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生誕祭の晩餐3
しおりを挟む「連れてきてますので呼びましょう。クラウス! ここへいらっしゃい」
「ワン!」
そして会場のドアから胸をはってスタスタと歩いて入ってきた大きな黒い犬に、会場中が度肝を抜かれたようになった。
「犬だ」
「犬じゃあないか」
「大きいな」
「誰がこんな所まで入れたんだ」
「王妃様だろ」
ざわざわざわ。
驚きと戸惑いの中で、一人だけ青い顔をしているのは「聖女フローラ」妃だった。
きっと心当たりがあるのだろう。
「ほう。これが我が息子か」
なんだか楽しそうな王様。
「そうです。今は魔術で犬にされているのですが、たしかにクラウスです」
「ほう。で、そなたは本当にクラウスか?」
「ワン!」
胸を張って返事をするクラウス様に、周りの何の思惑もない人たちは「へえ、よく仕込まれているな」という空気になった。それほど良いお返事だった。
「父上! この犬は危険です。いつその犬が父上に噛みつくかもわかりません。衛兵! この犬をこの部屋から出せ!」
陛下ではなく、あえて父上と呼んで自分の立場を強調するランベルト王子。が。
「ランベルト。王妃が連れてきたのだ、危険はない」
王様にそう言われてしまったら、黙るしかないのだった。
「しかしこのクラウスには、やっかいな魔術がかけられているようなのです。一体どうやったら元のクラウスに戻せるのか……」
王妃様が悲しそうに頭を振りながら言う。
妙に芝居がかっているのは気のせい……ではない。
ああ…………。
マルガレーテは、ちょっとだけ遠い目をしてから、静かに覚悟を決めた。そして。
「……えええ? クラウス様……? クラウス様なのですか……?」
金色の髪と瞳をキラキラと煌めかせ、今まで存在を隠すように静かにしていたマルガレーテがよろよろと王様の前、クラウス様のところに歩み出る。
マルガレーテの派手な容姿と豪華な衣装で注目度は抜群だ。
「ワン!」
クロの姿のクラウス様が、嬉しそうにマルガレーテにお返事をした。
「まあ……! 本当にクラウス様なのですね! 驚きましたわ! でも生きていらしたなんて、今日はなんて素晴らしい日なのでしょう! 私、ずうっと心配していたのですー! ああよかったーー!」
少々やけになって精一杯大きな声でそう言うと、マルガレーテはそのままガバッとクラウス様に抱きついたのだった。
マルガレーテの豪華なドレスの裾がふわりと広がって、クラウス様の首から下がドレスに埋もれるように覆われる。
そして。
「アオーーン!」
なぜかシナリオにはなかった嬉しげな遠吠えを上げた後、クラウス様はするすると人間の姿になったのだった。
「おおおーーー! あれはまさしくクラウス殿下!」
貴族の人間ならばおそらく全員クラウス王子の顔を知っているので、その瞬間を、一見ただの犬がクラウス様に戻っていくのを目撃したのだった。
その場の誰もが驚きで目を見張っているうちに、王妃様は事前に用意したマントを持ってこさせてクラウス様に着せかけた。
なにしろ犬の姿から人間に戻ったので、いくらマルガレーテのドレスで覆ってはいても実は裸だ。
そして王妃様が声高に宣言する。
「なんとクラウス! 人間に戻れたのか! 素晴らしい! 奇跡だー! きっとマルガレーテの愛とその優しい真心が春の日差しのように降り注ぎ、クラウスにかけられた雪のように冷たかった魔術を溶かしてくれたに違いないー!」
「は?」
ちょっとゼルマ第二王妃の冷たい声の突っ込みが聞こえてきたような気もするが、気にしたら負けだ。
すかさずマントを羽織ったクラウス様も立ち上がり、そして言った。
「なんと! 人間に戻れた! なんという奇跡だ! ありがとうマルガレーテ! あなたの愛が私を人間に戻してくれたのだね! ああ愛しい人! 君は聖女だ!」
「クラウス様……!」
そしてひしと抱き合うクラウスとマルガレーテ。
マルガレーテは会場中の注目の中クラウス様と抱き合うのが恥ずかしすぎて顔が真っ赤になっている自覚があったので、観客に背を向けていてよかったと心から思った。
なぜか貴族の方々の中から、パラパラと拍手が起こって、そして次第に会場を包む盛大な拍手になっていったのだった。
なぜ。
でもじゃあ拍手ももらったので、もうこれで終演でもいいですか。
思わず口をついて言いそうになるのをぐっとこらえるマルガレーテ。しかし、
「クラウス、よく帰ってきたね。マルガレーテ、ありがとう私の息子に奇跡を起こしてくれて」
もちろん芝居は続くのだ。
「……まあ、私の力ではありません。クラウス様の強い意志のおかげですわきっと」
にっこり。もちろん聴衆に半分顔を向けてにっこりと微笑む。
「いや、マルガレーテ。そなたの愛情がクラウスに良い作用をしたのは間違いないようだ。余からも礼を言おう。そしてクラウス、よく帰ってきた。今日は余の誕生日というだけでなく、余の跡継ぎが帰ってきためでたい日となった。みなも祝ってやってくれ」
「おめでとうございます! 国王陛下!」
「おめでとうございます! クラウス殿下!」
貴族の方々は一斉にそう唱和して、頭を垂れたのだった。
めでたしめでたし。
……なはずはなく。
10
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