ほかほか

ねこ侍

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第36話 冒険者が冒険しないでどうするのよ

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――スピネル宿屋――

 やーっと宿屋に到着した。

 なんだかどっと疲れたな。

 後は部屋が空いていることを祈るばかりだ。
 もし空いていなければ、また一から宿屋探しをしなければならない。
 いや、最悪野宿だってありえる。ひえーそれは避けたい。

 せめて一人分だけでも宿が取れればいいんだけどな。
 さすがにルナに野宿はさせられない。

 俺は祈りながら、宿屋のドアを開ける。
 すると、大勢の人々が会話をする声と共に、何とも言えないおいしそうな匂いが押し寄せてきた。
 近くのテーブルでは四~五人のグループが酒を酌み交わしている。
 どうやらこの宿屋、一階は食堂兼酒場になっている様だ。

 冒険者や仕事帰りの者達で、席はほぼ埋まっており、店内は喧騒に包まれている。
 従業員であろう小柄なコボルトが、忙しなくテーブルの間を動き回り、飲み物や料理を運んでいる。

 ああ。
 
 この雰囲気なんか懐かしいなー。
 
 俺は会社帰りによく行っていた、大衆居酒屋を思い出していた。
 安さだけが売りのチェーン店だったが、安月給の俺には有り難かった。

 入り口のすぐ横には会計があり、がっしりとした体格のドワーフの女性が立っている。
 ちょうど二人組の冒険者風の男達が帰ろうと、お金を払っているところだった。

 ドワーフの女性は会計を終えると、俺達に話しかけて来た。

「いらっしゃい。食事なら空いているテーブルに勝手に座ってね。それとも宿の方?」

 ラッキー。
 ここで宿の受付も出来るらしい。

「宿をお願いします。三人で、出来れば二部屋取りたいんですけど」

 ランジェが部屋の空きを確認をしている。

 そうだな。
 ルナとは部屋を分けなければ何かと問題があろう。
 
 しかしすぐさまルナが横から口を挟む。

「あら。みんなで一部屋でいいわよ。ベッドさえ分かれてればね」

「えー。駄目だよー。ねーヨースケ」

 えー! 俺にふるの!?

「えっと……とにかく駄目です」

 明確に駄目な理由が、パッと思いつかずに適当にごまかす。
 何で駄目なんだっけ?

「それじゃ駄目よ。これからずーっと二部屋借りていく気? お金が勿体ないでしょ」

 俺達の反論を軽く一蹴するルナ。
 
 そんな俺達のやりとりを聞いていたドワーフの女性が、少し笑いながら会話に入ってくる。

「ごめんなさいね。今夜は三人部屋しか空いてないのよ」

「あら。じゃ決まりね。その部屋お願いしまーす」

 スラスラっと手慣れた様子で宿帳にサインをし、受付を済ませるルナ。
 
 おいおい。お前は本当にさっき転移してきたばかりか?
 まさか【ハイム】→【シジュール】→【ハイム】のブーメラン転移じゃないだろうな。

 怪訝な顔をする俺に「何よー」と怪訝返しをするルナ。

 馬車の中でポコから聞いた勇者ナーバスの様に【ハイム】からの転移も無い訳ではない。
 

 ……でも。

 
 仮にそうだとして、だからなんだ?
 

 うん。


 とりあえずさっさとギルドに行こう。
 そしてその後、飯を食おう。
 そうだ、そうしよう。


 「さ。行きましょう」

 
 ルナがドワーフの女性から部屋の鍵を受け取る。

 「すぐ戻ってきますねー」

 そうして俺達はギルドに向かう為に宿屋から出るのであった。




 宿屋を出て右に五件隣。
 すぐそばにギルドは建っていた。

 レーベルのギルドと比べると建物は随分と小さい。
 支店というよりも出張所といった感じなのかもしれない。

 入り口の扉を自分で開けて中に入る。
 少し時間が遅いせいか、ギルドの中には数人の冒険者しかいない。

 受付には、随分とほっそりとしたワニ型のリザードマンが一人立っている。
 手元の帳簿に何かを熱心に書き込んでいたが、俺達が入ってきた事に気付くと声を掛けてきた。

「こんばんは。夜分遅くにご苦労様です。今日は何の御用でしょうか」

「キャー可愛い! ワニがしゃべっモガッ」

 慌ててルナの口を押える俺とランジェ。

 あほう。
 まずこいつには、じっくりとこの世界の事を教えねばなるまい。

「いえいえ、構いませんよ。この地方では私達の種族は珍しいでしょうから」

 丁寧な言葉遣いを崩さない、笑顔かどうかまではわからないが、好感が持てる人だ。

 頭にピンク色の可愛らしいリボンをつけている。
 おそらく女性かな。
 って事は、リザードガールか。

 よく見たらリボンは安全ピンの様な物で、ウロコに直刺しで固定してある。
 
 ルナもそれに気づいたのか驚いた表情をしている。

「それって、痛くないんですか?」
 
 恐る恐るルナが尋ねる。

「え? ああリボンの事ですね」
 
 リザードガールは最初は何を聞かれているのかわからない様子だったが、俺達の視線で気づいた様だ。
 
「痛くありませんよ。他種族の方がされている【耳開け】や【皮膚開け】と違って、【鱗開け】は痛くないんですよ。」

「あー」

 俺とルナが同時に声を出す。
 
 なるほど。言われてみればそうだな。
 耳に穴を開ける種族が何を言っているんだって話だな。
  
「今日はこの子の冒険者登録に来たんだけどいいですか」

 ランジェがルナを指差しながら本題へと話を進める。

「はい。ではこちらへ」

 そういってあっという間にルナのギルドカードを作ってくれた。
 冒険者ランクは当然Gだ。

 ふふふ未熟者め。

「わーありがとう。あとでデコしちゃお」

 大喜びでカードを受け取るルナ。

「へー冒険者LV45だって。元の世界のまま。ラッキー」

 耳を疑う俺。
 なんですと!?

