異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第三章 魔王様、アルバイトは時給千円からです!

第90話 聖者の炊き出し裁判と、魔王の覇道(オムライス)理論

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【日本・横浜】

 魔王ゼファーは、己の理論が、今、黄金色の輝きをもって証明される瞬間を待っていた。 四畳半の安アパート。その小さな台所(キッチン)は、彼の魔術工房(ラボラトリー)と化している。

「――見よ、ギギ! 我が叡智の結晶!」 ゼファーは、フライパンを神業のごとき手さばき(この数週間で異常に進化した)で操り、完璧な半熟に仕上げた黄金のオムレツを、チキンライスの上に滑らせた。

「は、はいぃぃっ! ま、眩しいです! 太陽のようですぅ!」 ギギは、畳の上で正座し、主君の神聖なる儀式を固唾をのんで見守っている。

「ふん。だが、まだだ」 ゼファーは、ケチャップ(という名の魔界の血盟)のチューブを手に取った。 「あの巫女(おくさま)は、兎(うさぎ)という軟弱な生物を描いた。だが、我が民(ギギ)に与える『加護』は、それではない。食らう者に、絶対的な『意志』と『誇り』を与える、これをおいて他にない!」

 ゼファーの指先が、ケチャップを自在に操る。 完成した皿を、ギギの前に、ドン、と置いた。 「食すがよい。我が『覇道オムライス』を!」

 そこには、ケチャップで描かれた、恐ろしく精巧で、威圧感満点の**『魔王軍の軍旗の紋章』**が、赫(あか)く輝いていた。

「ひぃぃぃぃ! も、もったいなくて食べられません! 食べたら、僕、魔王様の兵士として、あの『ごみぶんべつ』の戦場(いくさば)で、命を捧げねばならない気がしますぅ!」 「何をためらうか! 食え! それこそが、我が『意志(おまじない)』の力よ!」

 ギギは、震えるスプーンで、紋章を崩さないよう、恐る恐るオムライスを口に運んだ。 瞬間、ギギの小さな瞳がカッ!と見開かれた。 (お、美味しい……! 卵はふわふわで、ご飯はパラパラで……なのに!) ギギは、一口食べるごとに、まるで魔王様に忠誠を誓わされているかのような、厳かな気持ちになっていく。

「ま、魔王様!」 ギギは、スプーンを握りしめ、ビシッ!と立ち上がった。 「はいぃ! ぼ、僕、分かりました! このオムライスを完食した暁には、あの『ねずみ色のスライム(こんびにごきぶり)』すら、素手で討伐できる気がします!」 「うむ!」ゼファーは、深く、満足げに頷いた。「それこそが、我が『覇道理論』の真髄よ! 料理とは、栄養(からだ)を満たすと同時に、魂(こころ)をも支配する、究極の統治術なのだ!」

 ゼファーは、自らの哲学が完成したことに、密かな高揚感を覚えていた。 (陽人よ。貴様の『愛情』理論、確かによい。だが、王が民に与えるのは、それだけではない。『誇り』と『力』を与えることこそ、真の『食』だ)

 彼が、自らの理論の完璧さに悦に入っていると、ふと、ギギがスマホ(中古)の画面を覗き込み、首を傾げた。 「魔王様……? この『よーつーべ』に、魔王様(おくさま)以外の料理人も、たくさんおります……。この人たちは、『せかいのりょうり』と申しておりますが……?」

「む? 世界?」 ゼファーは、スマホの画面を覗き込んだ。 そこには、彼が知る日本料理(和食)や、あの『らたとぅーゆ』以外にも、無数の料理動画が並んでいた。インド、中国、イタリア……。 そして、彼の目は、ある一つの動画(サムネイル)に釘付けになった。

『戦火のシリア:市民が作る、一皿のケバブ』 『飢餓に苦しむアフリカの村へ、食料支援届く』

「……なんだ、これは」 ゼファーの顔から、笑みが消えた。 画面に映し出されていたのは、彼が知る「平和な日本」ではなかった。紛争、貧困、そして……「飢え」。 それは、彼が魔界で、当たり前のように見てきた光景。いや、自らが作り出してきた光景そのものだった。

「ま、魔王様……? あの人たち、ご飯、食べられてないみたいです……」 ギギが、不安げに呟く。 ゼファーは、無言で動画を見続けた。 (……この世界は。陽人の故郷は、全てが『平和』なのではないのか……?)

