事な事を伝えとかなきゃな。
「まあ待てよ。その前に一つ確認だ。ルナの持っている【鑑定】のスキルはこの世界じゃ超貴重なんだ。わざわざ冒険者になる必要も無いんだぞ。ギルドや国に雇用されれば安全で安定した生活も望めると思うぞ」
冒険者登録をさせといてなんだが、大事な事だ。
確かに鑑定スキルを持つ魔導士がパーティーにいれば心強い。
正直、この事をルナに伝えればパーティーを抜ける可能性が高いと覚悟しての事だ。
誰だって安全で安定した生活を望むだろう。
しかしこの事を伝えずにパーティーに入れるのは、騙している様で嫌だ。
「いやよ」
「えっ?」
予想外の答えがすぐに返ってきた。
悩む素振りも見せなかったが、ルナの表情は至って真剣だ。
「あたしはいつだって前線で命を張って戦ってきたの。こっちの世界でも生き方を変えるつもりは無いわ」
そうだったの?
「それに冒険者ってあたしにピッタリじゃない? ね!」
眼をキラキラさせながら鼻息荒く主張するルナ。
ピッタリかどうかはともかく、冒険者になりたいのであれば止める理由は無いな。
「OKだ。お前の気持ちはわかったよ。正直そういう事なら俺達としても願ったり叶ったりだ」
「そうだね、じゃよろしくルナ」
「はーい。よろしくねー」
俺達は改めて挨拶をするのだった。
◆
「じゃ魔王アリスのところへ行きましょうか」
ぶっと口に含んだ水を噴き出しそうになる。
「ちょっと待ってくれ。さっきも言ったが、急いで取りに行かなきゃいけない物があるんだよ」
「そういえばそんな事言ってたわね。どこに何を取りに行くんだっけ?」
ルナがハーブシチューを口に運びながら尋ねる。
「この町の隣にある、スピネルの森にバナナを探しに行くんだ」
「バナナ? その辺に売ってないの?」
至極まっとうな質問を返してくる。
まあ普通はそう思うよな。
「特別なバナナでさ。その森にしか生えてないんだよ」
「そんなに美味しいの?」
「いや、俺が食うわけじゃなくてゴリラがさ」
「なによそれ。ゴリラのペットでも飼ってるの?」
「ん~。近からず遠からずだな」
本当は思いっきり遠いんだが、説明が面倒くさくなってきた。
「えーゴリラ甘やかしすぎ~。なんでも食べさせなきゃ」
どうせレーベルに戻ったらダズに会うんだ。
直接見せた方が早いだろう。
「んじゃ。ごちそうさん」
先に料理を食べ終えた俺は、コップの中の水を飲み干すとテーブルを立った。
ルナとランジェはまだ食べ終えていない。
「早いわねー。良く噛んで食べたの?」
お前は母ちゃんか。
「俺は先に二階に行って、明日の準備をしておくよ。後で簡単な打ち合わせをしようぜ」
「OK。じゃ後でね」
「うん。すぐ行くね」
慌てて自分の料理を口に入れるランジェ。
「いいよいいよ。ゆっくり食ってこいって」
そういって俺は二人を置いて、二階の部屋へ向かうのであった。
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