居酒屋ドラゴン ~龍族専用バー「炎の一献」開店記~

さかーん

文字の大きさ
39 / 40
第三章 炎の一献と消えた龍の涙

第38話 涙を拭う、和解のスープ

しおりを挟む
「頼む……!誰か……誰か、私の娘を……リリアを、助けてくれ……!」
 薬草師エリアスの悲痛な叫びが、禍々しい光に満ちた廃教会に響き渡った。それは、憎しみに囚われた男が、最後にたどり着いた、ただ一つの純粋な願い――父親としての魂の慟哭だった。

 暴走する『龍の涙』が放つ紫色の瘴気に、シリウスやゼノヴィオスでさえも顔を歪め、後ずさる。だが、レガルドは、その邪悪な光の奥にある、宝石に宿った深い悲しみを、その金色の瞳でじっと見据えていた。
 彼は、震えるキルヴァンの肩に、大きな手をそっと置いた。
「キルヴァン、やれるか?」
 その声は、どこまでも穏やかだった。
「憎しみじゃない。あの宝石も、あの男も、そしてあの娘も……ただ、深い悲しみに囚われているだけだ。お前の炎で、その凍てついた心を、温めてやれ」
「……うん!」
 キルヴァンは、レガルドの温かい言葉に、恐怖を振り払うように力強く頷いた。

 彼は一歩前に出ると、暴走する『龍の涙』に向かって、そっと両手を差し伸べた。彼の小さな手から放たれたのは、攻撃のためではない、ただひたすらに温かく、慈しむような白金の炎。それは、まるで陽だまりのように、ゆっくりと宝石を包み込んでいった。
 キィィィン、と宝石が苦しげな悲鳴を上げる。キルヴァンの炎が宝石に触れた瞬間、その内部に、かつて愛し合いながらも引き裂かれた龍と人間の恋人たちの、悲痛な記憶が幻影となって浮かび上がった。続いて、師を失ったエリアスの孤独、娘の病への絶望、そして龍族への憎しみが、黒い渦となって溢れ出す。
 だが、キルヴァンの炎は、それら全ての悲しみを否定せず、ただ優しく、そっと包み込んでいく。まるで、「辛かったね」「もう大丈夫だよ」と語りかけるかのように。
 すると、禍々しい紫色の光は、徐々にその毒気を失い、本来の、月の光のような乳白色の輝きを取り戻し始めた。

 その隙を逃さず、レガルドが弱りきったリリアのベッドの傍らに膝をつき、その小さな手にそっと触れた。彼の掌から、古代竜の強大で温かい生命エネルギーが、穏やかな川の流れのように、少女の体へと注ぎ込まれていく。リリアの苦しげだった呼吸が、少しずつ、少しずつ、穏やかになっていった。

 そこへ、息を切らして、依頼主であるコーネリアスが駆けつけた。彼は、娘を抱きしめて泣きじゃくるエリアスと、輝きを取り戻した『龍の涙』、そして、その全てを静かに見守る「炎の一献」の仲間たちを、ただ呆然と見つめていた。
「コーネリアス様……申し訳……申し訳ございません……!」
 エリアスは、コーネリアスの姿を認めると、その場にひれ伏した。「どんな罰でも、お受けいたします!」
 だが、コーネリアスは、静かに首を横に振った。
「……もう、よい」
 彼は、エリアスの傍らに屈むと、その震える肩に手を置いた。
「君の師匠……我が義兄も、そして私も、愛する者を失う悲しみは同じだった。だが、私はその悲しみから目を背け、君は憎しみに囚われた。……憎しみでは、誰も救えんのだな。この宝石が、今、身をもってそれを教えてくれたようだ」
 その瞳には、深い悔恨と、そして確かな「赦し」の光が宿っていた。
「私も、君を、そして義兄を、もっと早く理解しようとすべきだったのかもしれん……すまなかった」
 老龍のその言葉に、エリアスは、ただ子供のように声を上げて泣き続けた。長年の憎しみの鎖が、解けていく音がした。

 一週間後、「炎の一献」の店内は、いつもの賑わいとは少し違う、穏やかで優しい空気に包まれていた。
 テーブル席には、コーネリアスと、すっかり元気になった娘のリリア、そしてこれから自らの罪を償うために自首するという、晴れやかな顔つきのエリアスの姿があった。
「さあ、お待ちどう。特製、『和解のハーブスープ』だ」
 レガルドが、三人のために、湯気の立つスープを運んできた。それは、龍の国の滋養に富んだ薬草と、人間の国の優しい野菜、そしてドワーフの国の滋味深い岩塩が、完璧な調和を生み出した、心と体を芯から温める一皿だった。
 三人は、そのスープを一口すする。その深く、そしてどこまでも優しい味わいに、それぞれの胸に去来する想いがあふれ出し、静かに涙を流した。それは、悲しみの涙ではなく、新しい明日へと向かうための、温かい涙だった。

