異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第二部 新規開店

第49話 敵か?味方か?

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 静まり返った店内に、陽人の問いかけが響く。バルガスの大きな緑色の瞳が、じっと陽人を見つめ返している。その表情からは、何も読み取れない。だが、陽人には確信があった。この無口なオークは、何かを知っている。

「……バルガス。お前、やっぱり何か知ってるんだろ? オルロフ公爵のこと」

 バルガスはすぐには答えなかった。ただ、テーブルの上の紋章カードと、陽人の顔を交互に見る。長い沈黙が流れる。時計の秒針の音だけが、やけに大きく聞こえた。

「俺には、分からないことだらけなんだ」陽人は、懇願するように続けた。「貴族のことなんて、ましてやこの世界の政治のことなんて、さっぱりだ。もし何か知ってるなら、教えてくれないか? この店を守るためにも……俺自身のためにも、知っておきたい」

 バルガスは、ふぅ、と大きな体躯に似合わぬ、静かな息を吐いた。そして、重い口を開く。その声は、いつものぶっきらぼうな響きとは少し違い、地の底から響くような、古い記憶を辿るような色を帯びていた。

「……オルロフ」

 バルガスは低い声で、その名を繰り返した。

「……古い名だ。先代魔王の時代から……その名は、記録に残っておる」

「先代魔王……? ゼファー様の前の代か?」
 陽人の問いに、バルガスはゆっくりと頷いた。

「……魔王軍にも、人間との無益な戦いを望まぬ者は、少なからずおった。和平を……水面下で模索する動きも、な」
 バルガスは言葉を選びながら、慎重に続ける。
「オルロフの名は……その中で、聞いたことがある。人間側の……窓口の一つとして、な」

「じゃあ、やっぱり……味方、なのか?」
 陽人の声に、期待の色が滲む。

 だが、バルガスはそれを打ち消すように、静かに首を横に振った。
「……分からん。人間の中にも、魔族を理解しようとする者は、確かにおる。だが、それは常に少数派だ。特に、貴族という生き物は……信用できん」

 バルガスは、紋章カードを鋭い目で見据える。
「奴らには、必ず目的がある。あの老紳士が、本当に和平を望んでいるのか、それとも別の何かを企んでいるのか……それは、誰にも分からん。油断は、するな」

 バルガスの言葉は断片的だったが、その一つ一つに重みがあった。オルロフ公爵は、単なる食通の老人ではない。魔王軍との過去の接触にも関わっていた可能性のある、重要人物。しかし、その真意は不明。単純な味方とも敵とも断定できない、複雑な存在。陽人の混乱は深まったが、同時に、漠然とした不安の中に、一つの道筋が見えたような気もした。

 陽人は、バルガスに向き直り、静かに頭を下げた。
「……そうか。……話してくれて、ありがとう、バルガス。助かったよ」
「……フン」
 バルガスは短く鼻を鳴らしただけだったが、その目には、普段は見せない、わずかな感情の揺らぎのようなものが宿っているように、陽人には見えた。この無口な戦友との間に、また一つ、見えない絆が結ばれた気がした。

 バルガスも帰り、再び一人になった陽人は、店の戸締まりを念入りに確認して回った。裏口の鍵がしっかり掛かっているか確かめていると、すぐそばの路地の暗がりで、ガサリ、と何かが動く音がした。

(誰かいるのか……!?)

 陽人は息を呑み、身構えた。昼間の嫌がらせのこともある。隣の貴族の手下が見張っているのかもしれない。だが、暗闇の中に目を凝らすと、黒い影が素早く壁際を走り去っていくのが見えた。

(……野良猫、か?)

 そう思うことにしたが、心臓はまだ少しドキドキしていた。早くも、この店は様々な方面から注目され始めているのかもしれない。

 店内に戻り、陽人は大きくため息をついた。
(オルロフ公爵……どうするべきか……)
 バルガスの言う通り、慎重になるべきだろう。積極的にこちらから接触するのは危険かもしれない。かといって、完全に無視するわけにもいかないだろうが……。

(……今は、考えるのはよそう)
 陽人は頭を振った。今は、目の前のことに集中すべきだ。明日の営業の準備と、それから……店の裏に積み上げられた生ゴミから始める、「リサイクル家庭菜園計画」だ。

 陽人は厨房の片隅に、昨日よりは少しマシな寝床を整えた。古い毛布を二重にし、市場で安く手に入れた藁(わら)のクッションを枕代わりにする。決して快適ではないが、カウンターで寝るよりは遥かに良い。

 寝転がる前に、懐からオルロフ公爵の紋章カードを取り出し、月明かりにかざしてみる。金の紋章が妖しく光る。
(和平派……か……)
 バルガスの言葉を反芻する。自分が知らないだけで、この世界ではずっと昔から、人間と魔族の間で複雑な駆け引きが行われてきたのかもしれない。自分はその大きな流れに、否応なく巻き込まれようとしているのだろうか。

 窓の外では、満月が静かに地上を照らしている。陽人はその月を見上げ、遠い故郷、日本の夜空を思った。コンビニの明かり、自動販売機の光、車のヘッドライト……そんな、ありふれた光景が恋しい。

「……帰りたいなぁ……」

 小さな呟きは、夜の静寂の中に、そっと吸い込まれていった。やがて、深い疲労と、解決しない問題への不安を抱えたまま、陽人はゆっくりと眠りの縁へと沈んでいった。
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