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呪いを解く2
しおりを挟む「クラウス、おいで。大丈夫だから。ほらおいで」
王妃様が言っても、やっぱり不安そうなまま近づいてはこなかった。
見守っていた侍女たちが、クラウス様をマルガレーテの方に押し出そうとしても抵抗して両足を踏ん張っている。
「なんだかクラウスを誘拐しようとしている気分になってきたぞ。もういっそ肉で釣ってみるか?」
「マルガレーテ様のお覚悟を感じ取って怖いのでしょう」
「そんな軟弱な男に育てた覚えはないが」
「でも好きな相手が命をかけようとしているとなるとさすがに」
「だったら危ないと思った瞬間に離れればいい話だろうが。私はできたぞ」
「しかしまだ犬の意識が強いですから、そこまで冷静な判断ができるかどうか」
「むしろその動物としての本能をフル活用すればいいだろうよ。人より感覚も反応も敏感なはずではないか」
「しかしそれも状況を細かく理解できていればの話です」
王妃様とイグナーツ先生がなにやらごちゃごちゃ言い出すくらいには手こずっているのだった。
マルガレーテは思った。
ちょっと待って?
沢山の人が必死に働いて作ったこの液を浴びるように飲んで、私も覚悟を決めて、やっとその呪いを消せるかもというところで本人が尻込み?
そういうところは犬としての本能が働いているのか、ただ空気を読んで怖がっているのか。
でも、いまさら「じゃあやめよう」とはならないのよ?
そしてマルガレーテは、怯えているクラウス様の目をまっすぐに見つめて、言った。
「クラウス様、こちらへいらっしゃい」
「……ワッフ」
マルガレーテの気迫に押されたのか、クラウス様ははっとした顔をして、じりじりとマルガレーテの方に歩いてきた。
「おっ、やっとわかったか。クラウス、いい子だね。おいでおいでさあおいで」
ピタッ。
「クラウス様、こちらですよ。クラウス様もわかってはいらっしゃるのでしょう? さあいらっしゃい。」
……おずおず。
「……なんか、マルガレーテの尻に敷かれる未来のクラウスの姿が見えた気がするぞ」
小声でつぶやく王妃様。するとすかさずイグナーツ先生が、
「いいんじゃないですか? きっとご両親に似たんですよ」
「なんだと?」
なぜかマルガレーテを挟んでにらみ合い始めた王妃様とイグナーツ先生を完全無視して、マルガレーテはクラウスの目を見つめ続けた。
「クラウス様? さあこちらへ」
おずおずおず。
明らかにマルガレーテの言葉には逆らえないという態度でクラウス様はマルガレーテの前に来て、そしてちょんとお座りをした。
「まあ、きっと夫婦円満の秘訣ですよ。微笑ましいではありませんか」
「円満ねえ。マルガレーテ、どうせ手綱を握るなら、しっかり握って好き勝手させないように頑張るんだよ」
「キュウウ……」
怯えているクラウス様がさらにひいい……といった顔になったのはどうしてか。
しかしクラウス様の意識が王妃様にそれた瞬間、マルガレーテはガバッとクラウス様に抱きついたのだった。
もっふう。
豊かな体毛に包まれて、その体温と獣らしい匂いにつつまれるマルガレーテ。
そして感じる、まるで蒸発したかのように消えていく大量の魔力。
一気に寒気がして虚無な気分に包まれていく。
でもそれは、クラウス様の呪いを消している証拠。
それがわかっているから、マルガレーテは必死に耐えた。
けれども魔力の流出があまりに激流すぎて、しばらくするとすうっと意識が遠のいていった。
これは……前にもあった……王妃様に初めて触れた時の……。
しかし今回はあの時とは違った。
「マルガレーテ様、失礼します」
イグナーツ先生が、マルガレーテの後ろから手をかざして魔力を補給し始めた。
王妃様はマルガレーテの様子を見て、ガバとマルガレーテとクラウス様を鷲づかみにした。そして、
「はい休憩!」
そう言ってそのまま力尽くで二人を引き離したのだった。
べりべり。
そんな音が聞こえてきそうなくらいには強引だった。
そしてマルガレーテがはっと意識を引き戻したときには、王妃様によってルルベ液の小瓶が無理矢理口に押しつけられていた。
「お飲み。さあお飲み! 今すぐお飲み!」
ごきゅごきゅ。
そんな王妃様の気迫に押されてルルベ液を飲むマルガレーテの後ろで。
「オオオォーーーーーーーーン!」
突然遠吠えを始めたクラウス様だった。
悲しげな、絶望を感じさせる悲痛な遠吠え。
イグナーツ先生がマルガレーテの手をとって、魔力の流れを制限する指輪にまた制限をかけたのを見た。
でもマルガレーテはそんなことには気にもとめず、ただ茫然とクラウス様の遠吠えを聞いていた。
「まさか……まだ、犬のまま……?」
マルガレーテの持てる魔力をほとんど全て送りこんだのに、クラウス様はまだ犬の姿のまま悲しげに遠吠えをしている。
マルガレーテには、あれが渾身の魔力だったのに。
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