泡沫の欠片

ちーすけ

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再会確保

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そんなこんなでいつも通り、面倒臭い客とか適当に捌いて、昼のラッシュが終わった、客足衰えた14時過ぎ。
なんでか、店内放送で呼び出された私は、事務所でにこやかに手を振るゆっ君に、知らないオジサンに、ストーカーと店長に、事務の河野さんに、とても残念な目で見られた。
まず思ったのはヤバイ、だった。
完全に、寝て起きて、ストーカーの話を忘れていたのだ。
店長に何も言ってない上に、笑顔のゆっ君がいれば、そっちから既に話がなされていることに嫌でも気づく。
どんな業務でも報連相は大事。
そこに芸能人様が絡んでるともなれば、話がどこまで膨れ上がるのか分かったもんじゃねぇ。
全てが露見しているだろう現在、忘れてましたでは、許される筈もなく…。
清牙の奴、やけに大人しかったと思えば、ちゃっかり、双子にチクっていたのである。
そして、ゆっ君がにこやかによく知らんスーツのオジサン引きつれている辺り、何もかも処理済みと見た。
仕事早過ぎないですか?
それでイイとか、言ってたじゃん。
あれ、確実に、「言うだけ無駄だから、こっちでやった方が早いからもうそれでイイ」の略だったんですねぇ。
遠い目になりながら、取り敢えず、店長に頭を下げる。
「すみません。報告しようと思っていたんですが」
「カエ。それ、もう良いよ。終わってる。っていうか、清牙に暴れる前に呆れさせて、兄貴ブチ切れてさせるとか、器用過ぎ。俺も呆れてる」
「申し訳、ありません」
本当に、それしか言えない。
「結論から言うと、この人は仕事辞めて故郷に帰るんだって」
この人呼ばわりされたイイ年したオッサン。
自分は独身だからと、強く自己主張していたが、感想は「気持ち悪い」の一択だった。
まあ、本人に直接言った事はないけど。
だが、いい年しているんだから、言われる前に気付いてほしい今日この頃。
「カエにも、その周りにも近付きません、話しかけません、何かを知ろうともしませんって誓約貰ったから、とりあえずはってトコかな。カエに渡しても紙クズと間違えて処分しちゃいそうだから、こっちで管理しとく。次はすぐに報告するよネ?」
恐い。
ゆっ君の笑顔が、とてつもなく怖い。
「も、ち、ろん、その、通りに致します、です」
恐いよう!
ちょっと、忘れてただけじゃん!
恐くて絶対に、言えない一言だけど。
「なんだったら、俺の部屋余ってるけど? 兄貴のこっちの部屋、好きに使ってイイとか言ってたけど」
「本当にっ、普通にっ、生活出来ているので大丈夫で」
「清牙に蹴破られても知らないヨ?」
止めろ。
本気で止めて下さい!
「まあ、カエも反省してるみたいだし、俺はそれでイイんだけどね。清牙がって言うより、駆郎と舞人がぐちぐち言っててさ。ご機嫌取りしてきて」
なんの話を、私はされているんだろう?
「明後日から、アイツらの新曲PV撮りあるんだけど、ソレ参加してきて」
「はあぁ?」
集まる視線が痛過ぎて、慌てて言葉を切り替える。
「いや、ほら、急に言われましても、仕事がね」
「それは大丈夫、お願いしといたから」
それ、脅迫な。
お願い違う。
そんな私の視線を受け、店長は苦笑い。
「上田さん、本当にシフトは大丈夫だから。その、何をするかはよくは分からないんだけど、事が事だし、相談出来ない環境を作っていたこちらにも問題あると思うのよ。だから、こっちも改善案出しておくから、少し気分転換してきなさい。違う所に行けば、だいぶ気分も変わるだろうし。今回のこれは、何枚か書類にサインは必要だけど、本当に有給扱いで処理できるから」
店長が優しい。
いや、元々優しい人なんだけど…。
「その間にキモイオッサンは、完全に片付けとく」
ゆっ君、それ言っちゃダメな奴。
分かっていたような気がしたけど、それを言葉にしちゃダメな奴。
同じ笑顔カテゴリーの筈なのに、店長との対比が酷すぎる。
「そもそも、気分転換と云うか精神苦痛の為のお休みならお家でゆっくり」
「清牙嗾けられたいの?」
ゆっ君、それも言っちゃダメな奴!
っていうか、清牙、言われたい放題なんだけど?
