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波状攻撃爆散
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しおりを挟むユキさん達が着く前に戻ってきた清牙は、怒りで喚くでもなく、無表情のままこちらを見回して、椅子に座り、両手を握りしめる。
後は目も合わせようともしねぇ。
仕方無しで浅見を見れば、USBを3つ程出してくる。
「俺達がいたフロアの、控室前と、トイレすぐ傍に、従業員通路の監視カメラの、本日の映像データです。中身の正確な確認はこれから。ですが、従業員通路のカメラは、恐らく使えません。直後確認しようとしたところ、映像の重複になっていました」
「映画でよくある、前の映像繰り返し映すってアレか?」
「ええ」
それ、結構手が込んでるよな。
ホテルの監視カメラ乗っ取った?
乗り込んで工作だのハッキングだの、素人にはまず出来ないはずの犯行が為された、と。
完全に、用意周到な、組織立ったプロの仕事って、奴か。
「何か、連絡はありましたか?」
犯人から?
「こっちには何も来てない。だが、何か知ってるらしいユキさんと浩紀が、紅葉さん連れてくる」
そんな会話の中に聞こえる、唸るような清牙の声。
「あの馬鹿、絶対、首輪繋ぐ」
ああ、コレ、怒り通り越して楽しくなってきてんじゃねぇのか?
後どうしてやろうかって…。
カエさん、さっさと戻ってこないと、本気でヤバいぞ。
監禁緊縛首輪にリールが常装備になりかねない。
苛立つ清牙に岡野さんが炭酸水を渡し、他にコーヒーを配って定位置に座る。
さっきから常に電話鳴りっぱなしで、出ては切るを繰り返している。
本当は電話線引っこ抜きたいところだが、犯人からの要求があるかもしれない。
だから一応出て、違うと分かった時点で電話を切っている。
ウチの女優が現在誘拐された為、一切対応いたしませんとHPに緊急告知も上げているので、それで通すらしい。
こっちは身内の生死掛かった緊急事態なのに、自分らの要求押し付けるしか出来ない馬鹿の相手など、一々していられない。
「浅見、なんで、警察が来ない?」
低い、清牙の声に、浅見は首を振ってこっちを見るが、こっちだって分かる筈がない。
迷惑電話の中に、警察はなかった。
岡野さんを見れば、苦笑いで首を振られた。
今のなにもかもが、分からない。
現状状況その先も。
もう、笑うくらいしか出来ないと。
当然入り口から確認出来る、通りのカメラに写っているのは、かなり人数が減っている報道陣だけ。
そう、警察も来なければ、報道陣も、元居た居残りがほんの何組かしか、表通りを映す監視カメラからも見えないのだ。
かなりの異常事態。
カエさんの知名度は高いとは言えないかもしれないが、それなりの露出はある。
名前は知らなくても、最近出ていた作品を上げれば、大抵の人間が分かるし、言われてみれば見覚えがある程度には顔も知られている。
そんな芸能人が誘拐拉致されたと公表したのだ。
それこそ、報道陣がこぞって集まって、こっちの動向監視確認しそうなものなのに、だ。
清牙は確り、あの記者会見で、カエさんが拉致されたと言った。
どんな報道関係であろうと、知らない事は有り得ない筈。
間違いなく、面白おかしく騒ぎ立てて飛びつく話、なのに。
現に、この事務所にはそんな面白おかしく喚きたい迷惑共が、ひっきりなしに電話攻撃をしている。
なのに、人は来ない。
あまりにも落差に、大きな思惑が働いている事だけは、良く分かるんだが…。
「浅見、ホテルの警備責任者が、警察に連絡したんだよな?」
聞けば即頷かれた。
「ええ。ホテルに、警察は確かに来ました。トイレ横の映像を付けて渡しています。こちらも、その時の話はしています」
「渡したのは、黒尽くめの男達に楓が連行されていった、映像、だったよな?」
清牙の言葉にも、浅見は頷く。
「音声はありませんが、メグさんが男達に気付いて、楓さんがメグさんをトイレに、自分に向かって突き飛ばし、楓さんが黒尽くめの男に拘束。メグさんを後ろに下げ、もう一人がこちらに向かって来たんで足を叩いて下がらせたところ、楓さんが「大人しく付いて行くから手を出すな」と。後は清牙も知っての通り、自分がメグさんを控室に連れて行き、別所に預けた。そして清牙と社長は会見へ。自分は現場に戻って辺りを探しましたが、完全にロスト。ホテル警備に連絡し、怪しいいだろう、従業員通路を開けて貰い、そこで黒尽くめの1人を発見。警察に引き渡しました」
カエさん、あんた、なにやってんだ?
