49 / 64
研究の成果その二1
しおりを挟むそうして後日、改めて離宮を訪れたイグナーツ先生は、とても得意げな顔でじゃらっと小瓶を並べたのだった。
「こちらが今の、ラングリー公爵家の先鋭魔術師たちの研究の成果でございます」
そこに並べられた小瓶の中身は、何種類かあるようだった。
「よくこんなに加工できたものだな」
王妃様が感心したように言い、マルガレーテは、
「まあ、綺麗」
と、単純に美しい芸術品のような小瓶と中に宿る魔力のキラキラとした輝きに見とれていた。
イグナーツ先生は、それはそれは誇らしげに説明を始めた。
「こちらが今までと同じ、濃縮ルルベ液です。そしてこちらがその液を飴に固めたもの、そしてこちらがその液をもっと小さく凝縮して粒状に固めたものです。小さければ小さいほど効果は大きいはずですが、問題はその分ルルベ草独特の苦みが強くなるようです。どれがお好みに合うのかわかりませんでしたので、全部お持ちしました。お好みのものを探していただければ」
そう言って差し出されたものたち。
王妃様が早速ためしたものの、唯一かろうじて飴にしたものならばなんとかいけるという感想に、イグナーツ先生が「やはりそうですよね」と頷いていた。
「飴にしたのは良い考えでしたね」
クラウス様が、ルルベ液を「うええ」という顔ですぐに諦めた後、飴を口に入れて、それでもとても渋い顔をしていた。
マルガレーテは、ルルベ液はもう知っているし王妃様とクラウス様の様子から飴も問題ないと考えて、最初に一番小さな粒を手に取った。
すでにルルベ液で音を上げていた王妃様とクラウス様は、もちろん試しもしていなかったものだ。
「マルガレーテ……まさか、それをいくのか……? なかなか勇気があるな……」
王妃様が心から心配しているのか引いているのかわからない顔をして言い、
「マルガレーテ、無理はしなくていいんだぞ? この液を一気飲みできるだけすごいんだぞ?」
とクラウス様までもが心配そうにマルガレーテの指先にある小さな粒を見ながら言った。でも。
「せっかく作ってくれたのですし、誰かが試してみなければ。ではいただきます」
そう言ってぱくっと口に入れたのだった。
口の中で転がすと、ルルベ草の爽やかな香りと苦みを感じる。しかし飴のように溶ける様子はなく。
ならばとその粒をかみ砕いた瞬間に、爆発的に魔力が補充されるのを感じてマルガレーテは思わず恍惚となったのだった。
「マルガレーテ……?」
きっとクロのままだったら心配そうにしながらマルガレーテの周りをぐるぐる回っていただろう、そんな空気を醸し出しながら、クラウス様がマルガレーテの顔を見ていた。
「ああ……素敵……」
もしかしたらあまりの苦さにマルガレーテが気絶でもするのではと心配していたのかもしれない。
それなのにそう言ってうっとりしたマルガレーテを、周りの人たちはぎょっとした目で見ていた。
でも反対にマルガレーテの方も、予想と違うマルガレーテの反応にどうやら好奇心が湧いたらしい王妃様が、疑わしげな顔をしながらも恐る恐るその粒を口に入れて、そしてすぐさまぺっと吐き出して悶絶しているのをマルガレーテは不思議そうに見ていた。
どうやら王妃としての威厳をも軽々と越える苦みだったらしい。
「無理だろう、これ! これが平気とか、どんな味覚なんだ!?」
そして口直し用に用意していたお茶をごくごく飲む王妃様。でもそれくらいでは消えなかったらしく、その後王妃様の眉間のシワはしばらく取れることはなかった。
「マルガレーテ……君は強い人だ」
そんな母を心配もせずに、なぜかクラウス様はうっとりとマルガレーテの顔を見ていたが。
マルガレーテは魅力的なりりしい顔のクラウス様に眩しそうに見つめられて、思わずちょっとだけ頬を染め、そしてイグナーツ先生の方に向かって言った。
「これ、石の形には出来ますか?」
「石、ですか?」
「はい。堅さはこれくらいか、もう少し固く。歯でかみ砕ける堅さで、でも普通にしていたら壊れないくらいの堅さです。そんな石の形に出来たら、アクセサリーに加工して持ち歩けます」
マルガレーテは、その石を常に身につけて持ち歩けるようにと考えたのだった。
なにしろこの先、何があるかわからない。
突然マルガレーテの魔力が奪われてしまう可能性もゼロではないのだ。
たとえば指輪が壊れてしまうとか、指輪がはずされてしまうとか、何かのはずみにマルガレーテの魔力を制御できないことが起こるかもしれない。
なのに白い魔力というものは、その魔術師の意志とは関係なく突然流れ出てしまう。
だからそんな時のために、非常食ならぬ非常用魔力として携帯できたら少しは安心できるのではと思ったのだった。
「たしかに他人にはわからないように持ち歩けたら便利だな」
王妃様がふむふむと頷きながら言った。
「もしわかっていても、まずマルガレーテ以外には誰も苦すぎて口にはできないでしょうけどね。ましてや噛み砕こうなど」
ルルベ「液」でも飲めなかったクラウス様が苦笑いをしながら言ったが、マルガレーテはその隣できょとんとしていた。
「たとえば指輪に、たとえばペンダントに。他にもお薬に似せて常備薬のようにも見せられますね。固形にできたらいろいろと持ち歩く方法が広がるのです。もしそんなことが出来たら私、これからの人生がとても安心できますわ」
そして「レイテの魔女」らしい、輝く笑顔を見せたのだった。
それは、とんでもなく高価なものを無邪気に所望する王女の姿だった。が。
