アフロミア・フラグメンツ1  ~謎の女に飛ばされた場所は、ダンジョンのラストフロアでした~

麿独活

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第2話  ダンジョンを彷徨う

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 部屋に響き渡る獣の息遣い……充満する獣臭が、より相手の凶暴性を際立たせている様に感じる。
 息を殺し、身体がガクガク震えながらも、瓦礫の隙間から覗く目を外す事が出来ない。それほどの威容に、ゴクリと生唾を飲み込む。
 その獣は部屋の周囲を見渡す様に首を巡らせ、こちらの瓦礫側に視線が回りそうになった瞬間、隙間から視線を外す。

「グルルル……」

 獣が唸り声を発する。ま、まずい……気付かれたか? 必死に息を止めて張り詰める空気に耐える。しかし、再びズシン! ズシン! と地響きを響かせながら獣は移動し、部屋を出て行った。
 俺は気配を感じなくなるまで息を止め続け、あの足音が聞こえなくなった瞬間、止めていた息を吐き出した。

「ブハァッ!? ハァ、ハァ、ハァ……」

 自分でも驚くほど長い時間息を止めていたので、息苦しさに喘ぎその場に崩れ落ちる。その後、息が整うのにかなりの時間を要した。
 そして、多少呼吸が落ち着いて来たところで弱音が口から洩れる。

「クソ……夢なら覚めてくれ……」

 俺はあの時、自転車から転げ落ちて地面にぶつかり、気絶して悪い夢を見ているんだ。そう思わずにはいられず、頭を抱えてうずくまる。
 暫くそうしていたが、呼吸も落ち着いて冷静になってくると、弱気になるなと自分を叱咤する気持ちが湧いてくる。

「しっかりしろ……夢じゃないのはさっき確かめたろ……」

 力が抜けていた体を叱咤して立ち上がり、気合を入れ直す為に右手の拳を握り、ゴスッ! と音があまり鳴らない様におでこを殴る。
 少しズキズキするが、気合は入り直した。今まで散々しんどい状況に自分を追い込んだ経験のおかげか、意外に早く精神は持ち直した。
 思考を切り替え、まずは状況確認をする。俺はあの謎の女にダンジョンとやらに飛ばされた。あの女は何者だ……いや、あの女の事は後回しだ。あんな理解の出来ない存在に思考を回している余裕はない。故に、まずは分かっている事のみに争点を絞る。

 まずはモンスターの存在だ。このダンジョンにはモンスターがいる。さっきの奴はもう近くにはいないが、他にも似た様なのがうろついているとも限らない。
 早めに脱出するか、身の安全を確保出来る場所を探すべきだ。先ほどのモンスターはこの瓦礫の山でやり過ごす事は出来たが、次も上手くいくとは限らない。
 すぐに動けるように立った状態で、まずは所持品の確認をする。服のポケットに手を入れて、所持品を取り出す。

「持っているのは、スマホにハンカチ、ポケットティッシュに生徒手帳、後は内ポケットに刺していたボールペンか……」

 こういう状況では何が役に立つとも限らないので、どんな物でも無駄には出来ない。荷物の鞄も飛ばしてくれれば、もう少しまともな物もあったかも知れないが……と悔やむが、入っている物は教科書ぐらいかとすぐに思い直す。
 気を取り直し、使えそうな物を吟味する。

「スマホは……案の定圏外だが、他の機能は使える。メモや写真を撮るなどに使えそうだが、そもそも電源が切れれば終わりだ。この状況では充電も出来ないだろうから、安易に使うべきじゃない。いざという使い道が思い付くまで使用は控えよう」

 バッテリーが切れれば、何の役にも立たなくなる。便利そうで不便な物が文明の利器だ。そうなると、直近で使えるのはハンカチにポケットティッシュ、それに生徒手帳とボールペンだ。手書きならメモも役に立つ。