お前はどこの獣なの!?
「気分転換、お家からの逃避…そこに繋がるPV撮影。意味が解らな過ぎる」
「あんま難しく考えなくていいよ。清牙、本当にPV撮影嫌いなんだよね。だから、知らない奴よりカエ相手の方がマシだろって話だから」
「止めて。本気でなんか大事な話止めて」
「大丈夫だって、がっつりメイクすればバレやしないって」
こともなげに簡単に言ってくれおわしますな?
「なんなら、俺が送り迎えするけど?」
「止めて下さい。1人で行きます」
本気で泣きが入りそうになった勢いで、食い気味に答えたら、にっこり笑われた。
「そう、じゃあ、頑張って。荷物は最低限で良いよ。ホテルも用意するって」
至れり尽くせりですな。
だが、言っておかなければならないことがある。
「これ一回限りだからね」
「アハハハ。それは俺知らない。清牙と兄貴に言って」
は?
「今回の映像監督、兄貴だから」
アイツ何やってんの?
仕事の手、広げ過ぎじゃね?
まあ、それこそ、私が口突っ込む話じゃないんだけどさ。
「当日入りで良いの?」
「それでいいよ。どうせ、メインは清牙達でカエの出番はそんなに…ないとイイネ?」
なんの間だ?
不安を煽るなちきしょうめ!
お前、本当にイイ性格だよ。
言うだけ無駄。
更に怖い目に遭いたくないので溜息一つ。
「資料は?」
「設定やらなんやらは現地で兄貴に聞いて。清牙が、喚く駆郎と舞人にキレて「ならこっち呼べばいいだろ」って出てきた話だし、そんなたいそうなもんじゃないでしょ。カエのやる役が元々あるのか、急遽作ったのかも良く分からんし」
そんな訳の分からない話、持ってこないでくれないですかね?
「私、ブランク酷いんですが?」
「PVで台詞無いんだし、なんとか頑張ってね」
酷い。
無茶振りが酷過ぎる。
「んじゃ、俺はそろそろ戻るわ」
そうですね。
早くお帰りくださいな。
私の心の安寧の為に。
「あ、そうだ。あいつらのファン、大抵が野郎だけど、カエのこと気になってたみたいで、公式になんか言い訳載ってたから、見たが良いよ。あっち行ったら突っ込んでくるのが、いるかもしんないし。じゃ、お土産ヨロ」
そう言って笑顔な、好き勝手魔神は、良く知らない、静かすぎるオッサンを連れて帰っていった。
正しく嵐だったんじゃなかろうか?
「店長、とりあえず、何かなければこのまま戻ります」
心の動揺が酷すぎて、仕事のルーティーンこなしてた方がマシな気がして仕方がない。
「こっちは特にないけど、何かあったら、事務所に逃げ込んでね」
事務所に逃げなければならないような何かが、私に起こるって言うんだろうか?
思わず首を傾げた私に、河野さんは宣った。
「上田さんの顔は出ないように、原田さんが詰め寄ってる動画、ネットに上がってるのよ。それに、SPHYの公式HPで「親しくしている女性に、以前からストーカー行為を繰り返している男性を諫めただけで、暴力も何もなく納得していただきました」ってコメントが上がってる。原田さんは身バレするの、時間の問題じゃないかしら」
にこやかに、項垂れるストーカーを見る人々の目が冷たい。
いや、まあ、多分、大丈夫…じゃなさそうな?
でも、私まで流れで身バレたからって、ねぇ。
そういう関係にない飲み友達だし、双子繋がりで言い訳はできる訳で…。
それにしても、やってくれたものである。
悪意はない。
だけど、自分達の苛立ちの発散に使われた感もなく?
あの子達…清牙、だけじゃないね。
舞人君も駆郎君も結構怒ってたし。
それ、全員が事務所巻き込んでの嫌がらせじゃない?
ヤラセか?
いや、まあ、起こったことは事実で、だけど、動画映像が悪意しか感じない。
あんま、深く考えてなさそうで、オバサン恐いです。
「なんか、問い合わせとか入ってます?」
「そこまではないわね。こっちも、聞かれても、個人の交友関係は分からないし、個人情報は漏らせないし」
がっつり、幼馴染が乗り込んでやらかしてくれた後のようですが、まあ、ですよねぇ。
「いつも通り、お客様をお迎えして、快く帰って頂きましょう。普通が一番」
その店長の言葉に背中を押されるように、仕事に戻ることにした。
これはまだ、序章にも過ぎない波乱の幕開けなんだけど。
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