聖女様かと思ったら、パーティーメンバーのお母さん(しかも伝説の魔女)でした ~

さかーん

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第48話 王立アカデミーと、知の迷宮

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「……ここが、王立アカデミー……」

 俺、カイトは、目の前にそびえ立つ壮麗な建物を、呆然と見上げていた。
 白い大理石(たぶん)で作られた巨大な門、緻密な彫刻が施された壁、そして天高く伸びる尖塔。俺が普段出入りしている冒険者ギルドや、エレノアさんの店とは、世界の次元が違う。明らかに、選ばれし者たちのための学び舎だ。

 門の前には、厳つい鎧を着た衛兵が立ち、出入りする人々(ほとんどが、上等な制服やローブを身にまとった学生や、学者風の老人たち)をチェックしている。……俺みたいな、薄汚れた冒険者風情が、本当に入っていい場所なんだろうか?

「さあ、行きましょうか、カイトさん」
 俺の不安をよそに、エレノアさんは、まるで自宅の庭を歩くかのように、堂々と門へと向かう。衛兵たちは、彼女の姿を認めると、驚いたように目を見開き、慌てて敬礼して道を開けた!

「エ、エレオノラ様! ようこそお越しくださいました!」
「ええ、少し調べたいことがありまして。……こちらは、わたくしの助手ですわ」
 エレオノラさんが俺を紹介すると、衛兵たちは俺に対しても、畏敬(あるいは、エレオノラ様の連れという物珍しさ?)の視線を向け、敬礼する。……居心地が悪い! ものすごく居心地が悪い!

(エレオノラさん、顔が利くってレベルじゃないぞ……!? 一体何者なんだ……!?)
 今更ながら、隣を歩く魔女様の、底知れない影響力に身震いする。

 アカデミーの敷地内は、外観以上に広大で、美しく整備されていた。緑豊かな中庭、歴史を感じさせる校舎、そして、俺たちの目的地である図書館は、その中でもひときわ大きく、荘厳な建物だった。

 図書館の内部は、静寂と、古い紙の匂いに満ちていた。市立図書館よりもさらに多くの書物が、天井まで続く書架に整然と並べられている。利用者は皆、真剣な表情で書物を読みふけっており、物音一つ立てるのも憚られるような雰囲気だ。

「さて……まずは、『月長石』に関する地質学の資料から当たりましょうか。特殊鉱物に関する記録は、あちらの第二書庫のはずですわ」
 エレノラさんは、慣れた様子で図書館の案内板を確認し、俺を導いていく。

 特殊書庫と呼ばれるエリアは、さらに厳重な管理がされているようで、入り口では魔法的な認証が必要だったが、これもエレノラさんは(俺には何をやっているのかサっぱり分からない方法で)難なくクリアした。

「カイトさん、あなたはこちらの索引で、『月長石』および類似の鉱物に関する記述がある文献リストを検索していただけますか? わたくしは、あちらの棚を直接調べてみますわ」
 エレノラさんに指示され、俺は分厚い索引簿と格闘することになった。知らない単語や、複雑な分類に頭を悩ませながら、必死にページをめくる。

(……だめだ、専門用語が多すぎて、さっぱり分からん……。それにしても、エレノラさん、すごい集中力だな……。あの難しい本を、どんどん読み進めてる……)
 俺は、書架の間で、まるで水を得た魚のように古文書を読み解いていくエレノラさんの横顔を、こっそりと盗み見る。美しくて、知的で……やっぱり、住む世界が違う人なんだなぁ、と改めて実感する。

 しばらくして、エレノラさんが俺の元へ戻ってきた。その手には、数冊の古びた本が抱えられている。
「いくつか、関連しそうな記述を見つけましたわ。『月長石』……やはり、非常に希少な鉱物で、強大な魔力が集まる場所、特に古い隕石の落下跡地や、地下深くの特殊な鉱脈でしか産出しないようです。この近辺では……『黒曜の峰』の廃坑道くらいしか、可能性はなさそうですわね」

「黒曜の峰……あそこは、危険な魔物が多くて、ギルドでも高ランク向けの場所じゃ……」
 そんな場所から、どうやってサイラスは……?

「次に、『夜陰草』ですが……」
 エレノラさんは、別の本を開く。
「こちらは、錬金術の項目で見つけました。『夜陰草』……暗月草とも呼ばれ、強い魔力を持つ植物。その『露』は、満月の夜、しかも特定の条件下でしか採取できない、極めて希少な錬金素材……。幻覚作用や、光を屈折させる効果があると記されていますわ。生育場所は……湿度の高い洞窟や、呪われた沼地など……これもまた、人が容易に立ち入れる場所ではありませんわね」

 月長石も、夜陰草の露も、どちらも入手は極めて困難。しかも、それを複数回にわたって(数十年前の事件も含めれば)手に入れているとすれば……。

「……『月影のギルド』は、我々が考えている以上に、組織的で、高い技術力と……おそらくは、相当な『資金力』を持っている、と考えるべきですわね」
 エレノラさんの声には、確かな警戒が滲んでいた。

「そんな連中が、この街で暗躍してるなんて……」
 俺は、改めて事態の深刻さを思い知る。

「ですが、これで手掛かりは掴めましたわ」
 エレノラさんは、地図を取り出し、先ほど名前が出た『黒曜の峰』や、近郊の沼地の位置を確認している。
「これらの素材の『供給源』を探れば、あるいはギルドの尻尾を掴めるかもしれません。あるいは……サイラス自身が、これらの場所に現れる可能性も……?」

 俺たちの調査は、新たな段階へと進んだ。材料の入手経路を探るという、地道だが、しかし確実な一歩だ。

(……王立アカデミーなんて、すごい場所だったけど……結局、俺がやることは、地道な調査か……)
 俺は、アカデミーの荘厳な図書館を出ながら、少しだけ肩を落とす。まあ、危険な最前線に立たされるよりは、ずっといいんだけど……。

「ふふ、カイトさん。何か面白い発見はありましたか? あなたの『特異体質』に関する記述とか」
 エレノラさんが、隣で悪戯っぽく笑う。
「ありませんでしたよ! たぶん!」

 俺は、むっとしながらも、彼女の後に続く。
 この魔女様の手のひらの上で転がされていることには変わりないが、それでも、少しずつ、事件の核心へと近づいている。そんな確かな手応えを感じ始めていた。

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