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ビーフシチュー
「食人鬼は自らを愛した人間しか食べない」
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“好意を抱いてくれた” “人間” だけを夕食にする。
その瞬間に抱いた好意、長い時間をかけて育てた好意。
嘘を使えば、お金を使えば、
“好き”なんてものは案外簡単に手に入る。
「私をひと晩買って欲しいの。」
「どうか、いかが?」
出会いなんてなんでもいい。
喫茶店で向かいに座った男の子でも、気まぐれで買った少女でも。
ひと晩が時々積み重なって、その少女と出会ってから6ヶ月が経とうとしていた。
いつもの時間にいつもの場所で待ち合わせる。
いつもと違うのはいつものホテルに向かわないと告げることがひとつ。ただそれだけ。
「行こうか。」
いつものセリフも白く凍る季節になっていた。
「……おなか、大きくなってきたね。」
「…うん。」
「安心して。あなただってちゃんと誰にも言ってない。」
「それでもいいから欲しいって私が言ったんだもん。」
冷たいドアノブをひねってたどり着いた。
寒いし、シャワーより湯船に浸かりたいね。
お湯が溜まるのを待ってる間はホットミルクでも飲んで話していようか。
棚に置かれた砂糖の瓶の陰に毒の瓶を忍ばせて取り出す。
温かいミルクの香りと一緒にかき混ぜて、よく溶かした。
それから毒がまわるまでお喋り。
うん?
なんだか眠いって?
ろれつも回ってないよ。
いいよ。ここを片付けておくから、その間少し寝てて。
優しく笑ってカップとマドラーを片付ける。
かちゃかちゃと金属の擦れる音にナイフを取り出す音を隠した。
テーブルに肉を乗せても初めからがっつくのは下品だ。
それに下ごしらえを怠るとまずい夕食を食べる羽目になる。
今日は制服をめくり上げキスをし、皮膚を十分に舐め上げた。
【……あとでナイフを変えよう。】
【このナイフは彼女には乱暴すぎた。もっと華奢なものを…】
右手に持った「それ」がもぞもぞ動いた。
きっと眠っていたのを起こされて文句でも言いたいのだろう。
「……ああ、よしよし。かわいいね。」
【赤黒い「それ」を抱き上げあやす仕草をしてみせる。ついでに愛しそうな笑顔なんかも作って言った。】
【こんなものを「魂」と呼べるなんて。】
【テーブルに乗せて眺めてみてもやっぱり違う。】
【…これは食べられないな。骨なんかと一緒に出汁だけとって捨ててしまおう。】
「……あれ、起きてたの?」
彼女は泣いていた。声も立てずにぼろぼろと涙をこぼしている。
「痛い?」
濡れた顔が左右に振れた。毒はちゃんと作用しているらしい。
「それがあなたの本当の姿?」
「嬉しい…やっと会えた。」
涙交じりの声だった。
「これで終わりなの…?はやとさん…」
潤んだ瞳はこちらを見つめたまま話す。
「私の中からあなたの証拠を抜き取って、それであなたは消えてしまうの?」
「そんなのいや…!」
「……ねえ、はやとさん。私、はやとさんの、たくさん飲んだでしょ?」
「私の胃もこの血も腸も、あなたを覚えてるよ…だから、」
「だから私から何もかもを取ってしまっていいから…」
「“それ”だけは私の中に戻して、おねがい…」
「その中に毎日……はやとさんへの気持ちを詰め込んだの…」
「私の はやとさんをしまっておく大切なものなの…!」
「他はなにも要らないから…おねがい…」
「……。」
「“もの”、ね…」
「それなら君の一部とみなして食べてしまったほうがいいのかな。」
「ねえ」
「“それ”は君にとって胃や血や腸のようなもの?」
「それともひとりの人間?」
「…………産む気なかったから。来週には下ろそうと思ってたの。」
「だからひとりの、だなんて思えなかった。」
「あなたが子供が好きな人だったら産んだかも-------ああでも、」
「それでもだめかも、どのみちきっとそんなに尊いものには考えられなかった。」
「どちらも所詮はあなたが興味を抱き続けてくれるための“もの”。」
「胸にお尻、太腿、膣、心臓と同じ…私にとってはそれ以上に大事な“もの”になってたと思う。」
「……どうかな、あなたの求める答えになってる?」
「…うん」
「とても。だからこれは君に返すよ。」
「……私、愛されてた?」
「もちろん今も。」
「私をこれからどうするの?」
「煮込もうと思ってるんだ。長い時間をかけて君をトロトロにする。」
「ふふふ、いつもみたいにちゃんと柔らかくしてね。」
「……あ、でもじゃあいつもと違って私が はやとさんの中に入るんだ。」
「そうだね。」
「でしょう?あはは、楽しみ。」
待ちきれない、そう言って彼女は“首を絞めて殺して”と俺を求めてきた。
これでまた「完璧な普通」を飲み込むことができる。
その瞬間に抱いた好意、長い時間をかけて育てた好意。
嘘を使えば、お金を使えば、
“好き”なんてものは案外簡単に手に入る。
「私をひと晩買って欲しいの。」
「どうか、いかが?」
出会いなんてなんでもいい。
喫茶店で向かいに座った男の子でも、気まぐれで買った少女でも。
ひと晩が時々積み重なって、その少女と出会ってから6ヶ月が経とうとしていた。
いつもの時間にいつもの場所で待ち合わせる。
いつもと違うのはいつものホテルに向かわないと告げることがひとつ。ただそれだけ。
「行こうか。」
いつものセリフも白く凍る季節になっていた。
「……おなか、大きくなってきたね。」
「…うん。」
「安心して。あなただってちゃんと誰にも言ってない。」
「それでもいいから欲しいって私が言ったんだもん。」
冷たいドアノブをひねってたどり着いた。
寒いし、シャワーより湯船に浸かりたいね。
お湯が溜まるのを待ってる間はホットミルクでも飲んで話していようか。
棚に置かれた砂糖の瓶の陰に毒の瓶を忍ばせて取り出す。
温かいミルクの香りと一緒にかき混ぜて、よく溶かした。
それから毒がまわるまでお喋り。
うん?