「もちろん、姫の望む通りになんなりと」
レイテの魔術師の流れをくみ、レイテの魔術師でもある王女を崇拝するイグナーツ先生は、もちろんそう即答した。
そして白の魔力を守るための費用を惜しむような人は、その場には一人も居ないのだ。
10
あなたにおすすめの小説
一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました
しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、
「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。
――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。
試験会場を間違え、隣の建物で行われていた
特級厨師試験に合格してしまったのだ。
気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの
“超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。
一方、学院首席で一級魔法使いとなった
ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに――
「なんで料理で一番になってるのよ!?
あの女、魔法より料理の方が強くない!?」
すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、
天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。
そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、
少しずつ距離を縮めていく。
魔法で国を守る最強魔術師。
料理で国を救う特級厨師。
――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、
ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。
すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚!
笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。
転生したので推し活をしていたら、推しに溺愛されました。
ラム猫
恋愛
異世界に転生した|天音《あまね》ことアメリーは、ある日、この世界が前世で熱狂的に遊んでいた乙女ゲームの世界であることに気が付く。
『煌めく騎士と甘い夜』の攻略対象の一人、騎士団長シオン・アルカス。アメリーは、彼の大ファンだった。彼女は喜びで飛び上がり、推し活と称してこっそりと彼に贈り物をするようになる。
しかしその行為は推しの目につき、彼に興味と執着を抱かれるようになったのだった。正体がばれてからは、あろうことか美しい彼の側でお世話係のような役割を担うことになる。
彼女は推しのためならばと奮闘するが、なぜか彼は彼女に甘い言葉を囁いてくるようになり……。
※この作品は、『小説家になろう』様『カクヨム』様にも投稿しています。
完璧すぎると言われ婚約破棄された令嬢、冷徹公爵と白い結婚したら選ばれ続けました
鷹 綾
恋愛
「君は完璧すぎて、可愛げがない」
その理不尽な理由で、王都の名門令嬢エリーカは婚約を破棄された。
努力も実績も、すべてを否定された――はずだった。
だが彼女は、嘆かなかった。
なぜなら婚約破棄は、自由の始まりだったから。
行き場を失ったエリーカを迎え入れたのは、
“冷徹”と噂される隣国の公爵アンクレイブ。
条件はただ一つ――白い結婚。
感情を交えない、合理的な契約。
それが最善のはずだった。
しかし、エリーカの有能さは次第に国を変え、
彼女自身もまた「役割」ではなく「選択」で生きるようになる。
気づけば、冷徹だった公爵は彼女を誰よりも尊重し、
誰よりも守り、誰よりも――選び続けていた。
一方、彼女を捨てた元婚約者と王都は、
エリーカを失ったことで、静かに崩れていく。
婚約破棄ざまぁ×白い結婚×溺愛。
完璧すぎる令嬢が、“選ばれる側”から“選ぶ側”へ。
これは、復讐ではなく、
選ばれ続ける未来を手に入れた物語。
---
『婚約破棄ありがとうございます。自由を求めて隣国へ行ったら、有能すぎて溺愛されました』
鷹 綾
恋愛
内容紹介
王太子に「可愛げがない」という理不尽な理由で婚約破棄された公爵令嬢エヴァントラ。
涙を流して見せた彼女だったが──
内心では「これで自由よ!」と小さくガッツポーズ。
実は王国の政務の大半を支えていたのは彼女だった。
エヴァントラが去った途端、王宮は大混乱に陥り、元婚約者とその恋人は国中から総スカンに。
そんな彼女を拾ったのは、隣国の宰相補佐アイオン。
彼はエヴァントラの安全と立場を守るため、
**「恋愛感情を持たない白い結婚」**を提案する。
「干渉しない? 恋愛不要? 最高ですわ」
利害一致の契約婚が始まった……はずが、
有能すぎるエヴァントラは隣国で一気に評価され、
気づけば彼女を庇い、支え、惹かれていく男がひとり。
――白い結婚、どこへ?