 オヤカタの現場。市役所。デパ地下。彼がこれまで見てきた、豊かで、秩序だった世界。 それは、この世界の「全て」ではなかったのだ。 彼が学んだ「法」も「契約」も、この映像の中の混沌の前では、無力に見えた。

「……ギギよ」 ゼファーは、重い声で言った。 「……我は、また、勘違いをしていたようだ。この世界の『平和』とは、我々が今享受している、このアパートの四畳半(へいわ)のことだけを、指すのではないらしい」 ゼファーの脳裏に、自らが統治していた魔界の民の顔が浮かんだ。彼らは、腹を満たしていたか? 笑っていたか?

(……陽人が目指していた『和平』とは。俺が目指すべき『統治』とは……) 魔王は、「覇道オムライス」の皿を前に、自らの哲学が、まだ、あまりにも未熟であったことを、静かに悟るのだった。

【異世界・マカイ亭】

「――というわけで! 明日! 王宮広場にて、『聖者の炊き出し裁判』が、執り行われることになりました! もちろん、食材は全て、ハルト殿の自腹です!」

 衛兵が告げた絶望的な事実に、マカイ亭の厨房は、一瞬、時が止まった。 リリアが持っていたお玉が、カラン、と乾いた音を立てて床に落ちる。

「「「はあぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」」」

 陽人とリリアとギギの、人生最大ボリュームの悲鳴が、店内に響き渡った。

「す、数千人分!? しかも明日!? 自腹!?」 陽人は、衛兵の胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄った。 「む、無理だ! 無理に決まってるだろ! うち、そんな大金ないぞ! 聖者フィーバーのお供え物(しょくざい)はタダでもらったけど、それ以外は、日々の売上でカツカツの下町食堂なんだぞ!」 「そ、そうですよ! 先月の私の給料、ちょっと待ってもらったばっかりじゃないですか!」 「ひぃぃ! じ、自腹……! ぼ、僕ら、臓器を売ることになりますぅ! ゴブリンの臓器なんて、二束三文ですぅ!」

 三人がパニックに陥る中、衛兵は「そ、それを私に言われましても…」と困惑するばかり。 その時、厨房の奥から、冷静な声が響いた。

「……面白い」 「え?」 陽人が振り返ると、そこには、いつの間にか店を訪れていた、王都料理ギルドの、あの眉毛の長いギルドマスターが、腕を組んで立っていた。

「ギルドマスター!? い、いつの間に!?」 「今しがたな。……ふん。ボルドアの奴め、えげつない手を打ってきたわい。これは『魔女裁判』ですらなく、ただの『経済的処刑』だ」 「笑い事じゃないですよ!」

「だが」とギルドマスターは続けた。「……あの男、一つ、読み間違えておるな」 「え?」 ギルドマスターは、店の外――今や「供物(そなえもの)」で埋め尽くされている、聖地マカイ亭の前庭――を、顎でしゃくった。

「……あれは、なんだ?」 「へ? ああ、皆さんからの、お供え物……ですけど……」 陽人が、その意図を測りかねて答えると、ギルドマスターは、ニヤリと、年季の入った笑みを浮かべた。

「『聖者の炊き出し裁判』。自腹で、な。……ボルドアは、貴様が資金も食材も調達できず、民衆の前で『無能な偽聖者』の烙印を押されることを狙っておる。……だが、もし」 ギルドマスターの目が、ギラリと光る。 「もし、その『炊き出し』の食材が、全て、民衆(しんじゃ)からの『寄付(おそなえもの)』で賄われていたとしたら、どうなる?」

「!」 陽人の脳が、稲妻に打たれた。 (そうだ……! 自腹どころか、仕入れ値ゼロ……!)

 リリアも、その意味に気づき、手を叩いた。 「……それって! ボルドア子爵の悪意(いやがらせ)を、私たちの『人徳(じんのち)』で、真正面から叩き潰すってことですか!?」 「その通りだ、看板娘!」 ギルドマスターは、高らかに笑った。 「ボルドアは、最高の舞台を用意してくれたわい! 聖者が、民から集めた『感謝(そざい)』を、奇跡の料理(スープ)にして、再び民に『還元』する! これ以上の『聖者の物語』があるか!」 「ひぃぃ! ま、マッチポンプです!」

 陽人の顔に、絶望から一転、不敵な笑みが戻ってきた。 (……ボルドア。あんた、最悪のタイミングで、最高のパスを出しやがったな)

「よし、お前ら!」陽人は、厨房に積まれた「お供え物」の山を指差した。「作戦変更だ! 今夜は寝るな! この、山盛りの高級食材全部、明日の朝までに、世界で一番うまいスープに叩き込むぞ!」 「「「はいっ!(ウス!)」」」

 ボルドアの陰謀は、皮肉にも、陽人の「聖者」としての地位を、王都広場で、数千人の前で、決定的なものにしようとしていた。 マカイ亭、人生最大の炊き出し(という名の聖戦)が、今、始まる!
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