なんだか眠いって?
ろれつも回ってないよ。
いいよ。ここを片付けておくから、その間少し寝てて。
優しく笑ってカップとマドラーを片付ける。
かちゃかちゃと金属の擦れる音にナイフを取り出す音を隠した。
テーブルに肉を乗せても初めからがっつくのは下品だ。
それに下ごしらえを怠るとまずい夕食を食べる羽目になる。
今日は制服をめくり上げキスをし、皮膚を十分に舐め上げた。
【……あとでナイフを変えよう。】
【このナイフは彼女には乱暴すぎた。もっと華奢なものを…】
右手に持った「それ」がもぞもぞ動いた。
きっと眠っていたのを起こされて文句でも言いたいのだろう。
「……ああ、よしよし。かわいいね。」
【赤黒い「それ」を抱き上げあやす仕草をしてみせる。ついでに愛しそうな笑顔なんかも作って言った。】
【こんなものを「魂」と呼べるなんて。】
【テーブルに乗せて眺めてみてもやっぱり違う。】
【…これは食べられないな。骨なんかと一緒に出汁だけとって捨ててしまおう。】
「……あれ、起きてたの?」
彼女は泣いていた。声も立てずにぼろぼろと涙をこぼしている。
「痛い?」
濡れた顔が左右に振れた。毒はちゃんと作用しているらしい。
「それがあなたの本当の姿?」
「嬉しい…やっと会えた。」
涙交じりの声だった。
「これで終わりなの…?はやとさん…」
潤んだ瞳はこちらを見つめたまま話す。
「私の中からあなたの証拠を抜き取って、それであなたは消えてしまうの?」
「そんなのいや…!」
「……ねえ、はやとさん。私、はやとさんの、たくさん飲んだでしょ?」
「私の胃もこの血も腸も、あなたを覚えてるよ…だから、」
「だから私から何もかもを取ってしまっていいから…」
「“それ”だけは私の中に戻して、おねがい…」
「その中に毎日……はやとさんへの気持ちを詰め込んだの…」
「私の はやとさんをしまっておく大切なものなの…!」
「他はなにも要らないから…おねがい…」
「……。」
「“もの”、ね…」
「それなら君の一部とみなして食べてしまったほうがいいのかな。」
「ねえ」
「“それ”は君にとって胃や血や腸のようなもの?」
「それともひとりの人間?」
「…………産む気なかったから。来週には下ろそうと思ってたの。」
「だからひとりの、だなんて思えなかった。」
「あなたが子供が好きな人だったら産んだかも-------ああでも、」
「それでもだめかも、どのみちきっとそんなに尊いものには考えられなかった。」
「どちらも所詮はあなたが興味を抱き続けてくれるための“もの”。」
「胸にお尻、太腿、膣、心臓と同じ…私にとってはそれ以上に大事な“もの”になってたと思う。」
「……どうかな、あなたの求める答えになってる?」
「…うん」
「とても。だからこれは君に返すよ。」
「……私、愛されてた?」
「もちろん今も。」
「私をこれからどうするの?」
「煮込もうと思ってるんだ。長い時間をかけて君をトロトロにする。」
「ふふふ、いつもみたいにちゃんと柔らかくしてね。」
「……あ、でもじゃあいつもと違って私が はやとさんの中に入るんだ。」
「そうだね。」
「でしょう?あはは、楽しみ。」
待ちきれない、そう言って彼女は“首を絞めて殺して”と俺を求めてきた。
これでまた「完璧な普通」を飲み込むことができる。
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