 事件が解決し、またいつもの平和な日常が戻ってきた「炎の一献」。
 閉店後、ミレーユが楽しそうに笑った。
「私たち、まるで探偵団のようでしたわね」
「うん!楽しかった!次はどんな事件が来るかな!」
 キルヴァンが目を輝かせると、カウンターを磨いていたシリウスが、ジョッキをドンと置いて一喝する。
「冗談じゃねえ!俺はうまいビールが静かに飲めりゃ、それでいいんだよ!」
 レガルドは、そんな仲間たちの賑やかなやり取りを、暖炉の炎のように温かい目で見守りながら、静かに笑うのだった。
「炎の一献探偵団」の次の出番は、しばらくはなさそうだ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷徹宰相様の嫁探し

菱沼あゆ
ファンタジー
あまり裕福でない公爵家の次女、マレーヌは、ある日突然、第一王子エヴァンの正妃となるよう、申し渡される。 その知らせを持って来たのは、若き宰相アルベルトだったが。 マレーヌは思う。 いやいやいやっ。 私が好きなのは、王子様じゃなくてあなたの方なんですけど~っ!? 実家が無害そう、という理由で王子の妃に選ばれたマレーヌと、冷徹宰相の恋物語。 (「小説家になろう」でも公開しています)

おばちゃんダイバーは浅い層で頑張ります

きむらきむこ
ファンタジー
ダンジョンができて十年。年金の足しにダンジョンに通ってます。田中優子61歳

無才能で孤独な王子は辺境の島で優雅なスローライフを送りたい〜愛され王子は愉快なもふもふと友達になる才能があったようです〜

k-ing /きんぐ★商業5作品
ファンタジー
2023/5/26 男性向けホトラン1位になりました!  読みやすくするために一話の文字数少なめです!  頭を空っぽにして読んで頂けると楽しめます笑  王族は英才教育によって才能を開花する。そんな王族に生まれたアドルは成人しても才能が開花しなかった。  そんなアドルには友達と言える人は誰もおらず、孤独な日々を送っていた。  ある日、王である父親に好きに生きるようにと、王族から追放される。  ただ、才能に気づいていないのは王のみだった。  地図で一番奥にある辺境の島から、王国に戻りながら旅をしたら才能に気づくだろう。  そんなつもりで旅をしたが、着いた島は地図上にない島だった。  そこには存在しないと思われるもふもふ達が住む島だった。  帰ることもできないアドルはもふもふ達と暮らすことを決意する。  あれ?  こいつらも少し頭がおかしいぞ?

靴屋の娘と三人のお兄様

こじまき
恋愛
靴屋の看板娘だったデイジーは、母親の再婚によってホークボロー伯爵令嬢になった。ホークボロー伯爵家の三兄弟、長男でいかにも堅物な軍人のアレン、次男でほとんど喋らない魔法使いのイーライ、三男でチャラい画家のカラバスはいずれ劣らぬキラッキラのイケメン揃い。平民出身のにわか伯爵令嬢とお兄様たちとのひとつ屋根の下生活。何も起こらないはずがない!? ※小説家になろうにも投稿しています。

【完結】異世界で魔道具チートでのんびり商売生活

シマセイ
ファンタジー
大学生・誠也は工事現場の穴に落ちて異世界へ。 物体に魔力を付与できるチートスキルを見つけ、 能力を隠しつつ魔道具を作って商業ギルドで商売開始。 のんびりスローライフを目指す毎日が幕を開ける!

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

有能女官の赴任先は辺境伯領

たぬきち25番
恋愛
お気に入り1000ありがとうございます!! お礼SS追加決定のため終了取下げいたします。 皆様、お気に入り登録ありがとうございました。 現在、お礼SSの準備中です。少々お待ちください。 辺境伯領の当主が他界。代わりに領主になったのは元騎士団の隊長ギルベルト(26) ずっと騎士団に在籍して領のことなど右も左もわからない。 そのため新しい辺境伯様は帳簿も書類も不備ばかり。しかも辺境伯領は王国の端なので修正も大変。 そこで仕事を終わらせるために、腕っぷしに定評のあるギリギリ貴族の男爵出身の女官ライラ(18)が辺境伯領に出向くことになった。   だがそこでライラを待っていたのは、元騎士とは思えないほどつかみどころのない辺境伯様と、前辺境伯夫妻の忘れ形見の3人のこどもたち(14歳男子、9歳男子、6歳女子)だった。 仕事のわからない辺境伯を助けながら、こどもたちの生活を助けたり、魔物を倒したり!? そしていつしか、ライラと辺境伯やこどもたちとの関係が変わっていく…… ※お待たせしました。 ※他サイト様にも掲載中

処理中です...