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クラウス様と黒魔女5
しおりを挟むそう言って、クラウス様は狼の身体能力全てを使って女に襲いかかったのだという。
しかし結果は。
「まあ残念。こんな簡単な計算も出来ないなんて。さすが半分獣だわ」
女がそう言ったところまでは覚えているという。
おそらくは、クラウス様が拒絶したときのための罠も張っていたのだろう。
その後の記憶で一番古いものは、ボロボロになって王都を彷徨っている記憶だという。
「負けたのか、馬鹿者が」
王妃様は容赦なかったけれど。
「殿下が狼の姿だと知った上で、何重にも罠を準備していたのでしょう。同等の魔術師同士の戦いであれば、まず準備に時間をかけた方が勝ちます。ほぼ不意打ちされてそのレベルの魔術師と勝負となれば、結果はしかたがないかと」
イグナーツ先生が言った。
そんな話を聞きながら、もしかしたら自分が犬になっていたかもしれなかったと知ってマルガレーテは驚いていた。
もしその時にクラウス様が提案に乗っていたら。
そうでなくても単に提案に乗るフリをしただけで、きっとその女は魔術でクラウス様を縛り、あっさりとマルガレーテを犬にしていただろうと思った。
「私は知らないところでクラウス様に守っていただいたのですね」
マルガレーテは思わず今でも自分の隣にぴったりと寄り添っているクラウス様に改めて「ありがとうございました」とお礼を言った。
するとクラウス様は、すごく嬉しそうにマルガレーテの手を取ってポンポンと優しくたたいた後、
「私もあの時拒絶して本当によかった」
と、それは嬉しそうに言ったのだった。
マルガレーテには、クラウス様の後ろにご機嫌で振られる尻尾が見えるような気がした。
そしてやっぱりクラウス様がマルガレーテを見るたびに、マルガレーテも幸せな気分になってしまう。
もちろん手は振りほどけない。こっそり握り返したくて、でも勇気も出ないのだけれど。
私、手汗をかいていないかしら?
一方で、そんな二人は無視することにしたらしい王妃様は話を続けた。
「しかし狼の時のクラウスの動きに対抗できるとは、なかなかな魔術師だな、その女。それほどの者ならば、イグナーツ先生は知っているのではないか?」
「残念ながら私の記憶にはいないですね。大抵の魔術師は把握しているつもりでしたが」
「では完全に闇の世界の人間か。また危ない所に手を突っ込んだものだな、あのゼルマ」
王妃様がうんざりしたような顔でため息をついた。
イグナーツ先生も苦々しい顔をしている。
「あの……」
そこに、マルガレーテが口を開いた。
「どうした? マルガレーテ」
王妃様が聞いた。
「私、クラウス様にかけられていた魔術の匂いというか、感触を、覚えています。クラウス様とずっと一緒にいたものですから、わかるようになったみたいです」
マルガレーテが「ずっと一緒に」と言った時、クラウス様の顔がほころんだことには、もう誰もつっこまなかった。
本当に、その態度や行動がクロの時と全く変わらないな、と思ったマルガレーテだったが、今伝えたいのはもちろんそこじゃあない。
「匂い……? 魔術にそんなもの……ああ、私が魔力の色を見るのと同じようなものか……?」
「はい、おそらく。だから、私があの魔力と同じ匂いの魔力を持つ人を見つけられれば犯人がわかるかもしれません」
なにしろずっと感じてきたのだ。最初のころはわからなかったけれど、今ではマルガレーテも魔術や魔力に慣れ、そして知識もついたことでクラウス様にかけられた魔術というものも感知できるようになっていた。
「じゃあ、マルガレーテを表に出して多くの人と接触させれば、その魔術師を見分けることができるかもしれないということか。ふむ」
王妃様が何か考えこんで言った。
「あと、王妃様の中にまだあの魔術が残っているのなら、今なら同じ人の魔術かどうかもわかると思います」
「ほう、ならば見てもらおうかな。またあなたの魔力が元通りになった後に」
「はい。ぜひ」
「私は魔力の色は見ることができるけれど、それは性質の見分けだから誰のものかはわからない。でも、マルガレーテには誰の魔術かがわかるんだな」
王妃様が嬉しそうに言うと。
「私もある程度は出来ます。優秀な魔術師とはそういうものです。しかしクラウス様の魔術に一番深く関わったのはマルガレーテ様ですから、今回はマルガレーテ様にお願いしたほうが良いでしょう」
なぜかイグナーツ先生がちょっとムキになって言った。
どうもマルガレーテの魔術師としての能力に対抗しているような、そんな気がした。
「すごいでしょう、私の妻は」
クラウス様がキラキラと瞳を輝かせて嬉しそうだ。
「犬になる前は『別に不満はない』はずじゃあなかったのかい、クラウス。犬の間にまあすっかり懐いてしまって」
王妃様が呆れて言った。呆れられたというのに、何故かクラウス様は嬉しそうなままはじける笑顔で答えていた。
「最初はそうでしたが。でもマルガレーテは一緒に過ごすうちに可愛くて優しくていい匂いで、すっかり大好きになってしまったのです。私はマルガレーテに一生ついていきますよ」
「殿下!? ついていくのは私にさせてください!」
まさかのクラウス様の「ついていく」発言にびっくりしたマルガレーテは思わずそう叫んだ。
そしてその場にいる全員が、何か微笑ましいものを見るような顔で自分を見ていることに気がついたマルガレーテは真っ赤になったのだった。
「……母上、ちょっと二人で別室に行ってきていいでしょうか」
「駄目にきまっているだろう。何言ってるんだ」
「王妃様。マルガレーテ様に、お式まではクラウス様があまりベタベタ触れないような魔術をおかけしましょうか? 犬の時ならまだしも……。姫のためならば、きっと完璧な魔術をご覧に入れましょうぞ」
「イグナーツやめろ。俺の心が死ぬ」
クラウス様……私の心の方が持たないのですが……。
マルガレーテもそう思っているのがバレバレだったので、その場にいた侍女たちが冷静な表情の下でひたすらほっこりしていたのを、本人たちだけが知らないのだった。
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