メグの心配もそうだが、自分の心配が先だろうにっ。
状況的に、それしか出来なかったのも、分からないでもない。
妊娠してるメグの安全を優先したかった。
ドン臭いカエさんは相手にすぐにとっ捕まった。
小柄でドン臭いカエさんに、プロの戦闘員相手に出来る抵抗なんて、ほぼない。
だったら、自分の身の安全の為に、大人しく敵の指示に従い、助けを待つ。
それは間違いではない。
その流れでそれだけ冷静に判断出来て、本当に、実行できるのだとしたら。
だけどあんた、絶対、どっかでキレるだろ?
清牙に負けない短気で、喧嘩っ早くて、嫌いな相手はとことんやり込めなきゃ気が済まない性格じゃねぇか。
「言い訳でしかありませんが、こっちに向かってたのは、スーツの下プロテクターでガチガチでした。勿論、楓さんを拘束した方も同じでしょう。どう見ても計画的なプロの仕事だ。メグさんを庇いながらでは、倒すのは時間がかかった。その間に、拘束されていた楓さんは連れ去られた後。楓さんが多少抵抗しようと、結果は何も変わらなかった筈です」
その状況じゃぁな、浅見に出来るのはメグさんの安全退避だ。
仕方が無い。
もう1人いれば違ったのだろうが…。
「清牙は着いていなかったんだな?」
「健吾に、女子トイレ近付くなって言われた」
まあ、そうか。
事務所としても、女子トイレに入る清牙の映像が残るのは、避けたい気持ちは分からないでもない。
ホテル側は守秘義務守るつもりでも、従業員の木っ端まで、その統制が図れる訳もない。
これだけの話だ。
その映像そのもの手に入れて売れば、結構な小遣いになるだろう。
眼の色変える馬鹿が出てこない保証は無い。
顔出しが当たり前の清牙自身には、安全の為、させられない事は当然出てくる。
こんな事なら、夏芽もあっちにつけておけば良かったのだが…。
起きてしまった、後の話だ。
今それを言っても、どうしようもない。
本当に、どうしようもない状況だな。
こっちの人手が足りないところを上手く突かれた。
カエさん拉致られて…??
黒尽くめを1人、警察に引き渡した??
「うん? 1人は、浅見が倒したのか?」
「いいえ。楓さんが大人しく黒服の1人に誘導されるまま自分の足で歩くのを見て、もう1人も撤退。自分はメグさんを別所に預けてから追い駆けたが、居場所を見失った。記者会見抜けてきた清牙がやってきて、楓さんの匂いがすると言われたんですが、そこは従業員通路で、自分達では扉は開けられない。ホテルの警備に連絡して、ホテル内の捜索と警察への連絡を頼み、駆け付けてきた警備に従業員通路を開けて貰ったところ、黒服が階段下で1人伸びていた。仲間割れがあったのか、回収し損ねたのか。意識が無い為、そのまま警察に引き渡した。流石に、部外者であるホテルの警備員前に、いつもの尋問は出来ないので」
そら、そうだ。
「清牙も、黒服伸びてるのを見て、警察と軽く話してから、警備と一緒に、警備室へ。トイレ近くの映像を清牙も見てから、現場は社長と別所に任せ、自分と清牙とメグさんとで移動。マンションにメグさん置いて、ここに真っ直ぐ直行です。ただ渋滞が酷く、移動に結構な時間を食いましたけど」
「警察から連絡は?」
捜査担当から直接って事は無いかもしれないが、浅見は親が警察。
そっちから確認の連絡が来ていても、おかしくはない。
何より、明らかに誘拐拉致事件なのだ。
警察が事務所に詰めるのが普通じゃないのか?
そしてカエさんの唯一の、成人血縁者である紅葉さんに、接触確認しようとするんじゃないのか?
なのに依然として、警察からの連絡接触が、欠片も無いのだが。
「兄貴にも親父にも繋がりません。今は話せない、もしくは連絡してくるなって事かと」
なんか、あるのな。
「誘拐拉致の場合、普通は現場の捜査に、関係者の事情聴取、加えて取引交渉してくることを想定するもんじゃないのか?」
「人質がいる訳ですから、犯人を警戒して、警察も慎重に動くのは確かな筈。ですが、清牙が記者会見で拉致されたとはっきり言ってるので、マスコミに緘口令を布き、隠れて捜査する意味もない。直ぐにこちらに来てそうなものですが…」
浅見にも、今の処、警察の動きは分からないと。
そっちは、健吾待ちか?