 俺はヒュドラを倒したりミノタウロス倒したりしてやっとLV25に上がったっていうのに!
 きぃぃとハンカチを噛み締めたくなる。

「もともと兵士で鍛えていたからねー。二人はいくつなのよー」

 ぎくり。やはりそうなるかー。
 ええぃ、隠しても仕方が無い。

「俺は25だ!」

「やだー年齢じゃないわよ。冒険者LVよ」

 こいつ。
 わざとか? 
 わざとなのか? 

「冒険者LVが25だよ!」

「ええっ!? マジ……? なんかごめんね……」

 ルナに本気で謝られる。
 わざとじゃ無かったらしいが、逆に深く深く傷つく。

「僕は255だよ。よろしくね」

「すごっ!? そのでっかい大剣は伊達じゃないんだね」 

 ルナは俺の時とは逆の意味で驚く。
 
「じゃ戦闘中迷ったらランジェの指示に従っとけばいいわね」

「おお、そんなとこだな。ランジェはすごく頼りになるよ」

 ランジェは少し恥ずかしそうにもじもじとしている。
 もっと堂々にしていても良いと思うのだが、これがランジェの良いところだろう。
 隠しスキル【謙虚】でも持っているんじゃないか?

「じゃ宿屋に戻ろうか」

「ご利用ありがとうございました」

 深々と頭を下げるリザードガール。

「いえいえ、こちらこそどうもありがとうございました」

 そしてギルドを後にして、俺達は宿屋に戻るのであった。


――宿屋一階 酒場フロア――


 宿屋に戻ってきた俺達は、一階の酒場にて遅めの夕食を取ることにした。

 店内はギルドに行く前よりは幾分人が減っている。
 それでもテーブルの八割は埋まっているが。

 空いているテーブルを見つけ、椅子に腰掛ける俺達。

「いらっしゃいませ。ご注文何にします?」

 小柄なコボルトの従業員が注文を取りに来てくれた。

 メニューは料理ごとに一種類ずつ木の札に書かれて店内の壁に掛けられている。
 
 こういう時に性格が表れるのだろう。
 最初に注文が決まったのはルナだ。
 
 おそらく十秒も掛かっていない。 

「えーと、あたしは【人面キャロットのサラダ】と【ハーブシチュー】」

 えー!?
 お前は異世界での初料理にそれを選ぶのか!?
 度胸あるなー。

「じゃ僕は【日替わり定食】で」

 続いてランジェが注文する。

「えーと。俺は……」

「早くしなさいよー。あ、あれなんかいいんじゃない。【スピネルオオミミズのステーキ】」

 うわー。絶対に嫌だ。

 ルナが悪魔の様な笑みを浮かべ、にやにやしている。

 これは早く決めないと、勝手に注文されそうだ。

「じゃ、じゃあ、俺は【養殖コカトリスのチキンステーキ定食】でっ!」

 俺の注文を聞いてルナがぶーぶー言い出す。

「ちょっとー。冒険者が冒険しないでどうするのよ」

 どういう理屈だ。

「本当の冒険者は冒険しないもんだ」

 自分でもわけのわからない事を言う俺。

「えーなにそれ。ちょっとカッコいいわね」

 良かった。
 何故か納得してくれた様だ。

「ご注文ありがとうございます」

 注文を聞いたコボルトは、尻尾をフリフリしながら厨房へ注文を伝えに行った。

 ルナがテーブルに置かれた水差しからコップに水を注ぐ。

「はい」

 俺とランジェの分まで注いでくれた。

「ありがとう」

「サンキュー」

 ルナは椅子に深く腰かけ、ふふんと鼻歌を唄っている。

 何故、お前はそんなにもこの世界に馴染んでいるんだ。

「なあルナはこの世界に来たことあるのか」 

「この世界? 初めてよ。当たり前じゃないの」

「それにしちゃ色々手慣れてる様に見えるな」

「宿屋とか食堂とかどの世界でも同じでしょー」

 そう言われればそうだな。
 日本と比べてもシステムに大した差は無い。

「それよりお腹すいちゃったわー。牢獄に捕まってて二日間食べてなかったから」
 
 泣きそうな顔のルナ。
 確か捕虜になってたんだっけ?

「好きなだけ食べてよ。今お金にはちょっと余裕あるから大丈夫」

 ランジェがルナに話しかける。
 ミノタウロスの角が少し高値で売れたおかげだ。

「やった―! ありがとう」

 万歳をして喜びを表現するルナ。
 俺も腹が減ったなー。早く来ないかな。

 その後俺達は、他愛のない話をしながら、料理の到着を待つのであった。
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