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生誕祭の晩餐6
しおりを挟む「嘘をつくな、この黒魔術師が!」
ランベルト王子が叫ぶ。
「ランベルトしゃまも、しっていたではないでしゅか! わたひを王妃にしてくれるとやくしょくしたから、くらうしゅしゃまを犬にしたのではないでしゅか! ランベルトしゃまだって大喜びしていたではありましぇんか!」
「やめろ! 嘘をつくな! 衛兵! この女を地下牢に入れろ!」
叫んだランベルトに、クラウスが言った。
「いやその人、お前の妃だろう。地下牢はだめだ。とりあえずランベルトの妃の部屋に――」
「ふざけるな! こんな女なんて知らない!」
「え、でもフローラ様なんですよね?」
思わずクラウス様の隣でマルガレーテが聞く。
「そうでしゅ。わたひはフローラでしゅ」
「僕が結婚したのは聖女のフローラだ! こんな醜い魔術師なんて知らない!」
「……彼女はもともと聖女ではなかったんだろう。ただの黒魔術師だったんだ」
クラウス様がそう言うと、フローラはクラウス様をじっとりと睨んだ。図星だったのだろう。
「しかし僕のフローラは沢山の人たちを救っていたのだぞ。彼女の癒やしの魔術は本物だった」
そう言うランベルト王子に、クラウス様が言う。
「おおかた最初に悪い作用の魔術をかけて困ったひとたちを作っておいてから、その魔術を取り消して治したように見せていたんだろう。自作自演で聖女を演じていたんだ。それにこの女は確かに私に犬になる魔術をかけた人だ。匂いでわかる。なにしろ今までずっと犬だったからな」
そして自分の鼻を差して得意げに笑った。
そういえば犬になる魔術をかけられたときは狼の姿だったし、今もついさっきまでは犬の姿だった。ということは、人間にはわからないレベルで人を匂いで見分けた結果の結論なのだろう。
「悪夢だ……」
ランベルト王子がその場にへたり込んで放心した。
「ランベルト……!」
そんな息子を抱きしめるゼルマ第二王妃。
しかし。
「……ゼルマ、余は実に残念だ」
そう言って王様は、ゼルマ第二王妃とランベルト王子に謹慎を言い渡したのだった。
後日、改めて処遇が決まることだろう。
あまりの事態に唖然としていた空気の中で、一人朗らかに笑いながら王妃様が明るい声で言った。
「では、そろそろ食事を始めましょうか。お料理が冷めてしまって料理長がいいかげん卒倒するかもしれませんし?」
おそらく今食欲が残っている人は、もしや王妃様くらいではないかとマルガレーテは密かに思ったが。
「そういえばクラウスの席がないな」
王様ものんびりとそう言うと、クラウス様はランベルト王子が座っていた席まで行って涼しい顔をして言った。
「この席が空いたようですし、私はここでいいですよ」
「ふむ。ではその席はクラウスが座るが良い。しかしそなたは食事の前に着替えて来るべきだな。王太子には、それに相応しい格好があるだろう」
「……はい」
どうもクラウス様は、服には全くこだわりがないようだ。
自分のマント姿をちらりと見下ろしてから、今の自分の状態を思い出したようだった。
そしてマルガレーテに手を差し伸べると、そのまま先ほどまでフローラの座っていた席まで連れて行き、優しく言った。
「ではマルガレーテ、私が戻ってくるまでここで待っていてくれ。私は着替えてくる」
「はい。ここでお待ちしていますね」
そうして「クウーン……」という声が聞こえてきそうないかにも名残惜しいという顔で、それでも渋々その場を後にしたクラウス様。
沢山の人を前にマント一枚という出で立ちなのに、堂々とした足取りで悠々と退場していくクラウス様を見て、さすが王子として育った人なのだとマルガレーテは感心した。
こういう場だからこそわかる、王子の風格らしきものを彼に初めて感じたマルガレーテだった。
そうして最初の予定より閑散とした王一家の席ではあったが、それでも王の生誕を祝う晩餐は始まったのだった。
人々はまさに今あった出来事にいかに驚いたかを語り合ったり、クラウス王子の帰還を喜んだり、ゼルマ第二王妃にすり寄っていたらしい貴族たちが慌てて保身に走ったりしていた。
マルガレーテはチラチラと自分に絶えず突き刺さる人々の視線を静かに受け止めつつ、楽しげに会話する王様と王妃様の会話を聞いていた。
「……なかなか楽しい余興だったぞ、イリーネ」
「それはようございました。少々準備に時間がかかってしまいましたが、頑張ったかいがありましたね」
「で、もちろんこの後本当のところを教えてくれるのだろうね?」
「さあ、どういたしましょう。謎は謎のままの方が人生楽しいかもしれませんよ」
「そんなことを言って、どうせラングリー公爵家が絡んでいるのだろう、聞いているぞ。余だけ仲間はずれは許せんな。なにやらいろいろやっていたようではないか」
そう言って王様は、楽しそうに笑っていた。
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