「まずやるべきは、生徒手帳に対するメモだな。特にマッピングはおそらく必須になる」

 部屋の規模や、あんな巨大モンスターが生息している事を考えると、ダンジョンとやらはある程度の規模があるのは想像出来る。それに、見知らぬ場所では迷う事が一番危険だ。移動する場合はマッピングしながらになるだろう。
 様々な状況を想定し、今まで得られた情報を基に思考を巡らせて行く。そして、気になった事や今までの経緯と状況、あの女の言った台詞を全て思い出し、断片的にサッとメモに情報を纏める。
 次に新しいメモ欄を開き、別のページに簡易的だがマッピングを行う。この部屋を中心に描いて、上部を仮の北として方向を間違えないよう出入り口を書く。

「こんなものか……」

 最初のマッピングを終え、俺は生徒手帳とボールペンをしまうと、慎重に瓦礫の隙間から辺りを観察し、周りの気配に全神経を張り巡らせる。
 ……幸いにあれ以降、俺以外の生き物の気配は感じず、静寂が部屋を支配していた。

「大丈夫そうだな……」

 そう思い、瓦礫の山から出て部屋を移動する。まず向かったのは、モンスターが出て行った方向ではなく、逆の入ってきた道だ。
 流石にあのモンスターを追いかける道はリスクが高過ぎる。それに勘だが、こちらの方が完全な気がしていた。
 昔から俺の勘はかなり優れている。危機回避能力が高いというのか、小さい時から不思議と危険な場所には近づかなかった。
 事実、その力を発揮して幼少期に誘拐犯の手から逃げ延びた経験もある。家が金持ちだったから、そういう厄介事も経験していた。
 俺は注意深く通路を観察する――結構広い通路だ。あのモンスターが行き来出来ている事を考えると当然だが、建築物の観点から見ると少し違和感がある。

「……今は深く考えても仕方ないか」

 思考を切り替え、通路の観察に戻る。通路には上部に等間隔で謎の光源があり、奥の方までしっかりと道を照らしていた。

「危険な気配は感じないな……」

 意を決して部屋を出て、出来る限り気配を殺しながら通路を一定の速度で移動する。その際、何歩歩いているかもしっかりと数える。距離感を測る為だ。
 歩幅は歩く人の「歩行の速度」と、目安となる「身長」で簡易的に割り出す事が出来る。後でマッピングする際に歩数が分かっていれば、おおよその距離も記入出来る。
 身長に気配を探りながら、俺は静寂が支配する通路を歩く。

「……思ったより、生物の気配を感じないな」

 多少進んだが、生き物の気配は感じられない。遭遇しないのは有り難いが、少し違和感がある。それに……立ち止まってしゃがみ、地面を注視する。

「これって間違いなくあのモンスターの足跡だよな……」

 よく見ないと分かり辛いが、少し積もった土埃に薄っすらと足跡の様な形が見て取れる。しかも、その足跡は来た方向にのみ進んでいた。

「見る限り、逆向きの足跡が見当たらない……もしかして、一方向に巡回しているのか?」

 安易な判断は出来ないが、そう考えるとこのまま進むのは危険かも知れない。下手をすれば鉢合わせる可能性がある。勘が外れたか? と少し考えるが――

「進もう。少なくとも分かれ道に出るまでは確認すべきだ」

 自分の直感を信じ、少しでも情報を手に入れる為にも進む事を選ぶ。そして、そこから少し進むと、真っ直ぐの道と、左に曲がる分かれ道に到達する。

「あった。この道の最初の分岐点だな」

 周りを確認しつつ、生徒手帳とボールペンを取り出してマッピングに追加し、ここまでの歩数も記入する。それが終わった後は、地面を念入りに確認した。
 すると、足跡が左側の道から今いる道に続いている事が確認出来た。どうやらあのモンスターは左から来てこちらに移動して来たらしい。
 そして、真っ直ぐの道には足跡は見当たらなかった。少なくとも、あのモンスターはそっちの道に進んだ事は無いらしい。
 理由は分からないが、あのモンスターから距離を置く事は現状最優先すべき事なので、俺は迷う事なく真っ直ぐの道を選んで進む事にした。
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