異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

文字の大きさ
64 / 97
第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!

第63話 王の初陣(厨房編)と、料理人の初陣(謀略編)

しおりを挟む
【日本・横浜】

 魔王ゼファーは、己の人生で初めて、これほどまでに一つの金属の箱と真剣に向き合ったことがなかった。
 目の前にあるのは、炊飯器。鈍い銀色に輝き、「剛熱羽釜」という、何やらものものしい称号が刻印されている。

「ギギよ。この『剛熱羽釜』と名乗る魔導具……間違いない。陽人のアパートにおける、最重要戦略兵器だ」
「は、はいぃ! きっと、ご飯という聖なる糧を錬成する、古代のアーティファクトなんです!」
 ゼファーとギギは、スーパーで買ってきた米袋を前に、炊飯器を遠巻きに囲み、小声で軍事会議を開いていた。彼らにとって、この未知の機械は、昨夜の「水神TOTO」以上に謎めいた存在だった。

「説明書(インストラクション)によれば、まずこの銀色の釜を取り出し、『洗米』なる儀式を行うとあるが……」
 ゼファーは、陽人が残していった炊飯器の取扱説明書を、古代の魔導書でも解読するかのように睨みつけている。もちろん、書かれている日本語の半分も理解できていない。

「『せんまい』……? きっと、米に宿る不浄なマナを洗い流す、清めの儀式なのでしょう!」
「うむ。理にかなっておる」

 二人は、見よう見まねで米を釜に入れ、水を注いだ。米を研ぐ、という文化のない彼らは、ただ釜の中で米をジャブジャブとかき回すだけ。やがて、白く濁った水を捨て(これも説明書のイラストから推測した)、炊飯器に釜を戻す。

「よし……。ギギよ、最後の仕上げだ。この『炊飯』と刻まれた、紅蓮の封印を解き放て」
 ゼファーが厳かに命じると、ギギは「わ、私が……!? このような大役……!」と震えながら、炊飯器のスイッチに指を伸ばす。

「い、行きます! 魔王様! 我が忠誠、今ここに!」
 ピッ、という軽い電子音と共に、炊飯器は静かに稼働を始めた。予想外に静かな反応に、二人は拍子抜けする。
「……終わった、のか?」
「分かりません……。ですが、魔導具は、沈黙をもって我らの儀式を受け入れたようです……」

 炊飯器との死闘(?)を終えた二人は、次にレトルトハンバーグと卵に取り掛かった。こちらは湯で温める、茹でる、という単純な工程だったため、比較的スムーズに準備は進む。とはいえ、ガスコンロの自動点火にギギが「火の精霊がっ!」と叫んでひっくり返るなど、小さな騒動は絶えなかった。

 やがて、ピーピー!という甲高い電子音と共に、炊飯器が「炊飯」の儀を終えたことを高らかに告げる。
 蓋を開けると、ふわりと立ち上る湯気と、炊き立ての米の甘い香り。
 それは、昨夜のカップ麺とも、工事現場で食べたおにぎりとも違う、素朴で、しかし生命力に満ちた香りだった。

 食卓(という名のアパートに備え付けの小さな折り畳みテーブル)には、不格好な茹で卵、湯煎しただけの「金のハンバーグ」、そして、炊き立てのご飯が並んだ。
 ゼファーは、生まれて初めて、自分で稼いだ金で、自分で準備した食事を前にしていた。

「……食うぞ、ギギ」
「は、はいぃ!」

 一口、ご飯を口に運ぶ。少し芯が残っているのは、米を研がなかったせいだろう。
 だが、そんなことは些細な問題だった。
 米の甘み。ハンバーグの肉々しい旨味。茹で卵の素朴な味わい。
 それらが、空腹の体に染み渡っていく。

(……美味い)

 ゼファーは、内心でそう呟いた。
 魔界で食べてきた、どんなご馳走よりも、どんな珍味よりも、この不格好な食事が、彼の魂を震わせていた。
 それは、ただの食事ではない。己の力で「生」を勝ち取った証であり、王という立場を離れた、一個の存在としての「達成感」そのものだった。

「おいしいです……おいしいです、魔王様……!」
 隣でギギが、ボロボロと涙を流しながらご飯を頬張っている。恐怖と空腹から解放された安堵と、温かい食事の喜びが、彼の感情のダムを決壊させたのだ。

 ゼファーは、そんなギギの頭を、無言で、大きな手で一度だけ、ぽん、と撫でた。
 そして、窓の外の、見知らぬ世界の夜景を見つめながら、静かに二杯目のご飯をよそった。

【異世界・マカイ亭】

 陽人とリリアが、重い足取りで店に戻ると、バルガスが店の前で腕を組み、仁王立ちで待っていた。その姿は、まるで帰りを待つ忠実な番犬(あまりにも巨大すぎるが)のようだ。

「……どうだった」
 バルガスの低い問いに、陽人は大きく、そして深く頷いてみせた。
「……ああ。味方は、確保した」

 店の中に入り、陽人はバルガスに事の経緯を説明した。オルロフ公爵が「影魔王作戦」の最大の協力者になったことを。
「す、すごいですよシェフ! あのオルロフ公爵を味方につけるなんて!」
 リリアは興奮冷めやらぬ様子で、自分のことのように喜んでいる。
「ああ。だが、これは始まりに過ぎない。公爵は政治の面で時間を稼いでくれる。だが、俺たちの『魔王様は肉じゃが瞑想中』という嘘を、民や兵士に信じ込ませるためには、もっと強力な『証拠』が必要だ」
「証拠、ですか?」

 陽人は、厨房に立ち、壁に貼られたメニュー札を睨みつけた。その目には、先ほどまでの不安はなく、料理人としての、そして謀略家としての(?)鋭い光が宿っていた。
「ああ。俺たちにしか作れない、最高の証拠がな」

 陽人は、くるりと振り返り、高らかに宣言した。
「これより、『魔王陛下・食の叡智(えいち)探求メニュー』の開発を開始する!」
「えいち……たんきゅう……?」
「要するに、期間限定の特別メニューだ。『これは、魔王陛下が瞑想の中で考案された、革新的なレシピの試作品である』と銘打って、店で提供するんだ!」

 陽人の突拍子もないアイデアに、リリアは最初きょとんとしていたが、すぐにその意図を理解し、ぱあっと顔を輝かせた。
「な、なるほど! 美味しい新メニューが食べられる上に、魔王様が本当にお料理研究をしているっていう、完璧なアリバイ作りになるんですね! 天才です、シェフ!」
「だろ? しかも、期間限定って言えば、客も食いつきやすい。店の売上にも繋がる。一石三鳥だ」

「……して、何を作る」
 バルガスが、静かに、しかし核心を突く質問をした。
 陽人は、にやりと笑い、店の奥の食材庫から、一つの奇妙な野菜を取り出した。それは、水晶のようにキラキラと輝く、魔界産の玉ねぎだった。

「名前は……そうだな。『魔王陛下御考案・天上の甘露(かんろ)・水晶玉葱(すいしょうたまねぎ)の丸ごと煮』。どうだ、それっぽいだろ?」
「か、かっこいいです!」
「……名前が、長い」

 かくして、国家の危機を救うための、壮大で、しかしどこか間抜けな新メニュー開発が始まった。
 陽人は、厨房という名の新たな戦場で、国の運命を懸けた一皿と向き合う。
 その姿は、もはやただの料理人ではなかった。
 魔王不在の王国で、ただ一人、お玉を武器に戦う、孤独な救世主(メシア)のようであった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

異世界召喚されたけどスキルが地味だったので、現代知識とアイテムボックスで絶品料理を作ったら大商会になっちゃいました

黒崎隼人
ファンタジー
手違いで剣も魔法もない異世界に召喚された、しがない日本のサラリーマン、湊カイリ。 彼に与えられたのは、無限に物が入る【アイテムボックス】と、物の名前が分かる【鑑定】という、あまりにも地味な二つのスキルだけだった。 戦闘能力は皆無。途方に暮れるカイリだったが、異世界の食事が絶望的に不味いことを知り、大きなチャンスに気づく。 現代日本の「当たり前」の知識は、この世界ではとんでもない「宝」なのだと! 「醤油?味噌?そんなものがあれば、この世界の食文化はひっくり返るぞ!」 ひょんなことから出会った没落貴族の美少女・リリアナと共に、カイリは現代知識と地味スキルを駆使して屋台から商売をスタート。 絶品料理で人々の胃袋を掴み、さらには便利な生活用品を次々と発明していく。 伝説の神獣の幼体「フェン」やドワーフの鍛冶師など、頼れる仲間たちも加わり、彼らが立ち上げた「サンライズ商会」は瞬く間に大躍進! 迫り来る悪徳商会や腐敗した貴族の妨害も、現代のマーケティング術と知恵で痛快に打ち破る! これは、平凡なサラリーマンが異世界の常識を覆し、食と生活に革命を起こして一代で大商会を築き上げる、痛快成り上がりファンタジー! 美味しい料理と、もふもふな相棒、そして仲間との絆。 人生、逆転できないことなんて何もない!

田舎農家の俺、拾ったトカゲが『始祖竜』だった件〜女神がくれたスキル【絶対飼育】で育てたら、魔王がコスメ欲しさに竜王が胃薬借りに通い詰めだした

月神世一
ファンタジー
​「くそっ、魔王はまたトカゲの抜け殻を美容液にしようとしてるし、女神は酒のつまみばかり要求してくる! 俺はただ静かに農業がしたいだけなのに!」 ​ ​ブラック企業で過労死した日本人、カイト。 彼の願いはただ一つ、「誰にも邪魔されない静かな場所で農業をすること」。 ​女神ルチアナからチートスキル【絶対飼育】を貰い、異世界マンルシア大陸の辺境で念願の農場を開いたカイトだったが、ある日、庭から虹色の卵を発掘してしまう。 ​孵化したのは、可愛らしいトカゲ……ではなく、神話の時代に世界を滅亡させた『始祖竜』の幼体だった! ​しかし、カイトはスキル【絶対飼育】のおかげで、その破壊神を「ポチ」と名付けたペットとして完璧に飼い慣らしてしまう。 ​ポチのくしゃみ一発で、敵の軍勢は老衰で塵に!? ​ポチの抜け殻は、魔王が喉から手が出るほど欲しがる究極の美容成分に!? ​世界を滅ぼすほどの力を持つポチと、その魔素を浴びて育った規格外の農作物を求め、理知的で美人の魔王、疲労困憊の竜王、いい加減な女神が次々にカイトの家に押しかけてくる! ​「世界の管理者」すら手が出せない最強の農場主、カイト。 これは、世界の運命と、美味しい野菜と、ペットの散歩に追われる、史上最も騒がしいスローライフ物語である!

元侯爵令嬢の異世界薬膳料理~転生先はみんな食事に興味が無い世界だったので、美味しいご飯で人の身も心も癒します~

向原 行人
ファンタジー
 異世界へ転生して数日。十七歳の侯爵令嬢、アリスとして目覚めた私は、早くも限界を迎えていた。  というのも、この世界……みんな食事に興味が無くて、毎食パンとハムだけとか、ハムがチーズに変わるとか、せいぜいその程度だ。  料理というより、食材を並べているだけって感じがする。  元日本人の私としては温かいご飯がたべたいので、自分で食事を作るというと、「貴族が料理など下賤なことをするのは恥だ!」と、意味不明な怒られ方をした。  わかった……だったら、私は貴族を辞める!  家には兄が二人もいるし、姉だっているから問題無いでしょ。  宛てもなく屋敷を飛び出した私は、小さな村で更に酷い食事事情を目の当たりにする。  育ち盛りの子供たちや、身体を使う冒険者たちが、それだけしか食べないなんて……よし、美味しいご飯でみんなも私も幸せになろう!  医食同源! 大食いモフモフ聖獣に、胃袋を掴んでしまった騎士隊長と一緒に、異世界で美味しくて身体に良い食材探しだ! ※第○話:主人公視点  挿話○:タイトルに書かれたキャラの視点  となります。

