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ルルベ草3
しおりを挟むなぜなら、たった一晩しか経っていないというのに、その魔力あふれる場所は、全てルルベ草に占領されていたのだから。
そよそよと気持ちよさそうにほっそりとした金混じりの葉を風にそよがせているルルベ草の大群。
まさにそれは大群だった。
びっしり。
「なんてこと……」
クラウス様は、不思議そうにフンフンとルルベ草の匂いを嗅いでいた。
「一体どういうことなのでしょう……?」
一緒に着いてきていた侍女のリズも一緒になって呆然としていた。
とにかく一晩で生い茂ってしまったルルベ草が、わさわさと風に吹かれて葉をこすり合いながら強いルルベ草の香りとキラキラとした魔力の鱗粉をひたすらその場にまき散らしている。
思わずその美しい光景に見入り棒立ちになるマルガレーテ。
だって、他にどうすればいいのだろう?
一本でもとてつもなく貴重だというこの草を、まさか踏めるわけもない。
でもルルベ草は魔力が流れていると思われる場所の全てを完全に覆い尽くしていて、もはやマルガレーテが立てるような場所は残っていないのだ。
魔力を補給したいのに。ここではどうにも出来なさそうだった。
まさかこれを食べる? 全部? それも無理。
「これはすごいね……」
後から来てこの光景を見た王妃様も、心から驚いたようにそう一言言うと、そのまましばらく黙りこくってしまったくらいだ。
そして呼ばれたイグナーツ先生は、その光景を見るなり、
「奇跡だ! なんという素晴らしい奇跡だ!」
と叫んでルルベ草の絨毯のなかに手を突っ込んで草の感触を確かめていた。
まるで自分の見ている風景が夢でないと確認するように。
そしてまた急遽三人で話し合いである。
突然湧いたこの事態に、どう対処するのが最善か。
なにしろ一本だけでも魔術師たちが取り合いになり金が、時には血が飛び交う貴重品なのだ。
「まずは急いであの場所を含んでいるこの離宮を私の管理地にしてしまおう」
王妃様は言った。
「管理地、ですか?」
王宮の敷地内なのに? それはなに? と思ったら。
「王妃という立場は、王宮内に自分のプライベートな場所を王から賜れるんだ。まあ自分の生きている間だけの所有地だな。そこには王さえも勝手には入れない。完全な私有地のように使える場所となる。今までは私はまだ王宮のすぐ隣に自分の管理地として王妃の宮を持っていたんだが、そこを放棄してこの離宮に換える」
「そんなことが出来るのですか」
「きっと自分の宮に帰ることを諦めたと思わせられれば許可されるだろう。そしてここが私の管理地にさえなってしまえば、この離宮の中のものは私が生きている限り、私の許可なしには誰も入れないし何も持ち出せなくなるんだ。とにかくあのルルベ草は守らなければならない」
「そうされるならばお早い方がよろしいでしょう。もしもその前にルルベ草の存在がバレたら許可されないばかりかあの場所を王宮にとりあげられてしまいます」
「よしいますぐ王に手紙を書こう」
そしてその場で王妃様が「もう体調が回復するとは思えないから、管理地を王妃の宮からこの離宮に移して、誰にも干渉されずにここで静かに暮らしたい」的な手紙を書いたのだった。
その手紙はすぐに王宮へと送られていった。
あまりに早いその行動に驚いたマルガレーテだったが、イグナーツ先生は、
「当然です。もたもたしているうちに物事というものは動いてしまうかもしれませんからね。善は急げと言いますし」
などと言ってのんびりお茶を飲んでいた。見かけは麗しい若者なのに、こういうところはなんだか年相応の落ち着きなのかもしれないと思ったマルガレーテだった。
なんていうか、大物感をビシバシ漂わせている。
でもマルガレーテは、その宮というところを王妃様が今までまだ管理地にしていた理由もあったのではと思って聞いてみた。
「そうして返された王妃様の宮はどうなるのですか」
「んー、きっとあの第二王妃のゼルマが入るだろうな。なにしろあそこは王の正妻の場所だから」
「ええ……? いいのですか?」
驚いてマルガレーテが聞くと。
「今はくれてやる。せいぜい喜ぶがいいさ。なあに、あの場所はまた取り返せばいい。それより今一番優先すべきはクラウスを戻すことだから」
そうきっぱりと言ったのだった。
まずはクラウス様を戻すこと。たしかにそうでなければ、たとえ体調を復活させてこの離宮を出たとしても、その先にあるのは今権勢を誇る第二王妃との不利な戦いだ。
「私も、頑張ります」
マルガレーテも覚悟を決めた。何が何でもクラウス様を元に戻すのだ。
それからは、きっとこの国では夢のような生活、つまりはルルベ草食べ放題の生活になった。
なにしろあの東屋の跡地に生えるルルベ草は、刈っても刈っても次の日にはまたびっしりと埋め尽くすように生える。
それだけ強い魔力が土地に存在しているのだろうとイグナーツ先生は言った。
たしかにマルガレーテの感触でもあの場所の魔力は特別だったから、そんな魔力のあるところではルルベ草の成長がとても早いのだろう。
おかげでイグナーツ先生のおやつにルルベ草、王妃様のお食事の付け合わせにもルルベ草、そしてマルガレーテの日々のおやつと食事と間食全てがルルベ草になった。
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