「君が笑ってくれるなら、それでいい」
不器用な宰相補佐の溺愛が、静かに始まっていた。
一方、王国では元婚約者が転落し、真実が暴かれていく――。
婚約破棄ざまぁから始まる、
天才令嬢の自由と恋と大逆転のラブストーリー!
---
落ちぶれて捨てられた侯爵令嬢は辺境伯に求愛される~今からは俺の溺愛ターンだから覚悟して~
しましまにゃんこ
恋愛
年若い辺境伯であるアレクシスは、大嫌いな第三王子ダマスから、自分の代わりに婚約破棄したセシルと新たに婚約を結ぶように頼まれる。実はセシルはアレクシスが長年恋焦がれていた令嬢で。アレクシスは突然のことにとまどいつつも、この機会を逃してたまるかとセシルとの婚約を引き受けることに。
とんとん拍子に話はまとまり、二人はロイター辺境で甘く穏やかな日々を過ごす。少しずつ距離は縮まるものの、時折どこか悲し気な表情を見せるセシルの様子が気になるアレクシス。
「セシルは絶対に俺が幸せにしてみせる!」
だがそんなある日、ダマスからセシルに王都に戻るようにと伝令が来て。セシルは一人王都へ旅立ってしまうのだった。
追いかけるアレクシスと頑なな態度を崩さないセシル。二人の恋の行方は?
すれ違いからの溺愛ハッピーエンドストーリーです。
小説家になろう、他サイトでも掲載しています。
麗しすぎるイラストは汐の音様からいただきました!
【完結】公爵令嬢に転生したので両親の決めた相手と結婚して幸せになります!
永倉伊織
恋愛
ヘンリー・フォルティエス公爵の二女として生まれたフィオナ(14歳)は、両親が決めた相手
ルーファウス・ブルーム公爵と結婚する事になった。
だがしかし
フィオナには『昭和・平成・令和』の3つの時代を生きた日本人だった前世の記憶があった。
貴族の両親に逆らっても良い事が無いと悟ったフィオナは、前世の記憶を駆使してルーファウスとの幸せな結婚生活を模索する。
ワンチャンあるかな、って転生先で推しにアタックしてるのがこちらの令嬢です
山口三
恋愛
恋愛ゲームの世界に転生した主人公。中世異世界のアカデミーを中心に繰り広げられるゲームだが、大好きな推しを目の前にして、ついつい欲が出てしまう。「私が転生したキャラは主人公じゃなくて、たたのモブ悪役。どうせ攻略対象の相手にはフラれて婚約破棄されるんだから・・・」
ひょんな事からクラスメイトのアロイスと協力して、主人公は推し様と、アロイスはゲームの主人公である聖女様との相思相愛を目指すが・・・。
婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!
みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。
幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、
いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。
そして――年末の舞踏会の夜。
「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」
エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、
王国の均衡は揺らぎ始める。
誇りを捨てず、誠実を貫く娘。
政の闇に挑む父。
陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。
そして――再び立ち上がる若き王女。
――沈黙は逃げではなく、力の証。
公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。
――荘厳で静謐な政略ロマンス。
(本作品は小説家になろうにも掲載中です)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる