異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第二部 新規開店

第52話 宣戦布告

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 マカイ亭の昼下がりは、嵐の前の静けさ、というにはあまりにのんびりしていた。昼のピークを過ぎ、常連の労働者たちが満足げな腹をさすりながら帰っていく。陽人は厨房で、昨日の残りの野菜と、試しに仕入れた魔界産の奇妙な豆を使った新しいスープの試作に没頭していた。

「んー、この豆、煮込むと意外とホクホクするな……。あとはスパイスか。バルガスの故郷の岩塩と合わせたら……いや、待てよ、ギギが前に言ってた乾燥苔(こけ)の方が合うか……?」

 ぶつぶつと独り言を呟きながら味見を繰り返す陽人の背中に、興奮した声が飛んできた。

「聞きました!? シェフ! 大ニュースです!」
 振り返ると、カウンターをピカピカに磨き上げていたリリアが、目をキラキラさせて駆け寄ってくる。その隣では、床の拭き掃除をしていたギギが、なぜか小刻みに震えながら顔を上げていた。

「ど、どうしたんだ、二人とも」
「すぐそこの大通りに、すっごくオシャレな新しいレストランができたんです! 今日がオープンらしくて、もう大変な騒ぎですよ!」
「な、なんだか……お店全体がピカピカ光ってて……ま、眩しかったです……」
 ギギが、まるで恐ろしいものでも見たかのように付け加える。

「ピカピカ光る店……?」
 陽人は眉をひそめた。この下町アルネリオンに、そんな店ができただろうか。一抹の、しかし妙に具体的な嫌な予感が胸をよぎる。
「……よし、ちょっと見に行ってみるか」
 味見用のスプーンを置き、陽人はエプロンを外した。

「リリア、ギギ、お前たちも来るか?」
「はいっ!」「ひぃっ! わ、私も行くんですか!?」
 対照的な反応の二人と共に、なぜかいつの間にか背後に立っていたバルガスも引き連れて(彼はただ黙ってついてきただけだが)、陽人は噂の店へと向かった。

 そして、大通りに出て数分。陽人たちは、言葉を失って立ち尽くした。

 そこにあったのは、明らかにこの下町の風景から浮いている、白と金を基調としたガラス張りのモダンな建物だった。入り口には、金色の流麗な文字で『Lumière Kitchen』(リュミエール・キッチン)と記された看板が掲げられ、太陽の光を反射して眩しく輝いている。それは、陽人の手作り感満載で、良く言えば温かみのある、悪く言えば古臭くて雑然とした「マカイ亭」とは、何もかもが対照的だった。

「す、すごーい……! まるで貴族街にあるお店みたい……!」リリアが感嘆の声を上げる。
「ま、眩しい……! 目が、目が潰れます……!」ギギは本気で目を両手で覆い、バルガスの巨大な足の陰に隠れた。バルガスは、ただ無言で、その派手な建物をじっと見つめている。その緑色の顔には、警戒の色が浮かんでいるように見えた。

 店の前には、すでに人だかりができていた。そして、その中心で、ひときわ輝きを放つ人物がいる。

(……なんだ、あいつは……)

 陽人は目を細めた。そこにいたのは、まるでファッション雑誌から抜け出してきたかのような、銀髪の青年だった。完璧にセットされた髪、汚れ一つない純白のコックコート(襟元には金の刺繍入り)、耳には光るピアス。その立ち姿は自信に満ち溢れ、周囲の注目を浴びることを心底楽しんでいるかのようだ。彼は、何かの取材を受けているのか、あるいは単に目立ちたいだけなのか、流暢な言葉で自身の料理哲学について語っている。

 その時、銀髪の青年――一条 輝が、ふとこちらに気づき、視線を向けた。その目は、陽人の頭のてっぺんから靴の先までを、まるで品定めするかのようにゆっくりと舐め回した。そして、彼は唇の端を歪め、わざとらしいほど優雅な仕草で、陽人たちの方へと歩み寄ってきた。

「ふーん……君が、あの『マカイ亭』とかいう野暮ったい店のシェフかい?」

 声まで、妙にキラキラしている気がする。一条は、陽人の着古したコックシャツとエプロンを嘲るように一瞥し、続けた。

「思ったより、ずっと地味な格好をしてるんだね。まあ、店の雰囲気にはお似合いかな?」
 その言葉には、隠す気のない侮蔑の色が滲んでいた。

(……こいつ……!)
 陽人はカッと頭に血が上るのを感じたが、ぐっとこらえた。ここで騒ぎを起こすのは得策ではない。
「……何の用だ?」
 努めて冷静に返すが、声が少し震える。

 一条は、面白そうに陽人の反応を観察し、肩をすくめた。
「別に? ただ、ご近所さんにご挨拶しておこうかと思ってね。……しかし、驚いたよ。こんな場末で、古臭い魔界料理なんて出して、本当にお客さんは喜んでるのかな?」

「料理は、見た目の派手さや物珍しさだけじゃねえ」陽人は、自分に言い聞かせるように呟いた。「心がこもってなきゃ、本当に美味いものなんて作れない」

「ハッ、心?」一条は、心底馬鹿にしたように鼻で笑った。
「古いね、君。料理はアートであり、最高のエンターテイメントなんだよ。人々を熱狂させ、感動させるスペクタクルだ。……君に、それができるかい?」

「俺は……俺は、客が笑顔で、『美味い』って言ってくれる料理を作る。それだけだ」

 その答えを聞いて、一条はつまらなそうにため息をついた。
「まあ、せいぜい頑張るんだね。でも、覚えておくといい」
 彼は、ビシッと人差し指を陽人に突きつけ、宣言した。

「この僕、一条輝が、このアルネリオンに来たからには、この街のグルメシーンは根底から変わる。君のような、時代遅れの料理人の出る幕は、もうないかもしれないけどね!」

 その言葉に、リリアが「なっ……! なんて失礼な人なんですか!」と憤慨の声を上げる。ギギはバルガスの足にしがみつき、完全に震えている。バルガスは、一条の突きつけられた指を、感情の読めない目で、ただじっと見つめ返していた。

 一条は、そんなマカイ亭一行の反応を一瞥すると、満足したようにくるりと背を向けた。
「じゃあ、僕は忙しいから。せいぜい、閑古鳥(かんこどり)が鳴かないように祈ってるよ」
 彼は、まるで舞台俳優のように華麗なターンを決めると、リュミエール・キッチンのガラス扉の向こうへと消えていった。

 後に残されたのは、悔しさと怒りで拳を握りしめる陽人と、憤慨するリリア、怯えるギギ、そして静かに闘志を燃やす(ように見える)バルガスだった。

 陽人は、リュミエール・キッチンの輝く看板を睨みつけた。
 嵐の前の静けさは、破られた。これは、宣戦布告だ。陽人の、そしてマカイ亭の、新たな戦いが今、幕を開けた。
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