泡沫の欠片

ちーすけ

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再会確保

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まだ開店直後の為か、テーブル席で刺身を摘まんでるおっさんが一人。
静かな居酒屋に野郎3人を押し込む。
「安藤さん、急にごめん」
「元気そうで何より。先に用意してるから中入っちゃって」
ですよね。
他の客が来る前に、さっさと籠ってしまうに限る。
最大でも6人しか入れない個室は、2つしかなく、掘りごたつ式になっていて、今日はガンガンに冷房が入ってるので寒い。
腕を撫でていると肩にふわりとかかるジャケット。
「たばこ臭い」
「俺、歌わないし」
そんなん知らんがなと思いつつも、舞人君の夏用の朝のジャケットが有難い。
前を掛け合わせるように中で縮こまれば、でっかいのがのしかかってくる。
「俺が温めてやろうか?」
「胸揉まれるからいらん」
「今日はないのかよ」
「あるか馬鹿もん」
そんな軽口を言っていたら、軽いノックでおばさん…安藤さんの奥さんが生二つを持ってきてくれる。
「あらぁ、仲が良いのねぇ。皆イイ男。目と心が癒されるわぁ」
おばさん、旦那さんに散々苦労察せられたからねぇ。
「あんま、迷惑かけないようにはするから」
「大丈夫よ。フスマ破って殴り合いはしないでしょ」
させる気はないけどね。
私でこいつらを止められるかは疑問。
「それで、グラスは5つで良いの?」
「あ、はい」
「なんで五つ?」
そこで舞人君の言葉に、お互い首を傾げる。
「ゆっ君は?」
「ユキさんがどっから出た?」
あれ?
「ごめん。これ、私らだけなの?」
「清牙、お前、姐さん飲みに誘った言わなかったか?」
「誘ったからここにいるんじゃん。腹減ってるんだけど」
ああ、我が儘王子の機嫌を、これ以上、下げると暴れだしかねない。
「ああ、もう、なんか、私の勘違い? もう、良いから、清牙お食べ」
「うっし! いただきます」
きっちり座って手を合わせて挨拶。
そう言う礼儀は確りしてるのよね。
なんか色々抜けてるし、壊れてるっぽいけど。
「5人って聞いてたけど、料理減らしましょうか?」
オバサンの有難い言葉に、早速食べている清牙を除き、皆で首を振る。
「そのままでも足りないから大丈夫」
現に、唐揚げが飲み物の如く消えていくのをおばさんは見て笑う。
「まあ、まあ、良い食べっぷり。あの人に言っておくわね」
「お願いします」
私がそう言えば、駆郎君も舞人君も「お願いします」と頭を下げ、ほっぺをもこもこさせていた清牙も頭を下げる。
芸能人様なんだけど、皆可愛いんだよね。
時々、此奴ら大丈夫かとは思うんだけど。
まあ、そう云うところが可愛いからこそ、双子も構ってるんだろうなと分かる。
「くをおお」
唐揚げに天婦羅を頬張りつつ、清牙が駆郎君を見れば、仕方ないなと笑いながら、部屋に置いてあるウーロン茶のペットボトルを持ち上げている。
「ああ、こっちの生飲んでイイよ。私瓶ビール飲んでるから」
「「え?」」
見事に重なる未成年組。
一応芸能人だと言って、気を遣って大人しくアルコールなしで行こうとでも思ってたんだろうねぇ。
こう云うところも律儀で可愛いとは思う。
「ここのオジサン夫婦は、昔から私も知り合いだし、事情も話してる。なにより慣れてるから平気」
だからこそ、部屋に小さな冷蔵庫があり、そこに瓶ビールやワインにカクテル系の瓶が幾つも入っているのだ。
只小さな部屋の冷蔵庫なので、グラスまで入れるとスペースがなくなるので、グラスは持ってきて貰うしかないんだけど。
「ここのオジサン、やくざみたいな顔してるけど、立派な元公務員で、日光とこっちのホテルで総料理長してたんだよね。専門は和食だけど。だから、結構有名どころの客がついてんのよ」
ちょっ、お前一人で食ってんじゃねぇよと参戦していた舞人君も、瓶ビールを用意していた駆郎君もこっちを見る。