異世界で家をつくります~異世界転移したサラリーマン、念動力で街をつくってスローライフ~

ヘッドホン侍
ファンタジー
◆異世界転移したサラリーマンがサンドボックスゲームのような魔法を使って、家をつくったり街をつくったりしながら、マイペースなスローライフを送っていたらいつの間にか世界を救います◆ ーーブラック企業戦士のマコトは気が付くと異世界の森にいた。しかし、使える魔法といえば念動力のような魔法だけ。戦うことにはめっぽう向いてない。なんとか森でサバイバルしているうちに第一異世界人と出会う。それもちょうどモンスターに襲われているときに、女の子に助けられて。普通逆じゃないのー!と凹むマコトであったが、彼は知らない。守るにはめっぽう強い能力であったことを。 ※「カクヨム」「小説家になろう」にも掲載しています。

【大賞・完結】地味スキル《お片付け》は最強です!社畜OL、異世界でうっかり国を改革しちゃったら、騎士団長と皇帝陛下に溺愛されてるんですが!?

旅する書斎(☆ほしい)
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞で大賞をいただきました】→【規約変更で書籍化&コミカライズ「確約」は取り消しになりました。】 佐藤美佳子(サトウ・ミカコ)、享年28歳。死因は、過労。連日の徹夜と休日出勤の果てに、ブラック企業のオフィスで静かに息を引き取った彼女が次に目覚めたのは、剣と魔法のファンタジー世界だった。 新たな生を受けたのは、田舎のしがない貧乏貴族の娘、ミカ・アシュフィールド、16歳。神様がくれた転生特典は、なんと《完璧なる整理整頓》という、とんでもなく地味なスキルだった。 「せめて回復魔法とかが良かった……」 戦闘にも生産にも役立たないスキルに落胆し、今度こそは静かに、穏やかに生きたいと願うミカ。しかし、そんな彼女のささやかな望みは、王家からの突然の徴収命令によって打ち砕かれる。 「特殊技能持ちは、王宮へ出仕せよ」 家族を守るため、どうせ役立たずと追い返されるだろうと高をくくって王都へ向かったミカに与えられた任務は、あまりにも無謀なものだった。 「この『開かずの倉庫』を、整理せよ」 そこは、数百年分の備品や資材が山と積まれ、あまりの混沌ぶりに探検隊が遭難したとまで噂される、王家最大の禁足地。 絶望的な光景を前に、ミカが覚悟を決めてスキルを発動した瞬間――世界は、彼女の「お片付け」が持つ真の力に震撼することになる。 これは、地味スキルでうっかり国のすべてを最適化してしまった元社畜令嬢が、カタブツな騎士団長や有能すぎる皇帝陛下にその価値を見出され、なぜか過保護に甘やかされてしまう、お仕事改革ファンタジー。

侯爵家三男からはじまる異世界チート冒険録 〜元プログラマー、スキルと現代知識で理想の異世界ライフ満喫中!〜【奨励賞】

のびすけ。
ファンタジー
気づけば侯爵家の三男として異世界に転生していた元プログラマー。 そこはどこか懐かしく、けれど想像以上に自由で――ちょっとだけ危険な世界。 幼い頃、命の危機をきっかけに前世の記憶が蘇り、 “とっておき”のチートで人生を再起動。 剣も魔法も、知識も商才も、全てを武器に少年は静かに準備を進めていく。 そして12歳。ついに彼は“新たなステージ”へと歩み出す。 これは、理想を形にするために動き出した少年の、 少し不思議で、ちょっとだけチートな異世界物語――その始まり。 【なろう掲載】

『今日も平和に暮らしたいだけなのに、スキルが増えていく主婦です』

チャチャ
ファンタジー
毎日ドタバタ、でもちょっと幸せな日々。 家事を終えて、趣味のゲームをしていた主婦・麻衣のスマホに、ある日突然「スキル習得」の謎メッセージが届く!? 主婦のスキル習得ライフ、今日ものんびり始まります。

処理中です...