異世界召喚された俺の料理が美味すぎて魔王軍が侵略やめた件

さかーん

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第一部 魔界専属料理人

第9話 誤解とすれ違い

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 盛大な宴がひとまずの成功を収めた翌日。魔王軍の城内は、まだ賑やかな余韻が残っていた。あちこちで昨夜の料理の話題が飛び交い、人間界からの客人も多くが滞在しているため、城内は普段よりもずっと活気にあふれている。

 ところが、陽人にとっては気の休まらない日々が続きそうだった。というのも、人間界から来た一部の貴族や商人たちが、やたらと陰険な視線を投げかけてくるのだ。

「噂によれば、あなたが魔王軍を懐柔したとか。いったいどんな手管を使ったのかな?」

 ある商人は皮肉めいた笑顔を浮かべ、食堂の片隅で陽人に話しかけた。昨夜の宴でさほど陽人の料理を口にしなかったらしく、どこか疑念を拭い切れていないようだ。

「別に、手管なんて使ってませんよ。ただ料理を作っただけです」

 陽人が苦笑気味に答えると、商人はフッと鼻で笑った。

「ふん。料理だけで戦意を喪失するなんて、魔族も大したことがないな。あるいは、あなたがそこまで恐ろしい術を操っているのか……」

「そんな術なんて、ありませんってば……」

「そうかね」

 そう言い残すと、商人は明らかに不審げな視線を向けながら去っていく。陽人は心中でため息をつく。彼らが魔王軍を疑うのは仕方ないにせよ、どうにも“謎の料理人”扱いされるのは落ち着かない。

(元の世界でも、ここまで疑われたことはなかったけどな……)

 そう考えていると、どこからともなく陽人を呼ぶ声が聞こえてきた。

「兄貴~、あんたにお客さんが来てるぞ!」

 あの人懐っこい小柄な魔族が陽人のもとへ駆け寄ってくる。

「客人? 人間? それとも魔族の……?」

「あー、なんかちょっと変わった感じの人間っぽいヤツだよ。商会の連中じゃなさそうだけど、武具を身に着けてるみたいだ」

 武具と聞いて、陽人は少し嫌な予感がした。もしや、人間界から来た騎士か兵士が、自分を探しに来たのかもしれない。

 ――案内されるままに城の応接室へと向かうと、そこには剣を腰に差した若い男性が待っていた。鋭い目つきで陽人を見据えており、どうやら人間であることは間違いない。

「……初めまして。あなたが“料理の魔術師”という方ですか?」

「ええ、まあ。橘陽人といいますけど……」

 陽人が恐る恐る返事をすると、男はまるで獲物を狙うように身構えた。

「失礼ながら、確認させていただきたい。あなたは本当にただの料理人なのですか? それとも、魔王軍と結託し、人間界を裏切ったスパイなのですか?」

 唐突な直球の質問に、陽人は思わず言葉を失う。男の視線は真剣そのもので、明らかに疑いを抱いている様子だ。

「ちょ、ちょっと待って。俺はスパイなんかじゃ……」

「ならば、なぜ魔族たちとこんなに親しくしている? しかも、魔王軍が侵略を止めた原因があなたの料理にあると聞けば、誰だって疑いますよ」

 男の言い分も一理あるが、陽人としてはただ料理を振る舞っただけで、いつの間にか大事に巻き込まれている形なのだ。

(これがまさに“緊張感のあるコミカルな展開”ってやつか……笑えないんだけど……)

「その……魔族に拉致られたのは事実です。でも、処刑されるかと思ったら、料理を作るように言われて。それで、気に入られたというか……」

 陽人がしどろもどろに説明するが、男は納得しきれない様子だった。

「正直、あなたの言葉だけでは信じがたい。俺は騎士団から派遣された調査員だ。ここ最近、魔王軍が動きを止めている理由を探れと命じられてきた。だから、あなたがどういう存在なのか確かめる義務がある」

 騎士団の調査員――聞くだけで緊張が走る肩書きだが、陽人は逃げるわけにもいかず、困惑しながら男を見返す。

 そこへ、魔王ゼファーがふらりと応接室に顔を出した。どうやらこのやり取りの気配を察知したらしい。

「何やら騒がしいようだな。人間の客人よ、俺の料理人になんの用だ?」

 男はギクリとしながらも、振り返ってゼファーに一礼する。

「魔王殿。わたしは騎士団からの命で、こちらの城に来ています。もし、あなたが我々の脅威を緩めたのが、この料理人の“洗脳”によるものならば……こちらも対策を考えなくてはなりませんので」

 ゼファーはその言葉に吹き出すように笑った。

「洗脳だと? 確かにうまい料理は人の心を掴む力があるかもしれんが、それを洗脳と呼ぶのは些か言い過ぎだな」

 陽人もほっと胸を撫で下ろす。やはりゼファーは、自分がスパイではないことを理解してくれている。だが、騎士団の男は険しい表情を崩さない。

「ですが、噂というものは得てして誇張されるもの。実際、魔王軍の進軍が止まった原因が、この料理人一人にあるというのは事実でしょう。そこに裏がないと、どうして断言できるのですか?」

 ゼファーは男の目を真っ直ぐ見返し、威厳ある声で答えた。

「裏も表もない。俺が望んだのは“美味いものを食う平穏”だ。それが戦いより勝ったということに過ぎない。陽人を疑う前に、貴様も一度、彼の料理を味わってみるがいい。何か見えてくるかもしれんぞ?」

 魔王にそう促され、男は一瞬言葉に詰まる。洗脳と断じる前に、自分の舌で確かめるというのか。これはなかなかに皮肉たっぷりの誘い文句だ。

「……わかりました。では、この目と舌で証拠を掴みましょう。もし本当に洗脳などではなく、ただの料理だというのなら、わたしもあなたを疑わない」

 男がそう言うと、ゼファーは勝ち誇ったように笑う。陽人は少々気が重い。自分の料理が美味いかどうかで、スパイ扱いが晴れるかもしれないが、果たして本当にそれだけで納得してもらえるのだろうか……。

(まぁ、食べてもらうしかないか。これが俺の唯一の武器だし……)

 こうして、陽人は再び料理を通じて誤解を解かなければならない立場に追い込まれる。しかも、騎士団の調査員が真面目一辺倒の武人タイプで、融通が利かないとなれば、一筋縄ではいかないだろう。

 ――その頃、魔王軍の内部ではさらに対立が激化していた。料理への熱狂が増す者と、戦いこそが魔族の宿命と主張する者の口論は、もはや激しい罵倒合戦に近い。どうやら、城のあちこちで小競り合いも発生しているらしい。

 その一方で、宴で陽人の料理を食べ損ねた魔族たちは「もっと味わいたかったのに!」と不満を爆発させる始末で、城の中は混乱に混乱を重ねていた。

 宴が引き金となって表面化した人間と魔族の様々な思惑――それらが入り乱れる中、陽人の料理がこの状況をどう変えていくのか。平和を願う者にとっては、その料理が希望の光となるが、一方では強い疑念や敵意を抱く者も少なくない。

 次回、疑い深い騎士団の男が陽人の料理に挑む“試食対決(?)”が幕を開ける。そして、ますます深まる魔王軍内部の亀裂も、陽人を再び波乱へと巻き込んでいく……。
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