「やくざは言い過ぎじゃ」
まあ、だいぶ大人しめになったからねぇ、あの人。
「ウチの腐れ親父の悪友でね。昔は中洲で警察相手にやくざゴッコしてたような人だから。多少の悪乗りは大丈夫」
「やくざごっこ?」
「警察沙汰?」
そうだよね。
なんのこっちゃ分からないだろう。
「中洲に飲みに行く度に職質掛けられるからって、公務員の身分証明証があるからって、本当にテレビに出てくるような柄物色物の艶光りした特殊スーツ着て、警察官揶揄って遊んでたんだよ、あの人達」
ウチにラメの紫スーツがかかっていた時の衝撃は結構酷かった。
中にピンク地に銀のヒョウ柄合わせて、真っ赤な金糸の刺繍が入ったネクタイが揃っていたら、趣味が悪い以外に言いようがない。
「ヒョウ柄って言えば、普通、豹の斑点模様思うじゃない? ウチの糞親父のは、正真正銘のヒョウ柄だったんだよ。動物の、ネコ科の豹そのまんま一匹が多数」
そんな、タダでさえ強面のパンチパーマが歩いていたら、警察だって職質しなければならないだろう。
実際、涙目の若い兄ちゃんで「どこのだ?」「この間うちのが世話になったとこか」などと、好き勝手言って散々揶揄った挙句、最後に公務員証明書を見せていたとか言う、しょうもない事をやっていたお人である。
何度か厳重注意って名の道端の説教を受けたとか、実際に警察署にお迎えに行ったりとか、本当に色々あった。
なので、未成年の飲酒ぐらいでガタガタいう人ではない。
実際、私も中学生の頃、安藤さんが料理長を務めるホテルで、普通に頼んでもない生ビールが出てきてビビったことがある。
そう言う、人なのだ。
「競輪とか野球選手だとか、舞台俳優とか、あっちこっち行っててやら、こっちで長くなったりとかして、関東の味が恋しくなった時とか、あのおじさん合わせてくれるから、便利みたいだよ」
こっちの味と関東の味で料理が出来る、まあ、変人。
そう、腕は良いのだ。
ただ、人間性に色々問題があるだけで。
まあ、ウチの腐れ親父の悪友なので、そんなもんなのである。
私も、客としてきている分には被害はない。
ただ、その悪友である父親を切り捨てた経緯があるんで、もう、5年くらいはご無沙汰していたのだけど。
思うところがあっても、そこは客商売。
まあ、私も深く突っ込まなければ、それまでだろうと思っている。
「だから、言えば醤油とかも変えてくれるけどどうする?」
こっちの醬油甘いからね。
刺身でびっくりする人もいる。
煮つけなんかは特に。
「そういうもんだろ」
「毎日食べるなら考えるけど、本当にそういうもんだし」
「美味けりゃいいよ」
そう言って若者は揚げ物を平らげていく。
ハッとしたように、駆郎君が揚げ物を確保しようとするが、横から清牙が奪っている。
「私は良いよ。いつでも食べられるし。そもそも揚げ物苦手だし」
「そういや、姐さん、この間も野菜ばっか食ってましたよね? ダイエットですか? その胸で」
「胸は関係ねぇよ」
どうしてそこに行くのか。
まあ、さっきのストーカモドキの空気を流そうとしてくれてるんだと思う。
だが、清牙は、当然気にしない。
「楓。それで、さっきのオッサン、なんだったん?」
アンタ、舞人君が折角…とか、言っても無駄そうだね。
腹もだいぶ落ち着いて、さっきのイライラが盛り返してきたらしい。
「馴れ馴れしい上に」
「お前が言うなよ」
「なんか、目付きエロいし」
「カエさんの胸元ばっか、見てましたしね」
「楓、なんで、言われるがままだった?」
まあ、私の性格からしたら、振り払って蹴飛ばすくらいはしそうだよね。
勝手について来てゴチャゴチャうるせぇんだよと、切り捨てるのも有りだろう。
だが、しかし!
「清牙、何時から呼び捨てに?」
私、アンタの年上。
急に呼び捨てられてドキドキするじゃん。
顔だけは綺麗…声もいいよな。
Vo様だし。
「アンタだって呼び捨てだろ」
まあ、そうだね。
「ムカついたから」
そんな理由?
まあ、良いけどさぁ。
そんな、深い理由はないのよ?