健吾対応で終わる…あっちも、何の情報掴めてない、現状なのかもしれないな。
「ホテル側から、その後何か聞いたか?」
「警察と連携をとり、楓さんの安否が分かり次第連絡すると」
警察に指揮権奪われたんで、ホテル側からは何も動けませんよって、事か。
「健吾への警察の指示は?」
「ありません。まあ、社長は現場にもいませんでしたので…。来てた警察官も、上の指示待ちの様でしたし」
まあ、現場に駆け付けたお巡りさんじゃ、出来る事はあまり無いだろうが…。
だとしても、健吾はウチの責任者だぞ。
なんか報告する也確認する也あるだろうが。
「警察もホテル警備も、社長には見向きもしてない感じで、あの後来た連絡で、社長もホテル出たみたいです」
「なんかあった時、こっちの最終決断がいるだろ?」
「警察も、身代金目的ではないと確証がある動き、なんでしょうね」
岡野さんも、苦笑いで言わんでくれ。
まあ、それしか無いだろうな…と、誰しもが分かっちゃいるが。
「健吾が言うには、警察に拘束されないからこそ、今出来る事をすると」
警察が事情確認の為と今後犯人から来るかもしれない指示の、最終判断…なんかの為に、健吾の身柄を拘束してしまえば、確かに健吾は何も出来なくなる。
それがないなら、こっちは好きにする…って事、なんだろうが。
健吾だって、被害届なんて大抵が、後で出すモノだ。
弁護士付けてきっちりやり返すつもりではあるんだろうが…。
「ミーの事務所は? 楓の成人の身内は姉ちゃんだけだろうが、知名度で言えば、顔出ししてるミーに意識が向く可能性も、あるだろ?」
清牙の言葉に、岡野さんも首を振る。
「あちらからは、美凉華ちゃんの周辺を確認するとだけ。身柄はこちらで引き続き確保をと。何かあれば連絡すると言ってましたが、それ以外の連絡はありません」
その状況なら、あっちに何かしら連絡があれば、こっちに連絡がすぐ来るだろう。
美凉華は未成年だ。
あいつに決定権預ける訳にはいかない。
そうなれば、こっちがカエさんの姉で美凉華の母ちゃんを抑えている以上、こっちに確認するしかない訳で…。
あちらの事務所だって、カエさんの生死が掛かった誘拐騒ぎの責任に、美凉華を無理やり引っ張り出されてなんもかんもをひっかぶらされるのは、冗談でもごめんだろうし。
美凉華さえいなければ、本人は安全な場所にいると言い続ければ良い訳だ。
実際に事務所にはおらず、こっちで確保している。
後だしの文句も、全部うちの責任言えるよな。
美凉華の安全をウチも図ったが、SPHY事務所が安全を盾に引き渡しを断られた。
何も出来なかった、と。
そこ迄悪辣な物言いはしないだろうが、似た様な事は考えているだろう。
まあ、余計な事されるより、そっちの方が、こっちとしても動きやすい、か…。
そして静まり返ったところで、岡野さんがカメラを見て立ち上がる。
「平田君が来たね。浩紀も紅葉さんも一緒だ。カメラを見る限り、他に、人はいない」
「いたら、ユキさんが倒す」
だろうな。
そのまま浅見が警戒しながら扉を開け、一旦事務所の扉を閉めてから表玄関を開ける。
そのままカメラに合図が送られ、ユキさんが紅葉さんをエスコートして入ってきた。
とてもにこやかに、ピリピリする空気を漂わせながら。
「この子、安全な場所でしか話せないって言うんだけど、ここは安全なのかな?」
にこやかなユキさんの言葉に、浩紀は何かの道具を出して、事務所内をくまなく動き出した。
そして天井に迄逐一手を伸ばし、それからその機械を叩き付けてから踏みにじる。
それからしばらくその機械を見続けてから頷く。
「昨日から何も変わってない。恐らく平気。けど、これで、奴らに俺達が裏切ったのがバレた」
裏切った?
「ああ、ここからは俺が説明する」
面倒臭そうに浩紀を見て、見下して鼻で笑った後、ユキさんが口を開く。
相変わらず、根性悪いな。
浩紀の話なんざ、最初からどうでも良いとばかりだ。
実際、浩紀の話を聞かなくても、大抵の事は調べてきているだろう事が伺える。
ユキさんは何でもない事の様に、清牙の炭酸水奪って飲み干した。
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