二度捨てられた白魔女王女は、もうのんびりワンコと暮らすことにしました ~え? ワンコが王子とか聞いてません~

吉高 花

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離宮のワンコ1

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「クラウス様ですか。怒るのですか?」
「怒るだろうねえ。なにしろこんなに可愛い婚約者殿だ。あいつ実は面食いだからな。きっと会ったらすぐにメロメロだろう。なのに私のせいでそのマルガレーテに多大な負担をかけて死なせかけたとバレたらそれはそれは怒るに決まっている」

 と、なぜかにやにやとしているご母堂。

「まあ、そうでしょうか。気に入っていただけたらいいのですけれど」
「もちろん気に入るに決まっているだろう。とうとうわが息子が鼻の下を伸ばしている間抜けなところが見れそうだ」
「そうだといいのですけれど……」

 最近は、そんな感じで楽しく王妃様とおしゃべりをするようになったマルガレーテだった。
 今日も二人で、のんびりと離宮の庭を散歩していた。
 
 離宮の庭は、けっこう広い。
 しかもこの離宮が病人の隔離用として使われているせいもあって、離宮の関係者以外の人が入ってくる心配もほとんどない。とても平和でのどかな時間だった。

「まああのバカ息子が帰ってこなければ話が始まらないんだが。そう簡単にくたばるようには育てていないはずなんだが、こうも帰ってこないとなると何か罠にでも嵌まったか。バカめ。」

「ワオン」

「おークロ、お前もそう思うか。ほんと情けないったらないよなあ、あのバカ息子は」

 王妃様はそう言いながら、ちょうど一緒にくっついてきて、まるで返事をするように吠えたクロをよしよしと撫でたのだった。

 黒い犬だからクロ。
 って、王妃様、それはちょっと安直ではありませんか。もう少しこう、王妃様の犬としてもっとカッコイイ、王族に相応しいような名前とかないのかしら……?

 とマルガレーテも最初は思ったのだが、すっかり今ではクロという名前が定着していた。
 クロも名前を呼ばれると、ちゃんと返事をする。

 しかし悲しいことにクロは、王妃様にばかり懐いてマルガレーテや他の使用人にはいまいち懐かないのだった。
 実は動物が好きなマルガレーテは、いつもクロにつれなくされてはしょんぼりするという日々を送っていた。

 とにかくクロは王妃様一筋。どうしてかはもちろんわからない。

 一度「クロ~、私とも仲良くしましょう?」とわざわざ厨房に行って骨をもらってきてまで懐柔しようとしたのだけれど、クロはあっさりと骨だけ奪ってマルガレーテには見向きもしなかった。

 それでも王妃様と一緒にいるうちに、少しずつマルガレーテにも慣れてきたのか最近は撫でさせてはくれるようになったのだが。
 それでもちょっとだけ撫でさせるだけで、すぐに飽きてするりと王妃様のところに行ってしまう。

 でもマルガレーテはその黒くて温かくてふさふさな毛皮が好きだった。
 クロのふさふさとした黒い毛を見ていると、かつて馬車の中から隠れて見つめていたあの淡い初恋を思い出してなんだか温かな気持ちになれたし、そうでなくても単にワンコとしても素直で穏やかなクロとは、もっと仲良くしたいと心から思っていた。なので。

 次は骨ではなくて、肉にするべきかしら。
 マルガレーテは日々真剣に悩むのだった。

 この離宮は、さすが王族用の離宮とあって食材などに不自由はしていないようだった。
 その上実は、望めばなんでも王妃様の実家であるこの国一番の公爵家が手配して差し入れてくれるらしく、王妃様が元気になってからは大喜びした公爵の差し入れのおかげで、毎日の食事が貴重なもの満載な療養食からとんでもない高級な食材がてんこ盛りな内容に変わったとのことだった。
 それはもう全国の山海の珍味がずらりと並び、普通の食材も最高級のものばかり。とにかく美味な食事が毎日饗される。出かけられない代わりに食道楽という感じだろうか。

 そんなラングリー公爵の、娘である王妃様への溺愛ぶりにもマルガレーテは驚いた。
 なにしろ王妃様がちょっと用事があると言付けただけで、忙しいはずのルトリアで一番格式の高い貴族の当主がほいほいと離宮に現れる。目尻をデレデレに下げて。

 だから王妃様が元気になって最初にその姿を見た時は、普段は威厳たっぷりのはずの老公爵が、初めて会うマルガレーテがすぐ近くにいるにも関わらず、「イリーネ……!」と王妃様の名前を呼んだ後は感極まって、そのまま王妃様をぎゅうぎゅう抱きしめておいおい泣いたのだった。

 今まで家族愛というものがあまり身近ではなかったマルガレーテは、それを見てびっくりしたのと同時に、ちょっとだけ羨ましいと思った。
 なにしろマルガレーテの産みの母は全く記憶になく、父も最後までどこか遠い存在のままだったから。

 その後しばらくしてようやく泣き止んだこの国最高の貴族であるラングリー公爵は、結果的に王妃様を救ったマルガレーテにも心から感謝をして、そして新たなラングリー公爵家の家族として歓迎すると言って抱きしめてくれたのだった。
 マルガレーテはちょっとだけ照れくさくて、そしてとても嬉しかった。
 なにしろ今まで誰かに優しく抱きしめてもらった記憶なんて、ほとんど無かったのだから。

「ワオン。ワン!」

 そしてここにも当然クロはついてきているのだった。
 クロは一体、どれだけ王妃様が好きなのだろう?
 
 僕も僕も!
 まるでそう言っているように吠えるクロにも人の良い公爵は、
 
「おおそうかお前もぎゅーしてほしいのか!」

 と、なぜかノリノリでクロにもハグをしていた。結構ノリの良いおじいさまだった。犬好きなのかもしれない。

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