世間一般に示し合わせた結果の対応に、なっただけで。
「アルコールとギャンブルに依存した、バレバレの病気でっちあげて生活保護貰ってた腐れ親父がいる状態での仕事探しって、結構大変だったんだよね」
「いやいや、普通、そこは隠しても良かったんじゃね? カエさんがなんかした訳じゃないんだし」
舞人君の言葉が最もなんだとは思う。
実際、私もそう考えないでもなかったんだけどさぁ。
「もしあれが、目の前に現れた時、それこそ言い訳しようがなくない?」
出入りが厳密に管理されるコールセンター系なら、大丈夫かなと思わないでもなかったんだけど、まだちょっと借金も残ってて、採用が厳しいってのもあった。
なにせ、母親のカード依存の借金の残りなんて言い訳、どうしろと?
素直に言っても、嘘臭い言い訳だと思われたっぽいしなぁ。
相続放棄したくても、腐れ親父がしてないし、一緒に暮らしてる私だけがって話も通らなくてさ。
結局一度でも払ったらって、払い続けるしかなくて。
なんで、あの借金を返す必要があったのか、本当に自分でも謎でしかない。
「そんなこんなで、親父切り捨てても、その後の生活どうするよ? 仕事決まんねぇじゃんって時に、今のスーパーが、なんもかんでも知った上で、雇ってくれた訳よ。シフトも多めに入れてくれてさぁ。借金も残ってて、それを返すのでぎりぎりで、何もかも余裕がなくて、顔色も人間性も、結構ギリギリな時? そんな時に、あの人が声かけて来て」
「え? あんなんとやったの?」
舞人君オブラート。
「やるわけないじゃん」
私にも選ぶ権利下さい。
「毎日毎日何度も何度も声かけて来て、気持ち悪いとは思っても、管理会社の偉い人。ウチのスーパーと色々業務被るところもあってさ。なんだかんだと店の方の無理聞いて貰ってたみたいなんだよね。だからあんま無碍にして、なんか言われて店の他の人に色々思われたくないじゃん? そんなン理由にクビになりたくもないし。なったら、生活出来なかったし。だから、こっちは適当に流してたんだよ。そしたら、帰り、待ち伏せされるようになって、ついてくるようになってさ」
「それ、普通にストーカーじゃないです?」
「そうなんだよね」
「なんで、その事店の奴に言わねぇの?」
「あのオッサンもストーカ被害者だったから」
「は?」
ですよねぇ。
「掃除に入ってる人がいて、その人が、あのオッサン大好きで付きまとってたらしいんだよ。私が入る前。それで、その掃除のおばさんが、あのオッサンがレジの人に挨拶するだけでストーカーだなんだってギャンギャン言って、結構大騒ぎになったらしい。掃除の会社に行って担当代えて貰っても、まあ、居場所は知れてる訳じゃない? 昼間客として来ては、あのオッサンの対応したレジ担当に、またギャンギャン。警察沙汰に迄なって、やっと静かになったとか経緯があってさ。言いにくいじゃん」
「ストーカーされていた被害者が別の人へのストーカーですって言っても、まあ、アレだよな」
そうなんだよ。
自分がされて嫌なことは普通しない。
ましてや、無理な仕事まで引き受けてる結構いい人で通っているのだ。
新しく入ったばかりの、美人でもなんでもない女が被害者に遭っていますと訴えても…って、話になってくる。
「つき纏いが始まって、寄り道したり警察寄ったりして巻いてたんだけど、まあ、しつこくてさ。アレの流感もあって食事はぁとか言ってたんだけど、断り過ぎだ。失礼だ。それとも店に何か言われているのか? それならこっちから言うから気にするなとか、もう気色悪いだろ?」
「だからなんで、それを言わない。普通に警察行けよ」
ですよねぇ。
だけど、その時は生活していくだけで一杯一杯だったし、アレの流感の所為で人手が全然足りなくて、休みも削られまくって、2週間休みなしなんてこともあった。
毎日毎日が体力の限界で、まともに考える余裕なんてなかった。
実際、風呂入って食べたら、そのまま出勤ギリギリまで寝てたし、たまの休みなんか、20時間くらい寝てた。
「頭も体も働きませんってとこで、家に入れろって聞かなくてさ」
「家バレしたんか?」
清牙の顔が怖い。
「ああぁぁ…いつの間にか?」
思わず目を逸らしながらの言葉に、3人から溜息が聞こえた。
「だから、スマホの番号教えてその日は帰って貰ったんだよ」
「だから、それ、警察な」
「カエさんお姉さんいた筈ですよね?」
まあ、相談するか悩んだんだけど…。
「私、姉の旦那に嫌われてんだよね。旦那、姉大好きで、私がなにかと頼るのが気に入らないみたいでさ。その上、親切り捨てた訳じゃん。そう言うのも許せなかったみたい。家族は助け合ってこそみたいな人で」
「いや、いや。姐さんの状況どうしようもないだろ? つーか、それ言うならお前がなんとかしろよって話じゃね?」
「そこまであの人に頼むのもさぁ。あっちのお母さんには姉を「お嫁さんに貰う事で違う家にはなったけど助けられることは助けていきましょね」とか言われてて」
「うわぁ。胸糞ババア」
舞人君、その通りだけど、お言葉。
「クビ切り出来る偉いオッサンに追い回されて、家知られて連絡先も握られて、姉ちゃんも頼らない。警察もヤダ? 馬鹿だろ」
清牙も酷い。
まあ、言い訳しようもない程、その通りだけどさぁ。
「だけどまあ、その日スマホに、一時間で20回連絡来ててさぁ。一晩で百回超え。これはもう、アカン奴だって思って」
「その前に気付け。だいぶ前からアカンだろ」
その通りです。
「次の日店長に、そのスマホの履歴を見せてから、事情を話したら、すんげぇ怒られた。もっと早く言いなさいって。店長が直接あのオッサンに話付けてくれて、私も着信拒否してさ。急いで引越しして、現在に至る?」
「そしてなんで、またストーカー復帰してんの? 本当に警察行っとくか?」
「いや、芸能人様を巻き込めませんがな」
「そういうの良いです。カエさんの身の安全が先でしょ」
その通りなんですけどね。
「まあ、俺の所為だな」
あっさりと、清牙が言い張ってくれた一言に、頷きたくない。
「一度は外野が煩くて諦めかけたけど、芸能人引っ掛ける女にまた再燃ってか? 屑か?」
「屑だ。蹴っ飛ばしとけば良かった」
駆郎君止めて。
君迄暴力走らないで。
「とにかく、明日、店長にもっかい話しとく」
「警察行けよ」
いや、いや、大事にするの止めようよ。
「それでいいんじゃね。それより飯の続き。さっきのお姐さん来てたけど、話してたから遠慮して戻ったみたいだし、駆郎呼んで」
「ああ、私が行きます」
「酒も追加」
清牙、だよね。
苦笑いしながら酒を頼み、その日を楽しいと言ってしまうのはどうかと思う飲み会は続いたのだった。
最後の支払いで、自分の分は払うと言った私に、天下の芸能人様の財布を舐めるなと言った18歳。
清牙、男らしいけど、なんか違う。
そして帰る際にも揉めた。
また、アイツがうろうろしてたらどうすんだ、と。
引越して部屋はバレてない筈だけどと言い張ったが、金さえ出せば、個人情報なんて幾らでも手に入ると。
3人に怒られ。
日付変わる前に解散になったので、大丈夫って言ったんだけど、ストーカー野郎がどうのって聞かなくてさぁ。
タクシーで送って貰って、そのままタクシーで奴らはお帰り戴いた、訳なんだけど……。
最後に、またもやでっかい溜息を吐き捨てられました。
「ストーカー被害から引っ越して、コレはないです。引越しましょう」
「駆郎君。引越しにはお金がかかるんだよ?」
「だからって、オートロックどころか、誰でも入りたい放題の裏路地アパートはねぇ! ベランダ上りたい放題で、扉なんか蹴っ飛ばしたら吹っ飛びそうじゃねぇか!」
「舞人君近所迷惑」
「駆郎、舞人。言うだけ無駄」
そう言って眠そうな清牙は、大人しくタクシーでホテルに行かれました。
その、あまりにもあっさりとした引き際に、何も思わなかった私は酔っていたのかもしれない。
次の日激しく後悔する事になるのであるが、そんなこと知らずに、普通に気持ち良くシャワー浴びて寝ましたとさ。
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